仕事から帰ってきてから、夜、せっせとピアノの練習に励む。
昨日よりマシになったとも思えないのだが、とにかく、練習記録をとっておこうとて。
オッサンは生きている。
仕事から帰ってきてから、夜、せっせとピアノの練習に励む。
昨日よりマシになったとも思えないのだが、とにかく、練習記録をとっておこうとて。
「エリーゼのために」、朝から30回か40回も練習した。成果を得たと思うが、ミスタッチばかりして、録音はなし。
1箇所、指づかいを直した。
これまで11小節目の左手、「ソソシ」を「5・2・1」で弾いていた。私の使っている全音の「最新バイエル」所載の楽譜にはこの部分の指づかいは書いてなかったからだ。
だが、何度弾いても弾き慣れず、おかしいなあと思って参考に買っておいたピアノピースのほうを見ると、この部分は「5・1・2」と記してあった。以前に気付いた4小節目の左手と同じである。
「エリーゼのために」、引き続き練習中である。
さてふと気づいた点であるが、楽譜によってペダルに非常に大きな違いがあるのだ。
第1中間部への入り口、「ミ・ファ・ミ、ファラド~」というところの、「ミ・ファ・ミ」なのであるが、私が主に使っている全音楽譜出版の「最新バイエルピアノ教則本」巻末に応用曲として掲載されているものと、同じく全音の、ピアノピースのものとでは、下のように違う。
これは非常に大きな違いである。かたやペダルを踏めと言い、かたやペダルを放せとある。また、ピースのほうにはスタッカートがある点も見逃せない。弾いて聴いてみてもこの点は大きく違う。
「バイエル」のほうだとペダルで音が伸びるが、二つ目の「ラドファド」の和音が三つ目の「ソシドミソド」の和音に混じって聴こえて、ちょっと汚い感じがする。
さりとて、ピースのほうだとなんだか、あわてて弾いているみたいだ。
ネット上の他の方の演奏では、だいたい「ピース」のほうと同じ「ペダルなし、スタッカート」で弾いているようだ。私のピアノに内蔵されているデモ曲もピースと同じである。
「初心の練習者は楽譜に忠実に」というのが基本であるとは思うが、楽譜のほうでこうも違うと、練習者としてはどうしたらいいかわからなくなる。
こんなときにはやはり自分で判断するのだろう。
私はバイエル修了程度で、バイエルの教本で練習してきたのだから、バイエル所載のものに従うことにしよう。これまで弾き慣れていることでもあるし。
「エリーゼのために」、引き続き練習しつつある。
仕事が終わってからの練習は、自分ではそうは思っていなくても疲労の影響が大であり、うまく弾くことは至難である。
今日の出来はこんなところ。
「エリーゼのために」、変わらず練習に励む。
弾きなれてきた気はするが、ミスタッチをなくすことがなかなかできない。
次女は併願していたピティナのコンペの2回目に出た。前回よりうまく弾けたように思い、これはひょっとして、と思ったものの、意外と採点は辛く、前回より悪かった。少々残念である。親馬鹿は気持ち半分にするようにしよう。
明日はキャンプに出かける。
一杯飲んでご飯を食べて、まだしつこく練習している。弾けば弾くほどいいということには違いはあるまい。
「エリーゼのために」、ホントに今日もよく弾く。
さて、そろそろ練習やめて、酒でも飲むか。梅の砂糖漬けがよく漬かっている。安焼酎に混ぜれば暑気によい。
弾いても弾いても弾いても弾いても、上手くなるものではないが、ものごとというのはそうしたものだ。
愛したから愛したから愛したから愛したから、愛される、というものではないし、尽くしたから尽くしたから尽くしたから尽くしたから、尽くしてもらえる、というものではない。
尽くしてもらえないから、愛してもらえないから、と言って一回一回嘆息していては身がもたぬ。
然り、而して、弾いて弾いて弾いて弾いて、弾く。うまくなくても弾くッ!
朝から凝りもせず何度も練習したが、どうも朝イチで弾いたぶんが一番出来がいい。
朝から「エリーゼのために」の練習に励んでいる。今日もかなり弾いている。
最後の中間部、「ラドミラドミレドシ・・・」と弾きあがっていくところの入り口でミスタッチ。ぬぅッ、まだまだッ!(笑)
次女は明日、ピティナのコンペに出るので、私のピアノで練習に余念がない。私とかわるがわる弾いている。