イソ子~ッ!(笑)

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 ホントにまあ、またアイツかい、望月衣塑子(いそこ)かい。

 産経もまた産経で、こんな亜女(アマ)にこれ以上売名させてたまるかとばかり、以前と違ってもう名前も載せないもんな。

 イソ子。なんかハラ立つけど、いち新聞記者がこれくらい自分の人格を切り売りして、なんだかチョッピリ有名人になっているのをボンヤリ観測していると、逆に「おお、オモロイやんけ、もっとヤレヤレ、糞婆ァ(笑)」ぐらいの面白さも覚えるわけである。

 なんつーか、この、エンターテインメントというか、芸能ショーみたいなもんですかね。東京新聞プレゼンツ、ってなところで。最近ほら、お笑い芸人が妙に政治向きになってきて、いろいろ言うようになったじゃないですか、松本人志とか。アレの逆ですね。新聞や政治やテレビのほうから芸能番組へ近づいていく、っていう。

迎賓館赤坂離宮~赤坂近辺

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 祝日「昭和の日」である。躑躅(つつじ)が満開だ。夏隣(なつどなり)と言ってよい。屋外に出ると家々の軒先すら眩しく、まさしく風光るの候、である。

 こういう日は外歩きが良い。妻を誘い、前々から気になっていたところへ見物に出かけることにした。

 東京・四ツ谷駅に近く、東宮御所のある「赤坂御用地」には、ひときわ目を引く重厚な古建築がある。申すまでもないが、これが「迎賓館赤坂離宮」である。

 もともとは東宮御所として造営され、皇太子時代の昭和天皇や、今上陛下も一時期御住居あそばされた。

 縷々(るる)沿革を経て、戦後は政府の管する所となり、国公賓の礼遇に使用されている。国宝だ。

 以前から一般公開されてはいたものの、その期間は夏の10日間のみにとどまり、見ることのできる人は多くはなく、知る人ぞ知る場所であることには変わりなかった。しかし、政府の観光立国方針により、去年(平成28年(2016))の春から、国公賓の礼遇に支障のない限りは随時公開する、ということになった。

 私は神宮周辺や、この赤坂御用地、皇居周辺はよく歩き回るし、またランニングの練成に使うことがある他、迎賓館は職場からよく見えるので、いつもこの壮大な建築物を外から眺めてはいた。かねがね「一度は入ってみたいなあ」と思っていたところだったのだ。そこへ、去年から誰でも見られるようになったわけである。

 一般公開日は前掲の内閣府サイト内に掲示される。同サイトから予約ができるので、念を入れて予約しておくのが安心ではあるが、当日飛び込みでも見学は可能だ。

 公開日の9時50分頃に四ツ谷駅に着く電車に乗れば申し分ない。私は予約なしで行って見た。

 正門前に行くと、腕章を付けた案内の人が沢山いる。予約をしてあれば予約票を、していなければ案内の人に言えば当日整理券の配布窓口を案内してくれる。配布は正門前の小机で行っている。満員で断られる、ということもあるのかもしれないが、今日の私に限っては特段支障はなく、当日整理券を貰って入ることができた。

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 列の尻について並ぶが、セキュリティチェックなどが厳しいため、30~40分くらいかかる。金属探知など、空港のセキュリティチェックと似たようなものだ。他に、持ち込みのペットボトルの飲料を、係員の目の前で「一口飲んで見せる」という面白いチェックがある。

 チェックが終わると、いよいよ本館に入る。

 本館内は撮影禁止で、残念ながら写真は撮れなかった。

 内部の様子を垣間見るには、政府インターネットテレビの紹介に映像があるので、事前に見ていくのも良い。政府インターネットテレビには他にも紹介動画がいくつかあって、それらの中では、先の動画も良いが、「徳光・木佐の知りたいニッポン!~迎賓館 赤坂離宮 一般公開の見どころ」という番組が親しみやすく分かりやすい。

 見物人は壮麗な館内を見て、ただただ驚くばかりである。天井や壁の隅まで、一分の隙もなく磨き抜かれ、チリ一つない。あちこちに大きな壁面鏡があるが、曇り一つない。寄木(よせぎ)の床は見たところ全部柾目(まさめ)の板で張られ、その完成度の高さに息を呑む。内外装は西欧の「ネオ・バロック」の様式を存分に取り入れて作られており、天井や壁は様々な意匠を凝らした画や模様で荘厳(しょうごん)されている。いずれも国宝級の、数々の装飾品や工芸品が惜しげもなく配置されて室内を飾り、只管(ひたすら)圧倒されるばかりである。

 この信じがたいほどの建物には、明治時代の金額で510万円あまりが投じられたという。直接現代の物価に換算すると950億円ほどになるらしいが、戦後だいぶ経った昭和49年当時でさえ、新たにこのような建築を試みれば、もはや入手が極めて困難な材料などが用いられていることもあって、2000億円でも無理なのではないか、と言われているらしい。

 建物の来歴を読んでいて驚くことがいくつかある。

 江戸時代からせいぜい40年程度しか経っていない頃にこういう壮大なものを建築した、ということ。また、それが単なる猿真似や張りぼての虚仮(こけ)脅しなどでない証拠には、関東大震災、東日本大震災の2度の揺れにもヒビ一つ入ることがなかったという事実。また、戦災で失われなかったことも稀有(けう)の事と思われる。これほど壮大なものが米軍の爆撃目標になって餌食にされなかったのは不思議である。

 館内は順路に従って見ていくようになっている。かなりのんびり見ても1時間か2時間ぐらいでたっぷり見ることができる。様々な国際会議、条約の調印などで実際に使われている場面の写真パネルなどが随所にあり、「ああ、ここであれが行われたのか!」と懐かしいものもある。故・大平正芳首相の頃の「東京サミット」(昭和54年(1979))の写真など、私も子供ながらよく覚えている場面があり、写っている故・マーガレット・サッチャー女史などまだまだ若く、当時のテレビニュースなどが思い出された。

 館内を見終わると、順路は広大な庭園に移る。庭園は撮影自由で、特に順路と言うものはなく、自由に散策できる。

 しかし、それにしても、嘆息すら漏れないほど、寸分の隙もない、国家の威厳と政府の威信を注入した、壮大な建築だ。

 更に前もって予約をし、抽籤で当たれば、「和風別館」という新しい建物が見学できるのだが、今回は見なかった。今度来るときには是非予約をして、そっちのほうも見てみたいと思う。

 ゴールデンウィーク特有の良い天気だ。建物が青空に映える。古色蒼然とした外壁、それこそ「度を外れた」としか言いようのない荘厳さがますます胸に迫る。

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 普段、迎賓館の近くを通りかかるときに目にする広大な黒松の庭園が「前庭」なのだが、その反対側に外から見ることのできない「主庭」があって、これは迎賓館本館の裏側にあたる。国宝の噴水があり、様々な花と樹木が植えられている。ちょうど躑躅が見頃だった。

 広大な庭園はいつまで見ていても飽きない。

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 前庭に出る。公開日にはちょっと洒落た屋台が出ていて、各種の美味しいワインとつまみ物などが楽しめる。私もよく冷えたグラスワインの白を、北海道産の「桜」という白(かび)タイプのチーズで一杯やってみた。チーズには小さなパンと、オリーブと胡瓜のピクルスがつき、どれもワインによく合う。

 のんびりと散策し、壮麗な建築を堪能すると、ちょうど昼過ぎになる。妻と相談し、赤坂の繁華街で昼食をとることにした。

 いつも国会図書館の帰りに赤坂へ行き、名代の蕎麦舗「室町砂場・赤坂店」に行くのだが、蕎麦舗へ直行ばかりしていて、赤坂のその他の事はよく知らなかった。その室町砂場の反対側の通りにTBSの放送センターがあるのは知っていたが、その周辺が「赤坂サカス」と言う複合施設で、楽しめる場所になっている、というのは妻から今日聞いて初めて知った。いつも素通りしていたので知らなかったのである。

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 妻がその「赤坂サカス」に行って見ようよ、というので、ぶらぶらと歩いていく。赤坂御用地の東側、新緑の外濠沿いに出てきたら、それが「紀之国坂」というところだ。ゆっくり歩いて坂を下り、外濠に沿っていくと地下鉄の赤坂見附駅の入り口に出る。そこから今度は右へ折れていくと赤坂の繁華街に出る。10分か20分ほどの散歩だ。

 赤坂サカスの中華レストラン「DRAGON RED RIVER」というところで日替わり定食など食べる。牛肉とトマトの旨炒め、春巻き、胡麻団子、卵のスープ、ご飯がついて1300円は安い。

 それから、TBS直営のスーベニア・ショップに寄って娘どもにお土産を買う。

 宮城鎮護の官幣大社・山王日枝神社へ詣で、永田町側へ行って総理官邸やその裏の料亭「黒澤」の建物などを見物し、半蔵門線に乗って帰宅した。

 春の日帰りにはまことに良い、楽しい行楽であった。

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東京蕎麦名店マップ

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 蕎麦道楽が昂じて、東京の名店をマップにまとめてみた。

 この中で行ってないのは、巴町・砂場と、麻布・布屋太兵衛の2店だ。

東京の砂場と新島繁

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img_4565 昨日、たまたま成り行きでだが、東京・三ノ輪にある蕎麦店「砂場総本家」へ行った。

 街の蕎麦屋さんの雰囲気で、静かに蕎麦を楽しむことができ、満足した。

 店内は面白おかしく雑然としていた。私は入って右奥の椅子卓席に座を占め、蕎麦味噌で剣菱を飲み、「もり」を一枚手繰(たぐ)った。

 席の表通り側の窓下にはガラスケースがあり、その中に古物が並べられ、上は本棚になっていた。蕎麦屋らしく、蕎麦に関する本が多く並んでいる。

img_4571 その中に、カバーがセロテープで修繕され、背綴じがバラバラに外れかかった新書版の本が一冊あった。題に「新撰 蕎麦事典 新島繁 編」とある。付箋が打たれて、書き込みや傍線が引いてあった。

 手に取って付箋のあるページをめくってみると、それは「さ」行の「す」項、「砂場蕎麦」の項目であった。大坂屋砂場の来歴由来が記されており、「糀町七丁目砂場藤吉」の記述のところに傍線が引いてあって、「当店です」と鉛筆の書き込みがある。

 こういう本は一度見失うと再び出会えないので、ISBNを控えた。「4879931011」である。

 ところが、帰宅してAmazonあたりにこのISBNを入力しても出てこない。昭和40年代頃の、ISBN普及期の本の中にはこういうことがよくある。

 著者の新島繁と言う人は、ふた昔ほど前の蕎麦マニア筆頭の人であるらしい。往時は非常に読まれたようで、「蕎麦Web」というサイトに、著書やその業績が紹介されている。平成13年に逝去されたそうである。蕎麦の知見に関する集成・整理は、この人なくしては語れないものであるようだ。

 上記サイトの情報から推測するに、どうやら、この本の新装改訂は左掲の本であるらしい。

 この本、ちょっと入手したい感じだが、うーん、どうしようかねえ……。

川を気まぐれ

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 昨日の金曜日から泊まり込みだった。盆明けとは言え、まあ、こうなってくると、精霊のみならず人間様も木仏石仏金仏(きぶつせきぶつかなぼとけ)みたいな扱いである。いやはや。

 土曜日の今朝終わって、ヤレヤレと帰りかけた。曇り空、天気図には台風が三つも太平洋上を(うごめ)いている

 ともかくも帰宅しようと電車に乗る、すると、ようやく中央線秋葉原まできたかな、と言う辺りで沛然(はいぜん)たる豪雨。稲妻、雷鳴。もとより徹夜でくたびれ切ってしょげかえっているところへこれはなかなか辛い。コーヒーでも飲んでいくか、とJR秋葉原「atre(アトレ)」の3・4階にあるスターバックスでアイスコーヒーなんか飲んでいるうち、あんなに不機嫌だった空が、まったく無邪気に晴れ出した。

 まず、「女心と秋の空」とはよく言ったものだ。怒らせちゃアいけませんよ女の人は、ええ、ええ。

IMG_4178 さておき、既に11時くらいにはなってしまっていたから、じゃあ気晴らしに好物でお昼にしよう、と神田の「やぶ」へ行き、火災以来建て替わってからできた、窓際のカウンター席に陣取る。

IMG_4180 とりあえず、菊正宗を一合、それから焼き海苔をとる、酒を頼むと蕎麦味噌がついて来るからそれで半合飲んで、それからホカホカのパリパリに乾いた焼き海苔でもう半合飲む、そうすると、ささくれ立つどころかもうトゲなんか全部抜けちまってハゲみたいにつるつるになった陰惨な心が、ほんわりとピンク色にあたたまって、気持ちよくなってくるでしょ。

IMG_4183 まず、そうしたところへ好きな食べ物をしたためるのはまことによろしい。杯に一口ほど酒の残っている頃おい、(おもむ)ろに「お姉さん、せいろをひとつ」と頼む、実にいい間隔を置いて、神田・やぶの独特の緑色の蕎麦が運ばれてくる。これは新蕎麦の具合をいつも楽しめるよう、青い蕎麦の搾り汁で香りを付けてあるんだそうであるが、それを、やあ、来た来た、とさっそく手繰り込もうとしたら、隣に白人の夫婦が座り込んでしまった。

 東京の名店なので、今の時季、白人の観光客は多い。日本に大いに親しんで貰いたいので、これは結構なことなのだが、蕎麦屋では白人・英語圏の客は困る。なぜかというと、彼らは蕎麦を啜ると文句を言うからだ。以前、上野の籔で気分よろしく「もり」をズゾーッ……と啜ったとたん、隣の白人の女が聞こえよがしに「Ooops!……Headache,disgasting, Oh, Oh……No!」などとつぶやいて見せたことがあり、その時はせっかくの北海道・江丹別産の蕎麦が台無しに思えたことだった。あのなあ、蕎麦ってモンはなあ、ずぞぞぞーっ!!と啜るもんなんじゃい!!覚えとけ夷狄(いてき)めらが。

 その時の気分の悪さを思い出したのだが、そうはいうものの、こっちも別に、遠い国からわざわざやってきた見ず知らずの善良な相手に不愉快な思いをさせて喜びたいわけではない。相手にもうまい物を食って喜ぶ権利があるのだ。そんなコッチの葛藤など知ってか知らずか、隣の白人夫婦はまことに旨そうに釜揚げうどんや蕎麦寿司を食っており、静かそのものであって音なんかもちろん立てるわけではない。それに、神田「やぶ」で蕎麦寿司と菊正宗をオーダーするとは、なかなか趣味のいい白人じゃあないかい。

 ぬぅ……。しかたがない。

 その白人夫婦に気をつかい、あの濃いそばつゆで、名店・かんだ「やぶ」の、あの蕎麦を、無音でちるちる~……と一枚食った私である。

 ああ、こういう、なんだか胸につかえる食い方を強制されたような感じで、蕎麦を食った気がせず、無駄なお金を使ってしまったような気さえした。

 だが、まあ、しょうがない。白人夫婦も行儀のよい知らない日本人のオッサンの隣席で、気分の悪い思いをせずにうまい蕎麦料理を楽しめて、よかったこっちゃ、感謝しやがれ。……コッチはなんだか胸糞悪いが。

 そんなことがあって、だが外に出ると、雨上がりで濃青(のうじょう)の空に、近づく台風の影響か、雲が速く飛び去って行くのがなんともすがすがしい。寝不足で、微醺(びくん)を帯びた五体にはなおさらである。

 なんとなく、隅田川のあたりの、回向院だとか、吾妻橋だとか、そういうところへ行って、「♪遠~く~ゥちぃ~らあちら明かりが揺れるぅ~ぅう~うううう~」と、三門博の一節(ひとふし)、有名な「唄入り観音経」でも唸りたいような、なんだかそういう気持ちになった。いつもならこれで、秋葉原から日比谷線に乗ってまっすぐ帰る。だが今日はなんとなく、JRのほうの改札を再び入り、浅草橋まで乗ってみた。浅草橋の駅は隅田川のすぐそばにあるのを思い出したからだ。

IMG_4184 川べりまで出てみると、繁華な両国の国技館のあたりがチラッと見え、川向うには東京スカイツリーがそびえている。面白そうだなあ、と思ってそっちのほうへ歩いていく。屋形船や観光船が隅田川を上り下りしていて、大きなものの何艘かは接岸して(もや)われている。

 あんなに降っていたのに、嘘のようにケロリと晴れている。

 少し川上へ上って橋を渡り、国技館のあたりへ出てみた。ちゃんこ屋や相撲茶屋が並んでいて、なかなかそれらしい雰囲気だ。向うの方に大きな山門で「回向院」とある。

IMG_4189 山門の脇に立札があり、「旧蔵前国技館より前の、旧々両国国技館は回向院の境内にあり、1万3千人を収容できる壮大なドーム型の建物だったが、戦前戦後にかけて紆余曲折を()、戦後は取り壊された」という意味のことが書かれている。それとともに、「このすぐ後ろの、マンションの中庭に円形の枠取りがあるが、それが旧々国技館の土俵跡だ」みたいなことが書かれてあった。

 珍しいからそこへ行って写真を撮った。IMG_4187

 なるほど、舗装のデザインが少しずらされており、金属製の枠取りが丸くかたどってある。たしかに、相撲の土俵くらいの大きさだ。

 こういうものを、こういう形で保存した関係者の心を思う。昔を惜しみ、だが、新しい時代へ進んだ、という、そこのところだ。それが大事だ。

 写真の、土俵の丸い形がわかるだろうか。今は自転車置き場になってはいるが、丸く土俵をかたどってあるのだ。

IMG_4192 再び川べりへ出ると、さっき観光船が(もや)われてあったところに行き当たった。これは「水上バス」の乗り場だ。

 これはだいぶ前に聞いたことがあって、一度乗ってみたいものだと思っていたのだ。たしか、幕張とかお台場のあたりまで行く筈だ。

IMG_4203 チケットカウンターは乗り場のそばにあり、そこで聞くと、さきほど昼の便は出たばかりで、次の便は14時10分だという。お台場までいく便で、片道でもいいし、往復でこの乗り場に帰ってくることもできるという。片道なら1,130円、往復なら2,160千円だそうな。

IMG_4210 面白そうだから、近くのコンビニでポケット瓶を一本買い、往復チケットで両国まで戻ってくることにして、乗ってみた。

IMG_4214 船は空いていて、音声案内を適宜流しながら、まずゆっくりと浅草まで隅田川を上る。それから今度は引き返して下る。

 浅草に向かう間、それから引き返す間、例の「浅草ウンコ」やスカイツリーもよく見えて、楽しい。IMG_4205

 隅田川には沢山の橋がかかっているが、それらは江戸時代から同じ場所にかかっている橋もあり、逐次アナウンスしながら下っていく。

 「佃煮」で有名な佃島のあたり、佃大橋をくぐると、「佃煮と言うのは大阪の佃村から江戸へやってきた上方の人々の保存食で、もとは関西由来、今のように甘じょっぱく煮絡めるのではなく、塩茹でが元の姿であった」というようなアナウンスが流れてきて、おうおう、それそれ、ソレよ、と楽しい。

IMG_4248 松尾芭蕉ゆかりの地に建つ芭蕉記念館や、築地の卸売市場、勝鬨橋や浜離宮を通り、レインボーブリッジの下を通り抜ける。

 浜離宮の松林から下手を見ると、東京タワーがすっくと屹立している。スカイツリーの威容ももちろん堂々たる最新鋭だが、今となっては古色もゆかしくもの寂びてさえ見える東京タワーが、かえって確固たるものにも見えてこようではないか。IMG_4284

IMG_4264 お台場のフジテレビの社屋は、観光客、特に白人観光客には大ウケで、みな船の屋上へ飛び出して、「自撮り棒」を取り出しては写真撮影に余念なく、中にはこのクソ暑いのにニッチョリと抱き合ってディープキスをヌチョヌチョとぶちかましている連中もおり、まあ、しょうがないか、と。
 
IMG_4310 そうやってなにやら楽しく帰ってきたら、楽しいのもそのはずで、安バーボンのポケット瓶は、2時間ほどもあったものだから、すっかり空になってしまっているのだった。

 帰りは錦糸町あたりへ回ってもよかったが、通勤定期がもったいないので、両国からおとなしく秋葉原へ引き返す。

IMG_4315 バーボン・ウィスキーがほどよくまわって、ゲラゲラ笑い転げたいような気分で新越谷の駅を降りたら、忘れていた、今日は「南越谷阿波踊り」の初日で、大変な人出だ。私の住む越谷市は、地元名士の建設会社の社長が徳島出身とて、阿波踊りの普及に力を入れており、阿波踊りが非常に盛んなのである。

 帰宅してちょうど日暮れ時、まあ、眠さもあったが、ダラダラと脱力した、楽しい一日だった。

 

変人狂人の(みやこ)

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 東京都みたいな伏魔殿の知事に立候補しようとするなんざ、それだけで豪傑・変人・馬鹿野郎・阿呆・変態・英雄・紙一重・自殺攻撃・マック赤坂・ドクター中松・カス・出歯亀・ヒョットコ・AV女優・同じく男優・成金・特攻隊……というほどのものなのであろう。まあ、大阪も似たようなものか。

 苦労を買ってするようなものだ。13兆円と言う小国の国家予算規模のカネを振り回すことができると言ったって、私金じゃないんだから、重荷以外の何物でもない。……まあ、舛添の禿(ハゲ)はその中から数百万ばかり(ツマ)むという実に可愛いことをしでかしてしまって蹴り出されたのだが……。アホもいいところだ。

 だから、男アイドルの桜井何某の親父が自民党から打診され、地位的にはまさに相応しい高級官僚であるにもかかわらずこれを固辞した、というのは、誠に謹厳実直な見識というものだと思う。ああいう真面目一徹の人に務まるところではないのだ。

 それでなくてさえ、賄賂商人、強盗、猥褻犯、おとこ女、スパイ、堀江貴文、やくざ、空き巣、詐欺師、政治家、痴漢、弁護士、強姦魔、孫正義、連続殺人鬼、おんな男、地方公務員、愚聯隊、三国人など、常軌を逸した連中が日々夜々跳梁跋扈するのが東京と言う所なのである。こんなところの知事など、常人では勤まるまい。

 あ、俺は東京都民じゃありませんので、まったくの無関係でござるよ、ほっほっほ。