悪い冗談だろ

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 いつもの習慣でGoogleニュースを開いたら、ありがたがれと言わぬばかりにローマ法王猊下の平和のための御高説記事がトップに出て、そのすぐ下に、バグダディを殺した軍用犬の顕彰記事が出ている。

 犬に人を襲わせるような外道と、嘘臭いローマ法王の説教。

 皆さん、これがね、白人の正体ですわ。平和だクソだと言う口先の一方で、お前を愛していると言いながら両手で人間の首を絞める、それがヨーロッパとアメリカの人々ですよ。

 ああ、嫌だ嫌だ。

未来と言うよりも現代は素晴らしい

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 ツイッターのタイムラインで、こんなビデオが流れてきた。

 本当に、私は驚くべき時代に生きている。

 私は以前から、翻訳・通訳に携わる人たちが知的な職業であることに疑いをいれる余地はないかのようになんとなく考えてきた。

 しかし、最近なかなか精度の良いポケット翻訳機などが発売され、テレビで明石家さんまが宣伝しているのを見るにつけ、なにやら風向きが変わってきたな、と感じるようになってきていた。

 そのぼんやりとした感じが、前掲のビデオを見て鮮明になり始めた。

 遠からず、翻訳者・通訳者までもが機械的な作業に携わっているだけであるとされ、いずれAIに駆逐されてしまうという幻影が垣間見えるのだ。語学に通暁した者は、もはやAIに学習させるための教師や、翻訳ロジックを記述する仕事でもするより他はなくなるかも知れない。

 そして数十年を経ると、AIは語学に関して「Bootstrap(ブートストラップ)」し、自らによって自らを立ち上げ、遂に人手を要しなくなるだろう。AIそれ自身によってロジックも高度に仕上がっていく。

 キリスト教徒の所説によれば、その昔、バベルの塔を積み上げて自ら神たらんとした人間たちは神の怒りに触れ、人々の言葉は相通ずることなきようバラバラにされたという。塔の建設はそのため中断し、言葉の通じなくなった人たちは世界中に分かれてしまい、話すことができなくなったのだ。旧約聖書には「(この)(ゆゑ)(その)()はバベル(淆亂(みだれ))と呼ばる」とある。つまり、人ぞ知る「バベルの塔」の名は、塔の建設が中断した後で名づけられた格好だ。

 全地(ぜんち)(ひとつ)言語(ことば)(ひとつ)(おん)のみなりき

 (こゝ)人衆(ひとびと)東に移りてシナルの地に平野を得て其處(そこ)居住(すめ)

 彼等(かれら)(たがひ)(いひ)けるは去來(いざ)甎石(かはら)を作り(これ)()(やか)んと遂に石の(かはり)甎石(かはら)()灰沙(しっくひ)(かはり)石漆(ちゃん)を獲たり

 又(いひ)けるは去來(いざ)(まち)と塔とを建て(その)塔の(いただき)を天にいたらしめん(かく)して我等(われら)名を(あげ)全地(ぜんち)表面(おもて)に散ることを(まぬか)れんと

 ヱホバ降臨(くだ)りて(かの)人衆(ひとびと)(たつ)(まち)と塔とを()たまへり

 ヱホバ(いひ)たまひけるは()(たみ)(ひとつ)にして(みな)(ひとつ)言語(ことば)(もち)ふ今(すで)(これ)()し始めたり(され)(すべ)(その)(なさ)んと圖維(はか)る事は禁止(とど)め得られざるべし

 去來(いざ)我等(われら)(くだ)彼處(かしこ)にて彼等(かれら)言語(ことば)(みだ)(たがひ)言語(ことば)を通ずることを得ざらしめんと

 ヱホバ(つひ)彼等(かれら)彼處(かしこ)より全地(ぜんち)の表面に(ちら)したまひければ彼等(まち)(たつ)ることを(やめ)たり

 (この)(ゆゑ)(その)名はバベル(淆亂(みだれ))と呼ばる()はヱホバ彼處(かしこ)に全地の言語(ことば)(みだ)したまひしに(より)てなり彼處(かしこ)よりヱホバ彼等(かれら)を全地の(おもて)(ちら)したまへり

 いかにもキリスト教らしいおとぎ話ではあるが、これを奉ずる白人たちはAIやクラウドにより再び一つの言葉を手に入れようとしている。彼ら白人は彼ら自ら信ずるところを否定して前に進む。キリスト教徒にとってキリスト教は、もはや雰囲気を愛でるための詩以下でしかない。

ロッキー

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 先週いつだったか、タイムラインかウォール上に「実は『ロッキー』という映画は逆差別の映画だ」というリンクを見かけた。なるほど、そりゃ確かに……と思ったものの、よく考えてみたら私は「ロッキー」を見たことがないということに気付いた。

 Amazonプライムで見られることがわかったので、見てみた。

 見ているうちに差別がどうとかはもうどうでもよくなり、貧しい主人公たちの純愛に思わず涙ぐんでしまった。脚本はスタローン自身が書いているわけだが、よくこれだけのものを作る才能があったなあ、と思う。否、努力と言うべきか。

条約と再販制度

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 こんなことを書いたのだが……

 ……意外に、「不平等条約と卸問屋―問屋―小売、そんなもん、何が関係あるんだ?」と問われるような気もするから、そこを記しておきたい。

  •  黒船以前の日本の「商」
    •  日本の昔の身分制度は「士・農・工・商」
    •  つまり、商人は下層というより、政府(幕府)からは税収源としては無視されていた状態。(米本位制経済なので、最重要なのは農民からの年貢。)
    •  長崎、堺などの直轄領で商人の自治が許されていたのは、身分の低さゆえの「政府からの無視」が一要因であった。
    •  ヨーロッパ等では貿易や侵略から富を得るために商人はなくてなはらない存在で、政府から重要視され、大商人は貴族に肩をならべていた。つまり、日本とは真逆。
    •  この「無視」のせいで、日本の商人たちは幕府から過剰な干渉をうけることがなかった。そのため、逆に商業制度をのびのびと発展させることができた。
    •  日本の商人は江戸時代にはすでに銀行制度や通信制度を独自に発達させ、全国統一相場なども持ち、先物市場すらあった。度量衡や家屋の寸法まで、関西関東のちがいはあるにもせよ、全国規格化されていた。同じ時期のヨーロッパには、まだそんなものはないか、幼稚なものしかなかった。銀行制度だけは、イギリスのものがまさる。
    •  同じ時期のヨーロッパをはるかに凌ぐ高度な商業の仕組みを持つに至った江戸時代の商人たちであったが、悲しいかな、鎖国であったために、商品は完全に国内飽和状態であり、売り手が低姿勢になる「買い手市場」が長く続いた。これは、現在の日本の商業のサービスの良さにもつながっている。数百年にわたる鎖国が日本のサービスのクオリティを高からしめた。
    •  商品が飽和状態であったため、同じ一つのものにできるだけ多くの人がぶら下がってその利益を享受する仕組みが発達した。大問屋、卸問屋、問屋、仲卸、卸、小売…といったヒエラルキーが頑強につくられた。そのヒエラルキーのどこかにいる限りは、ものを売って食っていける。
  •  不平等条約以来
    •  黒船―開国、というのは輝かしいグローバリズムでも何でもなく、欧米白人による収奪の開始であった。
    •  関税自主権がなく、教科書に出てくる通商条約では「5%付帯条項」が厳しく約束され、5%を超える関税はつけることができなくなった。
    •  条約後、日本の貿易収支は壊滅的な赤字となった。
    •  明治維新後、明治時代を通じてこの不平等条約の撤廃について交渉が重ねられたが、米英仏蘭露独のいかなる国も日本など相手にもしなかった。その頃の5%付帯条項撤廃の条件を見ると、「キリスト教の宣教師に無条件に門戸を開く」などというのはまだしも、「すべての白人に無条件に土地の売買と相続を認めよ」「日本の裁判所の裁判官の半分以上は白人にすること」などといったキチガイのような条件がつけられており、到底飲めるものではなかった。
    •  放置すると、ほとんど無関税で流入する欧米の製品のみで国内が塗りつぶされてしまう。
    •  そこで、政府は江戸時代を通じて培われてきた、巨大な商業ヒエラルキーに目をつけた。
    •  輸入業者、超大商社、大商社、中間業者、…それやこれやを紆余曲折して欧米の商品が渡り歩く間に、またたく間に値段が上がり、その利益は国民であるところの商業ヒエラルキーの中を潤わせる。かつ、そんな高価なものに、最終消費者は「舶来は高いねえ」と見向きもしない。
    •  しかも、政府が関税をかけているのとは違う。政府が作り上げたのとは違う、江戸時代に商人がまことに民主的、自主的につくりあげた商業ヒエラルキーに乗せるだけで自然に値段が上がっているのだから、欧米列国はこれに文句をつけることができなかった。
    •  日露戦争を経て、大正時代に不平等条約が撤廃されるまで、この密やかな抵抗と工夫は功を奏し、国内市場と産業を十分に育成することができた。条約撤廃時、十分な競争力が日本には培われていた。戦前、日本製の自転車が世界市場を席巻し、イギリス製の自転車を市場から駆逐し去ってしまったのだが、これは最近の自動車市場の状況に似ている。自転車の貿易摩擦はイギリスの怨恨となって沈潜し、太平洋戦争の遠因ともなった。
  •  時間をポンと飛ばして、現代
  •  今でも、アメリカ人はことあるごとに「日本の商業習慣は古臭く、中世的で、効率的でない。もっと開かれたビジネスをすべきだ。」と言っている。

じゃかましいわ!!(笑)

 さて、ここまで見てきてから、ネットでの商品流通を見てみる。

 ネットでの流通は、中間段階の利益取得を最小限にするから、売り手はたくさん儲かるし、買い手は安く買える。つまりこの逆である。そのかわり、ひとつのものにぶら下がって食っていける人は少なくなる。就職氷河期などというが、こうしたことも無関係ではあるまい。

(この記事は、当時Facebookに書いたものである。)

ボロ靴と不平等条約

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 日常をできるだけ質実剛健にするよう心がけている。身の回りのものや食べるものなどに関して、「あてがいのもの」に文句を言わないことを子供の頃から身につけてきたので、そこのところにはあまり苦労はない。

 むしろ、妻に「お父さん、晩御飯なにがいい?」とか、「シャツの色これでいいかしらん」と聞かれると、逆に困ってしまうのだ。若い頃はつっけんどんに「そんなもん、何色でもエエ」みたいな答え方をしてしまっていたが、今は「そうさなァ、黒のほうが歳相応じゃないかな」くらいの好みは言うようにしているので、無駄に妻をふくれさせることは昔に比べて少なくなった。

 靴なども一度買うと、破れて指が出てしまうほど履きつぶしてしまう。前革と底が漫画の浮浪者みたいにパックリと口をあけたのを履いたまま靴屋に飛びこんで新しい靴を買い、店員さんが顔をしかめるのにもかまわず古いほうをグイと渡して、「コレ、捨てといてください」なぞと、そんな靴の替え方も一再ならずやった。めったにないこととは言うものの、 あんな、たださえ異臭を漂わせる乞食じみたブツを始末させられるのだから、うら若い靴屋の店員さんもたまったものではなかったろう。

 今、数年前にそんな買い方をしたホーキンスの「トラベラー」という靴を毎日履いているのだが、これがなんとも良い買い物であった。6千円ほどのお安いところだったのだが、薄手なのに本皮、縫製もしっかりしており、内側外側、今に至るもほつれも破れもない。こういう製品はめったにないものだ。

 さすがに、踵や底はやわらかく作られているので激しくすり減り、踵は斜め45度にくっきりと削れあがり、前の方は「スリックタイヤ」(笑)の如き様相を呈してきた。丁度梅雨どきだ。雨に濡れた駅のタイルでツルツルすべるのには閉口もする。大方4年は履いたのだから、モトはとれている。他の部分はなんともなくても、さすがに買い換えようかなという気持ちに傾いてもくるのである。

 しかし靴屋に行くべく腰を上げるのが億劫で、なんとはなしに躊躇していた。ネットでぼんやり同じ靴を検索してみると、こんなこと一つとっても「ショウウィンドウ化」の実例はさながら手に取るがごとし、である。すなわち、ABCマートのページでは8千円ほどで直接販売している。しかも、店頭と違って品番で欲しいものが探せる。しかも安いと来ている。

 外へ買い物に出かけたところで、店頭でサイズと形を合わせて、品番メモって、店を出てタブレットかスマホでポチれば、手ぶらで帰れるし翌日には家に届く、というわけである。しかも条件によっては送料も無料、値段は店より安いのだ。

 小売業というのはたいへんなものだ。これではネット方面のチャンネルにうまく手を出しておかないと商売あがったりである。こんな消費者の行動に振り回されなきゃならんのだからたまったものではないだろう。こうして、デジタルに飲まれて後手後手で小売業界も再編されてしまう。

 これを、もろ手を挙げて賛成ばかりしておれないのは、私のような商業や流通のことに詳しくない者にも知れきったことだ。

 日本は、江戸・明治の不平等条約時代このかた、一つのものを何度も何度も再販する多層流通の仕組みの保持により、関税をかけずに国内市場を保護し育成することに成功した。これは言うなれば政治・外交の離れ業(はなれわざ)であった。この社会に根付いた習慣を上手く運用し、現在の大経済立国を可能ならしめたのである。

 まあ、その代わり、私などが子供の頃は、モノは大変高かった。大人になってからしばらくしてもモノは高く、この前捨てたソニーの14インチのテレビだって、20万以上したもので、薄給の私はボーナスをはたいてそれを買い、とても嬉しく、大切に使ったものだ。今20万払ったら、どんなでかいテレビが買えることか。

 そんなことからよくよく考えると、あてがいのものに対して文句をあまり言わないという私の従順な消費性質は、古い再販流通の仕組みなどがもたらしていた高度成長期のゆるやかなインフレによって作られたのかもしれないぞと思い当たる。

 TPPなんていうのはまたしても経済の黒船みたいなものなのだろうが、明治のひとびとが古い再販流通組織を密やかに運用して不平等条約から日本の経済を防御したように、だれか賢い人が上手にTPPの不利を避けてくれればいいんですがねえ。

(この記事は、当時Facebookに書いたものである。)

年号の表記がわかりにくい

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 先ほどニュースを読んでいたら、
  ↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090929-00000080-mai-bus_all

 ・・・文脈中に

「HVを持たないマツダはガソリンエンジンの燃費性能を追求。「清」をベースにした小型車を10年代前半までに発売する方針だ。」

などと、平気で書いてある。どうも最近こういう記事が増えてきた。ナニがおかしいかって?「10年代」ですよ、10年代。約10年前の平成10年からの10年間のことかと思った。先だってなどは、別の何かの記事で「9年度」とあって、一瞬とまどった。

 もちろん、「ああ、『10年代』と言うのは、おそらく2010年代のことであろう。無論、『9年度』というのは2009年の年度であろう。」と想像はつく。この程度ならまあ、寛容しよう。だが、簡単に想像がつかない記事もたまにある。以前など、昭和30年代の話と、太平洋戦争前の世界恐慌の話がゴッチャ混ぜに書かれた新聞のコラムを読んで、反吐が出そうになった。西暦の30年代と昭和30年代が、なんの断りもなく記事中に混在するのである。

 日本は元号を用いる国だ。新聞やマスコミも、基本は元号で年号を記すべきだ。

 「2010年」に「西暦」を冠せよとまでは言わない。だが、2バイト文字で「10」なんて書くなら、「2010」だって嵩は同じはず。だいたい、4月始まりのいわゆる「会計年度」なるものは、元号を使用するべきではないか?

 結婚式を教会でやるなとか、そんな偏屈なことを言うのではない。西暦は宗教色が強いなどと言えば「そんなことを言うなら、元号だって国家神道の総本家、皇室・皇統がよりどころでしょ」と反駁されることもよくわかっている。いや、でも、キリスト教なんてものは侵略宗教なんですがね。おっと、脱線しちゃいかん。

 ややこしいでしょうと言いたいのだ。

 西暦で書きたいときは、よりわかりやすくするため、4桁で書くべきである。百歩譲って、和暦で書くときは必ず元号を接頭する、としてもよいが、もしそうするなら、西暦で書くときは必ず「西暦」と接頭しなければならない。