平成25年いっぱいの佐藤俊夫俳句

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不信心ちくりと痛し松飾

初東風の鉄路に颯と強からず

声低くなりて吸ひけり雑煮椀

裏がへす賀状の赤に衝かれけり

かんなぎの爪淡白に初詣

人は皆血も骨も眼も寒に入る

寒に入ること言ひにけりいとま無し

小寒を吾子跳びはねつ帰りけり

オイと人声にてPoke寒がらす

歌といふものなく寒鴉いどみくる

覚悟など言ふまでもなし寒に入る

人日や変哲もなき明けの駅

人日の始末一本槍の如

レントゲン欅枯る如透きにけり

猿曳の半纏赤く街低し

鏡割舅ゐぬ事殊更に

遠富士も寒に入りけり私鉄線

かまくらの明り瞑りてをりにけり

息つめて言葉は万と初句会

石膏の如く白鳥をりにけり

かまくらの一つに情痴めくほむら

餅花の紅の力を得てしがな

点在のかまくらに人なかりけり

小正月廃るゝ唄の聴こえけり

阪神忌雀を慈しみて朝

去り難し霜焼けの指さよならを

妻のゐぬ夜を過しかぬ薬喰ひ

かんなぎに霜焼あらん杜暝し

鴨あそべ大和島根はかくもある

眼鏡など拭き寒喰ひの論を止む

遠野まで暗くなりけり雪もよい

大寒や身捨つるほどの意義の地に

寒椿来し方これを贈らざる

蜜柑さへ笑みてゐたりき帰りたし

採氷の湖胡麻粒の如く人

裸木の温みを知るや無垢無邪気

冬月も莞爾とベッドタウン哉

裸木の温みを知るや無邪気の手

燈明の見ゆる麓や冬安居

高楼を知らぬげの銀冬の海

釣堀に竿軟らかし春隣

凍滝に星も落つらむ音白し

嘘などもありて垂氷に憐れまる

春めくや武蔵野の雲溶けて昼

寒椿何の映画の紅さぞや

彼の影手を切る如し冬の果

春めくや掛取りの足さぞ急きて

佳き事の多かりし冬果てにけり

立春の気味鴉にも猫にも来

あけぼのに春めく音のなかりけり

立春や鉄路の夜明け煌々と

雨握る拳二月の固さかな

岩海苔やその日の五人瓶ひとつ

初午の幟彩々はれわたる

懐かしき一瓶を酌め日脚伸ぶ

クロッカス植うらむくにへ二十余里

春泥に脛汚してや半ズボン

春スキーワックス論の男共

子等の髷短し絵踏捗りぬ

鉛筆の文かするゝや春遅し

石段の角まろき谷水温む

草萌ゆる上あまりにも雲速し

あのひとに降りけむ春の雨届く

春燈の昏さ一盞おぼつかず

風呂窓に春暁入るや唄低し

朝まだき獺祭のうを干からびる

獺祭の鱗曙光にひかるらむ

ひつそりと帰るひとあり斑雪

春ショール巻きて夕べを忘れけり

バーボンのグラスかちりと冴返る

料峭の音鉄橋を渡りけり

靖国や夜々に桜の芽は充つる

魂魄もかくや椿の葉は万と

麗日の電車とろりと都心迄

蕗の芽をほろほろ噛む夜澄みゆかず

浅春の波細やかに池黒し

恋猫のジャズ・ノートにも似たりけり

春塵にいでてや光こそあらめ

春寒や隣家のあかり乃し消ゆ

焼山の型に青空切り抜かる

重空の意外に青し二月逝く

囀の色は白きや降りきたる

見ぬふりの姉妹喧嘩や古ひいな

待つことは大人のならひ春動く

半世紀瞋恚あるなし妻の雛

霾天の奥幾億の眼のひかり

朧月更地の上に痩せ細る

霊気凝るごとく花芽の忠魂碑

笑顔さへ角も取れけり霾

霾天の下老人の耳遠し

霾りの土手に蛇行の轍かな

神農の声張り上げて梅の昼

外濠を揺らしてドウと春嵐

彩々に春を載せけり停電車

春陰にがしりと重し聖橋

晴嵐に似合わぬ春の甘味かな

去る彼も居残る我と春疾風

彼も去らば風光りけりさようなら

のろのろと雨拾ひけり春の闇

人もなく罪なくげんげ野の嵐

靖国や五体を花の下に恥づ

春陰を纏ふ擬宝珠の鬱金かな

神保町顔Yシヤツもドカと春

容れらるゝこともあるべし春彼岸

春塵やをみなのきびす瞬転す

佐保姫のこゑの如しや水ながる

花曇ベッドタウンに罪あらず

むさし野を隔つ筑波の山笑ふ

はしゃぐこと静かにおさむ初桜

彼我の間に高くきららと彼岸潮

端的に不倫と言はず春の雨

週末や私鉄に沿ひて花曇

朧月ピンクノイズを胃の腑迄

満載の艀も鈍し春の川

春天にくるまれてゐる眠き哉

旅もはや終ひの車窓や残る雪

花冷えの駅やスーツは陸続と

呻吟やまた霾天の街の底

春服に居眠り蔽ふたよりなし

小娘の嵩日々変はる花の候

万愚節あの子晴野を走ってく

花筏避ける水棹の不慣れかな

雨に色つけて散りけりさくら花

拘りもあるや懐かぬ猫の夫

新社員視線投ぐるや濠の波

泣く事もありけり百花繚乱す

春荒の空へ手を振る梢かな

農のこと会議してゐる葱坊主

桃色の真逆に止みぬ春の雷

新緑や研修生の背を押す

パトカーの底も真つ赤に冴へ返る

パトカーの底も真つ赤に冴返る

新緑の下女めく無口の子

桜餅ひとつ残りて夜は朝に

今やつと街春闌けて目覚むらん

ソプラノの歌をてんでに花躑躅

わがことをまたぼんやりと木の芽和へ

山独活のあをそれほどに青くなし

言ふことの在るゆゑ躑躅この色す

花水木はや通学に慣るゝ路

啓かるゝ街に沿ひけり花水木

先生の噂花水木の街路

音もなく黒部鎮むや蜃気楼

小糠雨はや背に重し伊勢参

君の脛白し春夜の端にゐる

燕も稍遅く飛ぶ曇かな

生きて在る痛みもあらばけふ穀雨

春濤の奥に富士あり雲厚し

武蔵野や溜りも黒し残る鴨

罪の在る写像を言ふや石鹸玉

ユリノキの葉に風当てて夏隣

同じ顔してまた迎ふ花躑躅

スカートの紅さ遠かり豆の花

五月てふ上着のフード重からず

育まるもの陰連れて竹の秋

殺生もある潮の香や河豚供養

蒼天に雲生れてけふ昭和の日

春筍を買ひ来たりけり扨夜は

曇りけり勿忘草と過ぎゆきと

揺れ遅し洗濯物に四月尽く

雲独り憲法記念日は晴るゝ

夏立つや旗竿きらと軒高に

新しき茶を持ちて来よ伝多し

ベランダの左右すがしやこどもの日

つい歌ふ九夏の端や闇軽し

男の子をらでかしまし柏餅

むさし野や驟雨馬の背のみならず

新緑の工事現場や打音張る

竣工のマンションあれに風薫る

薫風やそろそろ目覚む住宅地

すみだ川黒光りして風薫る

夏蝶のゐる心地してまたゐ寝る

行水の肌もすべらにウィスキー

端居してカットグラスを見詰めけり

姉めくや同級生の洗ひ髪

韜晦に慰めありてサングラス

魂還る市ヶ谷台の木下闇

片陰も早し人その脚速し

みづ色に予報図も冷ゆ走梅雨

待人や衣更へのち笑みて来つ

帰りなむ驟雨の気味は風を染む

走梅雨ノー・ダメージと言ひにけり

一むらの笑みあかあかと花さつき

雨蛙眼の醒むる程緑濡る

庭の狭や蟷螂生るあをし濃し

ひと息にからころと置くラムネ瓶

蒼穹と吾を隔つやつばくらめ

吾がうへも汝がうへも梅雨かな

尾の揺れも大儀さうなり大緋鯉

黒鍵の響きかそけし五月闇

万緑に依れたまきはる命こそ

赤き汗拭をみなごのをるらむ

責難は成事にあらず今年竹

惜別を今年竹にも寄せにけり

あぢさゐの佳し老人の家ならむ

掌裏にくたる悔しく汗拭ひ

鳴る前に目覚まし止むや夏いたる

辛き酒注ぐ頃合ひや燈取虫

まらうどの帰る梅雨寒暮れはじむ

やご生るゝ様見入る子の頚細し

燈取虫死にて修飾ともならず

五月雨の切れ間や一書誰に宛つ

千住から日光みちを夏の月

かの人も端居するらむ酒の味

あなたとの事青梅雨の先に在る

果てもなく咲くらむ百合の谷遠し

懊悩と言ふ程でなし半夏生

高気圧パイナップルの棘に吹く

棘痛しパイナップルと高気圧

雲の峰取らば取り得る程近し

端居ふと双肌窶る事を知る

をしむべき優しき事や夜短し

木下闇正邪の論を嗤ひけり

肌白き少女の汗や晴れ上がる

ゆつくりと水飲む喉やけふ小暑

たまきはるいのちの半ば暑気払い

たまきはるいのちの半ば暑気払ひ

なすことを為すそばかすの炎暑かな

「疲れたわ」妻に梅酒を酌みにけり

父をればビール瓶さへ恐ろしき

一つ減る心配事や風涼し

地に沿へど花魁草は空のいろ

けふ終ふる期末試験や青田風

靴下も穿かず夏芝こそばゆし

甲虫ゐる気配して閨の街

我がことをいとしむべかり夏やつれ

蜜垂るゝ如く遍し夏の月

大暑てふ疲れの味も鹹き

低徊のサングラスはや正午かな

あつさりと喰らふ四十路や冷し汁

炎天にをみなはなべて色白し

百日紅赤し向かひ家孫来たる

期する事都心へ高し雲の峰

いきものの性止むを得ず夜の蝉

土用波九十九里にも高からむ

屈託を雪ぐ荒さや蝉時雨

終業や否夕焼けは澄んでゐる

蝉時雨聴きて暮るらむ人を恋ふ

宿六を起こしてどんと揚花火

かはほりを肯ふところありて夜

絞り稍開くカメラに秋隣

罪すこと秋隣にもありにけり

赦さるゝこと何時かあれ夏の果て

かなぶんのかけらはキラと街の隅

結納の済む縁先や酔芙蓉

四人にはをさまり佳き屋秋暑し

山祇も哭くや八月いくさやむ

秋暑し昭和は遠くなりにけり

夕まぐれ空のあを濃き残暑かな

新豆腐暮るれば角の濡れひかる

戸口まで送らば眩し秋旱

生るゝものみな智慧聡き葉月かな

撹乱や脚ほそぼそと押し黙る

君との間一つ置かるヽ小鰭かな

あを瓢長し似る人ありぬべし

所望する朋友ありて走蕎麦

秋扇せはしき話相手かな

稲妻やサイレンの間のおそろしき

秋口は如何にぞと文手は細し

地方都市駅舎に秋の燈は点る

あるなしの議論は昨夜盆の月

墓々にゑのころ草の生ひにけり

曙光やゝ眩しく低く涼新た

棟上の槌音硬し涼新た

犬蓼や電信柱曇天に

あかまんま笑ひ転げて口づけす

嵐未だ庭にはえ来ず青蜜柑

寒蝉の止むや漆喰塗り終る

夕暮れの雲もぽつりと震災忌

軽トラの白桃すべて産毛づく

秋涼をさもさも望之似木鶏矣(デクににやがって)

秋の燈へ帰らざらまし雨止みぬ

何事の卒る心地ぞけふ白露

山水に理路うつくしく龍田姫

南京の味の眠さや昼餉すむ

煮炊きの香弓張月を背に帰る

稲掛の向う普く陽の昇る

山祇の物言ふが如木通あく

花紅き模様の裾も秋祭

わが庭に一色足らず小鳥来る

月ひとつ喰うてしがなと帰る途

吾子の唄吸ひて月やゝ膨れけり

十六夜を母は病むらむ夜は来ぬ

空高し普請の響き消えてゆく

おゝ怖わと毒茸跨ぐ里古し

月欠けて馬鹿は死ぬやら生きるやら

指のあと残る土師器や古酒は澄む

燈ともしの頃茸飯の色を誉む

広峰を増位へ行くやましら酒

柚子ひとつ需むる舗や黄に赤に

ゐ寝てより縁をなゝめに後の月

秋霖の強きにひと日暮れにけり

走蕎麦青みはかくも還れ友

さなきだに老いは拙し菊枕

柿守の子は国道を睨みけり

酒もやゝ濃きを欲して秋湿

かの日々も芒垂れけむ戦やむ

じんと音聴こゆる程に暮の秋

むさし野のしら露に雲映りけり

やゝ濡れてゐる裾連れて秋の暮

馳す人に家もありけり秋時雨

学窓の山茶花滲む次はいつ

優男夜々燗酒を呷るとは

猪口ひとつ潤目の塩を噛みて愚痴

しぐるゝや走者眦たかく過ぐ

黝く冬麗俺を嗤うとは

時雨来る真空めいて彼の場所

火吹竹影をなゝめに黙りゐる

冬天を国際線は裂くが如

水洟に唄なぞあらず強き酒

念彼観音力冬ざれをすみだ川

枯園に重機のあぎと人は死す

まらうとは来ず大雪の日暮れかな

鰤起し撃つらむ水も膨る如

わが胸を刺さばや冴ゆる月をもて

開戦の日の悲願てふ字や淡し

核家族背もさまざまに畳換

短日やごめんなさいもさよならも

我が翳のをしくもあるよ一茶の忌

はや五年ポインセチアを呉れしこと

襟足もふと情痴めく年忘れ

玉にぬく冬至の糸を惜しみけり

年守の瞼は重し猪口ひとつ

よもやまに箸のろのろと去年今年

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