筒井康隆大先生。
- 笑犬楼大通り/偽文士日碌 平成29年(2017)4月4日(筒井康隆ブログ)
……ぎゃーっはっはっは、エエぞ、オモロい。もっと書け。
チナミに私の見解はコレ。
オッサンは生きている。
これ、もうどうしようもない。そこで、私に名案があるのだが。
日韓合意で10億円もやったのだから、その約束の不履行などを理由に、どうにかしてその10億円の運用を日本に任せてもらう約束を取り付ける。なに、韓国に10億やることには違いはない、ただ、その運用をさせてくれ、
で、その運用方法なのだが、1個1円くらいのコストで収まるよう、ソフトビニールなどで「慰安婦像」のミニチュアフィギュアを大量に作るのだ。7~8億個も作ることができれば申し分ない。
そのフィギュアは、元の慰安婦像をできるだけいやらしく、エロ萌えアニメ調にデフォルメし、慰安婦像に似てはいるが韓国人が激怒しそうな失礼な感じ、微妙にいやらしい手つき体つきに作る。多少なら、髪の毛の色を青・赤・緑などのアニメファン向けに変更するのもよかろう。但し、シャレで済む程度の微妙な線に抑え、元の渋い金色の造形は踏襲する。
この数億個のフィギュアをこれでもかというほど大量に韓国に送り付けるのだ。無論、こんなフィギュア如き、送り付けられても糞の役にも立たぬ。
これを「日本国民一同、反省していますので、どうぞご受納ください」と、ヌケヌケとわざとらしくあらゆる機関、自治体、団体などに数千万個ずつ贈呈する。そのたびに贈呈式だ。事務手続きが増えるよう、5000個とか1万個づつ、ダラダラネチネチと贈呈するのも一案だ。
要するに、数億個の慰安婦像で飽和攻撃するのである。バラ
ネットにも変な慰安婦像サイトを立ち上げ、だがしかし、それは不真面目で猥褻な感じに演出する。動画も作り、映画も撮る。しかしそれは、ポルノ映画
そして、電通・博報堂を動員し、「慰安婦像ちゃん」という萌え系美少女アニメを作らせて仕掛けさせ、変なブームを煽らせて、慰安婦像騒ぎの角度を歪め、無効化してしまう。なに、最近電通はボロカスに叩かれているから、持って行き方次第では、多少の手間賃でホイホイ乗ってくるだろう。あ奴らは学歴馬鹿だから。
慰安婦像ばかりでは女性陣が怒り出すから、弟の慰安夫像も作ると良かろう。ショタコン腐女子も参戦する。そのうち、昔「リカちゃん」に親父やお袋や彼氏や友達が続々と発売され、リカちゃんハウスまでヒットしたように、従軍慰安婦像フィギュアにも父母兄弟ライバル、オンドル付きの家まで発売され、世界的大ヒットになるだろう。二次創作で弟の少年慰安夫像と慰安婦の彼氏像の
向うが怒り出したら、西村ひろゆきみたいな口調で「え~、何でですかあ~、
へ~、こりゃまた、一挙に緊張だねえ……。
外交官35人ったら、半端ではない数だよ。ロシアもアメリカの外交官を送還するだろう。報復と言うよりむしろお約束の外交儀礼みたいな感じで。
最近、朝鮮から貧しい廃漁船が多く漂着する。その中には、大概、無残にも餓死体が腐乱しているそうな。
これをどのようにしてか、悼みや悲しみをもって手厚く供養し、それを北朝鮮政権だろうと韓国だろうとどっちでもいいから、人として伝える術を持ちたいと思うのだ。
だが、腐乱死体は政権相互の理屈によってその行き着くところを得ぬ。悲しい哉。
くっぽんだかクパァだかなんだか知らんが、韓国では「クッポン」なぞといって、熱い反日愛国活動を冷笑する向きも、思いのほか、結構いるのだそうな。
「愛国ヒロポン」……て(笑)。韓国のネットスラング、なんか、こういう、品のないアケスケな面白さがあって、結構好きだな。先日どこかで見た「ヘル朝鮮」とかいう流行語もなんっか笑っちゃったし。
阪神大震災から20年が既に過ぎた。私は当時まだ30歳になる前で、若輩であった反面、中学校を卒業してすぐに自衛隊に入り、ほどなく幹部自衛官になったこともあって、「妙に若いくせに叩き上げ」の現地部隊の小隊長であったから、数十人の部下を率い、一意専心救助にあたった。
救助活動の最中にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起こり、多くの人が不安を覚えたものだ。
初夏、麻原彰晃が逮捕された日。神戸から引き上げてきていた私は、その頃六本木にあった防衛庁庁舎の警備の任務にあたっていた。
都内の厳戒態勢の様子を思い出すと、一緒にその警備任務の苦しさが身ぬちに蘇る気がする。
本当にその頃 “のらりくらり” の続きを読む
「春香クリスティーン」とヒョンなことで検索エンジンにキーワードアシストが出てきて、なにコレ誰?と何の気なしに手繰ってみたら、まあ、面白いことwwwww。
まあ、罪のない女のコのおバカ、と見るか、嘆かわしいと見るか、いろいろと見方はある。
「…それを言うならアーリントン墓地なんて、テロリストの集団埋葬所だろ。戦士の墓?笑わせんな、原爆落とすような人殺し連中がワンサカ埋められてる墓だぜ?しかも、「命令されてしかたなくやった」んじゃねえ、任務達成の充実感を味わいながら大喜びでやりやがったんだ。つまり、洗脳された狂信者たちだ。そんな連中が埋められてる墓なんだアーリントン墓地なんてものは。
ケッ。言ってやった、ザマァ見ろ。そう言われて胸糞が悪けりゃあ、コッチのやることにもいちいち文句をつけンなよな。」
…なぞと暴言のひとつも書いてみたくもなるが、実のところ、これしきのことで腹を立てる私ではないし、そこまでヒドい気持ちは持っていない。だいたい、人間、中年になると、怒ろうと思っても逆になかなか腹も立たたないものなのだ。それに、アメリカは靖国神社のことなどいまやハナも引っ掛けない。終戦時は焼き払おうとしたらしいが、むしろ最近献花しようとして逆に日本政府から再検討を促されたくらいだそうな。支那、朝鮮にしても、単に新聞売りたかっただけの朝日新聞が中曽根総理のころに書きたてたから、ああ、そうなの、それなら、まあ、反対の立場で言説でも組み立てときましょうか、ってんで成り行きでこうなっただけで、靖国神社なんて彼らにとってはどうでもよかったのである。
つまり、靖国神社が無残にコケにされるのも、もとはと言えば日本人が自分自身で招きよせたことであるから、人のことは悪くは言えないのだ。だいたい、中曽根サンのころまでは天皇陛下も御親拝、あるいは悪くしても勅使が参じていたくらいなんである。こうなってしまったのは、気分は悪いが、かえすがえすも私たちが自分で招き寄せた結果なのだ。
「戦う」と書くが、本当に殺し合いをしている人たちなんて、日本にはごく特殊なやくざ者などを除いてほとんどいない。「必死」と書くが、それは比喩の文字面であって、文字通り「必ず死のう」なんて考えて仕事をしている者もいないのだ。ほとんどの戦いは、所詮デスクワークのたぐいだ。「必死で仕事をする」というのが文字通りなら、日本の自殺者なんて3万人どころではない、3000万人くらいになってしまう。
だから戦え、というのではない。戦わなくてよくて、本当に幸せなこっちゃ、と腹の底から思わないことがあろうか。
戦うことや死ぬことを、一生懸命に追体験しようと、また、わがこととしてそれを考えようとするかしないかだけでも、だいぶ違うのだが、実際に戦うということとの間には、それでも天と地ほどの違いがある。
支那にも朝鮮にもアメリカにもドイツにも、同様の戦士の墓や顕彰所はあり、そして、戦うということを考え込む場所がそういうところなのである。平和主義の人は
「国家権力にだまされた知能の低い人を思いのままに操って、命を捨てさせたりするためには、権力がそういう風にうまくだます場所が必要だ」
…などと言うと思う。自分のことを「知能の低い人」と言われたように感じて、右翼や保守の人はここで激昂するのだが、まあ、会社の命令にだまされて、首をつる人もたくさんいる世の中だ。政府が企業にさしかわっても、2000年来海ゆかば水漬くかばね、みたいなもので、だからだまされているというのも、そんなに間違ってない。
これらのことをくだくだと言い立てたところで、通じないし、噛み合わないし、議論などもするだけ無駄なのだろう。無駄なことはしないことだ。それを言うと、こうやってヒマにあかせて文字列を量産している私も、まあ、無駄なことをしてるわなあ…。
この記事は、平成25年12月30日(月)にFacebookに書いたものをコピー・ペーストしたものである。(下リンク)
岩波の日本書紀(二)に収載の日本書紀巻第六「
朝鮮(
そこで、その部分を現代語訳してみる。
朝鮮人ツヌガ・アラシトは
任那 からやってきた人である。崇神天皇の頃から日本に仕えたが、垂仁天皇の代になってから国に帰りたいと申し出てきた。(中略)
そもそも、アラシトがどうして日本にやってきたのか、その
訳 は次の通りである。アラシトがまだ任那にいた頃のこと。ある時、あめ色をした、めでたい牛に農機具を背負わせて田舎を歩いていた。ところが、その牛が逃げてしまった。しかたがなく牛を訪ね歩いた。そのうち、ある村で留まったところ、その村のお爺さんが出てきてこう言った。
「おぬしが探しておる牛は、この村へ入ったぞよ。ところが、村役人どもが
『この牛に載っている荷物から推測すると、この牛は食われるために来たようなもんだ。食っちまおう。なあに、持ち主が来たら、何か代わりの物でもやっとこう』…なんぞと言って、おぬしの牛を食ってしもうたんじゃ。
そこでの、おぬしよ。知恵を授けて進ぜるわさ。もし役人どもに『牛の代金がわりに、何がほしい?』と聞かれたら、カネとかお宝なんぞを望んじゃいかんぞ。『この村で祭っている、村神さまを貰おうかい』と言いなされ。」
そうこうするうち、村役人がやってきて、
「おう、お前が牛の持ち主か。すまんのう、あの牛、食っちまった。代わりに何がほしい?」
と言う。そこで、アラシトはお爺さんに教わったとおりに村神さまを所望した。
その村の神様は、白い石であった。この白い石を、牛の代金としてもらいうけた。そうして、宿に石を持って帰って、寝間に置いた。
ところがなんと。夜にその白い石は、とてもかわいい美少女に化けたではないか!。アラシトの喜びようと言ったら!
アラシトはさっそく美少女とエッチなことをしようとたくらんだ。
が、ちょっと眼を離した隙に、美少女は消えうせてしまった。アラシトはびっくりして、自分の女房に「お、おい、いまここにいたカワイイねえちゃん、どこに行った!?」と聞いた。女房は「さあ。東に行ったみたいだけど?」と言う。
そこで、アラシトはその美少女を追って家を出て行った。海に来ても止まらず、どんどん東へ突き進み、ついに日本国にやって来た。これが、アラシトが日本へやってきた訳である。
一方、アラシトが追いかけた美少女は、大阪に来て、
比売語曾社 の神様になった。また、大分県国東にも行き、そこの比売語曾社の神様にもなった。こうして、この美少女神は、同時に二箇所に祭られていると言う。
ついでに、この話の白文は次の通りである。
一云、初都怒我阿羅斯等、有國之時、黃牛負田器、將往田舍。黃牛忽失。則尋迹覓之。跡留一郡家中。時有一老夫曰、汝所求牛者、於此郡家中。然郡公等曰、由牛所負物而推之、必設殺食。若其主覓至、則以物償耳、卽殺食也。若問牛直欲得何物、莫望財物。便欲得郡內祭神云爾。俄而郡公等到之曰、牛直欲得何物。對如老父之教。其所祭神、是白石也。乃以白石、授牛直。因以將來置于寢中。其神石化美麗童女。於是、阿羅斯等大歡之欲合。然阿羅斯等去他處之間、童女忽失也。阿羅斯等大驚之、問己婦曰、童女何處去矣。對曰、向東方。則尋追求。遂遠浮海以入日本國。所求童女者、詣于難波爲比賣語曾社神。且至豐國々前郡、復爲比賣語曾社神。並二處見祭焉。
自宅で無料ドメインを利用してWebサーバ・メールサーバを運用している。
不正アクセスの試みが数多くある。
サーバはかなりタイトに仕上げてあるから、それらの不正アクセスは寄るそばから全てドロップされ、クラックされることはなく、ログが残る。
それらの攻撃の発信元の99パーセントは中国と朝鮮である。
そのアクセスの仕方は、馬鹿のように執拗で、狂気じみている。何万回、何千台、何万IPアドレスから、繰り返し繰り返し、アクセスしようとする。
怨念と狂気。
相手にもしたくなく、馬鹿馬鹿しく、話題にもしたくないが、ちょっと書いてみた。