読書

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 引き続き世界教養全集を読む。

 第27巻の最後、三つ目の「ジョゼフ・フーシェ ――ある政治的人間の肖像―― Joseph Fouché: Bildnis eines politischen Menschen」(シュテファン・ツヴァイク Stefan Zweig著・山下肇訳)を読み終わった。昨日3/20(水)(祝日『春分の日』)行きつけの蕎麦屋「SOBA満月」の開店前の待ち行列で本編を読み終わり、解説は昨日、会社の昼休みに読み終わった。

 いつの時代のどんな人物かも知らないまま読み始めたのだが、これがまた、とても面白かった。

 フランス革命にまつわる伝記と言うことであれば、同じシュテファン・ツヴァイクの「マリー・アントワネット」は私の若い頃からの愛読書なので知っていたが、このジョゼフ・フーシェという人物とその伝記のことはまるで知らなかった。読み直していないが、「マリー・アントワネット」にも、ジョゼフ・フーシェのことは出てこないのではなかろうか。

 ところが、訳者山下肇による巻末解説によれば、この「ジョゼフ・フーシェ」は「マリー・アントワネット」と並んで、著者シュテファン・ツヴァイクの「二大伝記作品」なのだという。まったくのところ、おのが不明を恥じ入る次第である。

 ジョゼフ・フーシェは、フランス革命の最盛期からナポレオン帝政時代を経てフランス復古王政期までの3時代を泳ぎ渡った政治家である。こう書くと何でもないことのようだが、革命前のブルボン王朝を生きた者は、ルイ16世やマリー・アントワネットは言うに及ばず、フランス革命期にはほとんど死に絶え、フランス革命期を生きた者はナポレオン帝政時代にはまた死に絶え、帝政時代を生き延びた者はフランス復古王政期にはまた失脚しているのだ。この3時代を、単に生き延びたというだけでなく、一介の教師から大政治家へ、ついには大貴族「オトラント公爵」にまで成り上がっていったのがこのジョゼフ・フーシェである。

 その身の処し方はもはや「怪人」と言ってよい。

 フーシェは近代警察の創始者ともいわれ、その警察運営手腕をもって三つの時代を生き抜いたことは知られているが、それだけではない。変節漢、卑怯者、節操のない日和見者として知られているのである。ツヴァイクの筆致には、マリー・アントワネットに対しての哀憐の交錯するそれとは違って、フーシェに対する好意や同情がほとんど感じられない。淡々とした叙述の中に、軽蔑すら見え隠れする。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第27巻「ジョゼフ・フーシェ」より引用。他の<blockquote>タグ同じ。
p.318より

一九一四年にも一八年にも、われわれがこの目で見た通り、戦争と平和の世界史的な決定は、理性と責任から断を下されたのではなく、はなはだ怪しげな性格と不十分な知性しかもたない、陰に隠れた連中の手でなされたのだ。

p.323より

じっさい、まだこの地方は哲学ずきな十八世紀の最後の息吹きを楽しんでいて、ド・ロベスピエール氏も死刑宣告書のかわりにいい気持になってちょっといかす詩文を書いたり、スイスの医師マラーは勇ましい共産党宣言のかわりに甘ったるくセンチな小説をものしたり、小男のボナパルト中尉(のちのナポレオン一世)も、どこかの片田舎でヴェルテル(ゲーテ作)まがいの短編を書くのに苦心していたというわけである。あらしはまだ地平のかなたにあって目に見えなかった。

p.326より

 この微動だにしない冷血さこそ、フーシェの本来の力でもある。彼を支配しているのは神経でもなく、官能が彼を誘惑することもない。彼のいっさいの情熱は、彼の額のうち破ることのできぬ壁の背後に、積みあげられてはまた放散していく。彼は自分のさまざまな力を遊ばせておきながら、他人の失敗を見張っている。他人の熱情が燃えさかる間は、辛抱づよくその燃え尽きるまで、また夢中で欠陥をさらけだすまで、待っている。それから俄然、情け容赦もなく攻撃をかけるのだ。この彼の無神経な忍耐の優秀さは恐るべきもので、これほど待ち続け、これほど自己を隠しおおせることのできるものは、どんな練達の士でも欺くことができよう。フーシェは平然として人に奉仕し、どんなひどい侮辱や屈辱にも、眉一つ動かさずに冷ややかな笑みをたたえて甘受するだろう。

p.335より

 この瞬間に、もう一つ、ジョゼフ・フーシェの性格について、非常にはっきりした特徴がはじめて暴露された。それは彼の鉄面皮ぶり、である。彼が一つの党を裏ぎって見すてるときは、けっしてぐずついたり、おずおずと出ていったりはしない。こそこそ隊伍から逃げ隠れするのでもない。むしろ白日の下で、冷然と微笑しながら、人々があきれてあれよあれよと驚いているまに、あたりまえのことのように昨日の敵にさっさと鞍替えし、そのスローガンと論法とをそっくり自分のものにしてしまう。かつての同志が自分をどう思おうが、なんとよぼうが、世間や大衆がどう受けとろうと、彼はぜんぜんなんとも思わない。大切なのはただ一点、つねに勝者の側にいること、絶対に敗者の側には残らないことである。こういう変り身のすばやさ、義理もへちまもない変節のなかで、彼は、人々のあいた口がふさがらないようにさせる鉄面皮という尺度だけは、厳に堅持しているのである。

p.352より

遺憾ながら、世界史は多くの書物にしるされているような人間の勇気の歴史ばかりではなく、人間の臆病の歴史でもある。

p.378より

我が子の死を目の前に見て、彼はもはや、自分の死など恐れなかった。新しい大胆さが、絶望から生まれた大胆さが、彼の意志を鍛えたのだ。

p.389~390より

誰か、かつて流罪をたたえる歌をうたったものがいるだろうか? 嵐のなかで人間を高め、きびしく強制された孤独のうちにあって、疲れた魂の力をさらに新たな秩序の中で集中させる、すなわち運命を創りだす力であるこの流罪を、うたったものがいるだろうか? 芸術家たちはいつも流罪をただ外側から見て、昇進の妨げ、むだな空間、残酷な中断として訴えてきたにすぎない。だが自然のリズムは、こういう強制的な切れ目を欲する。それというのも、奈落の底を知るものだけが生のすべてを認識するのであるから。つきはなされてみて初めて、人にはその全突進力があたえられるのだ。
 あらゆる人々のなかでもとくに彼、創造的天才は、絶望の底から、遠くへだてられた地から、自己のまことの課題の地平と高さとを測るために、こうした一時の強制的孤独を必要とする。もっとも重要な人類の使徒たち、彼らは流罪から帰ってきた。大宗教の開祖たち、モーゼ、キリスト、マホメット、仏陀、彼らはみなその決定的な言葉を発することができるまでには、荒地の沈黙、人間をまったく離れた世界にはいっていかなければならなかった。ミルトンの失明、ベートーヴェンのつんぼ、ドストエフスキーの懲役、セルバンテスの監獄、ルターのワルトブルク城への幽囚、ダンテの追放、そしてニーチェが自分からエンガジンの荒れ果てた地方に閉じこもったことなど、それらはすべて、休むことのない人間の意志にたいしてその守り神がひそかに課した要求であった。

p.398より

フランスは、弁護士や演説家や改革者に飽き、命令や法律に飽き、ただ休息と秩序と平和と明朗な財政とだけを望んでいた。二、三年続きの戦争のあとと同じように、二、三年続きの革命のあとにも、つまり、なんであれ全体的な興奮が続いたあとにはいつでも個人個人の、家族家族の、おさえがたいエゴイズムが再びのさばりだすものなのだ。

p.401より

国家にたいするあらゆる抵抗をとどめるために発案された一七九二年のギロチンという機械も、一七九九年のジョゼフ・フーシェの警察機械、精巧な、天才的頭脳から組み立てられたこの機械にくらべれば、おそまつな一個の道具であった。

p.450より

 伯爵の称号は、すでに以前からひそかに彼につけられていた。しかし、昔のジャコバン党員も、この宙に浮いた名称の階段をもとにして、もっと高いところへのぼらせてやらねばならない。一八〇九年八月十五日、神聖ローマ皇帝、オーストリア皇帝の宮殿、シェーンブルンの壮麗な部屋で、かつてのコルシカの小兵中尉は、かつての共産主義者であり脱走した僧侶教師であった男のために、好意的な一枚のロバ革の文書に署名し、そして捺印した。この文書によって、ジョゼフ・フーシェは今後――敬礼!――オトラント公爵と名のることを許されたのだ。

p.463より

しかしフーシェは、どの催促にたいしても同じ丁重さと決然たる態度で答えるばかりだった。残念です、残念です、残念です、ただ秘密を守りたいと考えるあまりに、書類は焼いてしまいました、と。初めてフランスで一人の男が、皇帝に公然と反抗したのである。

p.498より

オトラント公爵はそのときから自分を運の強い男と思い始めたのである。彼は、ナポレオンの怒りを買わないほうがよい、と忠告してくれた友だちに、そのときの話をしてこういった。「ところが、落ちたのはロベスピエールの首だったよ。」

言葉
デモーニッシュ

 ドイツ語で「dämonisch 悪魔的」と言うほどの意味である。英語の「daemon」に繋がるのだろう。

 次は第28巻を読む。「福翁自伝」(福沢諭吉著)・「ある心の自叙伝」(長谷川如是閑著)・「わが精神の遍歴」(亀井勝一郎著)の3編が収載されている。第27巻とガラリと打って変わり、日本人の自伝ばかりだ。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

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