特別展「空也上人と六波羅蜜寺」

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 上野の東京国立博物館で標記の展覧会をやっていると知り、行ってみた。

 空也上人像と言うと、あの慶派の代表的作品の一つ、上人の口から六字の名号が実体化して出て行っているという表現の、あの像だ(左写真)。

 国立博物館のホームページによると、4月からは特段事前予約がなくとも、当日入場は可能だという。折よく憲法記念日、祝日で休みだ。朝からいそいそと出かけた。

 窓口に10分くらいは並ぶが、どうということはない。9時半頃窓口の行列にとりつき、じきに当日入場チケットは買えた。10時半から11時半までの入場となっている。「入場時刻までの間、一般展示などをご覧になっていてください」と係の人が言う。なるほど。

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 特別展のすぐそばの展示室で一般展示が行われている。特別展との関連展示になっていて、重要な仏像の数々を観覧することができる(右写真)。

 以前と違って一般展の方は一部の展示物を除いて写真撮影可で、このようにいくつか撮影できた。

 さて、定刻の10時半に特別展の方へいく。一定の人数だけ整理して入場させるわけであるから、空いていて実に見やすい。むしろ新型コロナウイルスの影響で博物館は良くなったのではあるまいか。

 展示は六波羅蜜寺の文化財から、表題の「空也上人(りゅう)(ぞう)」をはじめ、薬師如来坐像・四天王立像・地蔵菩薩坐像など、選り抜きの重要文化財がところも狭しと観覧に供せられていたが、わけても、やはり「空也上人立像」は見応えがあった。子供ほどの大きさしかない小さな像なのに、人間美と精神性が溢れ出ていると思った。他の文化財もいずれ劣らぬ第一級のものなのであるが、その中でも空也上人立像は異質なくらい他を圧し、一頭地抜きん出ていた。単に展示の仕方がそれを中心にしてあったとかその周りに人が集まっていたからそう見えた、というのとは違う。

 以前、興福寺の運慶作「無著・天親(世親)両菩薩立像」にも同じような深い精神性の表現を見て取って感動したことがあるが、それと似ていた。さもあろう、空也上人立像の作者は運慶の息子の康勝なのだという。但し、無著・天親両菩薩立像は2メートルもある大きなもので、これは大きさだけで他を圧する迫力があり、空也上人立像がこの小ささで他を圧しているのとは性質が違う。

 空也上人立像は、なんというか、まことに粗雑極まる書き方で恥ずかしいのだが、「微笑ましい小学生の造形工作展の中に、大人が3Dプリンタで製作した超写実的なフィギュアが混じっている」ような感じがするほど、異常な放射線を放っていた。

 ふと妄想するのだが、作者の仏師・康勝は、父で師匠の運慶から、「これ康勝。おまへのし(やう)は、()れでは佛様、菩薩様とは到底いへぬ。さながら人間の生き(うつ)しではないか。やりすぎぢや」と叱られたのではなかろうか。

 さておき、余談。

 許された1時間の間、あらかじめ買っておいた図録の解説と実物をかわるがわる見て、たっぷり鑑賞した。それから本館の通常展示をゆっくり見た。

 そろそろお昼も過ぎたから、上野・アメ横の藪蕎麦へでも、と思って敷地を出かかったのだが、出て左側にある「東洋館」に、つい入ってしまった。私は博物館に行くと、どうしてもあれもこれもと見たくなり、ズルズルと長居してしまうのだ。

 ちょうど中国の陝西省西安宝慶寺の石仏龕(ぶつがん)が多く展示してあった。1200~1300年ほど前のもので、阿弥陀その他の如来や、弥勒などの菩薩をはじめ、諸尊いろいろなのだが、どれもよく似た三尊構成となっている。よく似ていて、一つ一つ違う。古びた縹渺(ひょうびょう)たる感じが身(ぬち)を満たすようであった。

 はて、と撮影の可否を見てみたが、特に禁止の表示はない。撮影しようと思ったが、一応確かめようと思い、入り口の館全般の注意書きを読んでみたが、特に制限はないようだ。しかし、更に念を入れて、入り口にいた警備スタッフに

「あのう、撮影は禁止ですよね?」と聞いてみた。

「いえいえ、撮影しても構いませんよ。但し、展示品によっては所有者が撮影を拒否しているものがあって、それにはカメラの絵に禁止斜線が入った『撮影禁止マーク』を表示していますから、その表示に従ってください」

「なるほど、ありがとうございます」

というわけで、もう一度、三尊仏龕に撮影禁止マークが表示されていないのを確かめ、ゆっくり写真を撮りはじめた。

 「如来三尊仏龕」と題されてある。(ごう)()(そく)()(いん)を結んでいるところから、釈尊である。さすれば脇侍は薬王・薬上の両菩薩であろうか。

 そんなことを考えながらカメラのフォーカスを合わせていると、そこらをパタパタ走り回っていた小学校3~4年くらいの男の子が、パッと仏龕と私の間に入ってきて、こっちをじっと見る。あれ、通りたいのかな、と思って「どうぞ」と言って笑いかけてやり、手真似で合図してやるが、「ううん」と首を振る。ではというのでカメラを構え直して撮ろうとすると、また前に入ってくる。「どうぞ……?」と同じように促しても「ううん」。両三度そんなことを繰り返した。なんだか変な子である。構っていても仕方がないので、無視して撮影しなおしていたら、この男の子、「ねえ!」と叫びながらお母さんらしい人のところへ走っていき、私を指差しつつ、

「ねえ、あれ、写真撮っていいの!?」

お母さんらしい人は「シッ!」男の子を制し、「あんな人に構っちゃダメ」みたいなことをもそもそと男の子に言っている。

 あ、いや、違いますよ親御さん、ここは撮影してもいいのです、と説明するようなタイミングはなく、親子は向こうへ去ってしまった。男の子はというと騒々しく走り回っている。

 不愉快になった。私はきちんと係にも確認し、掲示や注意書きもよく見たうえで撮影をしているのだが、あの親は「撮影禁止のものを撮影している悪い奴だが、関わらない方が良い」というような意識なのだ。あの調子のまま帰宅すれば、さぞかし家で「今日、撮影禁止の博物館で写真撮りまくっている悪い人がいたんだよ!」などと話のタネにしていそうである。

 人を悪しざまに断じたいなら、撮影禁止かどうかぐらい確かめてからそうしろ、と思った。私には親子の誤認を(ただ)す機会はなく、男の子は「世の中には悪い大人がいる」と思い込んだまま今後成長するのだろう。ケッタクソの悪い。

 まあ、私も右のようないでたちで博物館見物なんかしているから、まあ、見るからに悪い人には見えるが(苦笑)。自業自得と言えば言えなくもない。

 それにしても、これから先、長ずるにしたがってあの男の子の記憶は「撮影禁止の博物館で写真を撮りまくる人相風体のおかしい悪人に注意しようとした勇気のある小さい頃の僕」というふうに都合よく書き換わっていくのだろう。ああ、馬鹿々々しく腹立たしい。

 さて、気分を変え、蕎麦屋で遅い昼にした。以前なら「池之端・籔」に行ったものだが、残念ながら先年閉店してしまった。アメ横の藪もいいのだが、いつも混んでいる。今日は仲町通りの「蓮玉庵」へ行くことにした。

 蕎麦前に()(しゅ)。「今日の肴」を頼むと、酢牛蒡と独活味噌で、おいしい。

 客が少なかったのでおかみさんのあしらいも良く、盃一杯ほど酒が残っている頃合いにちょうどよく「お蕎麦はどうします」と聞いてくれる。「せいろ」を一枚。

 壁を見ると、西山宗因の句がかかっている。

やかて見よ
棒くらは
せん蕎麦
の花  宗因

(落款 印)


 「や()て見よ棒くらは(喰らわ)せん蕎麦の花」となる。「やがて」の「が」は濁点のない「可」の崩し、「棒くらはせん」の「は」は「盤」の崩し、「蕎麦」の「蕎」は蕎ではなく「楚」の崩しである。「花」の崩しは読み慣れないと難しいと思う。

 落款は私にはどうしても読めない。「ツ□くら〇謹書」とだけかろうじてわかるが、□は「恒」に見え、〇は「波」の崩しの「は」に見える、というくらいしか私には判読できなかった。

令和4年(2022)5月6日(金)追記

 この落款、「(こな)くら()(ゐ(い))謹書」か「ソばくら()(ゐ(い))謹書」のどちらかかな、というように思う。だが、「ソばくら居」の場合、「ば」の字体に調べ当たらず、どうもよくわからない。

 ともあれ、写真撮影と男の子の一件は気になって後を引いたものの、一日、気晴らしになって面白い休日であった。

運慶展

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 このところ、二、三日暑い日が続くな、と思うと今度は少し雨となる。繰り返しだ。晴雨交互の(たび)に涼しくなっていく。秋らしい。

 既に近所の柿が色づき、熟し始めた。

 今日は秋雨だ。朝から霧雨が()()えとあたりを包んでいる。

 昨日、「運慶展」が催されていることを知った。通勤電車内で、ポスターを見て知ったのだ。上野の国立博物館で催されているという。

 早速昨日のうちに上野に寄った。私は毎日秋葉原で乗り換えるので、上野は通勤経路だ。仕事の帰りに寄ったのである。これはすぐに運慶展を見るためではなく、(あらかじ)め図録を買うためだ。

 私は時々こういうことをする。図録だけ先に買い、金曜の夜にゆっくり図録を眺めて予習をするわけである。歴史や背景などの理屈、諸々のエピソードなどを予習してから、土曜に実物を見に行くわけだ。こうすることで、実物を見るときに展示物以外のことに気を散らさないで済み、作品に集中出来る(わけ)である。丁度(ちょうど)昨日は金曜だ。

 運慶・快慶の作品は、学校の教科書に出てくるから、誰でもよく覚えている。東大寺の金剛力士像や、興福寺の四天王(してんのう)立像(りゅうぞう)などは日本人には懐かしくさえあるものだ。

 正岡子規に

無著(むじゃく)天親(てんじん)その()の仏秋の風

……という句がある。今回の展覧会は、興福寺に伝わる、その「無著菩薩」「世親(天親)菩薩」の立像(りゅうぞう)は無論、高野山金剛峯寺の八大童子立像(はちだいどうじりゅうぞう)や、運慶の直接作品ではないらしいまでも、多大に運慶の影響を受けていると伝わる十二神将立像(りゅうぞう)など、過去なかったほどに運慶及び所謂(いわゆる)「慶派の仏師」の作品を集めて開かれている。

 やはり目当ては興福寺の運慶作である。

 実は子供の頃、興福寺にも東大寺にも、何度も行っている。東大寺の金剛力士像は勿論のこと、興福寺の無著菩薩も世親菩薩も、また四天王立像など、数多くの運慶作品に親しんできた。ただ、そうしたものをしょっちゅう見られる事が()(がた)い事だとは、子供の頃にはわかる筈もなかった。

 事前の情報ではかなり混むということだったが、今日は生憎(あいにく)秋雨(あきさめ)のせいか人々の出足が鈍いらしく、待ち時間0分で入場できた。

 会場は平成館の2階で、第1会場と第2会場に分かれている。年代順に前期が第1会場、後期が第2会場だ。

 いやもう、眼福、眼福、眼福、これあるのみであった。

無著菩薩立像

 なんと言っても、見どころは無著菩薩立像(むじゃくぼさつりゅうぞう)だろう。

 粘土でかたどるブロンズなどとは違い、彫り直しのきかない木彫(もくちょう)だ。その制約のもと、一体どうやって、この悲しみとも内省ともつかぬ深い精神、慈悲と言うとかえって当たり過ぎで、逆に軽く感じてしまって十分に形容できない、鎮々沈々として、かつ()()みとした人生の表情を彫り出したのだろうか。しかも、これは実在の無著を写したものではない。「多分、無著と言う人はこういう表情を(たた)えていたであろう」という想像によって彫られている。しかもその想像は、800年も後の私たちをして(うべな)わしむるに足る。

 東大寺の金剛力士像の迫力とはまた違った説得力を持っているのがこの無著菩薩立像である。

 評論家の西尾幹二は東大寺の金剛力士像を、その通俗ゆえにか、バッサリ「愚作」と切り捨てている。だがしかし、通俗のものは、違う角度から見た本物と言うべきであろう。金剛力士像もまた運慶の面目躍如たる作品であり、切り捨ててしまうのはあまりにも果断に過ぎる。そうは言うものの、西尾幹二が金剛力士像を愚作と言い切ってまでこの無著菩薩立像に入れ込む気持ちもよくわかる。

 四天王の足下に踏み(しだ)かれる邪鬼(じゃき)に目を奪われる。人外の者であることを表す四本指に二本(ひづめ)、踏みつけにされて飛び出た目玉、見れば見るほど考え込まされる。

 重要文化財「十二神将立像」は、もとは京都の浄瑠璃寺の所蔵であったが、今は国立博物館と静嘉堂文庫美術館が別々に蔵しているため、一度に見ることができない。この展覧会では、これらが四十数年ぶりに一か所に集められた。めったに見られない展示で、これも見ものであった。十二支(じゅうにし)、つまり干支(えと)のそれぞれをわかりやすくかたどった神将群で、それぞれ額に子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い)のシンボルを頂いている。直接の運慶作ではないらしいが、運慶の名は当時の彫刻ジェネレーションを象徴してもいて、運慶ムーブメントのうちであると言っていいのだろう。

 昼遅く、たっぷりと運慶展を見終わる。

 せっかく国立博物館に来たのだから、ということで、常設展も一回りすることにした。

名物(めいぶつ)三日月宗近(みかづきむねちか)」こと三条宗近(さんじょうむねちか)太刀(たち)

 面白かったのが、刀剣の展示に若い女性が行列をなして群がっていたことだ。

 「名物(めいぶつ)三日月宗近(みかづきむねちか)」こと三条宗近(さんじょうむねちか)太刀(たち)を見るための列が、ほぼ「30分以上待ち」であった。刀剣の鑑賞が女性の間で流行っているということは知っていたが、30分も並んで刀剣を鑑賞するほどの流行になっているとまでは知らなかった。こんな風に「流行」と言ってしまうと、「違うわよ、私は芯から本物の刀剣愛好家よ!ちょっとやそっとの流行と一緒にしないでよ!!」と女性陣に叱られる気もするが……。

 さておき。

 国立博物館は、一度入ってしまうとさながら罠のように私を(から)め捕える。いつまでも入り浸っていたいのだが、いい加減のところで未練を切らないと、出られなくなってしまう。後ろ髪を惹かれるようにして、15時頃、博物館を後にした。

 上野公園では何か「にっぽん文楽」という催しをやっていた。和風の扮装の一団が音楽に合わせて踊り演ずるものだ。一部始終を面白おかしく見物した。

 仲町通りで一杯、それからアメ横の藪蕎麦で「なめこ蕎麦」を啜り込み、帰路につく。

 帰宅すると、いい感じに18時である。楽しい土曜日であった。

秋の雨

投稿日:
真つ直ぐ(まっすぐ)無著(むじゃく)菩薩や秋の雨   佐藤俊夫

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