読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集第12巻、「美の本体(岸田劉生)/芸術に関する101章(アラン)/ロダンの言葉(A.ロダン)/ゴッホの手紙(V.ゴッホ)/回想のセザンヌ(E.ベルナール)/ベートーヴェンの生涯(ロマン・ロラン)」を読んでいる。

 収載書の四つ目、「ゴッホの手紙」(V.ゴッホ Vincent Willem van Gogh 著・三好達治訳)を読み終わった。

 ゴッホと言うと、言わずと知れた「ポスト印象派」の代表的画家でありながら、不遇や、狂気に(さいな)まれ早世した人だとされているように思われる。ところが、画家として精魂を傾けた短い年月に残した作品は驚くほどの量である。その量たるや、たった10年の間に2100枚以上に及ぶという。

 この書簡集を読んで感じたことは、ゴッホは文章にしても、「書いて書いて書いて、書きつくしてなお書いた」というふうに感じられることだ。すなわち、仮に現在知られているゴッホの手紙を全て日本語に翻訳したら、原稿用紙でおよそ7千枚にもなるそうである。今残っているものだけでもこれだけのあるのだから、その量は途方もなく、尋常ではない。

 文章を書くことも絵を描くことも、ゴッホにとっては「表現」ないし「表出」の、燃え出るごとき欲求のやまざるところであったのだ。愛する人々に送った書簡の数々は、息を呑むような美しい風景の描写とそれへの賛嘆に彩られ、かつ、苦悩と自嘲と、それを乗り越えんとする意思とに満ちている。

 もしゴッホが画家を志さず、文筆家を志したら、これも後世評価を得たのではなかろうか、などと感じる。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第12巻「ゴッホの手紙」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.455より
(651)〔オーヴェール 一八九〇年七月二十三日〕

 愛する弟よ。

 君の手紙と、同封の五〇フランの手形と、きょう、ありがたく受け取った。

 たぶん、僕は君に向けて書きたいことがいっぱいあるはずなのだが、それを書き始める気にならない。書こうという欲望が、ぜんぜん起らないのだ。なにやら、書いてもむだだ、という感じがするのだ。

 僕は、君の所へ、例の紳士がたお歴々が、よい仕事をもってきてくれるといいがな、と願っている。

 僕自身についていえば、僕は、ひたすらカンヴァスに打ちこんでいる。かねてから敬愛し賛美していた画家たちに負けないような、よい仕事をしたい、と努力している。

 いまや、僕は、どたん場の所まで引き退った。僕は考えるんだが、絵かきってやつは、ますます背中を壁に押し付けられ、ますます窮地におちいりながら、血みどろの戦いをするものなんだね。

 それならば、それでいいんだ。……しかし、画家たちに、むしろ時機遅きに失した感のある、あの団結の有用性を理解させるように努力する時期は、今なのではあるまいか? かりに団結の形態がととのったところで、いっぽうで、残余の者の足並みが揃わなければ、結局、失敗に終わってしまうだろう。何人かの画商が、印象派を援助するために、大同団結することもありうる、と君はいうかもしれない。しかし、それも永続きはしないだろうよ。思うに、先に立って(おん)()をとる人物が無力なんだね。そうなると、僕らにはその経験があるわけなのだから、僕らこそ、もういちど、いいだすべきなのではなかろうか?

 僕は、ブルターニュから送ってきたゴーガンの絵を見たが、ひじょうにいいものだった。彼があそこでかいた、その他の作品も、いいものにちがいない、と僕は思っている。

 近いうち、ドービニーの庭園を描いたスケッチを、君に見せよう。これは、僕がもっとも苦労した絵の一つなのだ。このほかに、藁ぶき屋根の家をかいたスケッチ一枚と、雨のあとの広いムギ畑をかいた三十号のカンヴァス二枚とを送るつもりだ。ヒルシーフから、君に頼んでくれと、いわれたことなのだが、君が僕のためにいつも送ってくれている例の絵の具屋に、同封のリストに従って、絵の具を注文してやってはくれまいか。

 タッセから、代金引換えで、直接本人に送り届けさせる手もあるのだが、それでは、二〇パーセント余分に支払わねばならぬので、ばからしいというのだ。それとも、僕あての絵の具の小包の中に、そいつを同封してくれてもいい。その勘定書を添付してくれるなり、その総額を僕にいってくれるなりして。そうすれば、彼から、その代金を君に送らせるようにする。ここでは、いい絵の具は、なんとしても、手に入らぬのだ。

 僕自身の注文は、ぎりぎり最小限度に減らした。ヒルシーフは、すこしずつ、わかり始めている。僕にはそうみえる。彼は、老校長の肖像をかいたが、よくかけている。――それから、彼は、風景の習作をいくつかかいているが、そいつは、君の所にあるコーニングスに似ている。色彩が、まるきり同じなのだ。そのうちに、ヒルシーフの風景画は、コーニングスそっくりになるか、あるいは、いつか君といっしょに見たことのあるヴェールマンみたいなものになるだろう、と思っている。

 きょうは、これで失敬する。君の商売の好調を祈っている。ヨーによろしく。心からなる握手を送る。

つねに君のものなる ヴィンセント

 ドービニ―の庭園だが、前景に輝く緑の間にピンクの花の咲いている(くさ)()がある。左には、草藪とライラックの茂みと、葉の(しら)みがかった木の幹。中央には、バラの花壇。右手には、くぐり門、壁。その壁の上に、ヴァイオレットの()(むら)をつけたハシバミの木が、姿をのぞかせている。それから、ライラックの垣根。黄いろい(つぶ)らの()をつけたライムの木のつらなり。家そのものは、背景(バック)に置かれている。青いタイルで屋根をふいた、ピンク色の建物。そこに、ベンチが一つ。椅子が三脚。黄いろい帽子をかぶった黒い人影が一つ。その前景に黒ネコが一匹。空は淡い緑。

 この手紙の日付は明治23年(1890)7月23日、すなわち自傷行為に近い拳銃自殺の4日前の手紙であり、弟テオドール宛のものとして知られている手紙651通の651通目、つまり最後の手紙である。

 次は四つ目、「回想のセザンヌ Souvenirs sur Paul Cézanne」(E.ベルナール Émile Bernard、有島生馬訳)である。ベルナールは、ゴッホにも連なる画家である。

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