雨月

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 仲秋の名月は一昨日だったが、天文学上の「望」は今夜だ。

 今夜は十七夜、いわゆる「立待月(たちまちづき)」である。

 それにしても、この土砂降りの雨と来たらどうだ。

 だが、雨の向うには、やはり月がある。月は、地上が雨であろうと雪であろうと、やはりその(おもて)を輝かせて、いるべき場所にいるだろう。

 昔の人にはセンスがあったもので、それを「雨月」と言った。いい言葉だな、と思う。

立待

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 今日は旧暦五月の立待月(十七夜)である。立待月は狭義には旧暦八月の十七夜のことで、仲秋の名月の二夜後だが、広義には普通の十七夜のことをこう呼んでもよい。

 気象庁から「梅雨入りらしい」という発表があったのは先週のことだが、暦の上の「入梅」は今日で、名実ともに梅雨入りしたと言えるだろう。

 それにしても雨が降らない。今のところ空梅雨らしい。一昨夜も昨夜も晴れて、夕方には月が綺麗だった。昨夕など気圧が下がったか、水の匂いがして風向きが変わり、遠雷が聞こえ、頭上に積乱雲が成長する気配すらあったが、結局私の周囲には雨は降らなかった。その後晴れて、暑い夜になった。

 こんな夕方には明るいうちに風呂をつかうにかぎる。

 さっさと汗を流したら、冷蔵庫から氷の塊を出してカチワリをたくさん作り、ウィスキーを飲むのが良い。飲み慣れたバランタイン、ひと瓶千円しない。風呂上がりに飲むなら、(つまみ)も水もいらないや。

 あちこちの植栽の、花皐月(さつき)のよっぽど遅咲きのものもそろそろ(しお)れた。少しすれば盛夏、ある意味また別れと出会いの季節である。

月は忌むべきものではない

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PHM24_0270 さて、毎年毎年、知ったかぶりの同じネタで恐縮だが…。 ‪

 秋の名物と言えば月である。しかし、「中秋の名月」が終わった途端、誰も月を見なくなってしまうことは残念なことだ。人々が三々五々祭りの喧騒から帰ってしまうような感じは、なんとしても惜しい。

 最近は欧米白人の言説に惑わされてか、「月の光を浴びると狂気が生じ、犯罪が多発する」なぞと言いふらす輩が増えているが、古来日本人は四季のはっきりとした日本の風土とともに独自の文化をはぐくみ、月を美しいものとして鑑賞してきたのであって、月を見たからと言っていちいち欲情したり犯罪に走っておっては身が持たぬ。

 一般ピープルは中秋の名月を見終わってサアヤレヤレ、ほなサイナラ、と月から去ってしまうが、私のような玄人(マテ(笑))は、ここからが違う。万事、「人のゆく裏に道あり花の山…」なのである。

 中秋の名月にしても、私なぞ、十五夜で大騒ぎはせぬ。まず、その前日、「十四夜」で騒ぎ始める。十四夜は「待宵(まつよい)」といい、また「小望月(こもちづき)」とも言う。翌日が十五夜であるから、これを明日に控えて待つ夜である。また「望月(もちづき)」に少し欠けているから小望月というわけだ。成長途上の若い果実がことさら愛しいように、少し満たない月の美しさもまた、愛でるべきものである。

便々(もやもや)もあらざる身過(みすぎ)小望月  佐藤俊夫

 さて、そうして十五夜を迎え、人々の喧騒が去ると、また私の出番(笑)となる。

 十五夜の翌夜は、そのまんま「十六夜」と言う。これは()んで「いざよい」である。また、既に満月が終わったところから、「既望(きぼう)」とも言う。これを音読するには、「希望」とは違って、最初の「き」にアクセントを置くことが正しい。いざよいの語源は、満月よりも出が少し遅れるので、ためらうという意味の古語「いざよふ」から付いたものという。

いざよひを母は病むらむ夜は来ぬ  佐藤俊夫

 この次もまだある。中秋の名月の二日後の月を「立待月(たちまちづき)」という。名月を過ぎると月の出がだんだん遅くなってくる。月の姿も痩せ始めるが、これを惜しんで「立って月を待つ…」ことから、立待月と言う。

立待や二人隠るゝやうにして  佐藤俊夫

 これくらいかというと、まだまだ月は終わらない。その翌晩の月を「居待月(ゐまちづき)」と言う。前日の立待月よりもまだ月の出が遅く、今度は座って待つところから居待月と呼ぶそうな。

名も知らぬ(こずえ)より()て居待月  佐藤俊夫

 まだありますよ(笑)。十九夜、つまり四夜後の月、もうこうなってくるとだんだん下弦に近づいてくるのであるが、この月を「寝待月(ねまちづき)」という。立って待ち、座って待って、遂には「寝転んで」待つ、ということで寝待月となるわけだ。同じ意味で「臥待月(ふしまちづき)」、あるいは「ふせまちづき」とも言う。夜の長い感じが段々に強くなる。

寝待月一盞(いっせん)さらに加へけり  佐藤俊夫

 これで終わりかと思ったら、まだまだ引っ張りますとも、ええ。二十夜の月を「更待月(ふけまちづき)」と言う。寝て待って、まだ月が出ず、夜更けまで待って、だが、もうこの頃はかなり月が欠けているから、「ああ、お月さん、終わっちゃう(涙)」という、そういう感懐もあろうか。寂莫たる秋の夜である。単に「二十日(はつか)月」と言ってもよい。

嬰児泣く声よ更待(ふけまち)出はじむる  佐藤俊夫

 で、二十夜も過ぎると、見えるところに月が上がってくるのは、午後九時ほどにもなってしまう。こうなると、月のことを言っているにもかかわらず、月を指して言わずに「宵闇(よいやみ)」なぞと言ってみたりする。

寸鉄を()宵闇(よいやみ)幕営地(ばくえいち)  佐藤俊夫

 さて、中秋の名月に続く夜々はこんな具合だが、まだ秋の月は終わらない。なかなかシツコイ(笑)。そのひと月後、つまり旧暦九月十五日(今年は10月19日(土)にあたる)も、当然満月である。これを「(のち)の月」と言うのだが、正確な満月の十五日ではなく、その二日前、十三日の夜を後の月と呼ぶ。つまり今年は10月17日(木)がその日だ。

 豆や栗を供え、「中秋の名月」のように月見をする。中秋の名月にだけ月見をして、この十三夜に月見をしないと、「片月見」と言って縁起がよくないものだそうな。

ひかり濃くベッドタウンの十三夜  佐藤俊夫

 なんにせよ、月は美しい。カレンダーというもののない昔の、文字の読めない人たちでも、「空にカレンダーがかかっているように」、月の満ち欠けで日にちを知ることができるという実用上の意味も月には大いにあった。妖怪や犯罪、性欲なぞ言う無粋なことはこの際置いて、かぐや姫のおとぎの居所を眺めてしみじみしたいものである。

月の季語、秋

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 歳時記を読んでいたら、秋季語の「名月」の周辺にたくさん月にからむ季語がある。

  •  待宵(まつよい)・小望月(こもちづき)

 十五夜前後の月で、明日の名月を待つ宵という心。

  •  無月(むげつ)・雨月(うげつ)

 曇って中秋の名月が見られぬのが無月、同じく雨なら雨月。

  •  三日月・新月

 秋季語の三日月・新月は、仲秋の月齢3。

  •  十六夜(いざよい)

 名月十五夜の翌日だから十六夜、日没からやや遅れて出るので、「いさよう(ためらうという意味)」月、という。

  •  立待月・十七夜(たちまちづき)

 十五夜から1日ごとに月の出るのが遅くなるが、「立って待つほどに上ってくる」と言う意味。

  •  居待月(ゐまちづき)

 十八日の月。前夜より30分ほど月の出が遅れるので、座って(居て)待つ、という意味。

  •  臥待月(ふしまちづき)

 十九日の月。月の出は更に遅れ、臥しながら待つ、という意味。

  •  更待月(ふけまちづき)

 二十日の月。夜もふけて待つ。

  •  宵闇

 いよいよ月の出が遅くなり、夜が暗い。