終戦記念日

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 終戦記念日である。

 例年ならば靖国神社へ参拝に行くのだが、()(かん)()(えき)()(なか)のこととて、今年はとりやめ、家で南の方を遥拝し、幾百万の英霊やすかれと念じ、また戦没者の魂の平安を念じることとする。

 終戦記念日を終戦日、あるいは敗戦忌と呼び、そう書くかどうかは、その対話に関係する人にも書いている文脈にもよる。(かしこ)きあたりにおかせられて、政府を押し止め、異例の玉音を発せられ、敵の占領をゆるすにあたられては自らの命すら(かえりみ)られなかった仁慈のことを想えば、「敗戦忌」と書いて偏狭な悔しさを滲ませてよいかどうか。逆に、敗戦までの苦難、敗戦後のまさに「堪え難く忍び難き……」時代を思えば、そしてまた、いまだに米国への服属下にあって自主独立の国防など到底でき得ず、核を保有する諸国に取り囲まれて怯えながら暮らしていることを省みれば、「終戦記念日」とだけ書いて取り澄ましておればよいかどうか。

 そのようなことを思い、長時間考え込まざるを得ない私である。

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