金チャン、またかい

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 コイツら、本当に懲りないなあ。1発2発なら対話を引き出す「戦略的メッセージ」にもなるけど、こう何発もやらかすと高くついて無駄になるぜ。

 本当の本気で日本にブチ込む気ならそれはそれだが、そこまで連中もバカではない。金チャン、こっちが考えているより日本の政情を把握分析している。日本にブチ込んで被害なんか出たら、熱しやすく冷めやすい日本人は、人命被害が10人20人程度でも、あっという間に憲法改正に走る。それは金チャン、嫌だろう。

 米国との対話を有利に進めるためにやっている、というのも大きな動機の一つだろうし。

 だが、そこが金チャンのあさはかさだ。ミサイルなんか撃てば撃つほど国力は疲弊するんだぜ。なんせ、日本で言ったら鳥取県の県予算くらいしか金がないんだもの。鳥取県が核開発や弾道ミサイル開発をしたとして、どれくらいもつか考えてみればよい。

 あの大米帝国と根競べなんかしたって、負けるのは知れ切った理屈だ。その間、日本は着々とするべきことをするんでしょうな、多分。

カタカナザムライ

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 カタカナで書く「サムライ」というのが、どうも嫌いだ。「サムライ」とカタカナ書きされている対象も、カタカナで書きたがるという現象も、ひっくるめて嫌いだ。

 私が嫌いなこの事象を「カタカナザムライ」とでも呼べばいいだろうか。

 武士は実際には硬直した官僚的統治機構の奉仕者だったのだ。むしろ欧米のほうでよく知られる時期の江戸時代末期の武士なんてものは本当にどうしようもないほど腐っていた。そんな「サムライ」を日本の代名詞みたいに使われるとムッとくる。

 新渡戸稲造の著述、その他によって米英に「Samurai」として広まった語が、かの地で理解された意味合いを包含して逆に日本に伝わったのだろうが、それを取り上げて、米英でも日本を代表する意識として「サムライ」が知られているのだ、どうだ!……とでも言いたげな、そんな屈折した、米英での理解と普及をおかずにしないと日本的観念が咀嚼できないという自分たちの自意識が嫌いだ。

 更に、日本は武士の国なんかではなかったのだ。実際には日本は農民の国である。実は武士なんか総人口に占める割合はほとんどなかった。冷静に言って、信頼のおける数字で、武士は総人口の7~8%、農民は76~83%とされている。これはもう、「日本は農民国だ」と言って間違いがない。さらに、武家政治より以前の上古において、農民は皇室側から「おおみたから」として逆に尊ばれていたことは、記紀万葉などにも記されてあるとおりだ。

 但し、江戸の武士の数は一説に50%ほどにも達していたと言われている。それは、幕府の在所であり、各藩の江戸屋敷も集中していたから、当然であろう。商家の奉公人を除いては、江戸の、正真正銘の意味での「サラリーマン」の代表が武士であったことを思うと、たまに長崎から来るオランダ人あたりに「サムライ」が日本の代表のように思われてしまっても仕方がないかもしれない。

 しかし、この頃の日本は鎖国していたから、武士が江戸にウヨウヨしているかどうかなんて米英にはわからないし、しかも「高潔なストイック集団」みたいな、「現代の『サムライ』理解ステレオタイプ」みたいな武士はこの頃の江戸にはいた筈もなく、いたのは江戸期の「サラリーマン武士」ばっかりである。今のサラリーマンと違うのは給料が米だということと、懲戒処分の中に、たまに「切腹」があることくらいである、とまで言うとちょっと極端だが。

 だから、武士が日本を代表する存在や意識であるかどうかなんて、米英に伝わるはずがない。ましてや、私たちの心や気持ちの基本が武士でなど、あるはずがない。

 つまり、カタカナで書く「サムライ」、カタカナザムライなんてものは、虚構であり、虚像である。根拠もない。何かの不始末でもあった時に、米国人に「お前はサムライではないのか!?」なんて諫められたとして、誰がうなずけるものか。「違うよ俺はファーマーだよ!」と胸を張って答えたほうがいいのではないか?

ムスダン失敗つける薬もなし

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 先週15日の土曜日、また今日(20日木曜日)も失敗したと報じられているムスダン。

 こうなってくると金チャン将軍も執念みたいなもので、失敗続きが逆にかわいそうになってくる。

 逆にしっかりせんかいドアホが、と、技術者として向うの技術陣をあべこべに叱責したくなってくるという、日本人としてはどうも具合のわるい気持ちにもなりかねない私だ。

 そんな中、ひょっとして、……という妄念が頭を離れない。

 今度失敗した分のムスダンには、核弾頭の実弾を積んでいたのではないか、という妄念だ。根拠も何もないが、なんとなくそんな気がするのだ。恐ろしい。

 これは、金ちゃん将軍によるアメリカや中国の根性だめしみたいなものだ。実際、日本海の真ん中でドガッと一発やらかしたところで、現実的にアメリカは何もしないだろうし、中国もどうすることもできないし、まして日本など、である。北朝鮮への制裁を発動と言っても、もうできることなんざほとんど残っていない。

 しかも、そのように妄想していくと、事態はさらにややこしく、「北朝鮮国内において失敗したムスダンの核弾頭が核分裂せぬまま爆轟四裂し、生のプルトニウムが朝鮮半島内に撒き散らかって、恐るべき放射線被害を惹き起こしつつある」ことになる。

 ダーティ・ボムというやつだ。しかも、「スーサイド・ダーティ・ボム」である。あほだ。

 まあ、これは私の妄想で、まったく根拠なんかないが、もしこれが本当だったら、キチガイにつける薬がないと言う、わりかし当たり前の答えが出てきて、案外つまらない。

米・比両大統領、会談取りやめ

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 ドゥテルテ。オモロイわぁ~、このオッサンw。

 メチャクチャやな。まあ、人気が出るのもわかる気はするがね。フィリピンでも、やっぱり麻薬ヤクザなんてのが弱い一般の人を虐げてるわけなんだわ。そういう連中を根絶やしにしようってんだから。

推して知る米BYOD事情

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 ヒラリー・クリントン、相変わらず「メール」ネタで叩かれている。トランプ陣営の工作もあるのだろう。

 さておき、これにつけても思うのは、米国のBYOD事情である。

 「BYOD Bring Your Own Device」というと、いくらかバズ・ワード的きらいも最初はあって、日本では最近沈静化してあまり聞かれなくなった言葉だが、これが盛んに言われるようになったのは、私の記憶する限りでは、日本では5年位前だったと思う。

 一方、ヒラリーが国務長官だった頃のメールが今になってまた叩かれているわけだから、時期的にはだいたい一致する。数年前にも一度これで叩かれていた覚えもある。

 他面、逆にこのことは米国のBYOD事情を表す象徴的な事例となっているとみてよいのではないか。国務長官という要職にある者ですらこうした行動をとっているのだから、米国一般社会のBYOD事情、またその浸透ぶりは推して知るべしだ。

本当に腹の底から悲しめ原爆忌

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 原爆忌である。

 思うだに、考えるだに、いたましい(かな)、悲しい哉。多くの人が(こうべ)を垂れ、遠いかの日に思いを致している。

 だが、本当のところを喝破(かっぱ)すれば、実は(ほとん)どの者が悲しんでもいなければ(いわん)や反省などしてはいるまい。

 その証拠に、本当に悲しみ、本当に反省しているのならば、核兵器で死ぬ者が二度とないように現実の物理的努力をしているはずだ。だが、殆どの者はそんな物理的努力などしていない。政治家から学者、有名人、金持ちから貧乏人、一般人に至るまで殆どが、だ。

 日本は中国・ロシアという核兵器保有国に隣接している。日本に向けて照準を定め終わり、いつでも発射可能な核弾頭の数は数百を下らない。それらはポチッとスイッチを押せば、地獄の業火となって私たちの頭上に降り注ぐ。軍事施設ではない、無辜(むこ)の一般市民の頭上に降り注ぐのだ。かてて加えて、新興核武装国にして敵国、北朝鮮は、この凄惨な兵器の開発を()めぬばかりか更なる増産増備の構えを強めてさえいる。

 この冷厳な事実に対抗するための具体的で物理的な努力に関して、人々はあまりにも冷淡である。はっきり言えば「何もしていないし、何も考えていない」のが実際である。それが、私たち共通の悲劇のこの日、広島原爆忌に、多くの者が悲しんでいるフリを実はしているだけだと、露悪的に私が()所以(ゆえん)だ。

 日本はある程度の弾道ミサイル防衛の実力を持ってはいる。だが、1発2発なら器用に撃ち落とす見事な腕前くらいは見せられても、20発30発と撃ち込まれれば、もう弾切れになり青息吐息だ。これを「飽和攻撃」と言う。そうなれば広島どころではない。何十万、いや、何百万もの人が焼け爛れて死に、中性子線による放射線障害でのたうち回って死に、遺伝子に対する甚大な影響で子孫までがおかしくなってしまうのだ。

 中国もロシアも、50発でも60発でも核兵器を日本に打ち込む実力を潜在している。戦争は弱い者いじめだ。中国もロシアも、アメリカ本国に撃ち込めば苛烈な仕返しに遭って自分たちが困る。核戦争を開始するなら、まず弱小な敵国・やる気も覇気もない日本に数十発がところを撃ち込み、その親分アメリカの出方を見るだろう。ま、本当にやるかどうかは別問題として……。

 まして、仮に、仮にだ。今もってなお世界一の軍事国家、水爆の殿堂にして核兵器の巣窟、かのアメリカ合衆国が、万が一にも日本の敵となる日が来たら、どうなるか。

 反省するなら、悲しむなら、ポーズやフリではなく、本当に反省し、本当に悲しんでほしい。情緒的に悲しんで見せるのなど、中学生以下の子供でもできることだ。

 ただし最後に言おう、本当の反省は、情緒よりする悲しみから出発する。だから、まず腹の底から慟哭(どうこく)し、悲しまねばならぬ。それがスタートだ。

俺はポッポのおっさんなんか嫌いだが

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 標記のとおりだし、右翼一般の論調は「またコイツか!」「利敵行為だ!」と興奮気味だ。

 しかし、このこと、私にはそう悪いこととは思えない。

 現在、中国との関係はあまりよくないのは確かだが、「AIIBにもツバをつけて逆保険をかけておく」というような意義はあると思う。AIIBを無視するわけにはいかないのだ。

 だが、政府としては、公式のおおっぴらにはAIIBに関係するわけにもいかない。

 そこで、「今は野党に転落」した政党の関係者で、その野党からはとうに縁も切れ、「韓国で土下座するような国辱変人」ではあっても一応「元総理大臣」ならば、「表向き政府公式には関係のない唾付け役」として関係させるのに、このおっさんは適任なのではないだろうか。

靖国神社と春香クリスティーンと私

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 「春香クリスティーン」とヒョンなことで検索エンジンにキーワードアシストが出てきて、なにコレ誰?と何の気なしに手繰ってみたら、まあ、面白いことwwwww。

 まあ、罪のない女のコのおバカ、と見るか、嘆かわしいと見るか、いろいろと見方はある。

「…それを言うならアーリントン墓地なんて、テロリストの集団埋葬所だろ。戦士の墓?笑わせんな、原爆落とすような人殺し連中がワンサカ埋められてる墓だぜ?しかも、「命令されてしかたなくやった」んじゃねえ、任務達成の充実感を味わいながら大喜びでやりやがったんだ。つまり、洗脳された狂信者たちだ。そんな連中が埋められてる墓なんだアーリントン墓地なんてものは。

 ケッ。言ってやった、ザマァ見ろ。そう言われて胸糞が悪けりゃあ、コッチのやることにもいちいち文句をつけンなよな。」

 …なぞと暴言のひとつも書いてみたくもなるが、実のところ、これしきのことで腹を立てる私ではないし、そこまでヒドい気持ちは持っていない。だいたい、人間、中年になると、怒ろうと思っても逆になかなか腹も立たたないものなのだ。それに、アメリカは靖国神社のことなどいまやハナも引っ掛けない。終戦時は焼き払おうとしたらしいが、むしろ最近献花しようとして逆に日本政府から再検討を促されたくらいだそうな。支那、朝鮮にしても、単に新聞売りたかっただけの朝日新聞が中曽根総理のころに書きたてたから、ああ、そうなの、それなら、まあ、反対の立場で言説でも組み立てときましょうか、ってんで成り行きでこうなっただけで、靖国神社なんて彼らにとってはどうでもよかったのである。

 つまり、靖国神社が無残にコケにされるのも、もとはと言えば日本人が自分自身で招きよせたことであるから、人のことは悪くは言えないのだ。だいたい、中曽根サンのころまでは天皇陛下も御親拝、あるいは悪くしても勅使が参じていたくらいなんである。こうなってしまったのは、気分は悪いが、かえすがえすも私たちが自分で招き寄せた結果なのだ。

 「戦う」と書くが、本当に殺し合いをしている人たちなんて、日本にはごく特殊なやくざ者などを除いてほとんどいない。「必死」と書くが、それは比喩の文字面であって、文字通り「必ず死のう」なんて考えて仕事をしている者もいないのだ。ほとんどの戦いは、所詮デスクワークのたぐいだ。「必死で仕事をする」というのが文字通りなら、日本の自殺者なんて3万人どころではない、3000万人くらいになってしまう。

 だから戦え、というのではない。戦わなくてよくて、本当に幸せなこっちゃ、と腹の底から思わないことがあろうか。

 戦うことや死ぬことを、一生懸命に追体験しようと、また、わがこととしてそれを考えようとするかしないかだけでも、だいぶ違うのだが、実際に戦うということとの間には、それでも天と地ほどの違いがある。

 支那にも朝鮮にもアメリカにもドイツにも、同様の戦士の墓や顕彰所はあり、そして、戦うということを考え込む場所がそういうところなのである。平和主義の人は

「国家権力にだまされた知能の低い人を思いのままに操って、命を捨てさせたりするためには、権力がそういう風にうまくだます場所が必要だ」

…などと言うと思う。自分のことを「知能の低い人」と言われたように感じて、右翼や保守の人はここで激昂するのだが、まあ、会社の命令にだまされて、首をつる人もたくさんいる世の中だ。政府が企業にさしかわっても、2000年来海ゆかば水漬くかばね、みたいなもので、だからだまされているというのも、そんなに間違ってない。

 これらのことをくだくだと言い立てたところで、通じないし、噛み合わないし、議論などもするだけ無駄なのだろう。無駄なことはしないことだ。それを言うと、こうやってヒマにあかせて文字列を量産している私も、まあ、無駄なことをしてるわなあ…。


 この記事は、平成25年12月30日(月)にFacebookに書いたものをコピー・ペーストしたものである。(下リンク)