ITと原爆

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 あるIT業界の人と話していて、ふとした話の流れで、私が「アメリカ人はこんな時にスプートニク・ショックを起こして、半ばパニックになったのにねえ」と言ったことがある。

 そうしたら、その人は「えっ、スプートニク・ショック、て、何ですか?」と言うのであった。

 私は驚くと同時に、業界の人にしてこれを知らぬとは、なるほど、そういう時代か、とも思った。私より若い人だったのをいいことに、「話してあげますから、ぜひ覚えてお帰りになるといいですよ、あなたも多少なりともインターネットにつながって口過ぎにしている方なのですから」と、小一時間ほども費やして一席をぶった。

 インターネットは黒船来寇からできている、と言ったら、「それは言いすぎだって」と皆笑うだろう。だが、私は真面目だ。「来航」と書かずに「来寇」と書くのも、私には気持ちがあってのことだ。

 インターネットはスプートニク・ショックを原因にして成り立ったのである。

 ニューヨークでもワシントンでも、アメリカの国土の好きな場所に、そして好きなときに、自分たちは安全なまま、「ツァーリ・ボム」、すなわち史上最強最悪の威力を持った水爆を叩き込む能力があるということを、ソ連は地球を周回する人類史上初の人工衛星スプートニクとその発信する電波信号によって証明した。

 アメリカ人はパニックに陥った。

 ただ、これだけのことならパニックにはならない。アメリカ人には拭い難い罪の意識があった。

 自分たちが戦争終結のための真摯な努力であり輝かしい人類の叡智であると強弁してやまぬ広島・長崎の惨劇と虐殺が、今度は自分たちの頭上に鉄槌のごとく振り下ろされるのだということを想像したから、パニックに陥ったのである。「今度は俺達の番だ…」というわけだ。

 スプートニク・ショックを原因としてアメリカ人が作り上げた、核戦争に備えるための疎結合ネットワークこそ、インターネットの前身のARPA Netであることは今更くだくだしくは書くまい。

 広島・長崎の惨劇はなぜ引き起こされたか。「天皇制と日本軍部の暴走のためだ」なぞいう屈折した論理は、私以外の日本人がほぼ全員言っているので、私がここであらためてわざわざ言うことはなかろう。だが、その馬鹿げた論理も、そのような教育によって注入され、思い込まされたものなのであるから、これを罪あるものということはできない。

 日本にとっての戦争の世紀の幕開けは、黒船来寇であった。黒船は開国というよりも明治の建軍につながり、それは日清・日露の役につながり、更に大陸経営、満州国、対ソ、と途切れることなくつながっていく。そして大東亜戦争につながり、広島に、長崎につながる。

 インターネットでビッグデータでウェブでクラウドでウハウハのバリバリだー、と言っているIT業界の人は、その活躍する環境、メシのたねの背景が、広島と長崎の、無辜の市民の惨劇に直接つながるのだということをよく心得ておいたほうがいい。

 こう書いてくると、「長崎型原子爆弾 “Fat Man”」、すなわちプルトニウム爆縮型原爆の最も重要な技術である、いわゆる「爆縮レンズ」を、その類稀なる数学的センスによって考案したのが、かのフォン・ノイマン、つまり我々が日々その恩恵に浴している「ノイマン型コンピュータ」の提唱者であるということも、なにやら因縁めいていよう。そして、親日であるとされていたかのアインシュタイン博士が、原爆開発へのゴーサインを後押し進言したことも、決して忘れてはなるまい。アインシュタインの相対性理論が、地球を周回するGPS衛星の時間をずらしていることを説明づけ、それによってカーナビの精度を上げると同時に無人機攻撃の精度を上げて人を殺している、と書くと、多少とがり過ぎているだろうか。

ドブネズミ

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 青雲の志に燃える若い人の純真に水を差したいわけではないが、だが言わずにはおれない。

 戦争や軍事や軍隊や軍服や銃や戦闘機や軍艦が、美しくかっこいいものだなんて思うのは、馬鹿のすることだ。

 どれもこれも、しんどく、悲しく、重く、深刻で、複雑で、汚れ、厳しく、ややこしく、嫌になるようなものばかりである。

 最近、防衛問題に関心を持つ若い人が増えているのは結構なことだが、どうも、単純に考えすぎているのではないだろうか。

 テレビに映る美しさ、新聞に書かれるかっこよさなんてものは、大げさに言えば全部嘘である。人間とは悲しいもので、嘘は美しくかっこいいから、金を払って買ってしまうのだ。だがそれを間違っているとは言うまい。逆に考えると、真実の残酷さ、リアルな汚さ、そんなものに金を払うのは酔狂には違いない。スカトロ狂が普通人の目にどのように映るかを考えれば、人々が嘘に金を払うのはやむを得ないことだと解る。

 そんなわけで、メディアには真実は載らない。

 そういったことをわきまえたうえで、「ドブネズミのように美しくなりたい」のなら、止めはしない、己の信ずるところに従うがいい。しかし、実相を知ってから「騙された」だの「やりかたが間違っている」だのとゴタクをほざくのは、馬鹿より更に愚者のすることであると知るべきである。

アイスキャンデーと戦争

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 「アイスキャンデーと溺死」という話がある。

 「アイスキャンデーの売れ行きと、子供の溺死の件数を集計し、最小自乗法を利用して相関を調べたところ、相関係数0.9998と、極めて強い正の相関があることがわかった。アイスキャンデーは子供の溺死に強い影響を与えているらしい。したがって、アイスキャンデーの販売を適切に制限することで、夏の水の事故を減らすことができるはずである。」

…という研究が大真面目に行われたらしい、という話である。

 常識を備えた大人であれば、このおかしな研究が間違っていることに気づいて、誰でも微笑せずにはおれまい。アイスキャンデーと溺死の間には、「気温」という中間要素があり、それをまったく見落としているからだ。

 この極端な例話は、実は出所も都市伝説的に怪しいらしいが、わかりやすく面白いので、統計と数値を利用した一見正確風な論理に騙されるな、といった警句的意味合いでよく語られるそうである。

 この研究を笑う人は多い。だが、「アンタにはこれを笑う資格なんかないよ」と言ってやりたくなるような人が、世の中にはたくさんいると私には思える。

 例えば、警察官が街頭に増えたのを見て、「ああ、いやだ。物騒な世の中になったものだ、昔はこんなことはなかったのに。いやだいやだ」と、反射的に思う人はいないだろうか。

 これは、

 「街頭でパトロールをしている警察官の、面積ごとの人数を集計した。また並行して、単位面積あたりの犯罪発生率を集計し、この二つの相関を分析した。その結果、単位面積あたりの犯罪発生率と、同じ面積あたりの警察官の数には、非常に強い相関が認められた。したがって、警察官の人数を減らすと、犯罪発生件数は減少すると考えられる。」

…というのと同じ理屈だ。「アイスキャンデーが溺死の原因になる」という統計のおかしな結論と、警察官を見て物騒だと言うことと、この二つはあまり違わないと私は思う。

 この警察官を、そっくりそのまま軍隊、軍人、戦車と言ったものに差し替えても同じことが言える。

 「アイスキャンデーを制限して、子供の水の事故を減らそう!」

 「軍隊を廃止し、世界から戦争をなくそう!」

…まるで同じである。

 昨今、安全保障問題は大変なやかましさで新聞やテレビをにぎわしている。私にはその内容について論ずる資格はない。だが、いろいろな意見があってよく、安全保障問題に限らず、重要な問題については徹底した議論が自由に尽くされてこそ本邦らしいと言える、とは思う。

 しかしそうはいうものの、「アイスキャンデーを禁止すると水の事故がなくなる」「おまわりさんをなくせば犯罪が減る」式の、キチガイのようなものの考え方はやめて、冷静に検討と考察を行ってほしい。テレビ広告や編集された街頭インタビュー意見なんかに左右されず、自分の脳で落ち着いて考えてほしいと思う。

(これは当時、Facebookに書いた文章です。)

軍のイノベーションを阻むもの

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 新しい本をほとんど読まない私だが、この本は少し興味を覚えて読んでいる。

 この中で、「えっ、これ、日本のことじゃないの?」(笑)と思えるような記述があり、ははーん、名にしおう合理的近代軍であるところの米軍ですら、こういうことに悩むんだ、と思ったので、その部分を引用しておきたい。

第6章 紛争と戦争の未来の中の一節、「軍のイノベーションを阻むもの(p.329)」より

【引用ここから】

軍のイノベーションを阻むもの

 残念なことに、軍事請負業者に要求される煩雑な手続きが、こうした進展(佐藤注:先進のITやロボットを活用したRMA)の多くを阻害している。

 アメリカでは軍産複合体が、上記で説明した計画の一翼を担っている。現在配備されているロボットの多くは、DARPAが開発の陣頭指揮を執ってきたが、複合体は本質的にイノベーションの推進に適した体制ではない。DARPAですら、資金はわりあい潤沢だが、複雑な契約構造や、国防総省の官僚機構における力関係のせいで、やはりイノベーションを阻害されている。

 アメリカ軍は、無秩序でややこしい調達システムのせいで、自国の技術部門の強みである革新性を十分活用できず、その結果深刻な機会損失を被っているのだ。

 軍産複合体は改革を断行し、軍事機関や請負業者が、小規模な非公開企業や新興企業のように機動性に富んだ迅速な行動をとれるような体制を整えなければ、緊縮財政を前にして、業界全体が発展するどころか後退しかねない。

 軍もこの問題を重々認識している。シンガーは、私たちにこう説明してくれた。

「このどうしようもない構造からいかにして脱するかが、軍にとって大きな戦略的問題になっています」

 大型の国防案件が、予算超過とスケジュールの遅れから、プロトタイプの段階で棚上げされるのをよそ目に、今日の民生技術や商業製品は、記録的な早さで開発、製造、発売が進められている。

 統合戦術無線システム(JTRS)は、軍が開発を進めていた、インターネットに似た新しい無線通信ネットワークで、1997年に構想されたが、2012年に打ち切られ、調達部門だけが、現在は統合戦術ネットワーキングセンター(JTNC)と呼ばれる軍の機関に移管された。打ち切りが決まった時点で、数十億ドルが投じられていたが、まだ戦場に本格配備されていなかった。

「軍には、こんなやり方を許す余裕はもうありません」とシンガーは指摘する。

【引用ここまで】

1億倍で言わないと消滅する。

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 以前、「中国人13億人と日本人1億3千万とが全力で殺し合いをしたら、秒殺で日本人全滅。戦い方で工夫をして勝つなら、あらゆる能力が100倍優れてないとダメ」みたいなことを、ランチェスターの二次則にからめて書いた。

 簡単な理屈で、100倍というのは勢力比の自乗である。

 もう一度書くならこういうことだ。ランチェスターの2次則によれば、損耗は勢力比の自乗で作用する。

{B_0}^2 - {B_t}^2 = E({R_0}^2 - {R_t}^2)

 ここに、
  B 青軍
  R 赤軍
  B0、R0:  青・赤両軍の最初の兵力
  Bt、Rt:  ある同じ時点での青・赤両軍の残存兵力
  E:  兵力の質の比。赤軍の質が青の倍であれば2、半分であれば0.5。

 式を変形すると、例えば、

{B_t = \sqrt{{B_0}^2 - E({R_0}^2 - {R_t}^2)}}

 このR0に日本の人口、Rtにはゼロを、B0に中国の人口、Eに1.0を代入すれば、つまり「日本人が全滅を期して捨て身の特別攻撃をしかけて、中国にどれだけの損耗を強いることができるか」という冷厳な計算となる。

 言うまでもないが、この計算はするだけムダだ。それでもあえて計算してグラフを描けば、こうなる。

Photo_3

 日本人の人数の、10分の1の損耗すら、与えることが出来ない。一人十殺どころか、10人がかりで1人殺すこともできないのである。

 これを互角にするには、兵力の質の比「E」を高めることだが、これも計算するだけムダである。100倍以上という数字が出るだけだ。

E=\cfrac{{B_0}^2 - {B_t}^2}{{R_0}^2 - {R_t}^2}

 この式にそれぞれ中国と日本の人口、互角となるようにBtとRtにゼロを代入すれば、約106という途方もない数字になってしまう。

 これが、先日私が書いた、じつにお粗末で簡単な理屈である。だがしかし、「殺し合い」なぞと物騒な書き方をしたから、どうにも老幼婦女子に刺激が強すぎたと言おうか、まず「穏当でなかった…」のは否めない。

 だが、殺し合いまでは行かない、例えばあることに関する意見や主張、ということではどうだろう。

 「昭和10年~20年(1935年~1945年)までをリアルに過ごした全ての日本人は悪魔で殺人鬼で血も涙もない許すべからざる鬼畜で、レイプ大好きな人類の敵だった」

…ということを、13億人の中国人が全員で言い、そして、かたやの日本人の、まあ、せいぜい100万人ほどのかわいい勢力が、小さな声で

「そ、そんなことないよぉ…当時の日本人にだって、いい人はたくさんいたんだよぉ…」

と、ボソボソ口ごもるとする。まあ、大声の大合唱と、小さな声のつぶやきとの戦いだ。そうすると、どうなるのだろう。

 この際、10億ナンボという土台に対して、朝鮮半島の5、6千万なぞ、計算の埒外、誤差というか、ゴミのようなものであることをあらかじめ言っておく。

 13億人の中国人全員が全力で100%の力を出し切ってこんなことを言うというのも、非現実的だ。中国人の中にだって、「いやいや、それは言い過ぎだって。日本だって、当時当時の情勢ってものもあったわけだから」と、一定の理解を示す知性のある人も少なからずいるだろう。だから、方程式の入力に「13億」と叩き込むのはよろしくない。また、全員が100%で主張するというわけでもなく、かなりラジカルな活動家でも、1%ぐらい「日本人だって人間なんだから」と心の片隅で思っていなくもないだろう。そういったところをあれこれ差し引きして、

「13億人中の10億人が全力で『A』と主張する」

…とでもしようではないか。

そして対する日本が、「100万人のかわいい勢力が小さな声で言う」というところを置き換えて

「10万人の勢力が全力で『非A』と主張する」

とでもしようではないか。

 先日の私の遊びのように、13億対1億3千万をランチェスターの二次則に代入するなど、代入する前からわかりきった馬鹿馬鹿しいことだった。それが10億対10万である。これは馬鹿馬鹿しいを通り越して頭脳の目方を疑われるような無意味なことだ。

 それでも、あえてグラフを描こう。

Photo_4

 横軸の、中国の10億が、まったく変化していないことに注目しよう。実は変化しているのだが、桁が小さすぎて表示できないのだ。つまり、ただの一人たりと、日本の意見に同意してもらうことなど出来ない。

 では、これを互角にするにはどうしたらよいのだろう。互角にするためには、交換比Eを計算すればよい。

E=\cfrac{{B_0}^2-{B_t}^2}{{R_0}^2-{R_t}^2}=\cfrac{10^2}{0.001^2}=\cfrac{100}{0.000001}=100000000

 1億倍である。

 こちらの主張を、日本人特有のおくゆかしさでもって、「いつかはどちらが正しいかをちゃんと天が見定めてくれる」とわけしりぶって小さな声で言っていることには、数値上の意味はまったくない、ということだ。

 正しいとか、正しくないとかはこの際置こう。おじいちゃんおばあちゃん、ひいおじいちゃんひいおばあちゃん、我々を産み育てた父祖の世代が、「クズでカスで大便みたいなゴミだった」という認定が、世界的定説になるかならないか、それをどうするのかということなのだ。

 それを互角に保つには、キチガイ右翼の街宣車のボリュームがやかましいなどという、そんなどころの騒ぎではまったくダメで、「1億倍の強度でそれを言わなければならない」ということである。

 「1億倍の強度で言う」ということは、簡単なことではない。これは例えではないからだ。

 例えではない、ということはどういうことか。具体的に書けば、中国人一人がネットに

「日本カス。死ね。」

…と8文字ほど書いたら、互角に対抗するために、10万人の日本側は

「日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です

~(中略)~

日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です日本はよい国です」

…と、8億文字ほどの情報をネットに流せ、ということなのだ。そうしないと、「日本人は昔から罪深い糞でアホでカスだった」という認定が、朝夕に迫るのである。

 そんなことは、到底できることではない。

プログラミング言語「R」で遊ぶ

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 プログラミング言語「R」というものを知る。

 恥ずかしながら不肖この佐藤、これまで数多くのプログラミング言語を扱ってきたし、10種やそこらはゆうに越える種類のプログラミング言語で実用にかなうプログラムを書き、実際に使用もしてきた。また自らプログラミングしたことがないいろいろな種類の言語でも、その名前や特性、出所来歴は知っている。…つもりでいた。

 迂闊であった。

 この「R」という言語など、まったく全然、少しもちっとも、知らなかった。知ったのは一昨日である。

 なぜ知ったのかというと、マルコフ決定について学ばなければならず、それにはマルコフ連鎖をわきまえなければならない。マルコフ連鎖について書かれたサイトを渉猟していると、「ここをRで説明すると…」などとして説明しているサイトに行き当たった。ナニ、Rで説明だと!?Rて何だ?知らん。聞いたことがない。

 さてそういうわけで、さっそくRのバイナリをダウンロードしてインストールし、試す。オープンソースにしてフリーであり、お金はかからない。Linux/Windows/Macと、色々な種類の計算機で動く。Windows用バイナリは次のURLにある。

 Rは統計解析に向く言語で、Rという言語仕様そのものよりも、そのインタプリタ風実行環境――かつてのBASICに似ている――全体を含めて、統計処理がしやすく作られている。コンソールにコマンドを打ち込んでいくだけですぐに結果が得られる。電卓代わりに使うだけでもなかなか便利だ。

 ふと思いついて、このRと、「ランチェスターの2次則」で土曜日の昼下がりを遊んでみようか、という気になる。

 ランチェスターの2次則は、オペレーションズ・リサーチの古典理論として知られている。もともとはイギリスの技術者ランチェスターが、まだ飛行機が戦力として有望でない第一次大戦の時代に、将来飛行機が大量に使用されるときの損耗の推移を考察・研究し、発表した軍事理論である。

 歴史上のさまざまな戦争の戦闘経過をこの公式にあてはめると、まるで嘘じゃないかというほどよく合致するので、オペレーションズ・リサーチの分野でよく知られ、いまなお良く使用されている。日本では企業の競争などのモデルに使われており、これが実は軍事理論であるとは知らない人も多い。

 式は実に簡単だ。

{B_0} ^ 2 - {B_t} ^ 2 = E({R_0} ^ 2 - {R_t} ^ 2)
 ここに、

B : 青軍

R : 赤軍

B_0, R_0 : 青・赤両軍の最初の兵力

B_t, R_t : ある同じ時点での青・赤両軍の残存兵力

E : 兵力の質の比。赤軍の質が青の倍であれば2、半分であれば0.5。

 まことに単純きわまる。何の疑問もない式だ。「E」が1.0のとき、それぞれ全く同じ人数の青、赤両軍が全員で殺し合いをすれば、双方とも等しく損耗し、同時に全滅する。しかし、兵力に差があると、その差に「自乗」が作用し、思っているよりも損耗差が大きく開いていく、という式だ。

 ここで「だから戦争はしてはいかんのだ」と脱線するのもなかなか楽しそうだが、今日は脱線しない(笑)。

 式を変形すると、例えば、

B_t = \sqrt{{B_0}^2 - E({R_0}^2 - {R_t}^2)}

 などという、まことに楽しげな式ができる。ここで、赤軍(R)が劣軍として、R_tにゼロを代入し、B_0R_0に開戦時の兵力を入れれば、赤軍が全滅したときに青軍がどれくらい残っているか、ということを見積もることができるのである。また、

E=\cfrac{{B_0}^2 - {B_t}^2}{{R_0}^2 - {R_t}^2}

 とすると、例えば兵力が足りない側が、どれくらい優れた兵器を持たなければならないか、ということも簡単に見積ることができる。

 ランチェスターの2次則はほかにもいろいろとイジりがいのある理論で、たとえば「B_t」に関する最初の変形を微分して導関数を出せば、某時点での接線の傾きが求められるから、「傾き1以上」になるときの兵力がいくつか、ということから、「急に敗色が濃厚になってきたのがいつごろか」などというものも計算でき、これがまた、歴史上の色々な戦例に合致したりするから侮れない。

  さて、起動したRのコンソールに、次のように入力する。

> # 関数Bt
> Bt<-function(B0,R0,Rt,E){
+ Bt=sqrt(B0^2-E*(R0^2-Rt^2))
+ Bt
+ }

 これで、ひとつ目の変形、「双方の初期兵力と、赤軍の現在兵力及び双方の兵力の質に応ずる青軍の現在勢力」を求める関数が定義される。
 
 この関数で、実際の勢力の推移を求めよう。Rでは、こんなふうにすると、たちどころに数列が配列に格納される。

> Bts<-Bt(100, 80, 80:0, 1.0)

 これで、劣軍勢力が80から0になるまでの、優軍勢力の推移が配列Btsに格納される。格納された様子を見るには、配列名をタイプするだけでいい。

> Bts
[1] 100.00000 99.20181 98.40732 97.61660 96.82975 96.04686 95.26804 94.49339
[9] 93.72300 92.95698 92.19544 91.43850 90.68627 89.93887 89.19641 88.45903
[17] 87.72685 87.00000 86.27862 85.56284 84.85281 84.14868 83.45058 82.75869
[25] 82.07314 81.39410 80.72174 80.05623 79.39773 78.74643 78.10250 77.46612
[33] 76.83749 76.21680 75.60423 75.00000 74.40430 73.81734 73.23933 72.67049
[41] 72.11103 71.56116 71.02112 70.49113 69.97142 69.46222 68.96376 68.47627
[49] 68.00000 67.53518 67.08204 66.64083 66.21178 65.79514 65.39113 65.00000
[57] 64.62198 64.25730 63.90618 63.56886 63.24555 62.93648 62.64184 62.36185
[65] 62.09670 61.84658 61.61169 61.39218 61.18823 61.00000 60.82763 60.67125
[73] 60.53098 60.40695 60.29925 60.20797 60.13319 60.07495 60.03332 60.00833
[81] 60.00000

 さて、数字の並びを見てもつまらないから、これをグラフにしてみたい。グラフを描くのも、Rでは簡単だ。

> # プロット
> plot(Bt(100, 80, 80:0, 1.0), 80:0, "l", xlim=c(100, 60))

 Btsに値が格納されているなら、

> plot(Bts, 80:0, "l", xlim=c(100, 60))

でよい。そうすると、画像のようなグラフがたちどころに表示される。

 これは、80人対100人で戦って、劣軍(80人)側が全滅したときに優軍(100人)側が何人残るか、というグラフである。「自乗」がよくきき、最初互角に戦っているように見えて、ある時点から急速に80人側が損耗し、80人側が全滅したとき、100人側には60人もの残存兵力があることがわかる。

 そうすると、劣軍のほうは、「量より質」で勝負、ということになるから、先に出た「E」を、互角の損耗になるように求めればよい。Rでは次の如しである。

> # 函数E
> E<-function(B0, Bt, R0, Rt){
+ E<-(B0^2 - Bt^2)/(R0^2 - Rt^2)
+ E
+ }
> E(100, 0, 80, 0)
[1] 1.5625

 最後に出ている、「1.5625」、約1.6というのが、劣軍が持たなければならない「質」である。なんでもよい、命中率が1.6倍でも、飛行機のスピードが1.6倍でもよい。しかし、「モノの性能や人の能力が1.6倍」ということがどんなに難しいことか、論じるまでもない。オリンピックのスキー・ジャンプの選手が、相手が100メートル飛ぶところを160メートル飛ぶなどと、そんな途方もない実力差など到底保ち得ないことからも、それはイメージできる。

 ここで、ちょっと、英雄・東郷平八郎元帥を揶揄してみよう。

 日本海海戦にみごとな勝利をおさめた元帥が、戦後聯合艦隊を解散するに当たり、部下幕僚の秋山真之をして起案せしめた名文に、「聯合艦隊解散之辞」がある。その中の一節は不朽の名文として後世に残る。

(前略)
而して武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり。百発百中の一砲()く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを(さと)らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。
(後略)

 さて、では、100対1の勝負、そして100門側の命中率は100発中1発命中、すなわち0.01、かたやは100発中100発命中、というからにはすなわちこれは1.0であり、その性能比は100になんなんとする。

 では、これを、Rを使って確かめてみよう。100対1だとグラフにしにくいから、1000対10にする。

> Bts<-Bt(1000, 10, 10:0, 100.0)
> Bts
[1] 1000.0000 999.0495 998.1984 997.4467 996.7949 996.2429 995.7911 995.4396
[9] 995.1884 995.0377 994.9874

…あっれ~…。どうも、ヘンだぞ、この数字は(笑)。グラフにしてみよう。

> plot(Bts, 10:0, "l", xlim=c(1000, 994))

 ……ダメじゃん。全然。東郷さん、相手を5門もやっつけないうちに、10門、全滅してんじゃん。秒殺じゃん。っていうか、これ、瞬殺のレベルでしょ。

 秋山真之~ッ!!ウソ書くな~ッ(笑)。

 じゃあ、なんで、日本海海戦に、弱い日本が勝てたの?どうしてどうして!?

 ……これは皆さん、実は日本海軍は当時劣勢海軍などではなかったのだ。ユダヤ商人からなりふりかまわず借金しまくり、戦闘艦艇を買いあさり、乾坤一擲の大勢力を作り上げていたのだ。これらはあげて一丸となってバルチック艦隊に襲いかかっている。

 数において劣り、かつアフリカ回り、インド洋、南洋回り航路を遠路はるばるやってきて、疲弊しきっているバルチック艦隊を容赦なく待ち伏せ、さながら弱い者イジメのように袋叩きにしたという歴史的事実は知る人ぞ知るところである。そして、日本がそのためにした借金を返し終わるのに、実に82年後の昭和61年(1986)までかかっているのも、よく知られている。

 「『数において劣る』だって!?いや、たしか、艦艇の数は互角だったんじゃなかったっけ?」

……と、詳しい向きは言うかもしれない。だが、双方の主要な火力であった15サンチ砲の門数だけを見ると、聯合艦隊204門に対してバルチック艦隊152門で、聯合艦隊が(まさ)るのだ。これをRに入れてみると、

> Bts<-Bt(204, 152, 152:0, 1.0)
> Bts
[1] 204.0000 203.2560 202.5142 201.7746 201.0373 200.3023 199.5695 198.8391
~中略~
[153] 136.0588
> plot(Bts, 152:0, "l", xlim=c(200, 133))

 バルチック艦隊全滅時点で、聯合艦隊はまだ半分以上、136門の火力が残存しているのである。聯合艦隊の全艦艇は91隻、平均すると一隻につき2門の15サンチ砲を積んでいたことになるから、その片砲を失っていても、まだ船自体は沈まない。だから東郷平八郎が、「数に劣る日本軍は、腕前と作戦で勝った」と言っているのは、ウソなのである。数で押しまくり、バルチック艦隊を袋叩きにしただけだ。

 さておき、この「東郷平八郎・ランチェスター検証ネタ」は、私・佐藤のオリジナル着目ではない。オペレーションズ・リサーチの専門家の間ではよくネタとして取り上げられるものであることを断っておく。また、恐ろしい戦争で、恐怖に耐えて一生懸命に戦った下士官兵たちを、「よくやった!お前たちの精神力がまさっていたから、勝った!!だが油断するなよ!」と、提督として元気付けている類の話を、数字の計算だけを論拠にウソだなどと言い立てることは、必ずしも正しいことではないと、漏れなく付言しておきたい。

 さて、ここまでならExcelなどでも簡単にできることだ。ひとつ、Excelではちょっと難しい量の数字を、この面白そうな「R」言語に、叩き込んでみようではないか。

お題:「13億4千万の中国人と、1億3千万の日本人が全員で殺し合いをする」

…いや、これ、計算する前から結果は見えてるんですけど(笑)、そうじゃなくて、まあ、デケぇ数字でもRは扱えまっせ、というところを試したいのである。 このお題、エクセルで兵力の推移などを表で見ようとすると、人口が多すぎて、行数が足りなくなったりするからだ。

> Bts<-Bt(1340000000, 130000000, 130000000:0, 1.0)
エラー: サイズ 991.8 Mb のベクトルを割り当てることができません

…ありゃ(笑)。さすがに13億とか1億3千万とか配列に入れると、チトムリだったみたいだ。一桁減らそう。

> Bts<-Bt(134000000, 13000000, 13000000:0, 1.0)

 サクッと配列に表が格納される。プロットしてみよう。

> plot(Bts, 13000000:0, "l", xlim=c(134000000, 133300000))

 中国側が13億4千万から、13億3千万にまで減らない間に、日本はゼロ人。1億3千万人が全滅である。

 では、ハイテク兵器などで武装して、量より質でがんばりましょう、としたとき、日本はどれほどの命中率、どれほどのスピード、どれほどの爆発力、どれほどの優れた人材を備えて、はじめて互角になるでしょうか、という数字が…

> E(1340000000, 0, 130000000, 0)
[1] 106.2485

…となる。106倍。

 そんな、アンタね(笑)。中国の兵隊の知能指数が日本の100分の1であるとか、日本の飛行機が中国の飛行機の100倍のスピードで飛ぶとか、そんなのムリに決まってる。中国軍の100倍の厳しい訓練を自衛隊がしたって、100倍の能力にはならないのだ。

 さて、これが今日の昼下がりの、「R」を使った、ちょっとした暗いお遊びでございました。どっとはらい。

航空大国であった日本

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 日本の戦争指導の愚劣さを糾弾する際に言われることの一つが、「装備行政のまずさ」である。特に、零式艦上戦闘機について、航続距離を稼ぐために防弾設備や機体の強度を犠牲にしたこと、無線機の劣悪、戦争末期になると劣速であったこと、などが象徴的にとりあげられる。

 このことがあんまりにも言われすぎるために、飛行機が劣悪であった、との印象を受けてしまう。

 ところがところが。

 今よりも、戦前の日本のほうが、よほど航空機技術の自立した、航空大国であった。大戦の前後だけでも開発したそれぞれ別のアーキテクチャの各種航空機は百種類にもなんなんとする。

 まず、太平洋戦争勃発時の艦上攻撃機、「九七式艦上攻撃機」をWikipediaで見てもらいたい。また、大戦末期の艦上攻撃機、「天山」「流星」なども見てもらいたい。5年足らずの間に、矢継ぎ早に三世代の開発を行っている。

 次いで、日本のもう一つの敵であったイギリスの艦上攻撃機を見てもらおう。大戦初期から大戦末期まで、一貫して使われ続けた艦上攻撃機がこれである。

○ フェアリー・ソードフィッシュ

 比べて揶揄するわけではないが、その姿形はもちろんのこと、性能すら、世代がどうとかいうレベルを逸脱している。英軍は木製布張りで雷撃をしていたというのが正直のところなのである。大海軍国のイギリスにしてからがこうなのだ。

 アメリカと日本だけが異質だったと言ってよい。

カミカゼ搭乗員と同じ重さの命を持った、蟻のような地上の将兵たちは、ではどうであったのか

投稿日:

 一瞬にして死を決する、あまりにも悲壮ないわゆる「カミカゼ」が、しかし誤解を恐れず書けば、後世の人びとから見たとき、切腹にも似た日本人好みの潔癖な死に様のようなものがそこに見えるため、一種の美学として長く民族の精神に残り続けていることは否めない。カミカゼについて書かれたものがいかに筆を極めて作戦の愚劣さを罵っていようと、である。

 航空特攻は、天翔(あまかけ)る航空機と、潔い死、また、たとえ学歴はなくとも素質優秀な者をすぐった航空機搭乗員が国のために死んでいったこと、あわせて大戦末期には素質・学歴ともに優秀な学徒も陸続と参加したという事実などがさらに組み合わされる。このため、陸軍・海軍を問わず、航空特攻は余計に一種の美しさや神聖さを感じさせ、人をシビれさせてしまうのだ。

 だから、特攻はまだ、マシだ。

 カミカゼ搭乗員と同じ重さの命を持った、蟻のような地上の将兵たちは、ではどうであったのか。

 言っては反発も強いと思われるけれども、そこをあえて書けば、搭乗員の苦痛に数倍する苦痛と、かつ、また、数倍する苦痛の期間とを耐え忍び、撃たれ、銃剣に刺され、五体四裂し、焼かれ、蛆に食われ、飢え、病死しつつ、肉弾をなげうって敵陣に踊り込んでいたのが、地上の将兵たちである。航空特攻のつらさの時間軸を、数百倍にも延長したもの、と理解すればよかろう。

 苦痛の期間が一瞬でなく、時間軸が長く伸びるため、その懊悩は余計に深い。航空搭乗員が哲学的に生死について悩んでおれたのは、衣食足りておればこそである。容易なことではないにもせよ、悩みぬいた挙句に死を決することも、あるいは可能だったろう。しかし、飢餓に悩まされた多くの太平洋の島嶼では、ただただ食べたい、そんな餓鬼のようなあさましい心ばえにまで将兵は突き落とされ、物理的な苦痛に長く苛まれてとても意義や精神や愛国といったところにまで昇華できない。それでも彼らは突撃し、さながら即身仏のごとく生きながらに餓死し、また玉砕した。

 私の手元に、「昭和戦争文学全集」の一冊、巻の五「海ゆかば」がたまたまある。

 古い出版なので、ISBNもない。

 当節流行の大ヒット小説「永遠の0」の第4章「ラバウル」で、井崎という登場人物が語るラバウルの搭乗員には、西澤廣義中尉や岩本徹三中尉と言った実在の人物が多く登場するが、その中に有名な坂井三郎中尉も出てくる。彼ももちろん実在の人物だ。

612183358812521 坂井中尉は戦後、苦労して印刷業を営みつつ、出版した「大空のサムライ」がベストセラーとなり、有名になった。私は子供の頃から坂井中尉のファンであったため、手元にこのような揮毫をいただいて大切にしまってある。

 坂井中尉が戦後に書き記した「ガダルカナル空戦記録」という手記がある。この手記は、前掲の「昭和戦争文学全集」に収載されている。この手記における坂井中尉の類まれな筆力が評価され、後の「大空のサムライ」の出版へとつながっていく。つまり、「大空のサムライ」のプロトタイプが、「ガダルカナル空戦記録」である。私は「大空のサムライ」の愛読者でもあるため、この全集の一冊を手元に保管しているのだ。

 さてこの一冊には、もちろん他の作品も多く収載されている。ここでは、「(遺稿)椰子の実は流れる-陣中日誌-」という手記を取り上げてみたい。

 なぜというに、この手記は、私が先に述べたような、航空特攻と地上の苦しい戦いとの好対照を、ある面から浮き彫りにしているように思え、心に訴えるものがあるからだ。一冊の本にこの好対照の二編、「ガダルカナル空戦記録」と「椰子の実は流れる」が一緒になっていることに、何かの意味を見出さずにおれない。

 この「椰子の実は流れる」は、浅野寛という陸軍大尉の手記である。浅野大尉はビアク島で戦死している。

 まだ飢える前、昭和19年5月末の大尉の手記は、次のようなものだ。

(佐藤注:平成6年日本法著作権消滅)

五月三十日 日暮れ

命令
「支隊は全力ヲ以ツテ本夜夜襲ヲ為ス」

雨は褌まで濡レ靴の中に足を浮かす
燃料はなし
採暖する何物もなし
夜襲を前にして一杯の温湯を欲す
語る友を求む
幡軍医大尉と静かに語る
静かなり、静かなり
何物も不要なり
残るは日誌と淑子に宛てたる葉書のみ
水筒の水を日誌を焼きてわかす
一葉ごとに目を通し
過去を振り返り
思いも新たに然して直ちに
煙にする
僅かに温まりし水にて
唯一つのミルクを味わう
葉書焼かんとす
幡大尉制止して曰く
「必ず出す時あらん
残すべし」と
幡大尉と語る
「過去において何が一番楽しかりしや」
と問う
「妻と共に在りし日なり」と
我も同意同感なり
連日の雨にて軍刀は錆を生ず
決意を籠めて手入れす
今更未練なし
敵撃滅の一念あるのみ
我に我々に国家に
此の苦痛を与えし敵は
寸断せずんばやまず

 悲壮であるにもせよ、この頃はまだ、大尉の詩は力強く、美しいと私は感じる。大尉にも、多少の文飾を施す余裕もあったのだろう。

 だが、この夜襲で大尉は生き延びる。数ヶ月経ったあとの手記は、次のように変わる。

(佐藤注:昭和十九年八月十二日~八月十八日の間の手記、同様に日本法著作権消滅)

 欲求が大なる時又は程度が高いときは困窮の程度がまだ低調でないと言える。すき焼きが食いたい。酒が飲みたい。ぜんざいが味わいたいという時は飯をまがりなりにも食っていたときの言葉であった。いよいよ芋だけ一ヵ月も食べると麦飯でよいから、みそ汁と共に腹いっぱい食べたいと希うようになった。塩分が欠乏して調味品が無くなると塩のひとなめをどれ程欲求することか想像外である。今は芋でよいから腹いっぱいたべて死にたいということになるのであろう。水が飲みたいうちはよい。空気が吸いたいとなると人間も終わりである。

 これが更に、次のようになる。

(佐藤注:平成6年日本法著作権消滅)

欲望

 洗い立ての糊の良くきいた浴衣を着て、夏の夕方を散歩したい。陸軍将校ノ軍服を着て、指揮刀と軍帽をかぶってみたい。セビロも良い。合い服を着たい。たんぜんもよい。火鉢の前にどっかりあぐらをかいてみたい。いずれにしても清潔な洗いたてのものをきたい。白いシーツの糊気のあるフトンでふっかりとねてみたい。明るいスタンドの下で机にもたれ熱い紅茶を喫しながら、「光」をフカして本を読みたい。やわらかな座布団の上にすわって、冬の夜勉強をするかたわらに妻がいる光景を再現したい。酢だこで酒がのみたい。酒といえばその添え物を数限りなく思う。

 数の子、焼き松茸、刺身、すき焼きはいう迄もないこと、鳥の刺身、茄子の紫色の酢みがかったのか、きゅうりの種のあるのに醤油をかけてお茶づけにしてみたい。朝ゆらゆら湯気のあがるみそ汁に熱いご飯をああたべたいよ。

 とんかつ、てき何でもよい。おすしもよい。握りがよい。冷たいビール、ああいいなあ。夏の夕方うち水をした時、清潔な浴衣で散歩する。あの気分、冬の夜熱い部屋が一家の団らん、秋の山、春の朝、梅匂う朝、桜咲く春の日中、いいではないか。

 妻と共の事は書くのを控えよう。自分が戦死した後で、第三者に見られるような事があったら、自分たちの一番貴重なものを他人に取られたような気がするから、唯今思い出すままに第三者のわからないように書きたい。和歌、白浜、名古屋、「名古屋ではウィスキーを妻がおごってくれた事があったっけ」正月の休暇中の大阪の映画、汽車旅行、新宿、二月に妻が上京したことがあった。この時、区隊長殿の特別の取り計らいにより、外泊を許可された国分寺の一日。四月に妻が上京、美しきアパートを借りる。風呂の帰りの散歩、食後の夕涼み、いつもの食事、晩酌、ボート遊び、市内見物、買い物、赤鉛筆買い、母と共に学校に面会に来たとき、帰郷の夜汽車、奈良駅、出発の日、大阪駅、──改札口──ホーム、ホームを一時の別離とした。

 このしばらく後から大尉の手記は途絶えてしまうのだが、大尉の戦死はさらに4ヵ月後の12月15日となっている。最初の手記から後のほうの手記への内容の変化をたどれば、戦死前に大尉の心情がどのように変化していったか、さまざまに想像できる。

 主計科の、しかも将校でさえこうであれば、歩兵や砲兵の、徴兵の兵隊がどんなにつらかったかは、いわずもがなであろう。

 地上の将兵の戦いの、ある側面が現れていると思う。

 私は、航空特攻と、学徒出陣だけが、美しい日本の将兵の死に様などではなかった、と言いたい。泥まぶれ、血(まみ)れの、心までもが薄汚れてしまう地上戦も、すべて同じだったと思う。

改革病

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 「土光臨調」「三公社五現業」という言葉は、私などが小学生の頃に新聞やテレビでしょっちゅう流れていた言葉である。社会科の教科書にも出ていたかもしれない。

 私と同じ歳で、──私は昭和41年生まれだ──リアルな耳への実感でこれらの言葉を覚えている人は、多くはないと思う。新聞を読んだりニュースを見たりする子は、同級生にはまれだったものだ。しかし、私は小学校低学年から新聞を読んだりニュースを見たりする変な子供だったので、これらの言葉を実感で覚えている。土光臨調の時には私は中学生だったが、周囲の者は多分高校の受験勉強に忙しかったから、リアルタイムではこの言葉は知らないと思う。知っていたとしても、リアルタイムではなく、後から知ったことだろう。

 臨調、などの言葉は、そのまま「行政改革」につながっていく。改革という文字が新聞に載らない日とてはなく、文盲率の低い文明国の悲しさ、知能の高い人であればあるほど、新聞から脳に、毎日「改革」と言う言葉が注入され続けた。それが、昭和55~57年頃(1981年頃)のことだ。

 土光臨調や行政改革の是非については、私にはよくわからない。だが、その意義や目的を理解することなく、とにかく改革、という人々が増殖したことは確かだ。

 それは、いけないことだったと思う。この時代に成長した人たちは、なんでもいいから引っこ抜き、踏み荒らし、変更し、他人に意思を強要しさえすれば「偉いねえ、頑張ったねえ、すごいねえ」と、親にも先生にも上司にも褒められて育つことになったからだ。

 その人たちが悪いのではない。そのように誰かに吹き込まれて育ったのだから、それを遵奉しようとするのは当然のことだ。そしてまた、時代が悪いわけでも、社会が悪いわけでもない。すべて正しかったのだ。だが、正しいものがすべていいことかというと、それは違う。かつて戦争は正義の眷属(けんぞく)であった、と言えばわかりやすい。

 改革が正義であるから、変えるべきものがなくなってくると、この人たちは言い知れない不安に襲われる。正義が否定されるのだ。人間は正しくなければならない。ただしくあるためには、変更だ、差し替えだ!!優れた人であればあるほど、正義のために自らも変わろうと努力し続ける。いいかげんなことは許さん!!…かくて、目的も理念も忘れた、正義の「ためにする」改革が繰り返され続けていく。

 これがまた、「改め」かつ「あらたなものを露出させる(=「革」という字は、古いカワをはがしてあたらしい中身が出てくるという意味がある)」ことになっていればいいのだが、凡人にはどうしても、「なにかよい手本をよそから持ってきて、差し替える」くらいのことしかできない。カワをはがす(革)ではなく、ペンキでゴテゴテと上っ面の色を小汚く塗り重ねるだけだ。つまり、ただの「変更」だ。そして、たいていの優れた人は、凡人だ。

 そう、「変更」が正義だ、というところが、困ったことなのだ。「生む・産む」ことではない。「あらためる」ことでもない。オリジナルを産むのではなく、アメリカ風なものに「差し替え」だ。凡人にできる改革など、そんなものだ。

 昭和後半に否定され続けたものは、実は「生まれたもの」でもある。声高にヤレ改革だ革命だと叫ばなくったって、明治維新以来、日本はレボリューションやらイノベーションやら、嵐のような改革と激動に揉まれ続けていた。新幹線が敗戦の痛手から立ち直ってゼロから新しく作られた、などと思い込んでいる向きも多いが、じつは新幹線は昭和の初期から開発が引き続き行われていたことは、満州鉄道史などを少し調べればすぐにわかる。戦時中の航空機開発史などを見ると、信じられないほどの水準と速度でものを生み続けていたこともよくわかる。

 不易流行、という言葉がある。古色蒼然として、カビか苔でも生えていそうな言葉だ。だが、この言葉が好きだ。変わってはならないオリジンの上に、しっかりと変容を受け止めていく。個人においても、組織においても、ゆらぎのない個の確立の上に、変容は迎え入れられる。

 改革だ改革だ、と、憑かれたように言い続ける必要は、ない。明治維新以来の私たちの、もともとのベースに、それは組み込まれている。

欧米白人を嫌うおっさん(私)の落想

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 悪意の欧米白人が日本人を困らせ、いじめ、持っている金を巻き上げるにはどうしたらよいか。

 軍備に劣る日本を、力で追い込むと、さすがに窮鼠猫を噛むが如きことになって、大東亜戦争の轍を踏む。日本人が全員、核攻撃を浴びて死に絶えようが、それは欧米白人の知ったこっちゃないが、悪者は欧米白人だということになるのは具合が悪い。

 それなら、まずエネルギーだ。これでジャップを困らせ、金を払わせよう。欧米白人はそう考える。

 知らない人が多いが、アメリカは、実は世界一の産油国だ。

 だから、アメリカは、産油地域のイスラム・アラビアをどんなにいじめ、困らせようと、エネルギーという点ではちっとも困らないのである。困るのは、日本のような国である。そして、世界一の産油国のアメリカは、自由自在に石油の相場を決定できるのだ。

 これもあまり知られていないが、その昔、日本が対米戦争に踏み切った直接要因は、陸軍が勝手に暴走したなどというようなNHK流の荒唐無稽な妄想話ではなく、アメリカの石油の禁輸措置にあった。戦前もアメリカは世界一の産油国であったから、日本の石油の輸入は、100パーセント、アメリカに頼っていたのである。そこを衝かれたのだ。

 悲惨を極めた戦争の後、日本とアメリカは講和し友好国となった。だが、さすがに日本も馬鹿ではないから、アメリカから石油を買うことだけは、もうしなくなった。アメリカ以外の国々、特に中東諸国から買い入れるようになったのである。

 「クソッ。猿野郎。怯えやがった。もう一度ウチの石油を買いやがらねえかな」くらいのことは、内心アメリカの意思として伏在するだろう。

 たとえアメリカが凋落して、世界一等国の地位から転落するようなことがあったとしても、原住民から収奪した広大な国土から産する石油その他の地下資源を掘り出して売れば事足りる。油田の開発と掘削はテクノロジーのしからしむるところであり、簡単なことではないとは言うものの、いろいろな物を開発生産することに比べれば、基本的には力づくで地面に穴を掘るだけだから、文明度が低かろうと国民の知能が劣ろうと、それで食っていくことはできる理屈だ。

 彼らは道徳高い人を育てたりすることに欠ける。それは、別に人など育成せずとも、いざとなれば地面に穴を掘れば、カネになるようなものがザクザクと出てくるからである。だから、人を育て、その高度な知能によって物を製造して売ること、そのこと一点にのみに賭ける、というような、日本のような国づくりはしなくてよいのである。

 ともあれ、イスラム・アラビア攻めで困るのは、日本のような国だけだ。アメリカは困らない。多少、戦傷者が出る程度で済む。罪のない、貧しいイスラムの一般の人がその10倍死傷しようと、それを現地の元首や政府のせいにして澄ましかえっていればよいのである。

 次いで、食料。日本は、食糧を輸入に頼る。米以外のほとんどの食料を海外から買っていることはそこいらの小学生でも知っている。だが、確かに輸入といえば輸入だが、ほかの食料と比べて純然と輸入とは言い切れない食料が、実はある。それは魚介などの海産物である。「魚離れ」とはいうものの、日本人の蛋白源は、いまだにかなりの率が魚に頼る。

 日本人を食料の面で締め上げ、困らせたあげく、食料を売りつけて金を巻き上げる。それには、どうしたらいいのだろう、と、欧米白人は考える。どうも日本人は、金は確かにある筈なのに、こっちの押し付ける肉などを買いやがらねえ、肉なしで人間が生きられるはずがねえ、何か代わりのものを食ってやがるんだろう、調べてみよう、…などと考えたかどうかは知らないが、そうやって調べてみたら、なんと、天然資源の魚をどんどん獲って、それを食っていることが、たちどころにわかるわけだ。

 広い大洋で海産物を獲るのは、勝手である。漁にかかるコストはあるが、畜産などに比べれば、はっきり言って、魚はタダだ。そしてまた、国際的に文句のつけられるような筋合いのものではない。

 よし、それなら、日本人が海産物を獲れないようにしてやろう。そして、オーストラリアやアメリカから、牛肉を買わせてやる。

 そうするにはどうしたらよいか。

 そう、まず手始めに、「鯨を獲るな」である。牛肉を買わせたいオーストラリア人が言い出すとは、実にわかりやすい話だ。

 鯨は現在では、日本人が主として口にしている海産物ではない。だが、それを皮切りに難癖をつけ、欧米白人たちがどのように議論を広げていくつもりなのかは明白だ。現に、もう、次第に奴らの意図は見え始めている。マグロに対して、奴らは狡猾な言いがかりをつけ始めたではないか。

 「マグロが減っている。学術的にそれは明らかだ。」

 「野蛮な競り市で、マグロの屍骸を取引している。文明的でない。」

 「マグロの解体ショーとはいったい何事。血なまぐさく、民度が低い。」

 こんな難癖をつけ始めているのだ。そして国際会議の議題に持ち込み始めた。しまいには、「マグロは知能の高い魚で、人類の友達だ」などと言い出すだろう。

 そしてもうすぐそれは、魚全体そのものに関する内容に広がってしまうだろう。いわしもさんまも、じきにそうなる。

 単に嗜好や文化のことを言っているのなら、我慢のしようもある。だが、違う。彼らは彼らの低劣な収奪と侵略の意図でもってそれをやっている。それを決して見過ごしてはならない。

 だから、これ以上、欧米の文化を無防備に受け入れることをしてはいけない。ハロウィーンなどの子供の遊びにも、心の奥底にはピリッとした警戒感を常に持ち、猜疑心を持ってそれを監視し続けなければならぬ。そうしないと、「何が何でも石油化学製品を作り続けなければ文明国の地位からたちどころに転落する」とか、「獣肉を食うことは優れたことであり、海からタダで魚をとることは、卑怯で野蛮なことだ」などという、知らない間にもぐりこまされたおかしな価値観を握らされ続けることにつながってゆく。

 すでに、彼らは日本の商習慣を破壊することに成功した。

 これも、知らない人が多いが、昔、ペリーに屈服させられた日本は、欧米の言うがまま、不平等条約で不当な関税措置を飲まされ続けた。ところが、関税をかけることができなくても、日本国内ではいわゆる「舶来物」は売れなかった。なぜか。

 「大問屋・中卸・卸問屋・問屋・小売店」などといった日本の再販制度が作用したのである。それは、長い鎖国時代、飽和状態にあった国内市場で、ひとつの工業製品に、できるだけたくさんの人がぶら下がって食っていくために編み出された、流通の完成形であった。それが思わぬところで作用したのだ。

 輸入品にはさらに総代理店・代理店などが入るため、その利益が上乗せされ、舶来品は高価なものとなった。だから、大正時代に不平等条約が撤廃されても、また、その後、戦後かなり経ってからですら、日本では輸入品はさっぱり売れなかったのである。それは、民衆が勝手にやっている関税のような働きをした。民衆が勝手にやっていることだから、欧米白人はそれに文句をつけることができなかった。

 そこで、おかしな価値観を奴らは吹き込み始めたのだ。

 「日本の前近代的な商習慣は、日本の産業や商業の発展を阻害している。アメリカではそんなことはやっていない。アメリカは優れているから、アメリカのようにするべきだ。だから日本はダメなんだ」

 というわけである。

 まじめに国産品を作り、また、国産品を売っている人に問いたい。「グローバル」などという当時耳慣れなかったカタカナに妄従し、国をあげて馬鹿のようにアメリカ化に励んで、その結果、物はよく売れるようになっただろうか。否である。物事をアメリカ流に変えた結果、得をしたのは、アメリカだけだ。