命令でも号令でも

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 令和の「令」が「命令」の「令」でも「号令」の「令」でも、私は別に構わない。いや、むしろそのほうがいっそ清々(すがすが)しい。

 なんとなれば、わたしは改革を嫌い、秩序を好むものだからた。革命を憎み、伝統を愛するものだからだ。

 規律を正義と見、放逸を邪悪と見る。安寧に近づき、動揺を遠ざける。興奮を好むのは幼児、落ち着きを尊ぶのは老成である。

素直に取り組む

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 今日、7月1日は、私にとっては、感慨深い日です。

 徹底的に頑張り抜くとか、死ぬまでやります、どんなことがあろうと負けずに完遂します、私が死にさえすれば皆のためになるからそうします、五体尽きるともなお撃ちてし止まん……というような、そんなことは、すみませんが今の私にはできません。それが私に期待されていることだというのなら、申し訳ないですがご期待には沿えません。

 これまで知らずにしでかしてしまった数々の失敗を全て糊塗できるならそうしたいですが、それは無理というものですから、糊塗もしません。口先でお詫びしたって、それは詮無いことです。責は甘んじて受けますから、責めてください。

 それよりも、素直な気持ちで、人の気持ちや努力に報いたい、どうにかして、なんとか上手に整えたいのです。下手糞のくせに上手に整えたいなどとは、言う人に言わせれば笑止千万でしょうが、でも、それが今の私の正直な気持ちです。

 なれるものなら、空っぽの湖のような、完全に澄んだ素直な気持ちになりたいのですが、五十歳過ぎの、色々と引きずっているオッサンには、そうした完璧な気持ちになり切ると言うのは困難です。でも、そういう中にも、追求できる素直さはあると思いますから、なんとか素直にします。

 バカにされようと、頑是ない子供のように教えを請いたいと思うのです。なんでも聞きまくる子供の素直さを真似たいのですが、本当にそうしたら、私は笑われてしまうでしょうし、面倒くさいおっさんだと思われるでしょう。それでも、本当に子供の真似をしましょう。

 これまで私は、大人のふりをして、知ったかぶりをしてきました。何かを始めることは難しいですが、何かをやめるということは、わりあいに簡単にできます。それなら、私の悪い癖である、知ったかぶりをやめたいと思います。