みどりの日

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天皇陛下万歳

 祝日「みどりの日」である。国旗を掲揚し、拝礼、祝意を表す。

 みどりの日については、祝日法には「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。」とあるものの、これはもともと、昭和天皇の聖徳を強く偲ぶ日であったことは人ぞ知るところである。

 すなわち、昭和天皇が崩御あらせられたのち、天皇誕生日であった4月29日が改めて「みどりの日」に定められたが、数年を経て同日が「昭和の日」として永久顕彰されることとなったため、もとは祝日法第3条第3項により「国民の休日」とされていた現在の日付に「みどりの日」を移動させたものだ。

皇居一般参賀~明治神宮初詣

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 去年の正月、皇居の一般参賀に行ったが、今年も行くことにした。

 9時頃自宅を出、東京駅丸の内南口が10時半頃。

 ゆっくりと行列の尻に取り付いたが、なんと混雑すること。

 後でニュースを見たが、平成最多の13万人近くが訪れたというのだから、さもあるべし。


 そうは言うものの、せいぜい3時間待ちというところで、12時40分頃には長和殿前広場に入ることができた。午後最初の御光臨は13時半で、それに先立つ50分ほど前だから、まあ、丁度良いというところだろう。

 それにしても人、人、人の波である。

 天皇陛下、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、皇族方が定刻にお出ましになり、巨大な波のように人々がどよもす。

 私も感極まって「天皇陛下万歳!」と、肺腑も破れよとばかり絶叫し続けていたら、すっかり喉が枯れ、ルイ・アームストロングか浪花亭綾太郎ばりのシヴい声になった。

 しかし、去年のように周囲に面白いおじさんや迷惑な男女がいるわけではなく、まあ、至って平静な感じの参賀であった。()いて言うなら私の他にも天皇陛下万歳を叫び続ける人が数列ほど後ろにいたことと、私の万歳につられて左隣にいた年配のご主人が天皇陛下万歳を叫び出したことと、右隣にいた白人の夫婦が異物でも眺めるような視線で私を凝視していたことだろうか。

 今年はたまたま、背伸びなどしなくても長和殿のバルコニーが直視可能なごく近いところに位置することができたのだが、残念ながら逆光で、しかも皇居の豊かな緑がガラスに照り映え、御龍顔(ごりゅうがん)御光顔(ごこうがん)は全然見えなかった。だが、これは「無月、あるいは雨月の月夜」と同じで、「そこに在らせ(たも)う」のが良いのである。

 遠回りして乾門まで散歩する。

 竹橋まで歩く。東西線・竹橋から飯田橋、JRに乗り換えて代々木、代々木から原宿まで行く。

 明治神宮に参拝するのだ。今上天皇を参賀したら、今度は明治大帝を偲び、(おそ)(ぬか)づこうというわけである。

 こっちも大変な混雑。

 ともかく参拝を済ませる。わずかな奉納で聖寿万歳から世界平和から自分の生活までよろしくと神頼みするのだから、そりゃまあ、虫の良すぎる話ではある。

 お守りに鏑矢(破魔矢)を一つ頂き、御神籤をひく。明治神宮の御神籤は吉だの凶だのとは一切書いておらず、明治大帝の「おおみこころ」が書き記された誠にありがたいものである。

 朝から何も食わずに家を出、新越谷のスタバでコーヒー一杯飲んだだけなので、夕方にもなってくるとさすがに腹が減り、北参道(JR代々木駅側)を出たところの露店でお好み焼きなぞ喰う。たまには良い。

 家に帰り、御重のもので一杯。

 酔っ払ってベランダに出てみると、思った通り、今日の月齢は望で、大きな大きな、明るく真ん丸のお月様である。

 今日いただいてきた明治神宮の鏑矢と、多摩陵・多摩東陵両陵墓印(大正天皇・貞明皇后)・武蔵野陵・武蔵野東陵両陵墓印(昭和天皇・香淳皇后)を並べてみて、また今日参賀してきた今上天皇陛下・皇后陛下の聖寿万歳を思い、前世紀と今世紀について深く考えるのである。

 (ちな)みに右が今日のGPSトラックである。

昭和の日

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天皇陛下万歳

 祝日・昭和の日である。玄関の軒先に国旗を掲揚する。

靖国神社参拝は

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 誠に恐懼のことながら。

 靖国神社へ先帝陛下の御親拝がなくなったのは、たしか昭和51年の事であったか。

 この年、私は10歳で、毛沢東や周恩来死去の報がテレビのニュース速報で流れているのを、年子の兄が「おかあさんおかあさん、テレビに『ケザワ』っちゅう人が死んだて映ってるでェ~!」と母に注進し、台所から慌てて居間に駆け込んだ母が、「ケザワケザワ言うから何かと思たら、毛沢東のことかいな、ホンマにあんたらは。……せやけど、死んだんかいな毛沢東。えらいこっちゃ」などと珍妙な会話があったのを覚えている。

 さておき、天皇陛下の靖国神社への御親拝はこの年が最後になってしまい、以後は勅使をお遣わしになるのみとなった。言うまでもなく、今上陛下におかせられては、即位後一度も御親拝はない。

 これを指して批判する向きもある。私も正直に言えば残念であるとは思う。また、いわゆる旧A級戦犯の合祀を先帝陛下が好まれなかったなどとする風説も伝え聞く。だが今は、個人的な感傷や風説はおこう。このことは、かしこきあたりにおかれて、国民の意向の大勢をよくお汲み取りになられただけであると解したい。

 というのも、例えば下って今日の終戦日。靖国神社に参拝した国会議員はおよそ70名であるという。両院議員が合わせておよそ700名だから、1割の議員が靖国神社に参拝しているということになる。言うまでもなく国会議員は選挙で選ばれるのであるから、まず、「国民の1割が靖国神社に参拝することを是と考えている」と換言できる。

 わずか1割の国民しか是としてないことを、天皇陛下にしていただくことは、たしかに難しい。

 もって得心すべきであろうか。

太陽

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 評判の映画、「太陽」を見に行った。今静かな話題となっている、昭和天皇の苦悩を描いた映画である。銀座の「シネパトス」というところでやっている。

 なんというか、昭和天皇の人間性に感動したりする映画ではない。いわば、イッセー尾形の渾身の至芸を楽しむ映画、であろうか。

 大衆的な日本人ウケを狙うなら、マッカーサーに国民の食料費として皇室の有価証券を差し出したという例の話なんぞをちりばめたほうが、間違いなくウケる。しかし、あえて(か「あえて」でないかは知らないが)そういった日本人メンタルに訴えるストーリーはまったく採用されていない。

 そういった点で、見る人を選ぶ映画であると言える。特に、日本人はこの映画に「選ばれる」。

 それから、もしハリウッドが同じ映画を作ったら、どうなっていたかなどと、楽しい想像もできる。ハリウッドが手がければ、噴飯映画「パールハーバー」のように、彼らのいわゆる、低劣な「ボーイミーツガール」的馬鹿映画になることだろう。

 ロシア人が作ってくれてよかった。日本人的潤色歴史エピソードが入っていないところを差し引いても、まだしも情念の世界観が滴っているだけ良いと言わねばならぬ。