ツイートのコピーを消す

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 以前、ツイッターは過去のツイートを見ることが非常に難しく、自分の書いたものは確か3000件までしか遡れなかった。そのくせツイートそのものは消えず、ツイートIDがあればいつまでたっても表示可能であった。

 それで、自分の書いたものがもったいないから、当時使っていたMovableTypeベースのブログサービス(OCN「ブログ人」)の機能の、「ツイートの定期インポート」を使い、毎日ブログにツイートを保存していた。

 その後、ツイッターはサービスが少しづつ拡充され、自分の以前のツイートなどもアーカイブとしてまとめてダウンロードできるようになった。

 このブログにも以前のツイートを前のブログからインポートして保存してあったが、上のようにアーカイブがダウンロードできるようになったから、()いて自力でブログなどにログる必要はなくなったように思うので、このブログからはツイートのコピーは消してしまうことにした。

旧ブログのエントリの大部分をインポート

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 旧「オッサンとバイエル、ピアノ等」の記事のインポートは、せっかくの演奏データへのリンクが完全でなくなることなどからやっていなかった。

 しかし、昨日今日書き始めたブログだと誰かに思われるのも癪に触るので、インポートすることにした。しかし、もう元のブログはない。

 wgetでダウンロードしたものを加工して流し込もうかとも思ったが、それも億劫になった。

 ハードディスクを漁っていると、2014年にダウンロードしておいた旧ブログのエクスポートテキストが見つかった。

 MovableType/TypePadの記事をインポートするプラグインをインストールした。バージョンが合わないようだったが、特に問題なく作動した。

 サーバにアップロードできるファイルサイズが2MBまでで、エクスポートテキストは17MBある。20個に分割してアップロードした。

 なんだか記事に抜けもあるし、切れたリンクはどうにもならないようだが、ブログの「歴史感(笑)」はだいたい出たようだ。

 よく考えたら、旧ブログのファイル自体はサーバに上がっているので、エクスポートテキストのリンクを連続置換で書き換えれば良かったかも知れない。

 思いついて「wordpress 記事 連続置換」でググると、「Search Regex」というプラグインが見つかる。これも多少バージョンが合わないようだが、思い切って使ってみた。

 なんてことなく動き、特に問題もなく、多くのリンクが復活した。

ドメインとって、新しくブログを立ててみた。

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 OCNのブログサービス「ブログ人」が廃止されてしまってだいぶ経った。しばらくは推奨された「gooブログ」を使ってみていたが、どうも気に入らなかった。

 意を決して、ドメインを取得し、WordPressでブログを立ててみた。

 前の「オッサンとバイエル、ピアノ等」は、wgetで丸ごとローカルにとっておいたのを、別のディレクトリにそのまま置いた。

 「旧・オッサンとバイエル、ピアノ等」
http://www.satotoshio.net/oldblog/

もっぱら読書であるな

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 「ブログ人のトラ場」がいつの間にか、「ブログ人投票箱」というツマンナイ名前に変わってしまっている。そう言えば、「日本沈没地図」というイカした名前だった例のアレも、「日本応援地図」なんていうツマンナイ名前に変わってしまい、今はついに「ブログ人マップ」などというなんのヒネリもない、そのまんまやんけ的な名前に変わってしまっているのは極めて遺憾である。

 さておき、お題は「電車内ではどう過ごすことが多いですか?」となっている。

 お題だけを見て、選択肢が「読書」と「眠る」だったらどうしよう、この「トラ場」、いっつもどっちとも選べないような選択肢ばっかりなんだよな、と思ったら違っていて、「読書」「ケータイ」の二者択一であった。

 もっぱら読書である。

 だが、いい本というのにはなかなかめぐり合えないものだな。

考えてみるとこのブログも

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 今、このブログを一番最初のページまで繰ってみると、http://satotoshio.net/oldblog/my_housing/2002/01/post.html、平成14年(2002年)1月26日 (土)という日付である。

 もともとは、技術的にはブログではなく、単なるHTML文書をブログ風に作っていた(http://satotoshio.net/my_housing/housing_log.html#pagelast)。平成14年から書いていたそれを、平成16年(2004年)に始まったOCNのブログサービスを知り、ちょっとしたスクリプトを書いて、この「ブログ人」に流し込んだのである。

 考えてみると、けっこう長続きしている。古さでは、日本のブログでもけっこう古いほうなのではないか?

あなたは夏が好きですか?

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 このほどの「トラ場」は、標記のとおりであるという。
 ・・・夏が好きですか、か・・・。
 本当に、夏ほど濃密な季節はあるまい。なにしろ、「夏は好きですか」と問うだけで、それが明確な詩情ですらある。数多の詩人と歌手が、どれほど夏について説明してきたことか。
 子供の頃、無論、夏が好きだった。夏休みというそれだけで、夏を好きになれた。だがしかし、今振り返ると、夏は私にとって難行苦行の試練の季節でもあった。勉強がどうとか宿題がどうとか言うのではない。喘息と鼻炎、これであった。夏に喘息や鼻炎を病むのは知れきったことで、とどのつまり、不潔な家に住んでいたという、理由はただそれだけのことにとどまる。
 どうしてあの苦しい夏を、それでも好きと言って憚らなかったのだろう。兄も姉も夏を好きといい、「もうすぐ夏休みやで」と期待を持たせる言い方で両親もそれを盛り上げ、「夏は好かねばならぬもの」と、少々頭の弱い私にそんな常識ををすり込んだものでもあろうか。
 喘鳴の夏。呼吸という自然な行為がその一つ一つに努力を要する喘息病みの夏。鼻炎による嚔のため、勉強もできぬ夏、そしてそのため怒鳴りつけられ、今にして思うにそんなわけのわからない劣等感にさいなまれて夏を呪う夏。呪うているクセに、皆が夏を好きだから、とて、妙に引きつったような異常な表情で、「もちろん夏休み大好き!」などと大声で言ってみる、腹の底から夏が好きですと自分を信じ込ませようとする子供らしくもない努力を強いる、屈託と精神病的な馬鹿な夏。
 ややあって、それから20年後の私は、「俺が最も嫌いな季節は、夏だ」と、公言して憚らぬようになっていた。真に自由な夏は、この時来た。俺は季節を他人の定義によらず、自分の魂によってようやく評価できるようになったのだ、そんな自由を思うさま吐き捨てることができた。
 今、私は、夏が好きである。理由は簡単である。二人の娘が明るい表情で、額に汗を浮かべて、疲れも知らず遊びまわっているからだ。
 結局こうして、私の夏が好きという感情は、自分以外の官能によって持ち運ばれていく、そういう、どうにもならない情けなさによって営まれていくものなのであろうか。
 二人の娘は、夏が好きなのであろうか。

ブログ人のトラ場 「あなたは夏が好きですか?」