レーウェンフック伝

投稿日:

 私はオランダの誇る科学者、レーウェンフックをとても尊敬している。

 微生物の発見者として名高いレーウェンフックの名は、正しくは「アントニー・ファン・レーウェンフック Antonie van Leeuwenhoek」という。今から400年近く前にオランダのデルフトで生まれた。ちなみに、同じ年、同じデルフトの街に、「真珠の耳飾の少女」で有名な画家のヨハネス・フェルメールが生まれている。

 レーウェンフックが生まれた1632年は日本でいうと江戸幕府がはじまったばかり、三代徳川家光の頃である。ヨーロッパでは清教徒がアメリカ大陸へ逃げ出しつつあった頃であろうか。

 また、レーウェンフックが生まれたオランダは、この頃鎖国をはじめた日本と、ヨーロッパでは唯一付き合いのあった国ということも覚えておかねばならない。

 オランダも世界の国々と同じく、都市に住む者が人と成るには、多くが「丁稚奉公」をしたものであった。レーウェンフックも16歳の頃、アムステルダムの布屋の丁稚になった。

 この丁稚奉公が彼の大学であった。

 釣りが足りない布の質がどうだ、値段が高い負けろ、あるいは商売と関係のない雑談、怒鳴りつける主人、意地悪な先輩の手代や同僚後輩、仲買人、オッサン、オバハン、当時目覚ましく躍進中のオランダ、その首都アムステルダムの、そういうやかましい誰彼を相手に彼もその時代の人と同じく苦労と修行をした。

 21歳の頃、何があったのかは今となってはわからないが、日本でいう「のれん分け」というようなことでもあったろうか、彼はアムステルダムの布屋をやめ、デルフトに戻って自分の店を持った。結婚し、子供ももうけた。当時のことだから、死別も含め、バツイチ、バツ2、くらいのことにもなったらしい。

 なにしろ後年世界的有名人になったとはいえ、この頃のレーウェンフックはまだ、ただの丁稚上がりの布屋に過ぎなかったから、記録はあまりないようだ。どうも布屋も畳んだらしく、市民会館の門番の親父(おやじ)になったという。

 ただ、洋の東西を問わず、後世の人間にとってありがたいことには、なぜかこの頃彼は「レンズ」にとりつかれてしまったのだ。

 この頃の「レンズ」というのは、どうやら特別なものであったようだ。今でいうと「IT機器」とか「ネットワーク」のように、なにやら知れぬ未知の世界への魅力を開くものであったのだ。惑星の表面、はるか宇宙の珍しい恒星、翻って生物、昆虫、こういう大から小にいたるあらゆるものをつまびらかにするレンズは、当時もっとも斬新で、魅力に富んだ、興奮を振起するものであった。

 要するにマニア、である。もっと言えば、「オタク」、かもしれない。いい年こいて、女房子供もいるのに、部屋にこもってはレンズばかり磨いている変なオッサン。彼の女房子供が、「ウチのお父さん、どうしちゃったんだろ……?」と、不安な面差しでそっと覗いているのが目に浮かぶようではないか。

 彼は質のよいガラスを炎で溶かしては、手指に火傷や火ぶくれをこしらえて「あちちち!」などと悲鳴を上げつつ、せっせとレンズを磨き、しかも一つでは飽き足らず、来る日も来る日も、これではダメだ、もっと見えるのを、とばかり、憑かれたようにレンズを磨いた。

 当時のレンズは、ガラス塊を砥石で削り、次第に目を細かくして、最後には布に磨き粉をつけて磨き、さらに磨きに磨くことを繰り返して作ったものだという。手技で磨き抜いて作ったのである。

 近所の細工師や鍛冶屋のもとへも通ったのであろう、磨き抜いたレンズを真鍮の枠にはめ込む技術も身につけ、精巧なネジや、調節機構を作る技も会得した。

 レンズを小さくすればするほど屈折率が強くなり、見(づら)くなる反面、微小なものを信じられないほど大きく見ることができるのを体得した彼は、またしても、これでは駄目だ、もっと小さく、もっと小さく……と、小さく小さくレンズを磨き減らしていった。そして、それをごく上等の枠金にはめ込んだ。

 ついにそのレンズは、直径わずか2ミリほどの、ガラスビーズのような、極端な曲面と精妙な細かさを持ったものとなった。

 単なるトンボ玉とか、ガラスビーズではない。レンズとして機能しなければならない。その曲面が、手技によってどれほどの精密度を持っていたか、想像するにあまりある。

 本業は布屋で、また門番である彼だ。つまりアマチュアだ。だが、当時既に世の中にあった「顕微鏡」を僭称(せんしょう)して(はばか)らぬものが、複数のレンズを組み合わせてなお40~50倍の倍率を得るのがせいぜいであったのに、レーウェンフックが磨き抜いた極小レンズは、(のぞ)くのに特別のコツは要したものの、なんと200倍を超える倍率を達成していた。単一のレンズだけで、である。他を遥かに圧倒し去っていた。

 彼は世界中で自分だけが手にすることのできた、自分だけのレンズで、おもしろおかしくあちらこちらを覗きまわった。昆虫の手足、調味料、酒、フケ、鼻くそ、歯くそ、花粉、池の水、雨水、ウンコ、腐った食い物……あらゆるもの、なんでもである。

 しまいにはセンズリをこいて、自分の精液まで見た。

 その結果は、推して知るべし、彼の名を永久に科学史にとどめることとなった。

 ただ、彼は、自分では学者であるなどとはまったく思っていない、単に世界で自分だけが手にすることのできた最高峰のレンズであちこちを覗きまわることを楽しみにしているアマチュアに過ぎなかったから、自分がどれほどのことを達成したのかもよくはわかっていなかったらしい。

 そんな自由な、自分だけが達成しえた高みにほほえましく満足しているレーウェンフックであったが、これほどの至高の業績は、やはり彼の信じるキリスト教の神が放っておかなかったものであろうか。

 どうも、デルフトの街には大変な人物が、自分ではそれと知らずに在野のままに埋もれているらしい。……そういう声望が先であったか、それとも、彼がみずから言上げをするのが先であったか。……それには諸説があるようだ。

 私が参照している底本では、レーウェンフックは微生物を発見したあまりの驚きのために、これは当時の学問の聖地、本場英国の学会へなんとしても報告せねばならぬ、と自ら手紙を書いた、ということになっている。当時オランダは発展中の国であるとは言っても、学問の本場はやはりイギリスである。かのニュートンもいる、イギリス王立協会こそ学問の中心なのだ。

 オランダ語の日常文章で、時候の挨拶からはじまって結びまで、長々とその手紙はしたためられてあったという。

 現代と強引な比較をしてみよう。現代、学術論文を英語で書かぬような学究は誰にも相手にされない。同じように、レーウェンフックが生きていた当時は、学術と言うものは「ラテン語」で書き表さねば、それは学問としての値打ちを認められなかった。今の英語のようなものだ。

 それを、天真爛漫、正直なアマチュアのレーウェンフックは、オランダ語の手紙で本場英国、王立協会に報告したのであった。

 だが、純朴なレーウェンフックは、嘘は決して書かなかった。そのゆえに、英国王立学会の人々はその手紙を認めたばかりか、貴重なものとして累積・整理し、後には「レーウェンフック全集」としてまとめ、またデルフトの彼のもとへ学者を派遣すらしている。

 彼は細菌の発見者、また精子の発見者として後年名を残したが、そのすべては彼が唯一知っている母国の言葉、オランダ語で長々と述べられていた。

 レーウェンフックは誠実の人であったから、観察には憶測をしなかった。見たまま、実験したままを重んじた。それは、若い頃の丁稚奉公で鍛え上げられた頑迷さでもあった。

 知らず身に着けた実証主義的な観察手法のゆえに、ついには王立協会員として貴顕の地位を得た。飽くことなく自慢の顕微鏡であちこちを覗いては、きわめて精密な報告をオランダ語の手紙で学会に上げ続けた。

 同い年の画家のフェルメールの遺産管財人をつとめたことが公的な記録に残っているという。その経緯までははっきりわからないらしいが、同じ街に生まれた同い年の、また当時から有名な二人であったから、なんらかのつながりはあったものと言われている。フェルメールが描いた有名な作品、「天文学者」「地理学者」の二つは、レーウェンフックがモデルなのではないか、と言われているのはこのようなことに由来するらしい。

 余談、フェルメールの「天文学者」は、絵の中でガウンのような「キモノ」を着ていることが見て取れる。これは、当時のオランダの大流行だったそうである。ヨーロッパで唯一日本と国交を持つオランダでは、「謎の国・日本」の珍品として着物がもてはやされたらしい。金持ちとスノッブな知識人は競って「キモノ」を着用に及んだそうで、この絵にもそれが描かれているのだ。独自に最先端の学問に到達しえたレーウェンフックも、もしかすると、そんな珍品を身に着けたものかも知れない。

 ともあれ、……。

 レーウェンフックは長命し、91歳まで生きた。死ぬまでその旺盛な「オタク的アマチュア精神」は衰えることがなく、また、まやかしの学問への批判精神は極めて軒昂かつ頑固で、ライデン大学の学究たちをやっつけること、痛快そのものであったそうである。

来世と意識の高い層

投稿日:

 善行の正しいありかたが奈辺にあるか、できるだけゲスっぽく考える。

 日本人のトラッドな宗教観からすると、古来の自然信仰道に神道と仏教がほどよく入り混じった考え方になる。しかもなお、日本人の場合、仏教にも大乗と小乗がほどよく入り混じり、善行の発露のしかたに影響している。なおかつ近代はキリスト教の裁きの日を恐れる気持ちなどまで流入して、一種独特の考え方になっていると言える。

 善行による結果の取得先が自か他かで多少議論はあるだろうが、シンプルに書けば「よりよい来世を得るため、他に善行を施し、自に徳を積む」ということでだいたい合っているだろう。

 よりよい来世が得られるかどうかというのは、一種の確率である。六道輪廻転生などと言えば、確率×確率×確率……、つまり確率の6乗ということで、一種の確率過程で屁理屈をこねて遊べるかもしれない。善行のマルコフ過程、などと専門用語をちりばめると、私もいかにも頭が良い人に見え、実力以上の尊敬が得られることは疑いない。

 話を戻す。まず、最初の「来世なるものが存在するか否か」というのが確率で言えるのであるが、これは言い出すとハナから話にならぬから、とりあえずアッチへうっちゃる。

 次に、「よい来世」というのが何かということの定義である。指標を持ち出して言える定義はなかなかないので、不本意ながらゼニカネで言ってみる。ここがまあ下司な話で、「金持ちに生まれ変わる」というのを仮に「良い来世」とするわけだ。

 では、「金持ちとはなんですか」という、金持ちの定義ということになる。

 こんなものは相対的なもので、100万持ってるから金持ちとか1億持ってるから金持ちとかいう絶対量では言う事はできない。所詮、「人より金を持っている」という比較論でしかない。ちなみに仏教用語ではこうした相対論を「戯論」といい、逆に絶対論でいう事を「金剛論」という。宗教家が金持ちをさげすんで見せるのはそういうところにも原因がある。ま、多くの宗教家はお金が大好きですけどね。

 また脱線した。

 ここで、いわゆる「意識の高い層」の考え方を借りようではないか。世界の人口は今、ざっと72億人と言われている。彼らによるとそのうち1%が世界の富を独占する富裕な人々であるという。昔の共産主義者めいた憎悪を込めると、「悪しき連中」だ(笑)。なんにせよ、彼らゼニカネ独占貴族を除けた、それ以外の99%、71億人は貧乏人と言ってしまおう。アナタもワタシもドイツもフランスも、いや違った、ドイツもコイツも貧乏人、である。

 カネとか富裕とか貧困とかいうこと「だけ」でいえば、よりよい来世が得られる確率は、その1%にもぐり込める確率である。つまり、0.01である、ということになる。

 これを期待値ということで考えると、自分が善行に使えるリソースにこの確率を乗ずれば、使ってもよい量が出る。

 具体的にしてみよう。今、誰かのために喜捨をする、それに使ってもよい捨てガネが100万円ある、そして、期待するのが自分の来世だとする。そうすると、

100万円 × 0.01 = 1万円

 まあ、1万円ほど喜捨をしておくのがせいぜいのいいところ、だ。

 多分であるが、捨ててもよいカネが100万円もある、という人などあまりいない。例えば私あたりの凡百の貧乏人は、募金箱に入れているのは5円だの1円だの、そういうあさましい額でしかない。独身の頃、5万円ほど寄付したことがあったが、これはもう、一世一代の多額であった。

 逆にいうと、募金箱に喜捨する額を0.01で割れば、その人がその人自身の「金持ちに生まれ変わる来世」のために捨ててよいと考えている額が推定できるということになる。

5円 ÷ 0.01 = 500円

 我ながら、まったくしみったれている。情けなくなるほどだ。

 某富豪は、自分の来世のためと言うわけではなかろうが、大震災の時には100億と言う途方もない金員を寄付した。しかし彼のことだ、そこには単純な浪花節やら人類愛、郷土愛なんかではなく、期待値や確率に基づく冷厳な計算がなかったとは言えぬ、いや、なかったとは言えないどころではない、ひょっとするとそればかりだったかも知れない。

 どういう確率を寄付できる総額に乗じたのか、恐れ入ってしまうのはここである。

 私ごとき、500円ほどの額を動かすことで金持ちに生まれ変わりたいなぞ、虫が良すぎると怒鳴りつけられるだろう。

 してみれば、金持ちとしての来世を確率(イコール「運」(笑))で願う者のめでたさには一警をとなえざるを得ない。

 これには逆がある。

 「今と変わらぬ暮らし、凡百の貧乏人」に生まれ変わる率が0.99なら、期待値で考えれば、さっきの500円のうち、495円まではつぎ込んでよいのである。

 つまり、はやく言えば生まれ変わって金持ちになることに現世のリソースをかけるなどムダなのだ。今と変わらぬ不易のほうへ費やす方がよっぽど賢い。

 なんにせよ、金持ちになりたいなどと、下司な来世など願わぬのが賢にして明というべきであろう。

セルバンテスの苦労控

投稿日:

 先日、スペインの修道院の床下で遺骨が発見されたと伝わるセルバンテス。抱腹絶倒の傑作「ドン・キホーテ」の作者で、400年前の人だ。

 晩成型の作家で、その不運や苦労に満ちた人生を私は尊敬している。

 彼の来歴を見てみると、後世これほど有名な作家であるにもかかわらず、とてものことに順調な作家人生を送った人物とは言い難い。

 貧乏人の家庭に生まれたセルバンテスは、無学の人とはいうものの、幼少から読み書きを身に付けていた。少年時代は道端に落ちている紙くずであろうと文字が書いてあればそれを拾って読んだといい、その頃から晩年の文才の片鱗が見えていた。

 だがしかし、彼も時代の子であり、文筆の道へは進まなかった。兵隊になり、戦いの日々に身を投ずる。時あたかも無敵スペインの絶頂期である。かの「レパントの海戦」でもセルバンテスは戦った。

 レパントの海戦は、コンスタンチノープル陥落以来200年もの間、オスマン帝国率いる回教徒に苦杯を舐めさせられ続けていたキリスト教圏の初めての大勝利であった。

 勝ち戦の中にいたにもかかわらず、セルバンテスは撃たれて隻腕(かたうで)になってしまう。胸に2発、腕に1発、火縄銃の弾を受けたというから、瀕死の重傷である。からくも命を拾った彼は、後に至ってもキリスト教徒としてこの名誉の負傷を誇りにした。そのとき、連合艦隊司令長官から、勇気ある兵士として激賞する感状を与えられたが、これが後年あだとなる。

 隻腕となってからも数年戦い続けたが、帰国の途中で回教徒に捕まってしまう。当時の捕虜は、身代金と交換されるのが常であったが、持っていた感状のせいで大物とみなされ、大金獲得の切り札として交渉の後の方に回されてしまったのだ。結局、5年もの間捕虜として苦難の日々を送る。仲間を糾合して4度も脱獄を企てたが、ことごとく失敗。その都度辛い仕打ちがあったろうことは容易に想像できる。

 ようやく身請けされて帰国した彼を待っていたのは、祖国の冷遇であった。感状を持つ英雄であるはずなのに、与えられた役職は無敵艦隊の食料徴発係である。無骨な来歴で、しかも傷痍軍人であるセルバンテスに、貧しい人々から軍用食料を要領よく徴発するような仕事など向くはずがない。帳尻が合わず、しょっちゅう上司に呼び出されては怒られる日々。それではというので豊かな教会から食料を徴発したところ、キリスト教徒に(あら)ざる不届(ふとどき)者とされてしまい、キリスト教から破門されている。しかも2度もだ。キリスト教のために回教徒と戦い、隻腕となった誇りある軍人である彼がどれほどそれで傷ついたことだろうか。

 ところが、しばらくするうち、スペイン無敵艦隊は、「アルマダの海戦」でイギリス海軍に撃破され、なんと消滅してしまう。すなわちセルバンテスの勤務先が消滅してしまったということで、彼は路頭に放り出され、無職になってしまったのである。

 セルバンテスは仕方なしに仕事を探し、今度は徴税吏になった。

 セルバンテスの不運の最底辺はこのあたりだろう。彼は税金を取り立てて回り、それを国に納める前、安全を期して一時銀行に預けた。ところがその銀行が、破綻してしまったのである。無論取り立てた大事な税金は消滅。セルバンテスはその債務をすべて個人的に負うことになってしまったのだ。勿論払えるはずもなく、当時の法では「破産者は刑務所送り」である。

 放り込まれた刑務所の中で、彼は失意と不遇の中にあって、なんでこんな目に俺が…、と泣けもせずに泣きつつ、「ドン・キホーテ」の物語を構想した。

 セルバンテスという人がぶっ飛んでいるな、と私が思うのは、こんな不運のどん底にあって構想した物語が「ギャグ漫画」のようなものであることだ。400年も前に書かれた「ドン・キホーテ」は、現代の私たちが読んでも思わず爆笑せずにはおられないドタバタの連続であり、徳川家康がようやく天下統一を成し遂げた時代の小説とはとても思えないほどの傑作だ。赤貧洗うが如し、隻腕の傷痍軍人で、しかも50歳を過ぎて疲れ切った男が、不運により放り込まれた刑務所の中であの物語を考えたのだ。

 刑務所出所後、数年かかって物語を完成させた時、セルバンテスは既に58歳になっていた。400年前の寿命を考慮すると、これは現代の70歳にも80歳にもあたるだろう。

 なんとか文学的な名は得たものの、ところがまだ苦労は続く。「ドン・キホーテ」は発売直後から空前の大ヒットになり、英訳・仏訳もすぐに出るという異例の出世作となったが、そんなに急激な大ヒットになると思っていなかったので、版権を売り渡してしまっていたのだ。ために、貧乏にはまったく変化がなかった。

 しかも、煩わしい悩みが続く。セルバンテスはこの頃、妻、老姉、老姉の不義の娘、妹、自分の不義の娘、という奇怪極まる5人の女達と暮らしていた。せっかく作家としてなんとか名を得、執筆に集中しようにも、この女どものためにそうはいかなかったのだ。彼女らは、男を騙して婚約しては難癖をつけ婚約不履行にし、それを盾に慰謝料をせびるというようなことを繰り返して儲けているという、ふしだらで喧騒(けんそう)な女どもであった。そのため、セルバンテスは静謐な執筆環境など到底得ることができず、ぎゃあぎゃあうるさい5人の女たちに毎日邪魔され、訴訟に巻き込まれて煩瑣な思いをし、休まることがなかった。

 セルバンテスが死んだのはこの10年後、69歳だった。当時の記録にも、三位一体会の修道院に埋葬された、と記されてあるそうだ。日本で言えば、合葬の無縁仏にでも当たろうか。それが、このほど遺骨が見つかったとされるマドリードの修道院である。

回教とダイエット

投稿日:

 「ダイエットなんつう贅沢なことで悩むような人は、いっそ相互理解のため回教徒の断食のマネでもしたらどうか」などと暴言というか、雑想を書きつけてから、追っとり刀で回教徒の断食のことをWikipediaで読んでみた。

 回教の断食月とは彼ら独特の陰暦の9月のことを言い、この月に1ヶ月間行われる断食のことを「サウム」という。

 まさかに、1ヶ月も断食を継続するわけではない。日の出ている間飲食をしないという戒律であって、逆に日中の戒律を守るためには、日没後は大いに飲み食いすることが推奨されるのだという。このため、断食の時にはかえって食料品の消費が上がり、肥満する者が増えるのだそうである。

 肥満する者が増える、と言うのは、それはそうだろうなあ、という気がする。つまり、相撲取りが稽古のあとでチャンコを食って昼寝をし、それによって成長ホルモンの分泌を促してあの巨体を手に入れるのと似た理屈だ。喰い溜め・寝溜めは成長期には身長を伸ばすが、成長期以外は「横幅を伸ばす」のである。

 そうすると、回教徒のマネをしてダイエットしようなどというのは、まったくの逆効果であるばかりか、幾分、回教徒に対して失礼というか、不謹慎な気もしてきた。

 まあ、異教に対して失礼だということを言うなら、その昔のキリストの誕生に思いを致す気なんかさらにないくせに、クリスマスツリーなど飾ってプレゼント交換するくらいならまだしも、若者はクリスマスと言うと彼女とホテルに籠って性交三昧に励むことだとでも勘違いしている、なんてことのほうが、よっぽどキリスト教徒に対して失礼なのではあるが……。日本を取り巻くキリスト教圏白人国家は、よくこんなキリスト教をバカにしているとしか思えない日本人を許しておくものだと思う。

 回教の見解では、「回教徒が断食によって受けられるご利益は、異教徒が仮に断食しても、ない」のだそうで、するだけ無駄とのことである。

 この断食の起こりは、次のようなものであるそうな。

 その昔、回教が呱々の声を上げたばかりで、マホメットも教団の隆昌のために粉骨砕身努力していた頃、武勇を尊ぶ彼らは強盗をやって暮らしていた。おいおい(笑)という感じもするが、誤解のないように言っておけば、強盗をしていたからといって、時代とその地域、またかの地の文化ということを幅広く考え合わせれば、必ずしも責められることではないのである。

 で、メッカから富裕な隊商がやって来るという情報に接した彼らは、教団全勢力を挙げてこれに襲いかかったのであるが、食うや食わず、腹が減っていることもあって、また、思いもかけず敵の予備兵にしてやられ、全滅寸前のところでアラー神の加護あらたか、回教の消滅を免れたものだそうな。こうした苦難の教団揺籃期を忘れぬため、いまでも断食をして、その頃に思いを致すことになっているのだ。

 他に、面白いことが書かれていた。回教圏では今も陰暦を使うが、かつてのアジア圏のように「閏月」を置かないので、どんどん暦がずれていき、1月2月といった月の名前は、季節を表してはいないそうだ。このずれは約33年間で一巡し、もとの季節に戻るそうである。断食月の9月が浮動するわけで、だから、断食は夏であったり冬であったり、季節は一定しないのだそうである。

やられたらやりかえすのはバカか覚悟か

投稿日:

 テレビドラマにかぶれて「10倍返し」だなんだと言っていた人たちが同じ口で「テロへの報復は憎しみの連鎖をよぶだけだからやめるべき」なんて言っているのを、人間ってものはいろいろ揺れるもんだなと感じながら傍観している。

 ただ、成算のない仕返しは単なるうっぷん晴らしにすら届かず、返り討ちになるだけだ、ということは言えると思う。それはドラマの中の銀行員の「10倍返し」だって同じことだ。

 仕返ししても負けるから、さしあたりガマンしておこう、というのは大人の選択ではある。子供の頃、ひねこびた性格だった私は、よくそういう選択をした。

 子供だって、負けないためには覚悟をする。仕返しの連鎖の終局に勝ち残るには、相手を刺し殺して少年鑑別所に入る、という覚悟が要り、それには家族や兄弟を路頭に放り出しても頓着しない覚悟が要る。私の父は刑務所の職員であったから、家から縄付きを出せば退職するならわしも昔はあったのである。

 人に手を出す奴というのは、そういうコッチの事情を見越した卑怯なところがあるものだった。一方の、「終わりには結局負けてしまう、つまり相手を殺すことはできず、散々損をして負けることになるから、それだったらとりあえず早いうちに負けとこ」という、そういう選択をする私のような子供は、誠にかわいげがなく、老成している。

 子供の争いと国家間の戦争や紛争では訳が違うが、覚悟のあるなしという点では似たところはある。その意味では日本は老成している。

 逆に、相手を屈服させるためならどんな犯罪人にでもなる、そういう中学生のような覚悟をしている国の代表格はアメリカだろう。やっこさんたちの核兵器や化学兵器、生物兵器の保有量、9.11で殺されたアメリカ人の人数と、その報復でアメリカ人が殺した中東の人々の人数を調べれば、「はて、イラクの大量破壊兵器の保有を責め立てたのは、どこの誰だったかしら」と、常人なら頭が混乱するはずだ。非人道の極北へまっしぐら、彼らが信奉するキリスト教の教義にすら背いてでもそうする、無辜の市民の10万人や20万人、核兵器で焼き殺してでも屈服させる、そのためなら人類の文明なんか破却してもかまわん、こっちの勝手を押し通すためならどんな汚名をこうむろうと無視する、そういう覚悟だろう。いや、逆に何も考えていない単なるバカ、とするともっと簡単ではあるが……。

 強いバカ国の国民というのは、なんと能天気なことだろう、という写真がある。何年か前の写真だが、一方で戦争しながら、国民はこういう暮らしだ。

  •  http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51809534.html
  •  地方のスーパーに買い物に来ている人々を撮影したものだそうだが、とても一方の手で人殺し、報復戦争をしている人々とは思えない。

     ともあれ、冷厳・冷徹な合理主義でものを決めつつ、かつ、好みや気分にも忠実、というバランスがうらやましく妬ましい。

     個人もそうありたいものだが、やっぱり、私などはリアリズムに欠ける。きっと、多くの日本人も、冷厳なリアリズムは苦手なのではないだろうか。

     災害時の医療現場でトリアージにあって残念ながら死んだ人の家族が裁判を起こして医療関係者を訴える、そういう情が日本人である。玉砕して無線機なんかないアッツ島に、打つ意味のない鎮魂の無線電信をそれでも打つ、そういう悲しい、非合理の選択をしてしまうウェットな愛、やっぱりそれが日本人である。

     日本人はマキャベリばりのリアリズムなんて嫌いなのだろう。アメリカ人のバカ写真を見ては、関連も根拠もなくそう思う。

    極端から極端へ走る

    投稿日:

     極端から極端へ走る思想は危険だ。ナチス・ドイツや、共産主義各国の粛清の嵐、文化大革命、カンボジアのキリング・フィールド、ルワンダ、現在のイスラムの連中、またアメリカ人も、どいつもこいつも極端なのである。

     「正義」や「平等」などの、いいようでいて悪いもの、ウィルスのように人をむしばむ毒がこれらを先導する。

     欧米白人の大好きな「革命」は、言葉はかっこいいが、その中身をつぶさに観察すれば、血みどろのホラー映画やスプラッタームービーも真っ青のエログロ滅茶苦茶、狂気と妄想の現実化である。その当事者たちは皆、「これが夢か、映画かなにかであってくれたら」と願いながら死んでしまったであろうし、また現在も死につづけている。

     そこには、「統一」「シンプル」と言った、耳への感触はよいけれど人間性に逆行する憎むべき何かが含まれている。

     こんなコミュニケーションがあった。ある人が、

    「もう、和暦がピンと来ない。『平成ウン年』と言われても、計算しないとパッと出ない。もう、西暦で統一したらどうか」

     ……と書いた。得たりや応とばかり、私がふざけて混ぜっ返す。

    「そんな、みなさんね、西暦なんてものは宗教上の聖人の生誕日を元にした宗教上の数値ですよ。今、喫緊の人命がかかっているのだって、元はといえばそれが原因ですよ。だから、いっそ、西暦も和暦も全部やめて、UNIX時間などの技術上の数値か、天文学上の、何か、キリのいい、例えば惑星が並んだとか、そこを0年0月0時0分0秒と定義するとか、そういうものに変えたらどうですか」

     多少ウケ狙いでした発言だから、もちろん真面目にこんなことは言っていない。このような極端なことは、恐れるべきことだからだ。

     この妄想を拡張してみようではないか。

    「ことは暦年だけのことではない。通貨だって、なんで為替なんか気にしなくちゃならんのだ。もう、ユーロも元も円もドルも、全部廃止して、全部ドルに統一したらどうか」

    「いや、それをやるとまた戦争になってしまう。いっそ、ビットコインとかに世界で一斉移行したらシンプルだ」

    「世の中に男や女がいるから、男女格差などの問題が生じるのだ。もう、生物学の研究を推し進めて、遺伝子から男や女を取り去り、単為生殖可能な『中性』にでもしたらどうか」

    「イスラム教やキリスト教や仏教があるから殺し合いになる。もう、いっそのこと、全部混和して、なに教とかいうのはやめて、単純に『教』ひとつだけにしたらどうか」

    「言語がよくないよ、言語が。『英語で統一』は一見合理的だが、これはまた諍いのもとになる。そこで、情報技術を高度に推し進めてだな、プログラミングに使う『中間コード』のような『中間言語』に各言語を落とし込み、伝送路上はこの中間言語を流すのだ。コミュニケーションはそれを使うとか」

    「もうね、多様性がよくない。人間は多数の細胞からなっているが、これが多様性を生んでしまう諸悪の根源である。細胞を全部バラバラにして混合し、個人の人格など全部一体化させて、そう、70億総員、『黴菌』にでも進化したらどうなのだ!」

     ……ダメだな。私は人よりお金を稼いでほくそえんだり、逆に損をして悔しがったり、恋をしたり、いろいろな肉や野菜などのうまいものを食って喜んだり、色々な国へ旅行して、その違いに感心したり、英語ができなくて悩んだりしたい。円高のときにアメリカ旅行をしてニヤニヤしたいし、逆の時には面白いアメリカ製品を買って喜びたい。神社仏閣に詣でる一方でキリスト教の寺院を訪れて感嘆したい。黴菌に進化するのは究極の合理性だが、黴菌になんかなるのはいやだ。人として悩み苦しみたい。死にたくはないが、もし死ぬべき時がきたら、その死の意義など問うまい、ギャーっ、痛いよう、たすけてー!と叫びながら苦痛のうちに死ぬだろう、だが、そうしたい。非合理だがそうしたい。西暦と和暦を計算して「ちっ。ああ、七面倒臭い!」と愚痴を言いたい。

     それが、薄汚れていて、あまり綺麗ではないにもせよ、人間の織りなす壮大な曼荼羅、ペルシャ絨毯の模様のような、楽しい生活というものなのだ。

    人と神

    投稿日:

     キリスト教では人はどこまでも人であって、神にぬかづきかしずく弱い存在でしかないが、仏教の菩薩とは、仏たらんとして努力精進中の「人」のことであって、人が仏たらんとすることは仏教ではなんら不自然なことではなく、かつ可能なことである。

    年号の表記がわかりにくい

    投稿日:

     先ほどニュースを読んでいたら、
      ↓
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090929-00000080-mai-bus_all

     ・・・文脈中に

    「HVを持たないマツダはガソリンエンジンの燃費性能を追求。「清」をベースにした小型車を10年代前半までに発売する方針だ。」

    などと、平気で書いてある。どうも最近こういう記事が増えてきた。ナニがおかしいかって?「10年代」ですよ、10年代。約10年前の平成10年からの10年間のことかと思った。先だってなどは、別の何かの記事で「9年度」とあって、一瞬とまどった。

     もちろん、「ああ、『10年代』と言うのは、おそらく2010年代のことであろう。無論、『9年度』というのは2009年の年度であろう。」と想像はつく。この程度ならまあ、寛容しよう。だが、簡単に想像がつかない記事もたまにある。以前など、昭和30年代の話と、太平洋戦争前の世界恐慌の話がゴッチャ混ぜに書かれた新聞のコラムを読んで、反吐が出そうになった。西暦の30年代と昭和30年代が、なんの断りもなく記事中に混在するのである。

     日本は元号を用いる国だ。新聞やマスコミも、基本は元号で年号を記すべきだ。

     「2010年」に「西暦」を冠せよとまでは言わない。だが、2バイト文字で「10」なんて書くなら、「2010」だって嵩は同じはず。だいたい、4月始まりのいわゆる「会計年度」なるものは、元号を使用するべきではないか?

     結婚式を教会でやるなとか、そんな偏屈なことを言うのではない。西暦は宗教色が強いなどと言えば「そんなことを言うなら、元号だって国家神道の総本家、皇室・皇統がよりどころでしょ」と反駁されることもよくわかっている。いや、でも、キリスト教なんてものは侵略宗教なんですがね。おっと、脱線しちゃいかん。

     ややこしいでしょうと言いたいのだ。

     西暦で書きたいときは、よりわかりやすくするため、4桁で書くべきである。百歩譲って、和暦で書くときは必ず元号を接頭する、としてもよいが、もしそうするなら、西暦で書くときは必ず「西暦」と接頭しなければならない。

    原子爆弾の投下は

    投稿日:

     白人がいかなる修辞をもって詭弁を弄しようと、原爆の投下は戦争犯罪であり、それを命じた合衆国大統領は戦争犯罪人であり、爆撃機の操縦者その他も同じく戦争犯罪人である。

     米国は独裁国家ではなく、民主国家であった。米国内の合法的かつ民主的手段によって原爆の製造と投下を命じた卑しむべき大統領は選ばれた。専制君主が民衆の意図とかかわりなく恣意によって原爆を製造して投下したのとはちがう。それはアメリカ一般民衆の総意であった。と、いうことは、アメリカの市民一人一人は、同時にすべて文明の敵であり、戦争犯罪人である。

     日本の神社が彼らによって卑しまれる限り、キリスト教とアメリカ人はおなじく卑しまれ、蔑まれる。

     「いわゆる『9.11』テロは、歴史に新時代を記す壮挙であって、WTCに突っ込んだイスラム戦士は顕彰されるべき英雄だ、9.11によって数百万のアメリカ人が結局は救われた」などと言われて喜ぶ米国人がいるなら話は別だが。

     Even if white men make any kind of excuse, it is war crimes to have dropped an A-bomb on Japan.
     President of United States of America which ordered by an atomic bombing is a war criminal.
     The pilots of the bomber are war criminals, too.

     The United States of America was not an autocracy. It was more always than World War II a democracy.
     The President of United States of America was chosen in election. The President was chosen by the legal, democratic means of the United States of America. And the President ordered by an atomic bombing.
     An absolute monarch did not ignore the intention of the people. The President did not let you produce atom bombs forcibly. The President did not drop an atom bomb on Japan by force.

     In other words an American citizen did the holocaust with the atom bomb.
     In other words it is an enemy of the civilization, and all the American citizens are war criminals.

     If a Japanese Shinto shrine is looked down upon by them, Christianity and the American are looked down upon in the same way.

     "9.11 terrors are historic splendid attack. The mujahedin who entered into the World Trade Center is a splendid hero. Millions of Americans did not die by 9.11 terrorism. "

     My opinion withdraws it if there is an American pleased to hear such words.

    キリスト教徒は獰猛で残酷、

    投稿日:

     キリスト教徒は獰猛で残酷、暴力的で、他人を虐げること以外考えていない。

     世界のほぼ全ての残忍は、キリスト教徒がもたらしてきた。世界戦争を起こし、虐殺行為をはたらいたのはキリスト教徒だし、核兵器を生み出して無辜をあまた殺傷したのはキリスト教徒である。さかのぼれば奴隷をかりあつめて恐怖の鞭で支配したのはキリスト教徒であり、わけのわからない妄想に駆られて女性を逮捕しては魔女だなどときめつけて何十万人も惨殺したのもキリスト教徒である。その虐殺ぶりも正視にはとてもたえぬものだ。

     キリスト教というのは、妄想と狂気と殺人と強姦以外、なにもしない宗教なのではないか?