俺も仕事をボイコットして、二酸化炭素を増やすような奴らは滅んでしまえ!……とか物凄い顔で
しかし、そんなことをすればアッという間にクビになり
だから、
そこでふと思いついたのだが、何の責任もない中学生に変な知恵を吹き込んで
これが女の子であればなおよい。……いや、性同一性障害や薬物中毒など、話題の現代的な疾患に悩む子供なら、更に良いかもしれない。
戦地から頭の良い子供を連れてきて、これくらいのことを言わせれば、もっと目立つな。
グレやん。いろいろ参考になるのう。
オッサンは生きている。
俺も仕事をボイコットして、二酸化炭素を増やすような奴らは滅んでしまえ!……とか物凄い顔で
しかし、そんなことをすればアッという間にクビになり
だから、
そこでふと思いついたのだが、何の責任もない中学生に変な知恵を吹き込んで
これが女の子であればなおよい。……いや、性同一性障害や薬物中毒など、話題の現代的な疾患に悩む子供なら、更に良いかもしれない。
戦地から頭の良い子供を連れてきて、これくらいのことを言わせれば、もっと目立つな。
グレやん。いろいろ参考になるのう。
今日は結婚記念日だ。満24年、25年目にかかる。来年は銀婚式だ。
たまたまなのだが、大東亜戦争の開戦記念日なので、結婚記念日を忘れることはない。
嘘新聞、嘘テレビ、嘘先生、嘘教科書、嘘歴史、嘘電話、嘘メール、嘘広告、嘘ブログ、嘘ツイッター、嘘ホームページ、嘘ニュース、嘘SNS、嘘政治家、嘘官僚、嘘社員、嘘商売人。
もう、ほとほと見飽きた。こうなってくると、嘘でも本当でも、何でもいいような気すらしてきた。
記して、「漫生活」である。
昨年、長年にわたりお気に入りの床屋だった「ファミリーカットサロンE.T.南越谷店」が業態替えして「mod’s hair men 南越谷南口店」としてリニューアルオープンしたのだが、同時に値段の方も倍以上となってしまい、それにもまして、私は美容院に行くような美青年ではなく
これはこれで、いっそスッキリして良い。
本当は丸坊主にしたいのだが、妻が難色を示すので髪を残している。つまりこのモヒカン風の
早いうちにひと風呂浴び、汗を流す。
曇、晴、また曇……と天気が入れ替わる。曇る時には季節らしい羊雲が出る。しばらくして窓外を見上げると、今度は真っ青な空がひろがっている。
晩秋と初冬が好きだ。初冬は汗ばまず清潔である。古くから日本を悩ませる風水害も初冬にはようやくおさまる。ただ惜しむらくは花に乏しいことだろうか。しかし、月や鳥を見るにはこの時季がよい。
一昨夜は十六夜の月が美しかった。旧暦九月十三日(今年は新暦10月11日)の「後の月」も、
米国の天気のことはよく知らないが、この時期に
アイスピックでカチワリを削り、日の高いうちから安いウィスキーを一杯。気取らずドップリ注ぐ。
鍛冶屋の動画をのんびりと見る。楽しい。スウェーデンの人らしい。
動画の中で、何か、「スウェーデンの盆踊り」みたいなことをして人々がのんびりと踊っているシーンや、動画作成者本人らしい人が広々とした湖にザンブと飛び込むシーンなどがそれとなく紛れ込ませてあり、見ていて休まる。
Facebookの利用意識調査アンケートが表示された。全問答えた。
それにしても、新聞の世論調査にせよ、職場や社会の様々なチャンネルにせよ、なんでこうも「設問が下手」なのだろう。
選択肢の中には、まるで、「質問に対する私の答え」が含まれていないのである。
アンケートを作成する者には、想像力や情緒、人間に対する洞察と言うものが欠けているのだと思う。
うんこのようなアンケートに対する回答を拒絶し、放り投げてしまってもいい。実際、表現力を持たない多くの者や、時間のない者はそうする。だが、放り投げてしまうことは、無責任な態度だと思うのだ。なんとなら、私自身はアンケート全体の目的については理解しているからである。
そんな私は、アンケートに自由記述欄などがあると、ついついダラダラと文章を書いてしまう。書き殴った挙句、書くところがなくなったり、文字数の制限があったりして難渋する。
自由記述欄のあるアンケートならまだ私にとっては良心的というものである。この前かかってきた朝日新聞の電話世論調査なぞ、電話のプッシュトーンで番号選択するしかないのだから、こんなものはもう、人間を相手にしているとは到底思えない。2~3問答えたものの、選択肢にはまるで私の心を言い当てたものがなく、さすがにこれにはやむなく回答を拒絶し、途中で電話を切ってしまった。
さておき、仮に自由記述欄のあるアンケートにダラダラネチネチと直木賞受賞級の切々たる文章をものしたとして、アンケートの集計部署では、私の書いたそんなダラダラ文章など、まったく読む気がないことも直ちに想像し得る。世の中の、9割とは言わない、6割くらいの人は、文字を読むのが苦痛であり、ましてや、誤字脱字に溢れ、汚い字で書き殴られた文章の中に
要するに私のしていることは、答えるにせよ答えないにせよ、全部無駄である。無駄な行動をとることほど馬鹿々々しいこともない。
そんなアンケートに比べると、適当に不定形データを漁って世間の傾向を導き出そうというAIは、まことに平和だ。だがしかし、教師付きのAIの開発のことなど考えると、不完全で不愉快な過去のアンケートの結果などがAIの教師となるのだろう。そこでもう、AIすら嫌になる。
畏し
すめらみことの
国の慶事にあたり、
そのような有り難き
さまざまな主張はあろう。国家はこれを許すだろう。だがしかし、「恩赦なんぞより奨学金を無料に」という言説には賛同できない。
奨学金がなければ学べないような金満金欲主義の大学に大卒の学歴欲しさだけのために通わなくても、コンビニのレジにも土木作業の軍手の先にも汚物清掃のブラシの先にも、学ぶべきことは山のようにある。給料を貰って学べばよい。
「学ぶ」は立派なことであり、尊ぶべきことであるが、それを「大学に行って学士や修士や博士をもらうこと」と直結するのは、笑止千万なことである。
少子化のために入学者が減り、大学等は露骨な営業に走っている。大人の学歴欲をくすぐって学びましょう学びましょうなどと、あまりにも幼稚だ。
勿論、そうでもして学業の基盤を確保し続けなければ、日本の大学如き、世界の「知」の圧倒によって瞬時に粉砕されてしまうだろう。
だからと言って、有象無象がサラ金紛いの高利借金で学歴を買うこと、そして、その金で妙ちくりんに歪んだ学歴付与機関を養うことは、それは正しいのか?
であれば、一言にして断ずべし。権威付けや学歴授与などによりかかることなく、ただただ、自ら学べばよい。
暴力教師、セクハラ教諭、パワハラ教員、淫行教授なんぞによりかからずとも、世の中は読むべき万巻の書、学ぶべき神羅万象、乞うべき千言万語の教えに満ち満ちている。
「恩赦なんぞより奨学金をチャラに」という言説には賛同できない。
奨学金がなければ学べないような金満金欲主義の大学に大卒の学歴欲しさだけのために通わなくても、コンビニのレジにも土木作業の軍手の先にも汚物清掃のブラシの先にも、学ぶべきことは山のようにある。給料を貰って学べばよい。
— 天然佐藤俊夫 (@SatoToshio) October 16, 2019
「学ぶ」は立派なことであり、尊ぶべきことであるが、それを「大学に行って学士や修士や博士をもらうこと」と直結するのは、笑止千万なことである。
少子化のために入学者が減り、大学等は露骨な営業に走っている。大人の学歴欲をくすぐって学びましょう学びましょうなどと、あまりにも幼稚だ。
— 天然佐藤俊夫 (@SatoToshio) October 16, 2019
勿論、そうでもして学業の基盤を確保し続けなければ、日本の大学如き、世界の「知」の圧倒によって瞬時に粉砕されてしまうだろう。
だからと言って、有象無象がサラ金紛いの高利借金で学歴を買うこと、そして、その金で妙ちくりんに歪んだ学歴付与機関を養うことは、それは正しいのか?
— 天然佐藤俊夫 (@SatoToshio) October 16, 2019
であれば、一言にして断ずべし。権威付けや学歴授与などによりかかることなく、ただただ、自ら学べばよい。
暴力教師、セクハラ教諭、パワハラ教員、淫行教授なんぞによりかからずとも、世の中は読むべき万巻の書、学ぶべき神羅万象、乞うべき千言万語の教えに満ちている。
— 天然佐藤俊夫 (@SatoToshio) October 16, 2019
台風19号は各地に被害を残して過ぎていった。
被害に遭われた方には、心よりお見舞いを申し上げ、一日も早い生活の再建をお祈りする。
さておき、天災の後、いろいろと政治的な
浮浪者――これも「ホームレス」「浮浪者」等と言うのは差別的な感じがするから、今や「野宿者」等と言うようである――の多い東京都台東区では、非難してきた浮浪者2人の受け入れを
これがまた、
「人権をなんだと思ってるんだ、浮浪者なんか死んでもいいってのか!?行政のクソが!政府もダメだ!!だから安倍は駄目なんだ、安倍ガー!!」
……というふうな人々と、
「お前ら本当の浮浪者を知らんから平気でそんなこと言えるんだ!!そんなこと言うんだったら半日でも1日でも浮浪者の隣で起居生活飲食してみろ!自分の家に勝手に浮浪者でも難民でも受け入れて助けてやればいいだろ、できるもんだったらやってみろや馬鹿野郎!!」
……というような人々の間で論争になってしまっている。印象的には、今のところ、どうやら後者の方が分が悪いようだ。
なんだか、ヨーロッパで起こっている難民の受け入れと同種同根の何かすら透けて見えるように思う。
浮浪者にも命があり、人権、生存権がある。いや、浮浪者のみならず、例えばたまたま来日旅行中で日本に国税を収めているわけではない外国人や難民であろうと、日本国内に位置する人間は、人間である限り、日本国からその誇り高い人権擁護の精神と政府の権威をもって、寛容な庇護が与えられて然るべき筈のものである、と言ってこれは誰しも二致はあるまい。
台風で死にそうだ、命の危険が迫っている、助けて下さい、と庇護を求めている者には、救いの手が差し伸べられなくてはならぬ。
だが実際、そんなこと、簡単ではないのだ。区役所に言われても困るというのが、区役所の言い分だろう。
実際、もし自分がやむなく避難所で起居していて、自分の隣に、イカれた、臭く、
そりゃまあ、浮浪者にもいろんな人がいて、上述のようないろいろ複合したひどい人物ばかりでもなかろうが、正直なところ付き合いかねる人種が多いのも、これは正直なところ、肯定せざるを得ないというのが事実ではあるまいか。
ところが、世の中、「そういう人でも私は平気であり、受け入れる」という博愛の方も、実際にいるのである。そういう方は、災害の時だけではなく、普段から天与の使命感に燃え、活動家として浮浪者の人権を守るべく、額に汗して一生懸命頑張っているのである。立派である。今回も、そうした立派な人たちが早くから浮浪者の野宿床を見て回り、見捨てられつつある弱い立場の浮浪者を助けようとしたのである。
古くはイエス・キリストが、薄汚れ、迫害され、弱く、飢えた人々に寄り添い、病気の人の
だから、台東区役所の言い分のみならず、他の自治体や政府の、浮浪者の人権をどうするのか、そこら辺の見解が出てくるのを待ってみようではないか。事情をよく聞いてみようではないか。
ともかく、今回の浮浪者二人は、どうやら台風が過ぎ去った後で新聞のインタビューに答えているようではあるから――いや、本当にその本人なのかはなんだか怪しいようだが――命は助かったものと見える。死ななくて本当に良かったと思う。命のある、生きている人間なのだから。彼らには、例え不幸でも、都市の片隅で生きていける自由と権利がある。その程度の冗長性を都市が持っていても、それはそれでいいのではないか。冗長性が
うっかりしていて、十三夜が過ぎてしまった。
天文学上の「望」は今夜だが、月見、なかんづく「
忘れていた。
昔の人は仲秋の名月だけを楽しんで後の月を見ないのを「
確か金曜日の夜は台風が近づいていて、良い天気とは言えなかったがチラホラ月が見え隠れしていたのではなかったかと思う。だが、接近する巨大台風19号に気を取られ、とてものことに月を見ようかという気はしなかった。