天皇陛下万歳
敬老の日そのものは他の多くの祝日とは違い、古来からの風習や伝統(例えば春・秋の皇霊祭が春分の日・秋分の日、端午の節句が子供の日、新嘗祭が勤労感謝の日……等々)を元にしてはいないが、日本民族の精神として長幼の序を正しくして孝を
秋らしく、涼しくなった。
オッサンは生きている。
時疫のこと、靖国神社でももちろん随分と気を使っており、足元に1~2m間隔の印をつけて、
何、苛烈なる戦場に護国の鬼となった英霊にあって、これしきのこと、問題になどなるまい。
一心に、「英霊安らかにあれ」とのみ念じて参拝した。
以前、「鎮霊社」の由来書きを撮影して書き取ったことがある。今日は「元宮」の由来書きが見えたので、撮影してテキストを書き取った。下の通りである。
文久三年福羽美静ら津和野藩士が中心となり、京都祇園社に
小祠を建て徳川斉昭卿等維新の志士四十六人の霊を祀る
後に幕府の嫌疑を恐れてこれを取り壊し、福羽邸内に
ひそかに建てた小祠に霊璽を移して祀った。
奠都に伴ひ更に東京に移されて祭祀が続けられたが、
招魂社のさきがけとも言ふべき由緒に鑑み、昭和六年
福羽亭より神社に遷座、元宮と称して今日に至る。
炎天、燃えるような暑さの一日であった。畏友F君と合流し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に立ち寄り、一華を
今年もこうして、終戦記念日が暮れてゆく。
天皇陛下万歳
祝日「スポーツの日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ、拝礼する。
それにしてもしかし、依然時疫は
もとは「体育の日」であったこの祝日を「スポーツの日」と改め、もとの10月の祝日から、オリンピック開催予定の今日にまで移動させて臨んだオリンピックだ。だが、そのオリンピックがこんなことになってしまうとは、7年前、平成25年(2013)の開催地選定時に誰が想像したろうか。
何より、ぎりぎりまで鍛え抜いている選手たちは、一日一日の練習にすべてをつぎ込み、「あと残り1,500日と15時間30分!」というような、それこそ分刻み、秒刻みの鍛え方をしてきていたのであろうから、この延期は打撃であろう。お見舞いを申し上げたい。
ツイッターでこんな話題がトレンド入りしている。
これは、下の共同通信のニュースをきっかけにしたものであるようだ。
私のタイムラインではツイートのほとんどが共同通信批判であるように見受けられる。曰く、「批判を招きそうだ」という最後の一句が気に入らないというのである。まあ、「類は友を呼ぶ」が物理的に実現されているTwitterのこと、私が私と同じような傾向の人をフォローしているわけだから、そりゃあ、当然そうなると言えばそうなる。
また、これは、Twitterのトレンドのタイトルがヘンチクリンに歪んでいることが、共同通信批判を招く一要因だろう。左がトレンド表示ペインのキャプチャであるが、そりゃあ、「朝鮮人差別存在せず」という記事タイトルに対して「朝鮮人差別存在」では、まるっきり意味を正反対に歪める切り出し方のタイトルであることは
さておき、共同通信の記事を読むと、私には共同通信がそんなに悪辣であるとは思えない。「政府がこれこれこういう発表をこういう狙いで出す」という事実報道と、「やっぱり批判は招くであろう」という観測とが淡々と述べられているだけだからだ。この記者の筆致を責めるわけにはいくまい。
朝鮮人差別について批判されるのなどいつものことだから、何をどう言い
朝鮮人差別について、本当の事実はどうだったのだろうか。私などが多分こうじゃないかな、と思うのは、次のようなことだ。すなわち事実は、「朝鮮人差別はなかった」「いや、あった」というような、「ある、ない」のディジットではなく、「差別はあると言えばやっぱりあったし、しかし、朝鮮人側が言うほどムチャクチャではなく、その点、ないと言えばないようなものでもあった」というような、実に曖昧な中間の、なんとも
なぜそう思うかと言うと、人間の対立・分断における事実は、上記のような「どっちでもない中間」であることがほとんどだからだ。だから朝鮮人差別もやっぱり、「どっちでもない中間」に事実があったのであろうと想像する。
私は軍艦島を見たわけでも何でもないし、問題に関する専門家でもない。が、白紙的に、過酷な労働現場で日本人労働者と朝鮮人労働者が一緒に働いているところを想像すると、同じ労苦を共にする者たちとして、傷を
いずれにせよ、現在、朝鮮人がギャーツクうるさいのは、これは事実である。不毛な論争や非難などやめればよいのに、と思うが、