ふと自分のブログを見ていたら、昨夕遅く、唄入り観音経ファンの方からコメントがついている。
浪曲は古い話題なので、めったなことでコメントがつくことなどないが、ありがたいことである。
さて、この方のコメントにも少し触れられているが、三門博の「唄入り観音経」、題材になっている「観音経」の一節のテキストが、ネット上では少々見つけにくいようだ。
勿論、昔と違って、観音経のテキストそのものはネット上で簡単に見つかる時代になったが、「<ruby>~</ruby>タグ」で囲ってルビを打ったものはどうやら見つからないようだ。つまり、だから「唄入り観音経」の歌詞を耳で聞いてネットで検索しても、ヒットしにくいのである。
そこで私が打ち込み直し、ネットに放流しておくことにした。
経典「妙法蓮華経」は長大な経であり、おいそれとブログに載せられるような大きさではないが、良く知られ、また在家信者の勤行でも読まれることのある「観世音菩薩
私の宗旨は真言宗で、法華宗門とは異なる。しかし観音経は、実は真言宗でも勤行に用いられるのである。特に高野山真言宗から分かれた
下に書き出したのがそれである。無論、著作権は消滅しているから、どうなとコピペ可能である。
妙法蓮華経
観世音菩薩普門品 第二十五偈
世尊妙相具 我今重問彼 佛子何因縁 名為観世音
具足妙曹尊 偈答無盡意 汝聴観音行 善応諸方所
弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億佛 発大清浄願
我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦
假使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没
或在須弥峯 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住
或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛
或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心
或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
或囚禁枷鎖 手足被柱械 念彼観音力 釈然得解脱
呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害 若悪獣圍繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無邊方
玩蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自回去
雲雷鼓掣電 降雹濡大雨 念彼観音力 応時得消散
衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦
具足神通力 廣修智方便 十方諸国土 無刹不現身
種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅
真観清浄観 廣大智慧観 悲観及慈観 浄願常譫仰
無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間
悲體戒雷震 慈意妙大雲 濡甘露法雨 滅除煩悩焔
諍訟経官処 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散
妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念
念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼
爾時持地菩薩 即従座起 前白佛言 世尊 若有衆生 聞是観世音菩薩品 自在之業 普門示現 神通力者
当知是人 功徳不少佛説是普門品時衆中 八萬四千衆生
皆発無等等 阿耨多羅三藐三菩提心
三門博の「唄入り観音経」では、このうちの何か所かが使われる。
私の持っているCDのうち、左のテイチクのものでは、以前に書いたこともあるが、最も有名な「本題」の「唄入り観音経」がまったく入っておらず、少し違う話になっている。だが、観音経そのものはところどころに使われており、例えば有名な「
〽 遠くちらちら
燈 りが揺れる
あれは言問 こちらを見れば
誰を待乳 の舫舟
月にひと声 雁が鳴く
秋の夜更けの吾妻橋
世尊妙相具 我今重問彼
佛子何因縁 名為観世音
具足妙曹尊 偈答無盡意
汝聴観音行 善応諸方所
また、名奉行大岡越前の裁きを受けて改心し、罪を許された木鼠の吉五郎が仏門に入るシーンでは
〽 前非を悔いた吉五郎は
名も西念と改めて
頭丸めて仏門の
御 弟子となりて国々を
具足妙曹尊 偈答無盡意
汝聴観音行 善応諸方所
弘誓深如海 歴劫不思議
侍多千億佛 発大清浄願
我為汝略説 聞名及見身
心念不空過 能滅諸有苦
また別に、美空ひばりも唄った、「本題」のほうが入った戦前の本来の作品の方で、和尚に観音経を教わった百姓の甚兵衛爺さんが、婆さんと唄のように繰り返すのがこの部分である。
或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
「長くて覚えづらい、ワケがわからない」と訴える無学文盲の百姓甚兵衛に、和尚は「全部唱えずともよい、『
(「唄入り観音経」本題入りの音源の、後半の一部)和尚 甚兵衛さん良く打ち明けた。法華の大師日蓮上人が由比ガ浜竜の口の御災難の時に唱えられた観音経と言うお経がある。上人はこのお経の御利益によって危うき一命が救われた。この観音経を教えてやるから恩人木鼠吉五郎様のためと唱えておやり、観音経一巻を覚えるには一心不乱に稽古しても四五年はかかるぞよ甚兵衛 そんなに長くなくって、アッサリ教えて下さいまし和尚 アッサリとはいかないが、有り難いところ二言 三言 だけ教えてやる。今唱えるから聞き落としのないようによく聞きなされや……と、
傍 にあったる鐘を引き寄せて撞木を握り威儀を正して鐘の縁を力に任せて一つ、ごぉ~ん
その鐘の音色に
音声 を乗せ〽或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊 ~……和尚 どうじゃ、お判りかな甚兵衛 初めのほうはちっとも判らねえでがす和尚 中ほどはどうじゃ甚兵衛 少し判りました和尚 前の方は甚兵衛 丸ッきし和尚 なんだい、それじゃ皆ンな判らないんじゃないか。……お経の意味を覚えなさい。さすればお経に趣味が出てすぐに文句が覚えられる。〽 「或遭王難苦 」ということは王難の苦しみに遭うということ「臨刑欲寿終 」とは刑場で命終わらんとするときをいう「念彼観音力 」とは観音様の力にお縋 りをする「刀尋段段壊 」とは当たる刃物が切れ切れになるということ和尚 一口に言えば災難のために、刑場で命終わらんとする時に、観音経を唱え奉れば御利益あらたかにましまして、自分の身体へ当たってくる刃物が途中でポッキリ折れて、身体に傷が付かずに命も助かるということを、それ観音経になぞらえて……〽或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊 ~……和尚 どうじゃ、甚兵衛さんや、お経の有難味が少しは分かったか甚兵衛 へぇ、有り難すぎて、みんな忘れちまった和尚 困ったねえ、ではこうしなさい、前ふた言 抜いて、後ふた言 だけ覚えなさい。『念彼観音力 刀尋段段壊 』……と、このくらいのことは覚えられるだろう婆さん とっても駄目だい甚兵衛 なに言ってるだ婆さん、俺がみんな聞いてもすぐ忘れちまうから、お前半分覚えろ。半分ずつッか無 ェんなら忘れなかんべ幸い婆さんが来ていたから半分後を覚えてもらい、ありがとうごぜえましたと
暇 を告げて表へ出た〽 忘れちゃいけない婆さんよ今教えて貰った観音経を 大恩人のためだから わしが前を半分やるで
お前が半分後から唱えておくれよと言えば婆さんにっこり笑い
これさ 爺さんよくおきき
今は梅干婆あでも
娘の頃には村一番の声よしで
盆踊りの時などは櫓の上で若い衆と音頭取りしたこともある
さすりゃ昔の杵柄で 歳は取っても歯は抜けてても
声のほうではお前にゃ負けない これさ 爺さんしっかりおいで甚兵衛 生意気なことをコクなこの婆あ先に立ったる爺さんが しわがれ声を張り上げて
念彼観音力 ~
と唱えましたら婆さんが鉄漿 だらけの歯を剥 き出してなんの負けよう爺さん如きに声の方ではひけとらないぞえ
刀尋段段壊 ~甚兵衛 来たなァ、婆あ〽念彼観音力 刀尋段段壊 と 唱えながらに行くのをば 村の若い衆が 耳にして
「野郎、お
前 」「なんだ茂十」
「
下 の甚兵衛、婆アと掛け合いで変なこと言ってくが、アリャ何だ」「わかったぞ、この
間 、甚兵衛、村の使いで江戸さ行ってきた、その時覚えてきた、ありゃ大方、江戸の流行唄 だべ」「流行唄?……へぇ~、面白ェ唄だな、半分づつ掛け合いだ、唄に囃子がネェと仕ッ方ないから、囃子ィ付けてやるべ、調子を外すと聞きづれェから、しっかり来いよ、始めるぞ」
村帰りと見えて鍬を一丁づつ担いでいた、その鍬の柄を叩いて拍子を取って
〽 茂十が先に歌い出すさあさ 出したぞ ヨ~イヤナ~
念彼観音力 ~
と唄い出したら次郎兵衛が
それに調子を合わせまして
刀尋 ~ キタコラ エ~段段壊 ッ、あァ~コ~ラショっと……「こりゃいいやィ」
……そうして、あとはご存知、お経の一節をすっかりお囃子か唄か何かと勘違いした若者たちの口から口へ、ついには観音経が奥州一円のヒット・ナンバーとなり、子守りの女の子が赤ん坊を寝かしつける子守唄にまで「観音経アレンジ」が入ってしまう、という筋書きである。その子守歌こそ、三門博一世一代、美空ひばりの幻のナンバーでもある「唄入り観音経」である。