私のデスクトップと私の自己認識

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 私は、私を知る人、友人知己、同僚、同期生、同級生などの間で、「パソコンマニアで、パソコンに詳しい奴」ということに、どうやらなっている。

 それだから、私の友人は、パソコンが壊れたり、ソフトの使い方が分からなかったり、時あって新しいパソコンを買う段になったりすると、よく「どうしたらいい?」「どんなの買ったらいいかな?」と私に尋ねる。職場などでも、「エクセルでこういうことがしたいのだけど、どういうふうにしたらいい?」と上司や同僚に聞かれることが多い。

 ところが、実のところ、私はパソコンにはあまり詳しくないのだ。隠しているわけではないのだが、大声で「私はパソコンに強くありません」と宣伝するようなことでもないので、黙っている。エクセルやパワーポイントのことなど、そもそも私物では持ってすらいないので、聞かれても何もわからない。

 しかし、せっかく人様が私を買い、愛顧し、あてにしてくれているのだから、それに応えることは正しいことだと思い、調べるなり、知っている人に聞くなりして、できるだけ相手の質問に答えるようにしている。

 そんな私なので、自宅のパソコンはできるだけ性能の高いものを使ってはいるものの、凝った拡張ボードや珍しい周辺機器など取り付けてはおらず、質実剛健である。

 デスクトップなんか、下のような状況である。

私のデスクトップ

 ご覧のとおり、「明窓浄机(めいそうじょうき)」を地でいく。何もない。ソフトもあまり入っていない。ワープロソフトなどは、15年前の「ロータス・スーパーオフィス2000」をいまだに使っている。セキュリティ上良くないから替えろという向きもあるかもしれないが、閉じた使い方しかしていないので、まず問題はない。これは自宅のデスクトップだが、職場のパソコンもこんな具合にしている。変なアイコンがいっぱいあると、混乱してわけがわからなくなり仕事でミスをしてしまうので、転勤先のパソコンのデスクトップにアイコンがいっぱいあると、まず全部消してしまう。

 プログラムを書くときは、「viエディタ」ぐらいしか使っていない。ホームページやWebコンテンツを書くのには「メモ帳」を使っている。どんなソフトがあるのかも、実はよく知らない。なので、その都度詳しい人に聞いている。本当はマイクロソフトの「Visual Studio」などを使いたいのがやまやまなのだが、高いし、お金もないので、買えない。仕方がないからLinux上でgccなどを使う。比較的大きなプログラムを書いても、これで不足はない。

 Linuxマシンも使っているが、性能が低いものを使っているので、Xを動かすのが面倒くさく、入れていない。画面なんか、正真正銘これっきりである。

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 我ながら、なんでこうなってしまったのかと思わなくもないが、裕福ではないのだから、しょうがない。

 「アンタ技術者ぶってるけど一体なんなんですか。そんなんじゃタダの人じゃないですか」と言われると返答に窮するのだが、実際そのとおりなので、お恥ずかしい限りである。私は普通の人よりかはデジタルには詳しいかもしれないが、しかし、新製品のことなどほとんど知らない。デジタルの新製品は好きだが、金がなくてどうせ買えないことが悔しく、欲しくて悲しくなってしまうので、広告なども出来るだけ見ないようにしている。

 私の職場ではどうも、「パソコンに詳しい人と言うのは同時にアニメや美少女やアイドル、漫画などが好きなオタクで、目的と手段を取り違えがちな偏執狂的な人物」というふうに定義づけている人が多い。このため、私について、「佐藤さんという人はパソコンにめっぽう詳しいらしいよ」という評判が立ったりすると、転勤先などでまだ一言も喋ったことがない初対面の相手なのにもかかわらず、アニメやアイドル、美少女や漫画などの話を吹っ掛けられたりして、わけがわからず、困ってしまうことがある。転勤先の上司から、まだ一言も喋ったことがないのに「いいか、佐藤、物事は目的が大事なんだぞ。マニアックばかりではいかん」などと一くさり喰らわされたりする。言っては何だが、私は可能な限り本来の目的を大切にし、常に目的に立ち返って物事に処するようにしており、偏執のために迷路に入り込むということはこれまでに(ほとん)どなかったと自負しているのだが、上司にはそう見えないらしい。

 どうせ、次の転勤先でも、喋る前からオタク扱いされると思うのだが、もがいてもしょうがないので、言い訳をせず、適当に放っておくことにする。自然に生きたい。

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