春夜

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 降りつのっていた雨がからりと晴れ上がると、うたた高気圧性の風に吹かれて既に桜は散りはじめている。

 市ヶ谷見附の交差点で外濠の水面をながめていると、つい足が靖国通りへ向く。

 靖国通りの桜が散る下、金曜の夜を夜桜で楽しもうというつとめ人の男女が、罪のない笑顔を浮かべて和やかにそぞろ歩いていく。

 私もふと千鳥ヶ淵の夜の花筏に心惹かれぬでもなかったのだが、去年の大鳥居から手前の喧騒が思いやられ、増辰海苔店で好物の海苔を需めて引き返す。

 五日の月がするどい筈の尖りをおぼろに鈍らせてひょいと浮かんでいる。春夜は花の匂いの底に麝香のような淫靡な香りをしのばせている。

この日々に

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 職場の隅の、ごく日当たりの良い場所の桜が早咲きしている。

 下の娘の小学校入学準備を少しづつ進め、雛祭りもささやかに済ませた。日が長くなり、空気のそこここに春の匂いをかぎとることの多い日々である。

 この日々に「春の予感」というブレスラゥアーの曲を練習することになるとは、まことに不思議なことだ。まったく、人生の奇遇というよりほかはない。

 春を迎える気持ちを込めて、今日もピアノのおさらいをした。

 あらゆる日々は新しい日々で、あらゆる春は一度きりしかないかけがえのない春である。この春も、また。