読書訥々(とつとつ)

投稿日:

 引き続き約60年前の古書、平凡社の世界教養全集第10巻「釈尊の生涯/般若心経講義/歎異鈔講話/禅の第一義/生活と一枚の宗教」を読んでいる。

 この巻の4つ目の収載作品、「禅の第一義」(鈴木大拙著)を帰りの電車の中で読み終わる。

 鈴木大拙師は第3巻の「無心と言うこと」の著者でもあり、昨年の初秋、8月末に読んだところである。

 全部文語体で書かれた古い著作ではあるが、平明に書かれてあり、わかりやすい。ただ、「什麽(そも)」だの「恁麼(いんも)」だのと言った禅語が何の解説もなくポンポン出てきたり、返り点などは打ってあるものの、延々と漢文が引用されたり、「常にこの心がけあらざるべからず」みたいな否定の否定の言い回しが多く、そういうところに限っては(はなは)晦渋(かいじゅう)というか、実にわかりづらい。

 そうはいうものの、私も含め、いまや「ナンチャッテ欧米人」とでもいうべきヘンチクリンなものになってしまっている日本人にとって、かつて十数年以上も欧米に在住して西洋の思想を吸収し、東西の宗教の深い理解の上に立って欧米に禅の思想を普及した鈴木大拙師の論は、西洋思想を例にとるなどしながら述べているところなど、かえってわかりやすいかもしれない。

 本論中では、繰り返し繰り返し、「禅は学問ではなく、哲学でもなく、いわんや精神修養や健康法などではない」「学問~哲学が目指す『分別(ふんべつ)()』こそ、禅と相容れないものの極北である」「体験こそが禅である」ということを力説している。

 他に、歎異鈔の記述などにも的確に触れつつ「他力・自力の相違こそあれ、浄土宗ないし真宗と、禅は根本において同じ」と喝破してみたり、キリスト教の教義を至適に概括した上で、「キリスト教にも根本において禅と同じ部分が多く認められる」という意味のことをも指摘しており、師の懐の深さ、幅の広さに驚嘆せざるを得ない。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第10巻「釈尊の生涯/般若心経講義/歎異鈔講話/禅の第一義/生活と一枚の宗教」のうち、「禅の第一義」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.376より

換言すれば、仏陀は仏教の開山、元祖というべく、キリストはキリスト教の本尊となすべし。実際をいえば、今のキリスト教を建立したるはキリストその人にはあらずして、その使徒中の元首ともいうべきパウロなり。これを呼びてキリスト教といえども、あるいはパウロ教というほう適切なるべし。キリストのキリスト教における関係は仏陀の仏教における関係と同一ならざること、これにて知るべし。

 上の喝破から、鈴木大拙師の、他宗派のみならず、他宗教への該博な理解と知識が、あふれんばかりに伝わってくる。実際、引用箇所の周辺の1ページほどで「キリスト教の大意」と一節を起こし、手短(てみじか)にキリスト教について述べているが、これほど端的・適確・至短なキリスト教の解説を、私はこれまでに見たことがない。

言葉
咄、這鈍漢

 読みは「(とつ)這鈍漢(はいどんかん)」で、「咄」というのは漢語で「オイオイ!」というほどの意味である。

 「這鈍漢」というのが、これがサッパリわからない。ネットで検索すると中国語の仏教サイトが出て来る。それも「這鈍漢」ではなくて「這漢」と、微妙に違う字だ。

 意味がわからないながらも、前後の文脈から「これこれ、愚か者め」「オイオイ、このスットコドッコイが」くらいの意味ではないかと思われる。

下線太字は佐藤俊夫による。p.363より

もし釈迦なり、達磨なりを歴史のうちから呼び起こしきたりて、我が所為を見せしめなば「咄、這鈍漢、何を為さんとするか」と一喝を下すは必定なり。

盈つ

 「()つ」と()む。「満つ」「充つ」とだいたい同じと思えばよい。音読みは「ヨウ」「エイ」の二つで、「盈月(えいげつ)」というようなゆかしい単語がある。盈月は満月と同じ意味で、蛇足ながら対語に「()(げつ)」という言葉があり、これは「欠けた月」のことである。

  •  (漢字ペディア)
p.364より

「道は冲なり、而して之を用ゐれば盈たざることあり、淵乎として万物の宗に似たり」

清霄

 「清霄(せいしょう)」と読む。「霄」は空のことで、よって「清霄」とはすがすがしい空のことである。

p.368より

「江月照らし、松風吹く、永夜の清霄何の所為ぞ。」

燬く

 「()く」である。「焼く」と同じ意味であるが、(つくり)が「(こぼ)つ」という字になっている点からわかる通り、「激しく焼いて壊してしまう」ような意味合いが強い。

p.371より

丹霞といえる人は木像を燬きて冬の日に暖をとれりといえど、その心には、尋常ならぬ敬仏の念ありしならん。

剴切

 「剴切(がいせつ)」と読み、形容動詞である。意見などが非常に適切なことを言う。

p.374より

 しかしかくのごとき神を信ずるだけにては、キリスト教徒というを得ず、そはキリスト教の要旨は神のうえにありというよりもキリストのうえにありというがむしろ剴切なればなり。

一踢に踢翻す

 「一踢(いってき)踢翻(てきほん)す」と読む。「踢」という字は訓読みで「()る」と訓み、「蹴る」と大体同じである。

 で、「一踢に踢翻する」というのは「ひと蹴りに蹴っ飛ばしてひっくり返す」が文字通りの意味であるが、使われている文脈には「一気に脱し去って」というくらいの意味で出てくる。

p.378より

何となれば禅の禅とするところは、よろずの葛藤、よろずの説明、よろずの形式、よろずの法門を一踢に踢翻して、蒼竜頷下の明珠を握りきたるにあればなり。

 それにしても、「一踢」「踢翻」などという単語で検索しても、中国語のサイトしか出てこないので、日本語の文章でこんな難しい単語を使うことはほとんどないと言ってよく、一般に出ている書籍では、多分、仏教書を除いては、鈴木大拙師くらいしか使っていないだろう。……あ、そうか、この作品、仏教書か。

倐忽

 「倐忽(しゅっこつ)」と読む。「(しゅく)」も「(こつ)」も「たちまち」という意味があり、よって「倐忽」というのは非常に短い時間、またたくまに、というような意味である。

p.379より

我いずれよりきたりて、いずれに去るか、わがこの生を送るゆえんは何の所にあるか、かくのごときの疑問みな倐忽に解け去る。禅の存在の理由はまったくこの一点にあり。

氛氳

 これもまた、こんな難しい字、見たことがない。「氛氳(ふんうん)」と読み、盛んで勢いが良い様子を表す形容動詞である。

p.380より

また万物の底に深く深く浸みわたれる一物を感じたるごとくにて崇高いうべからず、しかしこの一物は、いまや没し去らんとする太陽の光明と、かぎりなき大海と、生々たる氛氳の気と、蒼々たる天界と、またわが心意とを以ってその安住の所となせり。

乾屎橛

 「(かん)()(けつ)」と読む。禅宗ではよく使う言葉だそうである。意味は、「ウンコ」と、昔ウンコをぬぐい取るのに使った「クソべら」の両方の意味がある。しかも、乾いて下肥(しもごえ)にすらならないようなブツのことを言う。「クソべら」もこびりついたウンコが乾いてカチカチになってしまっていると、尻を拭う用には立たない。「乾」いた、「屎」すなわちクソ(『()尿(にょう)処理車』などという言葉があるが、ここからも『屎』とはクソ、『尿』とはオシッコであることがよくわかる)の、「橛」、これは「棒」というような意味があるが、そういう()(づら)の単語である。

 それにしても、仏教書にして、なんでまたこんな()(ろう)な言葉がでてくるのか。

 それにはわけがあって、禅寺ではなにかと極端な喩えを持ち出して問答したりなどするが、「仏とは何か」「ウンコと同じである」というような、非常に深い(笑)極端な問答もあって、その際、「如何なるや是、仏。」「乾屎橛。」というような短い問答をするわけである。これぞ「禅問答」というものの、ある意味象徴的、代表的な極端なものと言えるだろう。

p.383より

凡夫と弥陀とを離してみれば、救う力は彼にあり、救わるる機はこれにありとすべからんも、すでに「一つになし給い」たるうえよりみれば、不念弥陀仏、南無乾屎橛、われは禅旨のかえって他力宗にあるを認めんと欲す。

竭くす

 「()くす」と訓む。「あるかぎり振り絞る」ということで、「尽くす」でも同じ意味と思えばよい。

p.386より

 ここに眼を注ぐべきは全体作用の一句子にあり、全体作用とはわが存在の一分をなせる智慧、思量、測度などいうものを働かすの謂いにあらず、全智を尽くし、全心を尽くし、全生命を尽くし、全存在を尽くしての作用なり、一棒一喝はただ手頭唇辺のわざにあらず、その身と心を竭くし、全体の精神を傾注してのうえの働きなり。

卓つる

 ここでは「()つる」と訓む。ネットの漢和辞典にはそんな訓みは出てこないが、私が持っている「大修館新漢和辞典改訂版」(諸橋轍次他著)には「たかい」「とおい」「すぐれている」という意味の他、「たつ。また、立っているさま」との意味があると書かれている。よって「()つる」の訓みに無理がないことがわかる。

 この「卓つる」という言葉は「臨刃偈」という有名な禅句のなかで使われており、本作品中ではそれを引用している。

p.389より

 昔、仏光国師の元兵の難に逢うや、「乾坤孤笻を卓つるに地なし、且喜すらくは人空、法もまた空、珍重す大元三尺の剣、電光影裡に春風を斬る」と唱えられたりと伝う。

 もとの漢文は次のとおりである。

臨刃偈
乾坤無地卓孤笻
且喜人空法亦空
珍重大元三尺劍
電光影裡斬春風

 仏光国師こと無学祖元は鎌倉時代に日本に来た中国僧である。日本に来る前のこと、元軍に取り巻かれ、もはや処刑されるばかりになった。いよいよ危機一髪の時、元兵の剣の前で(臨刃)これを詠じ、刎頸(ふんけい)(まぬが)れたと伝わる。

佐藤俊夫試訳

(そら)(つえ)など 立ちはせぬ
人は(くう) 法も(くう)とは 面白(おもしろ)
さらばぞ(げん)の 鬼武者よ
わしの首なぞ ()ねたとて 稲妻が斬る 春の風
錯って

 「(あやま)って」と訓む。「錯誤」という言葉があることから、「錯」という字にはごちゃごちゃにまじりあうという意味の他に、「まちがえる、あやまる」の意味があることが理解される。

p.393より

這個の公案多少の人錯って会す、直に是れ咬嚼し難し、儞が口を下す処なし。

 「()」と読む。意味は「(いき)」と同じと考えてよい。

 禅における呼吸法について解説しているところに出てくる。

p.403より

 「胎息を得る者は能く鼻口を以て噓吸せず、胞胎の中に在るが如くなれば則ち道成る。初めはを行ふことを学ぶ。鼻中を引いて之を陰に閉ぢ、心を以て数へて一百二十に至る。

跼蹐

 「跼蹐(きょくせき)」と読む。「跼」はちぢこまること、「蹐」は忍び足で恐る恐る歩く様子を言う。そこから、おそれかしこまり、ちぢこまっている様子を「跼蹐」という。

p.454より

しかも性として見らるるものなく、眼として見るものなし、禅はもと分別的対境のなかに跼蹐するものにあらざればなり。

 次はこの巻最後の収載作品「生活と一枚の宗教」(倉田百三著)である。著者の倉田百三については、第3巻の「愛と認識の出発」の著者でもあり、これも昨年の晩夏、8月のはじめに読んだところだ。

読書

投稿日:

 引き続き平凡社世界教養全集第10巻を読んでいる。3つ目の収録作、「(たん)()(しょう)講話」(暁烏(あけがらす)(はや)著)を行きの通勤電車の中で読み終わった。

 歎異鈔講話の前に収録されているほかの二つの著作(『釈尊の生涯』と『般若心経講義』)とはガラリと違う内容である。というよりも、「浄土真宗って、こんなんだったっけ……?」「南無阿弥陀仏って、こんな偏狭な信じ方なんだったっけ……?」と感じてしまうような、よく言えばひたむき、悪く言えば狂信的、もう、ひたすらひたすら、「南無阿弥陀仏」一直線である。「南無阿弥陀仏」と書かずに南無阿弥陀仏を表現しろ、と言われたら、こんな本になるのではないか、と思われる。

 多分、歎異鈔そのものは、それほど徹底的なことはないのではないか。歎異鈔に向き合う著者暁烏敏が、著作当時はたまたまそういう人である時期だったのではないか、と感じられる。

 実際、末尾の「解説」(船山伸一記)によれば、暁烏敏は戦前のこの著作の後、昭和初年頃から讃仰の対象が親鸞から聖徳太子、神武天皇、古事記などに移っていき、戦後は平和主義を経て防衛力強化是認論者となっていったのだという。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第10巻「釈尊の生涯/般若心経講義/歎異鈔講話/禅の第一義/生活と一枚の宗教」のうち、「歎異鈔講話」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.254より

 六 法然聖人が、親鸞聖人に送られた手紙のなかに「餓鬼は水を火と見候、自力根性の他力を知らせ給はぬが憐れに候」という語がある。これはまことにきびしい恐ろしいようないい方であるが、これはもっとも明白に、自己という考えの離れられぬ人が宗教の門にはいることのできぬということを教えられた親切なる教示である。

 七 今法然聖人の言葉をここにひき出したのはほかでもない。『歎異鈔』一巻はもっとも明白にもっとも極端に他力信仰の宗教を鼓吹したる聖典なるがゆえに、自力根性の離れられぬ餓鬼のような人間たちでは、とうていその妙味を味わい知ることができぬのみならず、かえってその思想を危険だとかあぶないとかいうて非難するのもむりでないかもしれぬ。がしかし餓鬼が水を火と見るように、自力根性で他力の妙味を知らず、この広大なる聖典『歎異鈔』を読みながら、これによって感化を受くることもできず、かつまたこの思想をもっとも明瞭に表白しつつある私どもの精神主義に対してかれこれ非難や嘲弄するのは憫然のいたりである。

 しかし、こうまで書くと、非難・嘲弄とまで言うのは被害妄想であり、度し難き衆生を「憫然のいたり」とまでコキ下すのは、「大乗」ということから言って違うのではなかろうか。

p.273より

すべて哲学にしろ、科学にしろ、学問というものは、真と偽とを区別してゆくのがだいたいの趣旨である。宗教はそうではなく、その妙処にゆくと宗教は真即偽、偽即真、真偽一如の天地であるのだから、けっして科学や哲学を以って宗教を律することはできないのである。

 これは鈴木大拙師や高神覚昇師も似たことを書いていたような気がする。そういう点では違和感はない。

p.294より

 善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世の人つねにいはく、悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや、と。この条一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。その故は、自力作善の人は、ひとへに他力をたのむ心欠けたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども自力の心をひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いずれの行にても生死をはなるることあるべからざるをあはれみたまひて、願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もとも往生の正因なり。よりて善人だにこそ往生すれ、まして悪人は、と仰せられ候ひき。

 歎異鈔からの引用である。歎異鈔で最も知られた一節は、この節であろう。「いかなる者も摂取不捨の阿弥陀如来であってみれば、悪人の方が救われる度合いは善人よりも多いのである。」ということが前提になっている。善人よりも悪人の方が救われるというのが浄土真宗の芯と言えば芯ではあろう。

p.299より

 三 陛下より勲章を下さるとすれば、功の多い者にはよい勲章があたり、功の少ない者には悪い勲章があたる。ところがこれに反して陛下より救助米が下るとすれば功の多少とか才の有無とかを問わずして、多く困っておる者ほどたくさんの米をいただくことができる。いま仏が私どもを救いくださるのは、私どもの功労に報ゆるためではなくて、私どもの苦悩を憐れみて救うてくださるる恩恵的のであるからして、いちばん困っておる悪人がもっとも如来の正客となる道理である。

 悪人の方が救われる、ということをより噛み砕いた解説である。しかし、卑俗な(たと)えではある(笑)。

言葉
摂め取る

 これで「(おさ)め取る」と()む。「摂取」という言葉があるが、現代語のイメージでは「栄養を摂取する」というような使い方が一般的であろう。

 他方、仏教用語では「摂取不捨」、仏の慈悲によりすべて包摂され捨てられない、というような意味に使い、この「摂取」を訓読みすれば「(おさ)め取る」ということになるわけである。

下線太字は佐藤俊夫による。p.261より

私は仏の本願他力に助けられて広大円満の人格に達し、大安慰をうるにいたるべしと信じ、南無阿弥陀仏と親の御名を称えて力ある生活をしましょうという決定心の起こったとき、そのとき待たず、その場去らず、ただちにこの他力光明のなかに摂め取られて、いかようなことがあろうとも仏力住持して大安尉の境に、すなわち仏の境界に導き給うにまちがいはないというのが、この一段の大意である。

軈て

 「(やが)て」と訓む。

p.329より

其の上人の心は頓機漸機とて二品に候也、頓機はきゝて軈て解る心にて候。

設ひ

 「設ひ」で検索すると「しつらい」というような訓みが出て来るが、ここでは「(たと)()」と訓む。ネットの漢和辞典などにはこの訓みは載っていないが、私の手元にある大修館新漢和辞典(諸橋轍次他著)の「設」の項には、「もし。かりに。たとい。仮定のことば。『仮設・設使・設令・設為』などもみな、「もし・たとい」と読む。」と記されている。

p.340より

 設ひ我仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、悉く咨嗟して我が名を称へずんば正覚を取らじ。

咨嗟

 直前の引用で出てきている。「咨嗟(しさ)」と読み、検索すると「嘆息すること」と出て来るが、仏教用語としては「ため息をつくほど深く感動する」というようなポジティブな意味で使われる。

p.340より

 設ひ我仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、悉く咨嗟して我が名を称へずんば正覚を取らじ。

炳焉

 「炳焉(へいえん)」である。「炳」は「あきらか」とか「いちじるしい」などの意味がある。「焉」は漢文でいう「置き字」で、読まなくてもいいわけではあるが、断定の意味がある。あえて訓めば「あきらかならざらんや」とか「(いずくん)ぞあきらかならんや」とでもなるかもしれないが、「我関せず(えん)」というふうに断定を強めるために「(えん)」と読むこともある。

p.343より

私どもはこの「案じ出したまひて」とある一句のうちに、絶対他力の大道の光輝の炳焉たるを喜ばねばなりません。

牢からざる

 「(ろう)からざる」でも「(かた)からざる」でもどちらでもよいようである。しかし、「(ろう)からざる」と読む時は、音読するとすると「ろう、からざる」と、一呼吸置くような読み方になるだろう。

 「牢」という字は「牢屋」の牢であるが、別に「かたい」という意味がある。よく使われる「堅牢」などという言葉は、「(かた)く、(かた)い」という意味であるから納得がいく。他にも「(ろう)()として」というような言葉もある。

  •  (漢字ペディア)

p.349より

是に知りぬ、雑修の者は執心牢からざるの人とす、故に懈慢国に生ずるなり。

 次は、「禅の第一義」(鈴木大拙著)である。鈴木大拙の著作はこの平凡社世界教養全集では第3巻にも出ていて(『無心ということ』読書記(このブログ))、2作目である。

読書

投稿日:

 約60年前の古書、平凡社の世界教養全集全38巻のうち、第10巻を読み始めた。第10巻には「釈尊の生涯」(中村元)、「般若心経講義」(高神覚昇)、「歎異鈔講話」(暁烏敏)」、「禅の第一義」(鈴木大拙)、「生活と一枚の宗教」(倉田百三)の5著作が収められている。今度は前の第9巻とは違って、全編これ仏教一色である。

 一つ目の「釈尊の生涯」を行きの通勤電車の中で読み終わった。

 全編キリスト教一色であった前第9巻の中の「キリストの生涯」と似た趣きの著作で、宗教的な超能力や奇跡よりも、歴史上の人物としてのゴータマ・ブッダの生涯を、パーリ語の古典籍などから丹念になぞり、分析して述べたものである。一般的な仏教信者が依拠する「仏伝」をもとにすると、どうしても信仰上の超人譚や奇跡伝説が織り込まれてしまうが、本著作はそれを避け、できうる限り「スッタニパータ」等のインドの古典籍に取材している。

 元々、(たい)()浩瀚(こうかん)の学術研究書「ゴータマ・ブッダ(釈尊伝)」があり、その中の「第1編ゴータマ・ブッダの生涯」から更に一般向けの部分を摘要したのが本著作なのであるという。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第10巻「釈尊の生涯/般若心経講義/歎異鈔講話/禅の第一義/生活と一枚の宗教」のうち、「釈尊の生涯」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.7より

 だからこの書は仏伝でもなければ、仏伝の研究でもない。いわゆる仏伝のうちには神話的な要素が多いし、また釈尊が説いたとされている教えのうちにも、後世の付加仮託になるものが非常に多い。こういう後代の要素を能うかぎり排除して、歴史的人物としての釈尊の生涯を可能な範囲において事実に近いすがたで示そうと努めた。

p.57より

 修行者が木の下で木の陰に蔽われながら坐して修行するということは、印度では古くから行われていて、原始仏教聖典にもしばしば言及されている。とくにアシヴァッタ樹(イチジク)のもとで瞑想したということは、意味が深い。インドでは古来この木はとくに尊敬されていて、アタルヴァ・ヴェーダの古歌においても不死を観察する場所であるとされている。「不死」とは天の不死の甘露を意味するが、また精神的な究極の境地をも意味する語である。この木はウパニシャッドやバガヴァッド・ギーター、その他インドの諸文芸作品において、葉や根が広がるという点でふしぎな霊樹であると考えられた。だからゴータマ・ブッダが特にこの場所を選んだということは、仏教以前からあった民間信仰のこの伝承につながっているのである。そうして釈尊がこの木の下で悟りを開いたから、アシヴァッタ樹は俗に「ボダイジュ(菩提樹)」と呼ばれるようになった。

 上の部分を読んで「アレ?はて……??」と思い、Wikipedia等を検索してみた。「菩提樹って、無花果(いちじく)のことだっけ?」と感じたからだ。

 私が怪訝に思うのもそのはずで、日本ではシナノキ科シナノキ属である菩提樹が寺などに植えられているが、同じ「菩提樹」という呼び名でも、インドの「インドボダイジュ」はクワ科イチジク属の木で、全くの別物だそうである。

p.63より

 このように悟りの内容に関して経典自体の伝えているところが非常に相違している。いったいどれがほんとうなのであろうか。経典作者によって誤り伝えられるほどに、ゴータマのえた悟りは、不安定、曖昧模糊たるものであろうか? 仏教の教えは確立していなかったのであろうか?

 まさにそのとおりである。釈尊の悟りの内容、仏教の出発点が種々に異なって伝えられているという点に、われわれは重大な問題と特性を見出すのである。

 まず第一に、仏教そのものは特定の教義というものがない。ゴータマ自身は自分の悟りの内容を定式化して説くことを欲せず、機縁に応じ、相手に応じて異なった説き方をした。だから彼の悟りの内容を推し量る人々が、いろいろ異なって伝えるにいたったのである。

 第二に、特定の教義がないということは、けっして無思想ということではない。このように悟りの内容が種々異なって伝えられているにもかかわらず、帰するところは同一である。

同じく

 第三に、人間の理法(ダルマ)なるものは固定したものではなくて、具体的な生きた人間に即して展開するものであるということを認める。実践哲学としてのこの立場は、思想的には無限の発展を可能ならしめる。後世になって仏教のうちに多種多様な思想の成立した理由を、われわれはここに見出すのである。過去の人類の思想史において、宗教はしばしば進歩を阻害するものとなった。しかし右の立場は進歩を阻害することがない。仏教諸国において宗教と合理主義、あるいは宗教と科学との対立衝突がほとんど見られなかったのは、最初期の右の立場に由来するのであると考えられる。

言葉
日暹寺

 「暹」という漢字が難しい。「セン」と読むそうで、そうすると「にっせんじ」なのだが、「日暹寺」で検索すると「日泰寺」のホームページが出てくる。

 あれっ……?と思うが、この日泰寺のホームページを見ると、理由がよくわかる。昔、シャム王国から真仏舎利をもらい受けた際にこれを記念して創建されたのがこの寺で、当時はシャムの漢字表記が「暹羅(せんら)」であったので、日暹(にっせん)()を号したものだそうだ。

 しかし、その後シャム王国は太平洋戦争前に国号を「タイ王国」に改めたため、この寺も「日泰(にったい)()」に改号したものなのだそうだ。

下線太字は佐藤俊夫による。p.116より

 右の遺骨は仏教徒であるタイ国の王室に譲りわたされたが、その一部が日本の仏教徒に分与され、現在では、名古屋の覚王山日暹寺に納められ、諸宗交替で輪番する制度になっている。

 (ちな)みに、日泰寺のサイトによれば、上引用の「輪番」は3年交代だそうである。

 たしか「龕燈(がんどう)」という、昔のサーチライトみたいなものがあったが、この「龕」って字、訓読みがあるのかな……?と思って調べてみたが、どうもこれはそのまま「ガン」でいいらしい。仏像などをおさめるもののことである。

p.117より

 「これはシャカ族の仏・世尊の遺骨のであって、名誉ある兄弟並びに姉妹・妻子どもの(奉祀せるもの)である。」

 上サイトでは一応、「ずし」との()みも掲載されているが、「龕」と「厨子」は同じものと考えてよいからだろう。

 次は二つ目の著作、「般若心経講義」(高神覚昇著)である。

読書

投稿日:

 なかなか梅雨が明けず、相変わらずよく降る。しかし、窓外の雨を時折眺めては、安らかに座って読書するのもなかなか楽しい。と言って、私の読書時間のほとんどは通勤電車内なのであるが……(苦笑)。

 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集、全38巻のうち、第9巻「基督教の起源/キリストの生涯/キリスト者の自由/信仰への苦悶/後世への最大遺物」を読んでいる。

 第9巻最後の「後世への最大遺物」(内村鑑三著)を帰宅後の自宅で読み終わった。朝の通勤電車内でこのひとつ前の「信仰への苦悶」を読み終わった後そのまま続けて読み、帰りの通勤電車内でも読み、帰宅後読み終わった。この「後世への最大遺物」は短い著作であったから、「信仰への苦悶」と(あわ)せ、その日のうちに二つの作品を読み終えた。

 著者内村鑑三は他に、「余は如何にして基督信徒となりし乎」など、キリスト者としての著書が有名である。私も、若い頃「余は如何にして基督信徒となりし乎」を読んだことがある。

 一方、本著作は明治時代に著者内村鑑三が行った講演の講演録であるが、「余は如何にして基督信徒となりし乎」を読んだときにはわからなかった、著者の漢学・国学に対する深い理解がわかって少し驚いた。「余は如何にして基督信徒となりし乎」は著者が英文で著したもので、私の読んだものは岩波の翻訳であったから、そういうことがあまり現れていなかったのである。

 そのことの表れであろう、この本の書き出しは、頼山陽の漢詩の引用から始まる。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第9巻「基督教の起源/キリストの生涯/キリスト者の自由/信仰への苦悶/後世への最大遺物」のうち、「後世への最大遺物」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.510より

もし私に金を溜める事が出来ず、又社会は私の事業をする事を許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持つて居ます。何んであるかと云ふと、私の思想(、、)です。

p.510より

文学といふものは我々の心に常に抱いて居るところの思想を後世に伝へる道具に相違ない。それが文学の実用だと思ひます。

p.517より

我々の文学者になれないのは筆が執れないから成れないのでは無い、我々に漢文が書けないから文学者になれないのでも無い。我々の心に鬱勃たる思想が籠つて居つて、我々が心の儘をジヨン・バンヤンがやつた様に綴ることが出来るならば、それが第一等の立派な文学であります。

p.520より

 それならば最大遺物とは何であるか。私が考へて見ますに人間が後世にのこす事の出来る、さうして是は誰にも遺す事の出来るところの遺物で利益ばかりあつて害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思ひます。是が本当の遺物ではないかと思ふ。他の遺物は誰にものこす事の出来る遺物ではないと思ひます。而して高尚なる勇ましい生涯とは何であるかといふと、私がこゝで申す迄もなく、諸君も我々も前から承知して居る生涯であります。即ち此の世の中は是は決して悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であると云ふ事を信ずる事である。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずる事である。此の世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるといふ考を我々の生涯に実行して、其の生涯を世の中の遺物として此の世を去るといふことであります。其の遺物は誰にも遺すことの出来る遺物ではないかと思ふ。

言葉
天地無始終、人生有生死

 訓読みは「天地に始終なく、人生に生死あり」である。

下線太字は佐藤俊夫による。p.496より

天地無始終、人生有生死」であります。然し生死ある人生に無死の生命を得るの途が供へてあります。

 これは本書冒頭の「改版に附する序」で述べられている言葉で、巻末の鈴木敏郎による解説にある通り、頼山陽が13歳の時に作った漢詩、

p.530(鈴木敏郎による解説)より

十有三春秋、逝く者はすでに水の如し、天地始終無し、人生生死有り、いずくんぞ古人に類して、千載青史に列するを得ん

述懐

十有三春秋
逝者已如水
天地無始終
人生有生死
安得類古人
千載列青史

……からの引用である。

 このエントリの最初の方で私が述べた、著者の漢学などへの深い理解がわかった、ということがこのあたりに表れている。

埃及

 「埃及(エジプト)」である。「埃及」という字を音読みすると「あいぎゅう」であるが、一方、ギリシア語では「エジプト」を「アイギュプトス Αἴγυπτος, Aigyptos」、ラテン語では「エージプタス Aegyptus」と(なま)ったらしい。ギリシア語の()(づら)は「エジプトス」とも読めるから、漢語の音写で「埃及(あいぎゅう)」と書いて「エジプト」だというのも納得のいくところだ。

p.499より

丁度埃及の昔の王様が己れの名が万世に伝はる様にと思うて三角塔(ピラミツド)を作つた、即ち世の中の人に彼は国の王であつたと云ふことを知らしむる為に万民の労力を使役して大きな三角塔を作つたと云ふやうなことは、実に基督信者としては持つべからざる考だと思はれます。

迚も

 「(とて)も」と()む。

p.511より

併し山陽はそんな馬鹿ではなかつた。彼は彼の在世中迚も此の事の出来ない事を知つて居たから、自身の志を日本外史に述べた。

匈牙利

 「匈牙利(ハンガリー)」である。日本語表記では「洪牙利」で、一文字で書く場合も「洪」「洪国」なのであるが、中国語では「匈奴の国」というほどの意味合いで「匈牙利」と書くのである。

p.512より

それが為に欧羅巴中が動き出して、此の十九世紀の始に於てもジヨン・ロツクの著書で欧羅巴が動いた。それから合衆国が生れた。それから仏蘭西の共和国が生れて来た。それから匈牙利の改革があつた。それから伊太利の独立があつた。実にジヨン・ロツクが欧羅巴の改革に及ぼした影響は非常であります。

仮令

 そのまま音読みで「けりょう」等とも読むが、ここでは「仮令(たとい)」である。

p.519より

仮令我々が文学者になりたい、学校の先生になりたいといふ望があつても、是れ必ずしも誰にも出来るものでは無いと思ひます。

 第9巻はこれで最後、次は第10巻「釈尊の生涯/般若心経講義/歎異鈔講話/禅の第一義/生活と一枚の宗教」である。第9巻は一巻これすべてキリスト教であったが、第10巻は見た通り仏教がテーマである。