ブルース・ハープ
若い頃からハーモニカは好きだ。同音が上下2列になった
オッサンは生きている。
珍しい、三代目玉川勝太郎の石松金毘羅代参~石松三十国船道中。
在りし日の勝太郎が木馬亭でかけた演目だ。
これはこれで面白いが、やはり虎造節を聴きなれた者には、少々物足りないところもある。
本職の料理人が料理をする動画をよく見る。面白いし、見ていて腹が減る。
Nara hirokazu 氏という本職の料理人が魚を
これはグレを捌く動画だが、皮の湯引きと細造りで呑むところなんか、思わず生唾が湧いてしまう。
このブログのアクセスログを見ていると、見に来る方の中に、「唄入り観音経」の検索キーワードで行き当たったらしい方が多少おられることがわかる。
唄入り観音経というと名人・三門博の一世一代の浪曲だ。戦前から戦後にかけての大ヒットである。
主人公は「
ところが私は、この木鼠吉五郎というのは、三門博の創作の、架空の盗賊であるとばかり思っていた。しかし、どうやらそうではないらしく、少なくともモデルとなった実在の木鼠吉五郎というのがいたらしい。
上のWikipediaの記事を見て驚いた。
というのも、唄入り観音経とは全く別の分野のこととして、私は岡本綺堂の「拷問の話」という本を読み、江戸時代の拷問が実はそうそう行われるものではなく、老中の許可などを必要とする実に煩雑な司法手続きであった、ということを知ったのであるが、その「拷問の話」に取り上げられているのが「播州無宿・吉五郎」とのみ記された盗賊であった。
「唄入り観音経」の主人公木鼠吉五郎と、「拷問の話」の盗賊・播州無宿の吉五郎とは、私の頭の中では全く別物になっていて、一致していなかった。
ところがどうやら、Wikipediaの記事と岡本綺堂の作品を読み合わせれば、これはモデルとしては同じ人物であることは明白だ。私としたことが、これは迂闊であった。20年以上もの間、このことを知らずにいた。
しかし、いずれにせよ、唄入り観音経の中では改心して得度し、仏道に精進する吉五郎も、実際には
京山幸枝若の浪曲に聴き惚れるなど。
ふと自分のブログを見ていたら、昨夕遅く、唄入り観音経ファンの方からコメントがついている。
浪曲は古い話題なので、めったなことでコメントがつくことなどないが、ありがたいことである。
さて、この方のコメントにも少し触れられているが、三門博の「唄入り観音経」、題材になっている「観音経」の一節のテキストが、ネット上では少々見つけにくいようだ。
勿論、昔と違って、観音経のテキストそのものはネット上で簡単に見つかる時代になったが、「<ruby>~</ruby>タグ」で囲ってルビを打ったものはどうやら見つからないようだ。つまり、だから「唄入り観音経」の歌詞を耳で聞いてネットで検索しても、ヒットしにくいのである。
そこで私が打ち込み直し、ネットに放流しておくことにした。
経典「妙法蓮華経」は長大な経であり、おいそれとブログに載せられるような大きさではないが、良く知られ、また在家信者の勤行でも読まれることのある「観世音菩薩
私の宗旨は真言宗で、法華宗門とは異なる。しかし観音経は、実は真言宗でも勤行に用いられるのである。特に高野山真言宗から分かれた
下に書き出したのがそれである。無論、著作権は消滅しているから、どうなとコピペ可能である。
妙法蓮華経
観世音菩薩普門品 第二十五偈
世尊妙相具 我今重問彼 佛子何因縁 名為観世音
具足妙曹尊 偈答無盡意 汝聴観音行 善応諸方所
弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億佛 発大清浄願
我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦
假使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没
或在須弥峯 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住
或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛
或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心
或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
或囚禁枷鎖 手足被柱械 念彼観音力 釈然得解脱
呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害 若悪獣圍繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無邊方
玩蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自回去
雲雷鼓掣電 降雹濡大雨 念彼観音力 応時得消散
衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦
具足神通力 廣修智方便 十方諸国土 無刹不現身
種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅
真観清浄観 廣大智慧観 悲観及慈観 浄願常譫仰
無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間
悲體戒雷震 慈意妙大雲 濡甘露法雨 滅除煩悩焔
諍訟経官処 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散
妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念
念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼
爾時持地菩薩 即従座起 前白佛言 世尊 若有衆生 聞是観世音菩薩品 自在之業 普門示現 神通力者
当知是人 功徳不少佛説是普門品時衆中 八萬四千衆生
皆発無等等 阿耨多羅三藐三菩提心
三門博の「唄入り観音経」では、このうちの何か所かが使われる。
私の持っているCDのうち、左のテイチクのものでは、以前に書いたこともあるが、最も有名な「本題」の「唄入り観音経」がまったく入っておらず、少し違う話になっている。だが、観音経そのものはところどころに使われており、例えば有名な「
〽 遠くちらちら
燈 りが揺れる
あれは言問 こちらを見れば
誰を待乳 の舫舟
月にひと声 雁が鳴く
秋の夜更けの吾妻橋
世尊妙相具 我今重問彼
佛子何因縁 名為観世音
具足妙曹尊 偈答無盡意
汝聴観音行 善応諸方所
また、名奉行大岡越前の裁きを受けて改心し、罪を許された木鼠の吉五郎が仏門に入るシーンでは
〽 前非を悔いた吉五郎は
名も西念と改めて
頭丸めて仏門の
御 弟子となりて国々を
具足妙曹尊 偈答無盡意
汝聴観音行 善応諸方所
弘誓深如海 歴劫不思議
侍多千億佛 発大清浄願
我為汝略説 聞名及見身
心念不空過 能滅諸有苦
また別に、美空ひばりも唄った、「本題」のほうが入った戦前の本来の作品の方で、和尚に観音経を教わった百姓の甚兵衛爺さんが、婆さんと唄のように繰り返すのがこの部分である。
或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
「長くて覚えづらい、ワケがわからない」と訴える無学文盲の百姓甚兵衛に、和尚は「全部唱えずともよい、『
(「唄入り観音経」本題入りの音源の、後半の一部)和尚 甚兵衛さん良く打ち明けた。法華の大師日蓮上人が由比ガ浜竜の口の御災難の時に唱えられた観音経と言うお経がある。上人はこのお経の御利益によって危うき一命が救われた。この観音経を教えてやるから恩人木鼠吉五郎様のためと唱えておやり、観音経一巻を覚えるには一心不乱に稽古しても四五年はかかるぞよ甚兵衛 そんなに長くなくって、アッサリ教えて下さいまし和尚 アッサリとはいかないが、有り難いところ二言 三言 だけ教えてやる。今唱えるから聞き落としのないようによく聞きなされや……と、
傍 にあったる鐘を引き寄せて撞木を握り威儀を正して鐘の縁を力に任せて一つ、ごぉ~ん
その鐘の音色に
音声 を乗せ〽或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊 ~……和尚 どうじゃ、お判りかな甚兵衛 初めのほうはちっとも判らねえでがす和尚 中ほどはどうじゃ甚兵衛 少し判りました和尚 前の方は甚兵衛 丸ッきし和尚 なんだい、それじゃ皆ンな判らないんじゃないか。……お経の意味を覚えなさい。さすればお経に趣味が出てすぐに文句が覚えられる。〽 「或遭王難苦 」ということは王難の苦しみに遭うということ「臨刑欲寿終 」とは刑場で命終わらんとするときをいう「念彼観音力 」とは観音様の力にお縋 りをする「刀尋段段壊 」とは当たる刃物が切れ切れになるということ和尚 一口に言えば災難のために、刑場で命終わらんとする時に、観音経を唱え奉れば御利益あらたかにましまして、自分の身体へ当たってくる刃物が途中でポッキリ折れて、身体に傷が付かずに命も助かるということを、それ観音経になぞらえて……〽或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊 ~……和尚 どうじゃ、甚兵衛さんや、お経の有難味が少しは分かったか甚兵衛 へぇ、有り難すぎて、みんな忘れちまった和尚 困ったねえ、ではこうしなさい、前ふた言 抜いて、後ふた言 だけ覚えなさい。『念彼観音力 刀尋段段壊 』……と、このくらいのことは覚えられるだろう婆さん とっても駄目だい甚兵衛 なに言ってるだ婆さん、俺がみんな聞いてもすぐ忘れちまうから、お前半分覚えろ。半分ずつッか無 ェんなら忘れなかんべ幸い婆さんが来ていたから半分後を覚えてもらい、ありがとうごぜえましたと
暇 を告げて表へ出た〽 忘れちゃいけない婆さんよ今教えて貰った観音経を 大恩人のためだから わしが前を半分やるで
お前が半分後から唱えておくれよと言えば婆さんにっこり笑い
これさ 爺さんよくおきき
今は梅干婆あでも
娘の頃には村一番の声よしで
盆踊りの時などは櫓の上で若い衆と音頭取りしたこともある
さすりゃ昔の杵柄で 歳は取っても歯は抜けてても
声のほうではお前にゃ負けない これさ 爺さんしっかりおいで甚兵衛 生意気なことをコクなこの婆あ先に立ったる爺さんが しわがれ声を張り上げて
念彼観音力 ~
と唱えましたら婆さんが鉄漿 だらけの歯を剥 き出してなんの負けよう爺さん如きに声の方ではひけとらないぞえ
刀尋段段壊 ~甚兵衛 来たなァ、婆あ〽念彼観音力 刀尋段段壊 と 唱えながらに行くのをば 村の若い衆が 耳にして
「野郎、お
前 」「なんだ茂十」
「
下 の甚兵衛、婆アと掛け合いで変なこと言ってくが、アリャ何だ」「わかったぞ、この
間 、甚兵衛、村の使いで江戸さ行ってきた、その時覚えてきた、ありゃ大方、江戸の流行唄 だべ」「流行唄?……へぇ~、面白ェ唄だな、半分づつ掛け合いだ、唄に囃子がネェと仕ッ方ないから、囃子ィ付けてやるべ、調子を外すと聞きづれェから、しっかり来いよ、始めるぞ」
村帰りと見えて鍬を一丁づつ担いでいた、その鍬の柄を叩いて拍子を取って
〽 茂十が先に歌い出すさあさ 出したぞ ヨ~イヤナ~
念彼観音力 ~
と唄い出したら次郎兵衛が
それに調子を合わせまして
刀尋 ~ キタコラ エ~段段壊 ッ、あァ~コ~ラショっと……「こりゃいいやィ」
……そうして、あとはご存知、お経の一節をすっかりお囃子か唄か何かと勘違いした若者たちの口から口へ、ついには観音経が奥州一円のヒット・ナンバーとなり、子守りの女の子が赤ん坊を寝かしつける子守唄にまで「観音経アレンジ」が入ってしまう、という筋書きである。その子守歌こそ、三門博一世一代、美空ひばりの幻のナンバーでもある「唄入り観音経」である。
思わず買う。
実は「唄入り観音経」、テイチクのをはじめ、3つくらい持っているのだが、どれも語りが違い、しかもテイチクのは肝心の「唄入り観音経」が入ってない。
この話は主人公の西念が出家してからの話のようだ。
通勤時には大抵読書をしているが、本も高いので、手元が品切れ気味になっている。
こういうことはたびたびある。こんな時には大体、音楽を聴いている。
Google Play Musicは便利なもので、自動的に似たような音楽を選んでくれる「インスタント・ミックス」の機能もある。普段あまり聞かないアルバムの収録曲を「再発見」するようなこともよくあり、面白い機能だと思う。
先日もマル・ウォルドロンの「Catwalk」に似た曲を自動選曲したミックスがリコメンドされてきたので、それを聴きながら通勤した。
突然、渋い太棹、高い艶声の
なんと、二葉百合子の「一本刀土俵入り」である。
なんで、マル・ウォルドロンの「Catwalk」と二葉百合子の「一本刀土俵入り」が「類似している」という判定になるのか、誠に理解に苦しむが、ある意味、浪曲は「ジャパニーズ・ブルース」だし、短調の渋い感じや太棹三味線の爪弾きの音がミュート・コーンをつけたコルネットのソロに似ていなくもない。
しかし、そのまま二葉百合子に聴きほれてしまうという私もどうなんだという感じだし、そもそも、「なんでそんな曲を持っているんだ?」と聞かれれば、そりゃあ買ったんですよ、好きだから、という(笑)。
昨日の金曜日から泊まり込みだった。盆明けとは言え、まあ、こうなってくると、精霊のみならず人間様も
土曜日の今朝終わって、ヤレヤレと帰りかけた。曇り空、天気図には台風が三つも太平洋上を
ともかくも帰宅しようと電車に乗る、すると、ようやく中央線秋葉原まできたかな、と言う辺りで
まず、「女心と秋の空」とはよく言ったものだ。怒らせちゃアいけませんよ女の人は、ええ、ええ。
さておき、既に11時くらいにはなってしまっていたから、じゃあ気晴らしに好物でお昼にしよう、と神田の「やぶ」へ行き、火災以来建て替わってからできた、窓際のカウンター席に陣取る。
とりあえず、菊正宗を一合、それから焼き海苔をとる、酒を頼むと蕎麦味噌がついて来るからそれで半合飲んで、それからホカホカのパリパリに乾いた焼き海苔でもう半合飲む、そうすると、ささくれ立つどころかもうトゲなんか全部抜けちまってハゲみたいにつるつるになった陰惨な心が、ほんわりとピンク色にあたたまって、気持ちよくなってくるでしょ。
まず、そうしたところへ好きな食べ物をしたためるのはまことによろしい。杯に一口ほど酒の残っている頃おい、
東京の名店なので、今の時季、白人の観光客は多い。日本に大いに親しんで貰いたいので、これは結構なことなのだが、蕎麦屋では白人・英語圏の客は困る。なぜかというと、彼らは蕎麦を啜ると文句を言うからだ。以前、上野の籔で気分よろしく「もり」をズゾーッ……と啜ったとたん、隣の白人の女が聞こえよがしに「Ooops!……Headache,disgasting, Oh, Oh……No!」などとつぶやいて見せたことがあり、その時はせっかくの北海道・江丹別産の蕎麦が台無しに思えたことだった。あのなあ、蕎麦ってモンはなあ、ずぞぞぞーっ!!と啜るもんなんじゃい!!覚えとけ
その時の気分の悪さを思い出したのだが、そうはいうものの、こっちも別に、遠い国からわざわざやってきた見ず知らずの善良な相手に不愉快な思いをさせて喜びたいわけではない。相手にもうまい物を食って喜ぶ権利があるのだ。そんなコッチの葛藤など知ってか知らずか、隣の白人夫婦はまことに旨そうに釜揚げうどんや蕎麦寿司を食っており、静かそのものであって音なんかもちろん立てるわけではない。それに、神田「やぶ」で蕎麦寿司と菊正宗をオーダーするとは、なかなか趣味のいい白人じゃあないかい。
ぬぅ……。しかたがない。
その白人夫婦に気をつかい、あの濃いそばつゆで、名店・かんだ「やぶ」の、あの蕎麦を、無音でちるちる~……と一枚食った私である。
ああ、こういう、なんだか胸につかえる食い方を強制されたような感じで、蕎麦を食った気がせず、無駄なお金を使ってしまったような気さえした。
だが、まあ、しょうがない。白人夫婦も行儀のよい知らない日本人のオッサンの隣席で、気分の悪い思いをせずにうまい蕎麦料理を楽しめて、よかったこっちゃ、感謝しやがれ。……コッチはなんだか胸糞悪いが。
そんなことがあって、だが外に出ると、雨上がりで
なんとなく、隅田川のあたりの、回向院だとか、吾妻橋だとか、そういうところへ行って、「♪遠~く~ゥちぃ~らあちら明かりが揺れるぅ~ぅう~うううう~」と、三門博の
川べりまで出てみると、繁華な両国の国技館のあたりがチラッと見え、川向うには東京スカイツリーがそびえている。面白そうだなあ、と思ってそっちのほうへ歩いていく。屋形船や観光船が隅田川を上り下りしていて、大きなものの何艘かは接岸して
あんなに降っていたのに、嘘のようにケロリと晴れている。
少し川上へ上って橋を渡り、国技館のあたりへ出てみた。ちゃんこ屋や相撲茶屋が並んでいて、なかなかそれらしい雰囲気だ。向うの方に大きな山門で「回向院」とある。
山門の脇に立札があり、「旧蔵前国技館より前の、旧々両国国技館は回向院の境内にあり、1万3千人を収容できる壮大なドーム型の建物だったが、戦前戦後にかけて紆余曲折を
なるほど、舗装のデザインが少しずらされており、金属製の枠取りが丸くかたどってある。たしかに、相撲の土俵くらいの大きさだ。
こういうものを、こういう形で保存した関係者の心を思う。昔を惜しみ、だが、新しい時代へ進んだ、という、そこのところだ。それが大事だ。
写真の、土俵の丸い形がわかるだろうか。今は自転車置き場になってはいるが、丸く土俵をかたどってあるのだ。
再び川べりへ出ると、さっき観光船が
これはだいぶ前に聞いたことがあって、一度乗ってみたいものだと思っていたのだ。たしか、幕張とかお台場のあたりまで行く筈だ。
チケットカウンターは乗り場のそばにあり、そこで聞くと、さきほど昼の便は出たばかりで、次の便は14時10分だという。お台場までいく便で、片道でもいいし、往復でこの乗り場に帰ってくることもできるという。片道なら1,130円、往復なら2,160千円だそうな。
面白そうだから、近くのコンビニでポケット瓶を一本買い、往復チケットで両国まで戻ってくることにして、乗ってみた。
船は空いていて、音声案内を適宜流しながら、まずゆっくりと浅草まで隅田川を上る。それから今度は引き返して下る。
浅草に向かう間、それから引き返す間、例の「浅草ウンコ」やスカイツリーもよく見えて、楽しい。
隅田川には沢山の橋がかかっているが、それらは江戸時代から同じ場所にかかっている橋もあり、逐次アナウンスしながら下っていく。
「佃煮」で有名な佃島のあたり、佃大橋をくぐると、「佃煮と言うのは大阪の佃村から江戸へやってきた上方の人々の保存食で、もとは関西由来、今のように甘じょっぱく煮絡めるのではなく、塩茹でが元の姿であった」というようなアナウンスが流れてきて、おうおう、それそれ、ソレよ、と楽しい。
松尾芭蕉ゆかりの地に建つ芭蕉記念館や、築地の卸売市場、勝鬨橋や浜離宮を通り、レインボーブリッジの下を通り抜ける。
浜離宮の松林から下手を見ると、東京タワーがすっくと屹立している。スカイツリーの威容ももちろん堂々たる最新鋭だが、今となっては古色もゆかしくもの寂びてさえ見える東京タワーが、かえって確固たるものにも見えてこようではないか。
お台場のフジテレビの社屋は、観光客、特に白人観光客には大ウケで、みな船の屋上へ飛び出して、「自撮り棒」を取り出しては写真撮影に余念なく、中にはこのクソ暑いのにニッチョリと抱き合ってディープキスをヌチョヌチョとぶちかましている連中もおり、まあ、しょうがないか、と。
そうやってなにやら楽しく帰ってきたら、楽しいのもそのはずで、安バーボンのポケット瓶は、2時間ほどもあったものだから、すっかり空になってしまっているのだった。
帰りは錦糸町あたりへ回ってもよかったが、通勤定期がもったいないので、両国からおとなしく秋葉原へ引き返す。
バーボン・ウィスキーがほどよくまわって、ゲラゲラ笑い転げたいような気分で新越谷の駅を降りたら、忘れていた、今日は「南越谷阿波踊り」の初日で、大変な人出だ。私の住む越谷市は、地元名士の建設会社の社長が徳島出身とて、阿波踊りの普及に力を入れており、阿波踊りが非常に盛んなのである。
帰宅してちょうど日暮れ時、まあ、眠さもあったが、ダラダラと脱力した、楽しい一日だった。
睡眠不足なんだってさ、日本人は。
だからさ、テレビ見るの
テレビって、こともあろうに、日常生活や子育てや家事や仕事や勉強にとって一番大事な時間に、一番人の目を
精神病は睡眠の多寡に大きく影響を受けると聞く。テレビを見ることを止めるだけで、精神病が低減するはずだ。
そして、自殺の原因の最たるものは精神病だ。精神病は睡眠を多くとらせることで低減することはよく知られるところだ。テレビを消せば悩みも減り、あたら若い命を自ら縮める人も減ることだろう。
また、政治的な歪んだ洗脳情報を受け取ることも、テレビをやめるだけで少なくなる。
人には一定の娯楽が必要だが、その意味ではテレビの役割はもう終わった。このIT万能の時代、睡眠時間を削ってテレビなんか見続けなくても、他にいくらでも娯楽はある。
80歳以上の老人のために、文化及び技術保存の意味でテレビを継承すればいいのではないだろうか。「国宝・放送局プロデューサー」とか、「重要無形文化財・テレビ修理技術者」とか。
テレビタレントは既に世襲になっているから、封建的な伝統芸能の
若者はそんなの見てもつまらないだけだから、ネット見てデジタルメッセージ交換してさっさと寝てしまう。まことに健康によいではないか。
NHKの放送受信料を払わぬ者が若者に増えていると聞くが、いいではないか、そういう者は自ら汚れたテレビ番組など願い下げにし、睡眠するとよい。NHKなんか見ている暇があったら、仕事の残りを片付け、自宅の掃除をし、洗濯をし、料理を作り、勉強し、父母を