吉村昭いくつか再読

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 秋田で熊害(ゆうがい)があった。(たけのこ)取りの老人が何人も熊に襲われて亡くなったのだ。この筍は東北より南でいう普通の筍とは違い、根曲(ねまがり)竹という一種の笹竹の筍だ。()の地ではスズタケとかスズノコとも呼ばれ、今の時季を逃すと味わえない。珍味であり、儲けにもなるものだからその採集は争いになるほど盛んである。熊が旺盛な食欲を発揮する今の時季に、余人には内緒の穴場へ入り込むことが大収穫の秘訣でもあって、それで今回のような事件が起こってしまう。いずれ星霜を経た人生達者の老人たちであり、なんとも痛ましいことだ。冥福をお祈りする。

 この熊害のことに絡んで、なにやら大正時代の「北海道・三毛別(さんけべつ)羆事件」のことが話題になっているようだ。

 三毛別の事件は(ひぐま)によるもので、しかも居住集落でのことだ。秋田の一連の事件は月の輪熊によるものだし、山林でのことなので、三毛別羆事件とはやや内容を異にする。

 さておき、私も若い頃は登山が好きで、春夏秋冬問わず北海道の山林を跋渉(ばっしょう)した。北海道の山林では羆の害はつきもので、これを避けるのは一種のたしなみというか、義務であった。よくよく羆は避けなければならなかったから、生態などもよく研究して山に入った。


 当時、そのようにして羆のことを研究するうち、この三毛別羆事件に題材をとったノンフィクション作品があることを知った。それが、吉村昭の「羆嵐(くまあらし)」である。

 他に、吉村昭には「北海道三部作」とも呼べるものが二つあり、それが「破獄」と「赤い人」だ。


 これらを思い出したので、ちょっとまたパラパラッとめくってみたくなった。ところが、本棚を探したところ、「赤い人」はあるけれど、「破獄」と「羆嵐」が見当たらない。

 記憶をたどってみると、長女が生まれた頃、妻と二人で住んでいたアパートが手狭で、何千冊という本を手放してしまったのだが、どうもその時に捨てたらしいことを思い出した。


 今だったらスキャナで取り込んでしまう(所謂(いわゆる)「自炊」)のだが、当時はそういう手段もなく、泣く泣く捨てたのだった。

 で、つい、ついつい、もう一回買ってしまった。勿体ないけど、まあ、いいや(笑)。

「吉村昭いくつか再読」への2件のフィードバック

  1. こんばんは。わたしも羆嵐を思い出しました。熊の胃袋から人体や衣服が出てくる場面もあったと記憶してます。吉村さん淡淡と書き連ねているのが恐ろしさを増幅させます。北海道の開拓時代のすさまじさをひしひしと感じました。(元北海道民だけに)丸腰の人間は弱っちい。笹筍の美味しさも高値で売れるのもここは捨てて命が大事だよなあと思うのです。人と獣との共存なんてできるはずないのだから弱い方が逃げなくちゃね。

    1. >さとうみちこ様

       「羆嵐」は名作でした。なにより、重要な登場人物、山岡銀四郎が大変魅力的に描かれています。実話では山本兵吉という人で、小説とは違っていい人だったと資料には書かれておりました。

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