未来と言うよりも現代は素晴らしい

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 ツイッターのタイムラインで、こんなビデオが流れてきた。

 本当に、私は驚くべき時代に生きている。

 私は以前から、翻訳・通訳に携わる人たちが知的な職業であることに疑いをいれる余地はないかのようになんとなく考えてきた。

 しかし、最近なかなか精度の良いポケット翻訳機などが発売され、テレビで明石家さんまが宣伝しているのを見るにつけ、なにやら風向きが変わってきたな、と感じるようになってきていた。

 そのぼんやりとした感じが、前掲のビデオを見て鮮明になり始めた。

 遠からず、翻訳者・通訳者までもが機械的な作業に携わっているだけであるとされ、いずれAIに駆逐されてしまうという幻影が垣間見えるのだ。語学に通暁した者は、もはやAIに学習させるための教師や、翻訳ロジックを記述する仕事でもするより他はなくなるかも知れない。

 そして数十年を経ると、AIは語学に関して「Bootstrap(ブートストラップ)」し、自らによって自らを立ち上げ、遂に人手を要しなくなるだろう。AIそれ自身によってロジックも高度に仕上がっていく。

 キリスト教徒の所説によれば、その昔、バベルの塔を積み上げて自ら神たらんとした人間たちは神の怒りに触れ、人々の言葉は相通ずることなきようバラバラにされたという。塔の建設はそのため中断し、言葉の通じなくなった人たちは世界中に分かれてしまい、話すことができなくなったのだ。旧約聖書には「(この)(ゆゑ)(その)()はバベル(淆亂(みだれ))と呼ばる」とある。つまり、人ぞ知る「バベルの塔」の名は、塔の建設が中断した後で名づけられた格好だ。

 全地(ぜんち)(ひとつ)言語(ことば)(ひとつ)(おん)のみなりき

 (こゝ)人衆(ひとびと)東に移りてシナルの地に平野を得て其處(そこ)居住(すめ)

 彼等(かれら)(たがひ)(いひ)けるは去來(いざ)甎石(かはら)を作り(これ)()(やか)んと遂に石の(かはり)甎石(かはら)()灰沙(しっくひ)(かはり)石漆(ちゃん)を獲たり

 又(いひ)けるは去來(いざ)(まち)と塔とを建て(その)塔の(いただき)を天にいたらしめん(かく)して我等(われら)名を(あげ)全地(ぜんち)表面(おもて)に散ることを(まぬか)れんと

 ヱホバ降臨(くだ)りて(かの)人衆(ひとびと)(たつ)(まち)と塔とを()たまへり

 ヱホバ(いひ)たまひけるは()(たみ)(ひとつ)にして(みな)(ひとつ)言語(ことば)(もち)ふ今(すで)(これ)()し始めたり(され)(すべ)(その)(なさ)んと圖維(はか)る事は禁止(とど)め得られざるべし

 去來(いざ)我等(われら)(くだ)彼處(かしこ)にて彼等(かれら)言語(ことば)(みだ)(たがひ)言語(ことば)を通ずることを得ざらしめんと

 ヱホバ(つひ)彼等(かれら)彼處(かしこ)より全地(ぜんち)の表面に(ちら)したまひければ彼等(まち)(たつ)ることを(やめ)たり

 (この)(ゆゑ)(その)名はバベル(淆亂(みだれ))と呼ばる()はヱホバ彼處(かしこ)に全地の言語(ことば)(みだ)したまひしに(より)てなり彼處(かしこ)よりヱホバ彼等(かれら)を全地の(おもて)(ちら)したまへり

 いかにもキリスト教らしいおとぎ話ではあるが、これを奉ずる白人たちはAIやクラウドにより再び一つの言葉を手に入れようとしている。彼ら白人は彼ら自ら信ずるところを否定して前に進む。キリスト教徒にとってキリスト教は、もはや雰囲気を愛でるための詩以下でしかない。

学や知や罪や

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 昨日放映のNHKスペシャル「731部隊の真実」の録画を見る。

 ハバロフスク裁判の録音テープの証言は、少し変だ。登場する衛生兵の古都なる人物の証言は、昔の人であるにかかわらず、妙に棒読みっぽく理路整然としており、言い間違いや「あ~、え~……」と言った間つなぎ声も入らず、あまりに淀みがなさすぎる。変だな、と思わせるに十分だ。ただ、当時の記録として一級品の資料であることには変わりはなく、価値は不自然さなど補って余りある。

 今は軍事研究と言うと「忌まわしいもの」「ゾッとするもの」という感じを多くの人が持つのだろうが、昔の日本や、今でも諸外国では、博士や教授が「私の研究室では軍関係のものも扱っておりまして」などというと、立派なこと、かっこいいこと、誇り高いこと、ちょっぴり秘密めいた鼻の高いこと、そういうものであったことも押さえておかなければならない。

 この番組はむしろ、制作陣がそう意図したかどうかはわからないが、戦争がどうとか日本軍が残虐だとか言うことではなしに、「学問・学術や知性の罪深さ」を抉り出してしまっているように思える。

大嫌いな知性

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 知性のある人は厳格な規律やルールに従って生きることを立派だとは言わないものだ。自由という人類の資産を尊重するあまりの事であるとは思う。即ち、厳格な規律やルールは、人の思考力を奪い、人間を奴隷化するものだ、というわけである。

 だが、私はそういう知性が大嫌いだ。

洗脳

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 特に思想的な面で、人と違った考え方を聞いたりそういう人を見たりすると、すぐに「あなたは変な思想を注入され、洗脳されている」などと言い出す(ヤカラ)が多い。

 私は以前から他人にそう決めつけられることが多い。ああ、どいつもこいつも、なんでこうなんだ、と思う。

 私はこれを「朝日新聞病」と名づけてみた。私にとってはむしろ憫笑(びんしょう)・冷笑の対象である。

 私としては悔しいことだが、朝日新聞はある意味、日本の知性を代表してきてもいるので、朝日新聞を熟読することは知性の指標でもあった。ゆえに、一定程度以上の賢い人は朝日新聞をよく読む。そのため、ほぼ全員が朝日新聞に洗脳され、妙ちくりんな歪んだ思想を持つようになるのだが、逆に彼らから見ると、私のような知性のかけらもない男は、「洗脳された歪んだ思想を持った男」に見えるのである。

 私も相手も、どっちも似たりよったりだが、決定的な違いがある。それは、私のような人物は絶えざる批判と蔑視に晒され続けているため、「歪んだ思想を持った偏った男」と呼ばれることを正面から受け止め、自分自身をよく検証し、振り返り、自分をそのように見てみるという経験も多く積んでいるのに対し、アッチではほとんどそんな経験はなく、自分の無邪気で無責任な正義を信じて疑っていないことである。

 一度、朝日新聞の流儀を疑ってみたほうが良い。「私はひょっとして間違っているのだろうか」「私は、もしかして洗脳されたのだろうか」と、深刻に悩んでみるべきである。

韜晦(とうかい)

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 まんしゅうきつことか辛酸なめ子とかろくでなし子とか、「なんとか子」という変な名前の有名人がいる。……この中で「辛酸なめ子」はちょっと違う組なような気もするが。

 で、この人たち、名前とは違って、なんというか、知性があるんだよな……。

 それで、こういう組の人を「韜晦(とうかい)子」「韜晦ッ子」と心の中で呼んでみている。変人韜晦、無能韜晦、である。