(そぞ)ろ歩きと飲み食い

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 今日は旧暦二月(ついたち)、散りかける梅も多く、東京では桜が開いたという。

 日本橋の室町砂場へ行こうとして、神田の駅のほうがよっぽど近いことに気づく。神田駅南口からなら徒歩たったの3分。

 スマホのコンパスの調子が悪く、しばらく方向を失い、新常盤橋のあたりまで(そぞ)ろ歩いていて、ほぼ散った桃も見た。

 春である。

 明日は彼岸の入り。

今日食べたもの

 室町砂場で菊正宗1合、湯葉、筍の土佐煮、盛蕎麦。

 駿河屋嘉兵衛で純米大吟醸三千盛(みちさかり)5勺、蛸と梅肉の塩辛。

 北千住駅ナカの「てんや」で月桂冠1合、天婦羅(たらの芽、穴子、海老、烏賊(いか)、蓮根、いんげん)

食べられなかったもの

 新越谷駅近く、サンシティ屋上の牡蠣小屋の牡蠣。東北復興支援だそうな。

春の星

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今週時事等

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ホーキング博士死去

 ホーキング博士と言えば、思うに私などが子供の頃から活躍していた。何分学究の間の事は私などにはよくわからないから、その宇宙論がどれほどのものであったのかなど理解できない。

 しかし、体の不自由をものともせず多大の研究成果を残したのだ、ということは、理解できる。

 祈冥福。

死刑は延期されれば延期されるほどよい。いい気味だ。

 ざまぁ見やがれ。こいつら如きの死刑執行は、遅れれば遅れるほどいい。拷問のように苦しみは倍加だ。思うに、50年くらいはいつ執行されるのかもわからない無明の闇の中に放置したほうがいい。

 その際、変なジャーナリストなどが獄中からの声などを中継しないようにしたほうがよい。忘れ去られ、誰からも尊重されず、誰にも自分の言葉を届けることができないまま、死刑を待つのだ。

いや、ンなこと言ったらアメリカだって同じだぜ

 だって、アメリカだってリビアにCIA送り込んでカダフィ暗殺してるぜ?同じだろ。

 今年はずいぶん早いようだ。

 今日は外出していたが、もう梅は最後、桃は散り始め、という印象もあった。

 ところが少し肌寒く、なのに青空が広がり、気持ちの良い一日だった。

読書

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 井上靖の「おろしや国酔夢譚」、読み終わる。

 高田屋嘉兵衛の伝記小説「菜の花の沖」(司馬遼太郎)を読んだことから興味を持ち、これまでに吉村昭の「大黒屋光太夫」と、江戸時代に桂川甫周により記録された「北槎聞略」を読んだ

 「北槎聞略」は一種の学術書であり、相当読みごたえがあった。なによりも新鮮だったのは、江戸時代の一介の雇われ船頭に過ぎない大黒屋光太夫が、驚くほど精密な情報を持ち帰っていることだ。

 後世に至って、北槎聞略にはソ連側から学術的な検証が加えられ、少なくない誤りが指摘されているのは岩波文庫版の注釈からも窺える通りであるが、全体のボリュームとそれらの誤りの比から言って、むしろ光太夫の体験談は、鎖国下の江戸時代としては逆に正確であることが裏付けられていると言ってよいと思う。

 さておき、「おろしや国酔夢譚」は大黒屋光太夫の伝記小説としては最も知られたものだ。

 井上靖は明治生まれの、いわば「昔の人」だし、出版も少し古いので、登場人物の心の動かし方などがどうも昔風だ。「何でここで怒るかな」というようなところで怒ったり、「何でここで泣くかな」というようなところで泣いたりする。かなづかいは現代かなづかいではあるものの、「(はだか)」を「裸か(はだか)」とかなを送って書いたり、「(しか)し・しかし」を「(しか)し」と書いていたりと、少々古臭い。また、吉村昭の「大黒屋光太夫」の読書感想にも書いたが、この作品が書かれた頃はまだ大黒屋光太夫に関して発見されていない資料があったらしく、その晩年について多少見解が異なるようである。

 そうはいうものの、吉村昭の「大黒屋光太夫」にも「北槎聞略」にも書かれていないエピソード、例えば光太夫を送還してきたラクスマン一行への歓待饗応時の料理メニューが取り上げられるなどしていて、面白い作品だった。

言葉
逍遙(しょうよう)称揚(しょうよう)慫慂(しょうよう)

 「おろしや国酔夢譚」の中に「慫慂(しょうよう)」という言葉が出てきた。

 私は「逍遥(しょうよう)」と「称揚(しょうよう)」は知っていたが、恥ずかしながら、「慫慂」については今日の今日まで意味を知らなかった。

「コトバンク」より引用

〇 しょうよう【逍遥】

( 名 ) スル
 気ままにぶらぶら歩くこと。そぞろ歩き。 「河畔を-する」 「此庭上を-して、其感を楽み/薄命のすず子 お室」(三省堂「大辞林」)

〇 しょう‐よう〔シヨウヤウ|シヤウヤウ〕【称揚/賞揚】

[名](スル)ほめたたえること。称賛。「善行を―する」(デジタル大辞泉)

〇 しょう‐よう【×慫×慂】

[名](スル)そうするように誘って、しきりに勧めること。
「今日牧師が来て、突然僕に転居を―した」〈有島・宣言〉(デジタル大辞泉)

 「おろしや国酔夢譚」の中では、次のように使われていた。

「おろしや国酔夢譚」(井上靖、文春文庫、ISBN978-4167902087)p.315から引用

 光太夫はまた大学の近くのネワ川の岸に建てられてあるクンストカーメラに出向いて行って、火箸、象牙の箸、椀、扇子、硯箱、鈴、そうしたこまごましたものを寄附した。いずれも日常使用していたもので、こんなものを寄附して何になるかと思うような品ばかりであったが、ラックスマンの慫慂(しょうよう)に依ってのことであった。

遣日使節御馳走づめ
「おろしや国酔夢譚」(井上靖、文春文庫、ISBN978-4167902087)p.357~358から引用

 六日にロシア使節の主だった者はこの地の高名な豪商であるという人物の案内で、小舟で埠頭に運ばれ、街を一通り見物させられたあとで、“露西亜屋敷”と真新しく書かれた立札のある家に入れられた。この時は光太夫も一行の中に加えられていた。そしてそこで、風呂の接待を受け、入浴後大きな庭園に面した広間で、幕吏、藩吏、代官、土地の有力者と思われる人たちの饗応を受けた。卓の上には山海の珍味が並べられた。塩味の焼魚や煮魚、そのほかにえび類が大きな皿の上に並び、パンの替りに米飯が出された。

 この時の献立は、『江戸旧事考』に「寛政年中魯西亜使節饗応の献立」として記録されている。

 ――熨斗鮑(のしあわび)(三宝)、たばこぼん。
 ――茶。
 ――(御座付)、吸物(味噌小魚吸口)、小皿(打焼小串魚青山椒(あおざんしょう)猪口(ちょこ)(花鰹寄鰊子(はながつおよせかずのこ))。
 ――(膳)、白か(はつか)大こん、青海苔、ふ()の魚、岩たけ、たん()く玉子、蜜柑酢。
 ――(汁)、みそ、青菜、竹輪かま()こ、小しいたけ。
 ――(香物)、干さんしょう、なら()け、花輪。
 ――(壺)、すり山葵(わさび)銀杏(ぎんなん)煎海鼠(いりなまこ)、砂糖仕立。

 以上が一の膳で、二の膳は、

 ――(地紙形)、草花かいらき、ちりめん大根、も魚子(もろこ)()け、鱒平造り、海そうめん、とつがさ。
 ――(汁)、針午房(ごぼう)、くじら、ねぎ。
 ――(猪口)、いり酒、おろし大根、衣きせ鱒、掛しょう()、油揚たら。

 三の膳になると、やたらに小皿が並んだ。

 ――(汁)、うしお仕立、(すずき)こせし。
 ――(大猪口)、()るま午房、ことしからし。
 ――(向大皿)、焼物。
 ――(平)、煮()まし、かま()こ、大竹のこ、結ゆ()、わら()
 ――(銀置露)、枝山升(さんしょう)、こん()、玉子、鴨、松たけ。
 ――(台引)、塩鯛、花鮑(はなあわび)、揚昆布造物。
 ――(引盃)、吸物、ちりめん(じゃ)こ、松露(しょうろ)

 以上のあと、銚子が運ばれては、その間に、猪口、小皿、口取、硯ふた、丼、鉢、小皿、雑煮(花かつお、わら()、串貝、こん()、磯とうふ)、平、猪口と、いつ尽きるともなく並んでいる。

(ルビの一部は佐藤俊夫による)

 ……いやもう、呑めるクチには、読んでいるだけで唾が湧きますなァ(笑)。

NaziVegan Heidi

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 Twitterのタイムラインで「NaziVegan Heidi」という頭のねじがどうにかなった漫画を知り、表紙を見ただけで吹き出してしまった。

 なにかもう、相当にイカれた漫画らしい。

一杯

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 料峭(りょうしょう)、……と言えるほどの晴れやかさでもなかったが、しかし、春らしい、風の光る一日だった。

 今日の肴はちょっと刺身などをはりこんでみる。

 ぬるい燗で安いところを一杯。旨い。

繁盛店・潰れ店雑想

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 Facebookのタイムラインに、時々「更科堀井」の広告が出る。更科堀井は私が好きな蕎麦(みせ)の一つで、麻布十番にある。(たま)さかに麻布や六本木近くに寄ることがあると手繰(たぐ)りに行く。

 独特の白い更科蕎麦は(しなや)かで旨い。勿論その味は昔から名代(なだい)のものだ。とても繁盛していて、いつ行っても混んでいる。

 更科堀井の広告には、季節ごとに、おいしそうな種物(たねもの)がよく出る。

 蕎麦屋は季節の蕎麦をいろいろと用意できる。一見バリエーションがなさそうな(もり)蕎麦や(ざる)蕎麦でも、桜や茶、海老、柚子など、季節のものを練り込んだ「変わり打ち」が出る。天婦羅蕎麦であれば、天種には色々なものがあるから、季節ごとに様々な天婦羅が蕎麦と一緒に楽しめる。汁掛けの温かい蕎麦になると、山菜、(にしん)、松茸、牡蠣(かき)、大晦日には年越蕎麦など、季節の味に事欠かない。

 冬だから牡蠣蕎麦を手繰りに行こうか、春だから桜の変わり打ちを手繰りに行こうか、と、季節ごとに味覚を思い出し、食べに行きたくなる。その季節にしか食べられないから、なんとしても行こうという気になる。

 そんなわけだから、更科堀井のFacebook広告は、折々、季節感一杯に表示され、食欲が刺激される。

 多分、更科堀井は、これからもずーっと人気店のままだろう。よほどのことがない限りは(つぶ)れることなどあるまい。

 他方、ふと、これが新規開店のラーメン屋だったらどうだろう、と思う。

 ラーメン屋は新規開店後、4年から7年でほとんどが潰れてしまい、軌道に乗って生き残るのは8%ぐらいしかない、と何かで聞いたことがある。生き残る店は1割以下だということだ。

 念のために書き添えれば、これは何もラーメン屋に限ったことではなく、更科堀井のような大老舗は別として、蕎麦屋だって同じことだ。潰れるのは飲食店だけのことではなくて、起業した会社は平均すると日本の場合7年で潰れ、世界的には4年で潰れるのだそうである。日本には明治時代から100年も残る会社があるが、こんなのは稀有な例だ。そんな中には例の「東芝」もあるが、アメリカの毒饅頭入り会社など買い取ったせいで軒先が傾いたのは、実に惜しいことだった。

 さておき、ラーメン店が広告を出すにしても、蕎麦屋のように季節ごとに何か、というわけにはいかない。ラーメン店で季節感が出せるものなんて、せいぜい冷やし中華くらいで、あとは年がら年中同じ味、同じメニューである。だから店ごと独自に何かのイベントでも打つか、近隣のイベントに合わせて何かするしかない。あるいは商品開発をしてメニューにどんどん新しいものを加え、それを機会に広告を出し続けるかだ。

 私の住む街に開店するラーメン店は、確かに、まったく長持ちせず、続々と潰れている。特に個人の店は無残に潰れていく。個人で商品開発を行うなんて、経営しながらでは無理というものだろう。いきおい同じメニューばかり出すしかなく、客は開店時に物珍しさで1回行けば、それでもう飽きてしまい、二度と行かない。

 ふと、中小企業診断士の先生がラーメン屋を開店したとしたらどうだろう、うまくいくのかな、いや、ダメなのかな、などと思い浮かぶ。

 結論は多分見えていて、うまくいかないだろう。ラーメンの技術は診断士の先生にはないし、現実のラーメン店経営は経営理論どおりでもないだろう。

コスプレ馬鹿

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あっはっは、中国もこんなアホの存在を許すようになったんだなあ

 私は前からこの王毅って奴が嫌いだし、このことそのものの一件次第などはどうだっていいんだが、中国人にもこういう馬鹿がいるんだなあ、と思って笑ってしまった。

 日本人にも馬鹿はいて、例えば初詣の客でにぎわう神社の鳥居の前で「神はエホバのみである」みたいな、正気が疑われる布教をするキリスト教徒とか、もっと言えば、ナチス親衛隊の恰好をして終戦記念日の靖国神社周辺をうろつくという意味不明のドイツマニアなどがいるわけだが、そういう者にドイツ人がこれを知ったらどう思うかわかってンのかなどと言ってみたところで無駄だ。むしろ、そういうことが許される日本という国の自由さを(たた)えたほうが精神衛生には良い。

 さすがに、終戦記念日の靖国神社前で、太平洋戦争当時の米軍GIのコスプレをしたり中共の軍服コスプレをするような馬鹿は見かけないが、仮にそういうのがいたとしても、日本の場合「馬鹿な奴がいるなあ」で済んでしまう。せいぜい右翼に絡まれるくらいだろう。

 で、中国にもそれと同種の馬鹿がいるということで、なるほど、中国も相当自由な国になってきたなあ、と思うのである。ちょっと前だったら記事のように行政処分どころでは済まず、逮捕投獄は当然、下手をするとそれこそ射殺されたろう。

 いや、むしろ、中国の自由さをアピールするため、中国政府が馬鹿を放し飼いにしているのかも知れない、というふうに見ると、中共専制国家体制の盤石さが逆に恐ろしくもなるが……。

 よその国のことだから、こんなことどうだっていいっちゃあ、どうだっていいんだけどね。