皇居一般参賀~明治神宮初詣

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 去年の正月、皇居の一般参賀に行ったが、今年も行くことにした。

 9時頃自宅を出、東京駅丸の内南口が10時半頃。

 ゆっくりと行列の尻に取り付いたが、なんと混雑すること。

 後でニュースを見たが、平成最多の13万人近くが訪れたというのだから、さもあるべし。


 そうは言うものの、せいぜい3時間待ちというところで、12時40分頃には長和殿前広場に入ることができた。午後最初の御光臨は13時半で、それに先立つ50分ほど前だから、まあ、丁度良いというところだろう。

 それにしても人、人、人の波である。

 天皇陛下、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、皇族方が定刻にお出ましになり、巨大な波のように人々がどよもす。

 私も感極まって「天皇陛下万歳!」と、肺腑も破れよとばかり絶叫し続けていたら、すっかり喉が枯れ、ルイ・アームストロングか浪花亭綾太郎ばりのシヴい声になった。

 しかし、去年のように周囲に面白いおじさんや迷惑な男女がいるわけではなく、まあ、至って平静な感じの参賀であった。()いて言うなら私の他にも天皇陛下万歳を叫び続ける人が数列ほど後ろにいたことと、私の万歳につられて左隣にいた年配のご主人が天皇陛下万歳を叫び出したことと、右隣にいた白人の夫婦が異物でも眺めるような視線で私を凝視していたことだろうか。

 今年はたまたま、背伸びなどしなくても長和殿のバルコニーが直視可能なごく近いところに位置することができたのだが、残念ながら逆光で、しかも皇居の豊かな緑がガラスに照り映え、御龍顔(ごりゅうがん)御光顔(ごこうがん)は全然見えなかった。だが、これは「無月、あるいは雨月の月夜」と同じで、「そこに在らせ(たも)う」のが良いのである。

 遠回りして乾門まで散歩する。

 竹橋まで歩く。東西線・竹橋から飯田橋、JRに乗り換えて代々木、代々木から原宿まで行く。

 明治神宮に参拝するのだ。今上天皇を参賀したら、今度は明治大帝を偲び、(おそ)(ぬか)づこうというわけである。

 こっちも大変な混雑。

 ともかく参拝を済ませる。わずかな奉納で聖寿万歳から世界平和から自分の生活までよろしくと神頼みするのだから、そりゃまあ、虫の良すぎる話ではある。

 お守りに鏑矢(破魔矢)を一つ頂き、御神籤をひく。明治神宮の御神籤は吉だの凶だのとは一切書いておらず、明治大帝の「おおみこころ」が書き記された誠にありがたいものである。

 朝から何も食わずに家を出、新越谷のスタバでコーヒー一杯飲んだだけなので、夕方にもなってくるとさすがに腹が減り、北参道(JR代々木駅側)を出たところの露店でお好み焼きなぞ喰う。たまには良い。

 家に帰り、御重のもので一杯。

 酔っ払ってベランダに出てみると、思った通り、今日の月齢は望で、大きな大きな、明るく真ん丸のお月様である。

 今日いただいてきた明治神宮の鏑矢と、多摩陵・多摩東陵両陵墓印(大正天皇・貞明皇后)・武蔵野陵・武蔵野東陵両陵墓印(昭和天皇・香淳皇后)を並べてみて、また今日参賀してきた今上天皇陛下・皇后陛下の聖寿万歳を思い、前世紀と今世紀について深く考えるのである。

 (ちな)みに右が今日のGPSトラックである。

迎賓館赤坂離宮~赤坂近辺

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 祝日「昭和の日」である。躑躅(つつじ)が満開だ。夏隣(なつどなり)と言ってよい。屋外に出ると家々の軒先すら眩しく、まさしく風光るの候、である。

 こういう日は外歩きが良い。妻を誘い、前々から気になっていたところへ見物に出かけることにした。

 東京・四ツ谷駅に近く、東宮御所のある「赤坂御用地」には、ひときわ目を引く重厚な古建築がある。申すまでもないが、これが「迎賓館赤坂離宮」である。

 もともとは東宮御所として造営され、皇太子時代の昭和天皇や、今上陛下も一時期御住居あそばされた。

 縷々(るる)沿革を経て、戦後は政府の管する所となり、国公賓の礼遇に使用されている。国宝だ。

 以前から一般公開されてはいたものの、その期間は夏の10日間のみにとどまり、見ることのできる人は多くはなく、知る人ぞ知る場所であることには変わりなかった。しかし、政府の観光立国方針により、去年(平成28年(2016))の春から、国公賓の礼遇に支障のない限りは随時公開する、ということになった。

 私は神宮周辺や、この赤坂御用地、皇居周辺はよく歩き回るし、またランニングの練成に使うことがある他、迎賓館は職場からよく見えるので、いつもこの壮大な建築物を外から眺めてはいた。かねがね「一度は入ってみたいなあ」と思っていたところだったのだ。そこへ、去年から誰でも見られるようになったわけである。

 一般公開日は前掲の内閣府サイト内に掲示される。同サイトから予約ができるので、念を入れて予約しておくのが安心ではあるが、当日飛び込みでも見学は可能だ。

 公開日の9時50分頃に四ツ谷駅に着く電車に乗れば申し分ない。私は予約なしで行って見た。

 正門前に行くと、腕章を付けた案内の人が沢山いる。予約をしてあれば予約票を、していなければ案内の人に言えば当日整理券の配布窓口を案内してくれる。配布は正門前の小机で行っている。満員で断られる、ということもあるのかもしれないが、今日の私に限っては特段支障はなく、当日整理券を貰って入ることができた。

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 列の尻について並ぶが、セキュリティチェックなどが厳しいため、30~40分くらいかかる。金属探知など、空港のセキュリティチェックと似たようなものだ。他に、持ち込みのペットボトルの飲料を、係員の目の前で「一口飲んで見せる」という面白いチェックがある。

 チェックが終わると、いよいよ本館に入る。

 本館内は撮影禁止で、残念ながら写真は撮れなかった。

 内部の様子を垣間見るには、政府インターネットテレビの紹介に映像があるので、事前に見ていくのも良い。政府インターネットテレビには他にも紹介動画がいくつかあって、それらの中では、先の動画も良いが、「徳光・木佐の知りたいニッポン!~迎賓館 赤坂離宮 一般公開の見どころ」という番組が親しみやすく分かりやすい。

 見物人は壮麗な館内を見て、ただただ驚くばかりである。天井や壁の隅まで、一分の隙もなく磨き抜かれ、チリ一つない。あちこちに大きな壁面鏡があるが、曇り一つない。寄木(よせぎ)の床は見たところ全部柾目(まさめ)の板で張られ、その完成度の高さに息を呑む。内外装は西欧の「ネオ・バロック」の様式を存分に取り入れて作られており、天井や壁は様々な意匠を凝らした画や模様で荘厳(しょうごん)されている。いずれも国宝級の、数々の装飾品や工芸品が惜しげもなく配置されて室内を飾り、只管(ひたすら)圧倒されるばかりである。

 この信じがたいほどの建物には、明治時代の金額で510万円あまりが投じられたという。直接現代の物価に換算すると950億円ほどになるらしいが、戦後だいぶ経った昭和49年当時でさえ、新たにこのような建築を試みれば、もはや入手が極めて困難な材料などが用いられていることもあって、2000億円でも無理なのではないか、と言われているらしい。

 建物の来歴を読んでいて驚くことがいくつかある。

 江戸時代からせいぜい40年程度しか経っていない頃にこういう壮大なものを建築した、ということ。また、それが単なる猿真似や張りぼての虚仮(こけ)脅しなどでない証拠には、関東大震災、東日本大震災の2度の揺れにもヒビ一つ入ることがなかったという事実。また、戦災で失われなかったことも稀有(けう)の事と思われる。これほど壮大なものが米軍の爆撃目標になって餌食にされなかったのは不思議である。

 館内は順路に従って見ていくようになっている。かなりのんびり見ても1時間か2時間ぐらいでたっぷり見ることができる。様々な国際会議、条約の調印などで実際に使われている場面の写真パネルなどが随所にあり、「ああ、ここであれが行われたのか!」と懐かしいものもある。故・大平正芳首相の頃の「東京サミット」(昭和54年(1979))の写真など、私も子供ながらよく覚えている場面があり、写っている故・マーガレット・サッチャー女史などまだまだ若く、当時のテレビニュースなどが思い出された。

 館内を見終わると、順路は広大な庭園に移る。庭園は撮影自由で、特に順路と言うものはなく、自由に散策できる。

 しかし、それにしても、嘆息すら漏れないほど、寸分の隙もない、国家の威厳と政府の威信を注入した、壮大な建築だ。

 更に前もって予約をし、抽籤で当たれば、「和風別館」という新しい建物が見学できるのだが、今回は見なかった。今度来るときには是非予約をして、そっちのほうも見てみたいと思う。

 ゴールデンウィーク特有の良い天気だ。建物が青空に映える。古色蒼然とした外壁、それこそ「度を外れた」としか言いようのない荘厳さがますます胸に迫る。

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 普段、迎賓館の近くを通りかかるときに目にする広大な黒松の庭園が「前庭」なのだが、その反対側に外から見ることのできない「主庭」があって、これは迎賓館本館の裏側にあたる。国宝の噴水があり、様々な花と樹木が植えられている。ちょうど躑躅が見頃だった。

 広大な庭園はいつまで見ていても飽きない。

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 前庭に出る。公開日にはちょっと洒落た屋台が出ていて、各種の美味しいワインとつまみ物などが楽しめる。私もよく冷えたグラスワインの白を、北海道産の「桜」という白(かび)タイプのチーズで一杯やってみた。チーズには小さなパンと、オリーブと胡瓜のピクルスがつき、どれもワインによく合う。

 のんびりと散策し、壮麗な建築を堪能すると、ちょうど昼過ぎになる。妻と相談し、赤坂の繁華街で昼食をとることにした。

 いつも国会図書館の帰りに赤坂へ行き、名代の蕎麦舗「室町砂場・赤坂店」に行くのだが、蕎麦舗へ直行ばかりしていて、赤坂のその他の事はよく知らなかった。その室町砂場の反対側の通りにTBSの放送センターがあるのは知っていたが、その周辺が「赤坂サカス」と言う複合施設で、楽しめる場所になっている、というのは妻から今日聞いて初めて知った。いつも素通りしていたので知らなかったのである。

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 妻がその「赤坂サカス」に行って見ようよ、というので、ぶらぶらと歩いていく。赤坂御用地の東側、新緑の外濠沿いに出てきたら、それが「紀之国坂」というところだ。ゆっくり歩いて坂を下り、外濠に沿っていくと地下鉄の赤坂見附駅の入り口に出る。そこから今度は右へ折れていくと赤坂の繁華街に出る。10分か20分ほどの散歩だ。

 赤坂サカスの中華レストラン「DRAGON RED RIVER」というところで日替わり定食など食べる。牛肉とトマトの旨炒め、春巻き、胡麻団子、卵のスープ、ご飯がついて1300円は安い。

 それから、TBS直営のスーベニア・ショップに寄って娘どもにお土産を買う。

 宮城鎮護の官幣大社・山王日枝神社へ詣で、永田町側へ行って総理官邸やその裏の料亭「黒澤」の建物などを見物し、半蔵門線に乗って帰宅した。

 春の日帰りにはまことに良い、楽しい行楽であった。

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皇居の周りは七分咲き~室町砂場・赤坂店~東急ハンズ

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 仕事が早く引けたので、皇居の西側、千鳥ヶ淵あたりから半蔵門、最高裁あたりまで、桜など見に行く。折から天気は良くなかったが、そこそこ咲いている。椿も美しい。国立劇場の前の桜は満開。

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 そのまま歩いて赤坂へ行き、室町砂場・赤坂店で一杯。

 帰り途、北千住の東急ハンズへ寄り、五勺の蛇の目猪口(じゃのめじょく)を買う。200円。そいつで晩酌。

春の皇居あたりをうろつく

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 今日はお世話になった方の壮行会があった。

 壮行会は夕刻からで、市ヶ谷見附で開かれる予定だ。

 朝起きてみると、大変良い天気だ。そろそろ花の頃である。それなら、と、カメラでも持って、繚乱直前、花の咲き始める皇居を歩いてみようと思った。

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 先月、同期生のO君と東御苑を歩き回ったところだったが、今日は大手町から桜田門、引き返して大手門から入り、東御苑を抜けて、永田町まで歩き、赤坂へ行って、取って返して市ヶ谷見附まで行った。

 料峭(りょうしょう)そのもの、肌を打つがごとしではあったが、それだけにいい日だった。

 春は去る人来る人、さまざまにドラマもある。去る人にはどうか体に気を付けて、健康に日々を送っていただきたいと思う。

皇居一般参賀・おじさん寸描

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 昨日、意を決して皇居の一般参賀に行き、その一部始終を書いておいた。

 ちょっと面白いことがあったが、書き洩らしたので、改めてここに記しておく。

 長和殿前広場で、私の後ろに年配の、声の大きいおじさんがいた。何人かのお連れさんと来ているようだった。70歳前後に見受けられたがもう少しお若かったかもしれない。喋る言葉は「東京弁」で、自他共に許す江戸ッ子と察せられた。

 このおじさんが微妙な面白さだった。

 長和殿に詰めかけて、私の後ろの辺りに場所を占めるや、お連れさんたちに

「いや~ァ、めぇったなァこりゃ、ずいぶンな混みようじゃァねいか、こんなンじゃあちぃとも拝めやしねいヨゥ!」

 それがまた遠慮のない大きい声で、私は「おっ、江戸ッ子が来た」と、ちょっと笑ってしまった。

 おじさんは大きな声で(あた)(はばか)りもなく気楽に喋る。

「あーっ、ああいうふうにカメラを上にあげて撮影されッと、後ろの方はたまんねェんだヨなァ、あれが邪魔で(めえ)が見えやァしねェんだから。もう、陛下がお出ましになるッてェと、コウ、みんな旗を振るだろ、余計に見えねェよゥ?!……ああっ、誰でェ、カメラはまだいいけど、なんつーんだい、アレ、なんだっけ、タブレット?……アレを高々と上に挙げてあのカメラでやられちゃア、後ろの方はたまったもんじゃアねぃやな(笑)」

 3列ぐらい前のほうにいた、その「10インチタブレットを高々と上げて背面カメラで撮影している、後ろの視界を邪魔する人」にもまる聴こえで、その人がそ~っと、申し訳なさそうにタブレットを下げる。

「オゥ、あのタブレット?を下げてくれやァがったなア、うれしいねエ~……」

 そのうち、テラスに天皇皇后両陛下、皇族方がお出ましになる。群衆はどよめき、それこそ押し合いへし合いになりだす。もう、大変な歓喜である。

 それまでは例のおじさんの聞こえよがしもあって、遠慮してカメラを下へおろしていた人たちも、今度は遠慮も糞もあったものかは、我先にカメラを差し上げ、(かしこ)きお姿を撮ろうと躍起だ。誰も彼も、カメラ視界の開けたところを確保しようと20センチ30センチ立ち位置を動こうとする。数万もの群衆がそうするものだから、一人一人の小さな動きが大きなうねりに増幅され、言って見ればリゾート施設の「波のあるプール」に放り込まれたような具合である。

 後ろのおじさんも、年配の人だからそれほど背が高くなく、どよめく群衆にモミクチャにされている。

「いやまったく、これじゃア、たまんねェよゥ!……見えやあしねェ~!」

 しかし、私は背伸びさえすれば、ほんの10センチの身長差、両陛下、皇族方のお姿をしっかりと拝することができた。そこで私が「天皇陛下万歳!」と喉も裂けよと絶叫していると、おじさん、私の後ろでモミクチャになりながら、

「いやちょイと、おまいさん、天皇陛下バンザイったって、これじゃあ、バンザイにも何にもなりゃアしねぇだろうよう!!だぁ~めだよウそんな万歳はああ~、そりゃアねエよウ!」

 私が「皇后陛下万歳!」と叫ぶと、

「皇后陛下ったって、おまいさん、ありゃあ美智子さんだよウ!」

 実は年配の一部世代の人には、「皇后陛下は民間から嫁いだ方なので、芯からの皇族ではないから、美智子さんと呼ぶ方が良い」と頑固に思っている人もたまにいるのである。ま、それはそれで、それぞれ人によって考え方もあるんじゃないですかね。

 ともあれ、だいたい年配の人は声が大きいもので、なんか面白く、おじさんには申し訳ないが、逆に(なご)んでしまった。

 その話とは別の話。

 人々がカメラやタブレットを差し上げて撮るので、その腕が邪魔で後ろの方からは全然前が見えないことは前記した。それを非と断じてか、もっとうんと後ろの方で、「カメラとタブレットを下げてくださーいッ!!」と前の人に大声で注意する「正義の参賀客」もいた。

 ところがこの人、1回、2回注意を叫んだだけでは(あきた)らず、3回も4回も、続けて5回、6回と「カメラとタブレットを下げてくださーいッ!!」と叫び続けた。正義を信じて疑わぬタイプなのだろう。のみならず、天皇陛下の御言葉が始まってもまだ叫んでいる。この男の正義の注意がうるさくて、天皇陛下の声がよく聞こえない事態となりかかった。

 これはいかん、と私も思った刹那、別の人、これは女の人だったが、

「ウルセェよ!!」

とその正義男に向けて鋭く一言ピシャリと放った。「正義のカメラとタブレット下げろ男」は、それっきり自分の非を悟ったか、シンと黙ってしまった。

 まあ、実際うるさかったからねえ(笑)。でも、ちょっとかわいそうにもなった。その男のしつこい注意で、少しはカメラやタブレットが下がったから。