新聞記者が市民の代表だって!?そんなはずねえだろ

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 いや、これは違うな。新聞記者が市民から推挙されて新聞社に送り込まれているのなら、それなら新聞記者は市民の代表だと言ってもいいと思うが、実際はそうではない。一般の市民は新聞記者を選ぶことなどできないばかりか、罷免する権利もない。

 その観点から()し考えてみれば、国会議員である官房長官のほうが、よほど「多くの人に選ばれた市民の代表」だと言えるのだ。間接的とはいえ、選挙の(ふるい)にかけられているからだ。

 一方、新聞記者はそういう選択のブロセスを経てきていない。新聞記者なんてものは、恣意的に設立された会社組織に所属する、よくわからない人達によって閉鎖的に作成されたテストで、(たま)さか点数を取っただけの怪しげな人物が、(ワケ)の分からない非公開の人事過程を経て、なんだかわからないうちに入社しているのである。

 そうした疑い、新聞記者の胡散臭(うさんくさ)さを否定するのなら、新聞社の入社選考課程は、すべて一般国民に公開され、厳密に定義づけられた法的なものでなければならぬ。だが、そうではない。自由闊達に論を問うのが新聞社であってみれば、それとは引き換えに、絶対の権限など求めるべきではあるまい。

 新聞記者の質問内容は一般の人々の聞きたいことを代弁しているのだと言うが、東京新聞が市民に幅広く質問内容のアンケート調査をしたなんて話も聞かないし、少なくとも私の聞きたいことなんか代弁されていないだろうと思う。

 新聞記者が市民の代表だなんて根拠の希薄ないい加減なことは言わぬがよかろう。新聞記者如きに市民の声を代弁する資格なんかない。

 ブン屋風情(ふぜい)が偉そうなことを抜かすな、アホンダラ。

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