時事薄片

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ハハハ、中国叩きゃアいいってもんじゃないよ

 米国政府が国民の怒りの矛先をなんとかして中国に向けようとしているのが透けて見え、まったく、阿呆らしくて屁も出ない。

 現状からみると、ウイルスの出所がどこであろうとナニ国であろうと、それを培養・蔓延させたのは米国ないし欧州であると言える。これは、先日から日本の国立感染症研究所の調査により赤裸々になっていることである。

 マァ、この調査が話題になったこと自体、中共政府が鬼の首でも取ったようにこれを取り上げたことが発端になっているのがちょっとムズ(がゆ)いところだが、しかしむしろ、事態をここまで放置し、かけがえのない人命をかくまでに軽視した米国・欧州諸国政府、ひいては米国民・欧州諸国民の責任や如何(いか)に。

そらまァ、言い方っちゅうモンがあるわな

 あ~あ~、言っちまったよなァ(笑)。

 しかしまあ、所詮は高学歴揃いの政治家センセイ連中だからねえ。悪意はまったくなく、つい口をついてこういう言葉が出たわけだ。それらしく謝罪なんかしているが、多分、悪いことを言ってしまったとか全然思ってないよコイツら。口先だけ謝って、それで相変わらず、普通ぅ~に、高卒をバカにしてんのさ。自分たちが大学なんぞでノホホンと机と鉛筆を相手にしている間に、額に汗して労働していた同学年の人々の苦労などまったく思いみることなく、やがてその上に君臨し、それが当然だと無意識に肯定したまま、何も気にしてなんかいないのだ。

 だから何を言われようと永久に、蓮舫の、この小ヅラ憎い高慢さは変わりゃしないよ。

 私ですか?ああ、私は中卒のオッサンですけどもね。何かあります?

ホンマにアホそのものやで、コイツら

 本当に愚かである。世界的な悪疫の最中(さなか)、こんなことで人を殺し、殺されていてどうする。

 ただ、亡くなった方は不運によって若くして亡くなったのであり、悲惨な死であった。25歳というから、かわいそうである。外国のこととはいえ、祈冥福。(めいふくをいのる)

高いカネ払ってンだからさ

 私自身の子供たちは下が大学でもう学齢期とは言えなくなっているから、以下のことは自分自身の問題ではない。しかしやはり、この新型コロナウイルス蔓延による小学校中学校の全国的な休校で、学齢のお子さんを抱えたお宅では、養育の面倒以上に「学習が滞る」のが心配であるようだ。

 日本の小中学校は文部省によってカリキュラムが全国一律にビシッと決められている。体育などは地域によってスキーが多い地域や水泳が多い地域など多少の地域差があるかもしれないが、国語算数理科社会については基本的に地域差などはないはずだ。しかも、学校の授業など必ずしも「インタラクティブ」とは言えない。学校の授業では、教師から児童への一方的な働きかけはあっても、児童の側から教師に働きかけられることはほとんどないからだ。

 ならば、「放送大学」のように、NHK教育テレビで一日中小中学校の授業をやってはどうか。高い受信料とってるんだから、……とそこまで考えて、いやいや、教育テレビのチャンネル一つでは小中学校合計9年分クラス×5教科には到底足りない、とすぐに気が付く。

 NHKが先日から始めた自前の動画配信システムや、YouTubeなどのサービスに、NHK持ち前の放送局クオリティで小中学校の授業を放流すればよい。そうすると、「先生、今のところがわかりません、もう一回」なんて個々の子供たちの要求にも応えられるというものだ。子供が納得するまで繰り返し何度でも見ることができる理屈である。

 自分の子供たちが小さかった頃のことを思うと、学校の授業そのまんまなんてつまらない動画を子供が喜々として見てくれるとも思えないが、しかしこれで、行政の側としては「いや、出来得るサービスは既に提供しているわけですから」と言い訳することはできる。

 何より、新型コロナウイルスがなくたって、今は不登校の子が増えている。動画の授業はそうした面でも役立つのではなかろうか。

この糞忙しいであろうことは頑是ない小児にもわかるであろう時に

 誰だよこんな馬鹿みたいな質問する記者は。

 だからブン屋なんか嫌いなんだ。今はどういう時期か考えて質問しろ。今はそういうことを検討したり整理したりする時なのか?悪疫時疫(じえき)時艱(じかん)最中(さなか)ではないのか?

パチンコなんかやめちまえ

 ま、「やめちまえ」なんて、かつて北朝鮮国立銀行に随分預金して、一向(いっこう)に引き出せないまま今に至る、つまり(スネ)(キズ)持つ私が言うのもアレですけどね。やめた方がいいよ、パチンコなんか。

 ただ、やめたらやめたで、また別の、違うパチンコが出て来るのさ。ネットゲームのガチャなんかだって、カネにもならないのに没頭するアホが沢山いたわけだし。競馬だって競艇だって競輪だって、市中のマージャンだって、賭け将棋、賭け囲碁だって、全部同じこと。知性の香りがそこはかとなくするかどうかなんて、全然関係ない。全部中毒、病気。同じ病気なら庭の土でも掘り起こしてトマトか茄子でも植えて、それの面倒を阿呆のように見た方がいいよ。つまり園芸中毒。食えるだけ百倍もマシ。……って、私は園芸もやりませんけどね。

体育の日だってのに、嫌な話題だなあ

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 体育の日だってのに、また、嫌な話題だなあ。ツイッターでもトレンド入りしている。

 なんというか、劣化していってるなあ、我々。

 幼稚園や保育園建設の反対運動が起きる話とか、な。

 まあ、限度ってものはあって、度を越して大声出してるとか中学生が卑猥な単語を叫んでいるとか言うんだったら、多少文句を言うぐらいのことはあるかも知れないが、一切声を出さないとか無言練習とか、そういうのも極端だ。

 そう言えば昔、自衛隊の駐屯地で「起床喇叭(きしょうラッパ)」など日課時限のラッパを伝統通り吹奏していたら、近隣の住民が「軍国化だ」「再び若者を戦場に送る気か!」などと激昂し、ラッパの吹奏を自粛した、なんてのも聞いたことがある。自治体議会などが社会主義者で埋まった一頃のことのようだ。ま、これは話の角度が少し異なるが。

欠席者と(くじ)

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 次女の中学校の入学式に出た。懇意にさせていただいている方がPTA会長をしていらっしゃるので、なにか参列する気持ちもいつもより粛然とするのであった。

 入学式後、PTAの役員・係の(くじ)引きなどもある。

 そのことで、ふと思い出したことがある。数年前、長女が中学2年生くらいだった頃の、クラスのPTAの係を選出する籤引きでのことだ。

 PTAのクラスの係の籤引きは、たとえ欠席者があっても、代理がその人の分も籤を引き、当たればそれを伝えることになっている。平等に役を割り当て、いわばズル休みを防ぐ効果もあって、文句の出ようのないところだ。

 さて、その日は、全部で30人の保護者のうち、3人の欠席者があった。出席している保護者が、30本の籤を順番に引き始めた。役員は3人決めることになっていて、つまり「当たり」籤は3本だ。たいてい、15、6人ほども引く頃には、1人か2人は当たり、籤の終盤になると、全員が引き終わる前に3人の役員が決まるのが普通だろう。

 ところが、その日はどうしたことであったろう。

 15人ほどが引いても一本も当たりが出ないのには、残りの人たちも既に引いた人たちも、「面白いわね」「なかなか白熱してまいりましたな、これは」などと冗談のひとつも飛ばして盛り上がる余裕があった。

 しかし、18人が引き終わり、20人が引き終わる頃には、やや会場がざわつき始めた。「ちょっと、これ、当たり籤は本当に入っていますか?」という質問も、わりあいに真面目な調子で出始める。「ええ、先ほど、絶対に間違いなく入れましたよ、皆さんも見ておられたはずです」と、籤を作成した人が言う。

 ついに、25人。引いた人が「ハズレ!」と言ったときの、一同の驚きの声たるや!。26人!またもやハズレ!もっと大きな声が上がる。

 そして、ついに27人が引き終わってしまった。残りは3人の欠席者の代理引きだけだ。果たして、箱に残った三つの籤は全部PTAの係に大当たり。欠席者3人がPTAの係ということになってしまったのである。

 保護者たちは欠席している人にこれを伝えるのに、「いないのをいいことに、面倒を押し付けたのではないか?」と思われはすまいかと内心穏やかでなかったが、まあ、衆人環視のうちに行われた籤引きのこと、なんの不正もなかったことは全員が保証しうるので、そこはなんとかなったようだ。

 そして、保護者たちは、「欠席者3人のために残された最後3つの籤が当たる」ということが、一体どれほどの偶然によるものか、天の配剤を思って、だいぶしばらくの間、これを噂話にも茶飲み話の種にもしたものである。

 さてこの話は、まあ、「順列組合せ」の算数の問題として扱いうる。

_n C _k = \dfrac{n!}{k!(n-k)!}

…というアレだ。

 これを書き出して遊んでみる。写真のような計算になると思う。階乗の計算が面倒だが、分母分子に同じ数字が多いから、わりあい簡単な計算である。