コスタリカは非武装中立だと言うが、トリックはある。
すなわち、常備軍はないものの、コスタリカの憲法 “コスタリカの軍事に思う” の続きを読む
オッサンは生きている。
テーマ詠:平和
本日11月27日は「ノーベル賞制定記念日」。
科学者ノーベルが「自らの発明したダイナマイトで得た富を人類に貢献した人に与えたい」という遺言を書いた日だそうです。
ノーベル平和賞にちなみ、心、人類、虫、獣、地球…様々な平和に思いを馳せましょう。では、let’s #jtbt !!— 碧西里 (@hekiseiri5) November 27, 2021
「夏雲システム」で関谷氏が運営しておられる「じたばた句会」で、碧西里さんが令和3年(2021)11月27日(土)に出題されたテーマなのですが、私は当日残念ながら参加できず、翌日Twitter上で別に詠んだものです。
依然、コロナウイルスは
日本人お断りだとか中国人入国禁止だとか、そんなことを言っていても、結局は
事ここに至って、つくづく、人間と言うのは差別を餌に生きる、愚かな存在だと思う。なんとなら、
「人が人に病気をうつす」のだ。「
それでも人々は、何国ではとか、
人間の
「行政が」とか「政府が」とか「アベが」とか「野党が」とか、そんな言い分も結局同じことだ。
私は、差別を好み、誰であれ他人を見下し、責任を
なあに、自分が感染したら、そして、あるいは死ぬようなことがあれば、そうしたら
商人が偉いとされ、これが牛耳る世の中は、カルロス・ゴーンのような尊大な卑怯者の金持ち商人を見ていると、もう嫌になった。堀江何某なんてのも、大きさはだいぶ下がるが、そんなようなものである。
だからと言って、往古のように、軍人や武士が牛耳る世の中ほど窮屈なものもない。
坊主、神主、教父や神父に類いする僧侶その他、宗教家が操る世の中なんて、もっと嫌だ。
王とか皇帝もダメだ。大統領なんてのも、選挙で皇帝を選んでいるようなもので、アメリカの大統領を見ていると、これもダメだということがよくわかる。
漢とか明の時代の中国みたいな、官僚専制国家体制も、真っ平御免である。
技術者や科学者が牛耳る世の中もダメだ。技術者なんてものはほとんどがキチガイで、核兵器を作ってこの世に地獄を現出させるような罪人集団だ。
人間はもっと真っ白で、何の利害もなく、平穏・平静で変化なく、怒りも憎しみもなく、柔和な中間色の、無音無熱の、光らずかつ闇にあらず、境界のない、中立無味の、平坦かつ真円のような存在になれないものなのだろうか。
昼下がり、武蔵野線に出没したという盗撮魔に関するFF外ツイートを見て、盗撮魔を憎むあまり、胸糞が悪くなったところである。
標記には「性犯罪の撲滅」と書いた。これは
これらのほとんどが脳と精神の異常による疾病と見てよい。
以前、平成28年の相模原事件の折、狂人の人権を損なうことなく、安全かつ人道的に無害化できないか、と書いたことがある。しかし、その記事にも書いたように、様々な事情から、それは無理というものである。
薬物治療も人格を損なうことが大きく、益少なく害多し、というのが実際のところだ。
思うに、近代の医学は微生物の害を克服することによって長足の進歩を遂げた。のみならず、最新の現代医学は遺伝子に操作を加えることによって、生物としての人間本態に由来する癌や脳卒中などの疾病をも克服しようとしている。
ならば、遺伝子操作によって、脳の個癖に起因する性衝動や加害衝動をコントロールし、犯罪人を鎮静化することはできないものか。
往古は、平和な村で暴れ者として嫌われていた者が、外敵の襲来などの有事において目覚ましく戦って村を救い英雄となった、というようなことが世界中であったろう。また、悪疫によって死に絶えようとしている村において、たまたま生き残り、かつ性欲に満ち満ちた精力絶倫の男女が乱交し、子孫を復活させたということも、あるいはあったかもしれない。また、中世から近代にかけて、支配欲に取りつかれた者が旧来の因習をひっくり返し、社会のシステムをより合理的に変革した、ということも、それはあったかもしれない。
今さら教科書に載っているような歴史を
だが、世界人口70億を越えようとする現代において、暴力や性や支配欲や、そんな動物的衝動はもはや無用である。
女子高生のパンツの写真を撮って喜ぶ如き者のみならず、レイプ魔、盗癖、殺人狂、詐欺師その他、犯罪的性向を遺伝子から取り除き、人間を平和で静謐で神のように真っ白な、平等で平準な永久の存在にすることはできないものか。
結論は出ている。恐らく、それは不可能なのであろう。
不可能である以上は、この憎むべき人間というもの、これを愛し、共存していくより他はないのだろう。憎むべきを愛する、それは逆に、愛すべきものを憎むということと同義でもある。
昨日図書館から借りだした「太平記」の釈本を読み終わる。
この「太平記」釈本の前書きに、
『太平記』を初めて読んだ人は、書名と中身との食い違いに驚くことでしょう。「太平」という言葉から、平和を楽しむ人々の姿は想像できても、戦乱を連想することはまずないからです。
……とある。
思うに、現代の我々も、「軍事」を「安全保障」と言い換え、「軍事研究」を「平和研究」と言い換える。造兵を防衛生産と、歩兵を普通科と、少尉を3尉と、すべて言い換えている。
さて、次の本に移る。同じく昨日借り出した「鼠たちの戦争」上・下巻。映画「スターリングラード」の原作で、実在の狙撃手、ワシーリー・ザイツェフを主人公にした翻訳ものだ。
「佐藤プロ~、ちょっと」と呼びかけられたので、「いや、プロだなんてそんな、よしてくださいよ」と謙遜したら、「何勘違いしてるの、プロレタリアートでしょ」と真顔で言われ、腹が立つという想像をした。
……想像かい。
「サイバー攻撃露が関与」という新聞の見出しを遠くから
昔から言われていることで、言い古されてもはや口にもしたくなく、文章に綴りたくもない飽き飽きした言い分だが。
戦争への忌避感による軍事用語の言い換え、つまり、「軍事」を「安全保障」、「戦争研究」を「平和研究」、「戦闘」を「防衛」、「歩兵」を「普通科」……挙げていけばもうエンエンとキリがないが、これは猥褻である。
猥褻。読んで字のごとく、ワイセツだ。
つまり、「モザイクのかかったエロビデオ」を見ている感じがするのである。クッキリと写り込んだ違法ノーカットエロビデオよりも、余計にいろいろと妄想していやらしい。実際のところ、あんまりにもアケスケにクッキリ写ったのは、ちょっとした不潔感もあって多少こっちも
軍事用語の言い換えも同じことだ。
「戦争」を「平和」と言い換えてモザイク隠しにするものだから、もう、よけいにあんな戦争やこんな軍事……、とあれこれ考えが巡ってしまい、平和だの安全だの言えば言う程かえって危険で、漂うバイオレンスの香りがオトコノコを
ほんと、韓国人ってのも、トホホだよなあ。取り巻き連中が有力者の足を引っ張るわけだ。
まったく、チャンとしろよ、と。早く秩序を取り戻してくれないと、北朝鮮に向き合う国がなくなっちまうんだよ。韓国70万の陸上兵力は、朝鮮半島の鎮め石として、今後永久に持続してくれないと困る。しかも韓国は、本気を出せば動員令一下150万もの大兵力に膨れ上がる強烈な軍事国家なのだ。あの狭小な国土にそんな高密度の兵力を持て余す韓国軍部が国内情勢を
そういう点で、日本の右翼も、単に日韓合意不履行だけを
亡くなってこんなに経つのに、まだまだ話題性があるんだな、とむしろ不思議に思う。
丁度世間で憲法問題も色々と取沙汰されている折柄だ。そのことを含みつつこのテープの一部を聴くと、三島が憲法について言っていることはストレートで、純というか、
三島由紀夫の忌日「憂国忌」は11月25日である。彼が市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乱入し、割腹自殺を遂げたのは昭和45年(1970)だ。今は防衛省の本庁舎となった市ヶ谷に、旧東部方面総監部庁舎の一部――それは実は旧大本営であり、極東軍事裁判所法廷でもある――が保存されており、そこには三島が斬り付けた刀傷が今も残る。
三島由紀夫の膨大な作品群は、あと3年ほどで著作権が切れ、ネットなどで読めるようになるだろう。
……う~ん……。
まあ、通勤電車で年甲斐もなくゲームに熱中している中年のおっさん・おばはんが持ってるのって、10年ほど前は間違いなく「NINTENDO DS」だったんだが、今は爺・婆がスマホで
通勤電車の乗車行列の前の方にゲームに熱中している爺婆がいると、熱中のあまり動き出しが遅く、混雑しているときなど本当に迷惑だったり、ポケモンなんちゃらなんて自動車運転中の使用で死人まで続出しており、その点大人や爺婆のゲームにはいろいろと難癖の付け所が多いが、まあ、それはスマホだろうが任天堂だろうが同じではある。
沖縄県知事は「法治国家ではない」と吐き捨てたそうだが、いや、それなら辺野古の判決を踏みにじるアンタでしょうが。いやほんと、まさに今はやりのネットスラング、「
だいぶ前からだが、この「平和」「安全」という言葉は、すっかり「危険な言葉」になってしまった。とても良い言葉なのに……。
これは、政府やマスコミが、この良い言葉を「軍事」「戦争」などの言葉の置き換えに使うようになったからだ。
最初のうちはよかったが、最近では直接意味が通るようになってしまったため、例えば、元々は「平和・安全」という言葉を聞くと、左のようなほのぼの画像がイメージできていた。
ところが、最近はもう、「平和ッ!」「安全ッ!」ってメディアに出てくると、こういう画像が脳裏に浮かんでしまうのである。
これのどこが平和で安全なのだ。
こういう風になってしまうと、今度は本当の意味で「平和」「安全」ということを言いたいときに、これらの言葉を使ったとたん、相手が「戦争ですかッ!」「軍事ですかっ!」と、違うイメージを持ってしまうから、実に具合が悪い。
もう、こういう、猥褻な言い換えをやめたほうがよいと思う。「国際協力法制」とかはまだいいけど、たとえ露悪的だろうと、ちゃんと「軍事法制」とか、正直に言った方がいいと思うね。
「
これで「
この読み方、産経のコラムで見た。
この中に、夏目漱石の文になる「明治天皇
過去四十五年間に発展せる最も光輝ある我が帝国の歴史と終始して忘るべからざる
大行天皇去月三十日を以て崩ぜらる
天皇御在位の頃学問を重んじ給ひ明治三十二年以降我が帝国大学の卒業式毎に行幸の事あり日露戦役の折は特に時の文部大臣を召して軍国多事の際と
雖 も教育の事は忽 にすべからず其局に当る者克 く励精せよとの勅諚 を賜はる御重患後臣民の祈願其効なく遂に崩御の告示に会ふ我等臣民の一部分として籍を学界に置くもの顧みて
天皇の徳を
懐 ひ天皇の恩を
憶 ひ謹んで哀衷を巻首に展 ぶ
……とあり、そこではじめて知った。「せ」と送って「
また、「たちまち」の意味からは非常に小さい数の事も表すのだという。即ち、「1)」を表すのだそうな。
この漢字の少数単位で私たちが知っているのは、普通は
……ぐらいまでだが、その下には更に
……というのがある。「
いよいよその次にこの「」のことを言う。これは「