時事芬々(ふんぷん)

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仕事で新型コロナウイルス感染症に(かか)ると労災になるのか!?

 明らかに仕事で罹ったなら、労災になるようだ。「明らかに仕事」というと、つまり、お医者さんとか看護師さんとかタクシーの運転手とか?

 公務員等の公務災害認定も多分これに準ずることとなろう。

「エッセンシャル・ワーカー」なんぞという上から見下ろした調子の気取った言い方に腹を立てる

 つまり、じゃあ何かい、アンタやアンタやアンタの仕事はなくったって構わない仕事、必要不可欠でない仕事、早く言えば不要な仕事だってことかい、え?

 不要な仕事でゼニカネ貰ってて、他方で一生懸命額に汗水たらして働いている人のことを「エッセンシャル・ワーカー」なんぞと言ってスティグマ化していやがって、腹立つなあ。

胡散臭いな

 特定の個人を寄ってたかって叩く状況が生起している。

 あらゆる事実やすべての真実、事情のなにもかもが一般のニュースウォッチャーに明らかになっているわけではない以上、こんなふうに特定の個人を追い詰めるのはよくない。新聞・テレビもこの件に関する報道はやめるべきだ。

 当事者に多少の反省すべき点があったとしても、新聞やテレビや、ましてやTwitterユーザなぞ、法を執行する機関では断じてない。しかるに、これではまるで私刑(リンチ)である。私刑を行う権利は日本では何者にも与えられていない。

 当事者も反省していることと思う。情をもって寛容してやってはどうか。

正月だろうと盆だろうとそんなの個人の自由にしてはどうか

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 「働き方改革」へのアイデアを思い付いた。

 正月や盆に一斉に休むのは、非合理である。

 先祖の霊への礼拝や、人生の節目をそれに認めるといった意義は宗教的なものであり、人によって基準は違う。盆や法事に意味を認めなくとも、恋人と初めてセックスをした記念日としてクリスマスを大仰(おおぎょう)かつ下品に祝う者だって、この多様性を飲み込もうとしている世相においては認められなければならぬ。

 ならば、盆に休みたければ勝手に休めばよいし、クリスマスにラブホテルにシケこみたければそうすればよいし、イースターか過越(すぎこし)か、はたまた萬鬼節(ハロウィーン)かなんか知らんが、そうしたければ勝手にそうすればよい。旧正月でも正月でも、各人が祝いたいように祝えばよい。

 そのようにしないと、さまざまな習慣や信仰を持っている何十億と言う数多(あまた)の人間に対応していくことはできない。

 仏教徒以外は盆の時期にノンベンダラリと休んでなどいず、一意徹底、勤労することにしてはどうか。盆など、これは宗教的意義のもの以外の何物でもないからだ。

 宗教をもって休むのが差別で、こんなのはダメだとかなんとか言うなら、働く者の休暇を1年中に分散して社会的影響を低減すべきである。

 休みたいときに勝手に休み、盆だろうと正月だろうと、はたまたゴールデンウィークだろうとシルバーウィークだろうと、萬鬼節(ハロウィーン)でも節分でも逾越(イースター)でも、適当に旅行でも何でもして遊ぶなり、仏壇や墓石に額づいて号泣するなり、好きなようにすればよい。

 それで会社に睨まれたとか馘首(クビ)になったとか、そんなの各人の自由であり勝手である。休んで上司に睨まれ、退職に追い込まれるというのなら、それも自由というものだ。

 そのように考えてきてみると、土曜・日曜というのも不自然である。人工的で、人間の自由を縛ろうとするものだ。何も人間のリズムが7日に強制される必要などない。10日でも30日でも働きたいバカもいれば、毎日休みっぱなしでないと身が持たないという者だっている。

 1年365日には、無論冬や夏があり、それには人間がどうしたって調整することのできないリズムがある。会社の事務所だけが人間の働き場所ではなく、農業や土木の職業には春夏秋冬は変更できない規律である。だから、そういう仕事は、そういう仕事で独自にリズムを刻むがよろしい。

時事無明(むみょう)

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〽 馬鹿は死ななきゃ治らない

 〽 馬鹿は死ななきゃ治らない~

……というのは、浪花節の一世一代、廣澤虎造(ひろさわとらぞう)の名調子であるが、それにしてもしかし、私の故郷である大阪というところはまったく、橋下(ハシゲ)だの籠池(森友)だの、変な人物が続々と出現アソバサレルところだけあって、阿呆(アホ)馬鹿(バカ)競売(けいばい)市場のようなことになっている。

 その大阪府堺市のパチ屋というのは、「P.E.KING OF KINGS 大和川店」なのだそうな。Twitterでは「大勢の客」なんていうキーワードがトレンド入りする始末である。

 上ページには他に、「HALULU」(堺市北区金岡町192-1)、「ザ・チャンスα」(堺市美原区黒山611-1)、「ベガス1700枚方店」(枚方市招提大谷2-25-1)等の店名が挙げられている。大阪府堺市生まれの私としては、堺市だの、大和川だの、金岡だの、美原だの、ずいぶん懐かしい地名の数々であるが、それはさておき。

 新型コロナウイルスが病気なら、まあ、パチ屋通いも病気のうち、競馬も煙草も、ひいてはポン中、アル中もそんなもののうち、……だと私などは思う。

 私?……ええ、私も25~26歳の頃までは、パチ屋に入り浸ってましたナ。私や私の友達、同期生などはパチ屋のことを「北朝鮮国立銀行」なんぞと呼んでいて、そのあたりで言うと、私も随分、この銀行には貯金をし、そして引き出せぬまま、今に至るもそのまま貯金しっぱなしである。

 私は幸い、死なずに、そんな引き出せない銀行への一方的貯金などというわけのわからない行動をするような馬鹿が治った。しかし、普通は死ぬまで、馬鹿は治らない。私のような例は稀有なことと言ってよい。馬鹿と言って語弊があるなら、病気と言いなおそう。

 パチ屋でウイルス貰った奴がそれをよそでバラ撒くというのは迷惑極まるが、この愚かさこそが生身そのままの人間というものではある。人間の哀しむべき、そして愛すべき実態が、これなのだ。そんな実際のありのままの姿のために、あなたも、私も、死に、生きる。

 つまり人は、イヤらしいセックスによって生まれる、ということと、これは同じことであるように、私には感じられる。

う~ん、でも

 冷徹で鋭い指摘と見た。

 だがしかし、東京の死亡率を語るには、東京の人口は住民ばかりでないことによくよく注意しなくちゃいけないんじゃないのかな……。

 私などもそうだが、埼玉・神奈川・千葉なんどから、朝早くからわんさかと東京へ勤めに出、夜遅くこれまたワンサカと帰っていくというのが東京の実情で、しかも途中にはコロナ感染必至の難関にして名物、圧縮混雑三密痴漢続出迷惑地獄の世界的に悪名高い通勤電車がある。だから、東京への通勤圏全般で丸めないと、どうも精密ではない気がする。

 と言って、私は東京へどれだけの人が都外から通勤しているか、東京の日中の人口がどれだけか、とか、何も知りませんけどね。何となく上のように思うだけだ。手間暇かけて調べる気も、あまり、ない。専門家の分析と研究を待ちたい。

ワクチン、できるかな……?

 ワクチンの作成は相当難しいようである。

 「新型コロナウイルスには、エイズウイルスに似た性情が見受けられる」というような言説も見かける。つまり、ワクチンの適応がどんどんずれていくというのだが、どうもこれはデマのように思われる。

 いずれにせよ、研究者をどんどん盛り立て、特効薬やワクチンの作製に励んでもらわなければならない。

時事哀挙

投稿日:
岡江久美子氏死去

 俳優の岡江久美子氏が時も時、新型コロナウイルスで亡くなったという。

 私などが子供の頃から、NHKの「連想ゲーム」の回答者として活躍していたことが印象に残る。当時、紅組に岡江久美子氏、白組に大和田獏氏が出ていたことも懐かしい。後に大和田氏と岡江氏は結婚したのであった。

 祈冥福(めいふくをいのる)

覚悟を決めて生き、死なねばならぬ

 私も未練を残すまい。

 私はいまや、各種保険に十分に加入しておいてよかったと思うし、およそ40年もの間ただのひと月も欠かさず年金を払い続けてきて本当に良かったと思う。もし仮に新型コロナウイルスに感染して来週死んだとしても、今後遺族が十分に食っていけるだけのお金は残るし、遺族年金も出る。

 過密・密集・密接・密室・密談・密着・内密・秘密、……などと、3密どころか蜂蜜(ハチミツ)ならぬ8密(ハチミツ)、否、八十(やそ)密と言っても過言でない東京などという馬鹿げた(うんこ)のような街へ何十年と通勤し続けていて、それでもし心ならずも新型コロナウイルスに感染して死んだとして、これは命運と言うほか、なにものでもなかろう。

 願わくば、私の死後、家族と親戚一同が、いつまでもグズグズ悩んだり悲しんだりせず、早々に私のことなど忘れ去り、「嫌な奴が死んで本当によかった」とでも言って、清々(せいせい)、晴れ晴れとしてくれればよいのだが。

時事爺々

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金チャン色々出てるぞ

 たしか、冬頃以前からチラホラ重病説が出ていたように思うが、ついに大手メディアが書き立てだしたなあ。

 韓国のHUMINTはなかなか強力だと言われている。その韓国が異変を否定しているわけだから、実は大したことはないのかも知れない。しかし、火のないところに煙は立たぬという。こんなことを韓国を上回る情報網を持つ米国のメディアが書くのだから、何らかの病気ではあるのだろう。

グレやん色々と最先端

 病気も最先端である。

 オンラインで「デジタル・スト」て、……。

 つまり、オンラインの行動をやめ、何も言わない、ってことか?う~ん、毎度、オモロい北欧女子である。しかし、健気(けなげ)に頑張っているので許す。

 ただ、この少女の周辺で金儲けを(たくら)むビジネス屋のオヤジ・コヤジは許せん。

時事駄聞(だぶん)

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引きこもり耐性も何も

 Twitterでは「数週間程度の引きこもり耐性」という言葉がトレンド入りしている。

 しかし、ネットのある現代日本で、耐性もヘッタクレもなかろう。ネットのある状態で家にいても、これは引きこもりとは言えない。

 本当に誰とも接触せず、何も会話せず、自らに向き合う事だけが許された引きこもり、しかも、「過去の人々とも交わらない」、すなわち読書も禁止された正真正銘の真の引きこもりだと、これはさながら「達磨大師」の面壁のようなものであって、常人にはほぼ不可能である。

 だが、ネットさえあれば、私など、数週間どころか、数年、いや、10年程度は引きこもることのできる自信がある。

 そうは言え、これは単純に金銭の心配をしなくてよいと仮定したものであって、「金を稼ぐ」ということをも「引きこもり耐性」のうちに定義づけると、私は1日としてこれに耐えることはできない。私個人は、ネットから自動的に金銭が流入してきたり、ネットから継続的に金を()み上げることができるようなシステムは、残念ながら確立できていない。物理的に働きに出ないと、給料は貰えないソーシャル・システムに属しているからだ。

テレビ局で

 テレビ局では新型コロナウイルスが蔓延し、著名人や社員に病者が続出しているという。

 落ち度なくして重病に(かか)ってしまったテレビ局の働き手にはお見舞いを申し上げたい。

 だがしかし、これをきっかけにして、差別と偏見に満ち溢れた狂騒的で低劣なテレビ番組が減り、日本の知性が向上するのではないかと思う。

時事抛向(ほうこう)

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なるほど、浮いた経費を従業員に還元するわけか

 なるほど、家で仕事すれば、勤め先の運用コストが下がらなければ道理にあわぬ。それを従業員に還元するというのは、確かに名案である。

「三密」はあたらず、「三業」と言うべし

 新型コロナウイルス蔓延の世相、「三密」なる言葉が出てきた。曰く、「密閉、密集、密接」を略して三密と言うのだそうな。

 私としては、まったくこの命名には不満である。

 私の宗旨は真言宗であるが、真言宗で三密と言うのはそのような不潔なことを言うのではない。仏の身体・言葉・心、すなわち聞き(がた)くして受け(がた)至高至尊(しこうしそん)の「(しん)()()」三つの働きを三密と呼ぶのである。

 新型コロナウイルス蔓延の原因を断ずるなら、むしろ「三業(さんごう)」になぞらえた方がよかろう。三業とは「身体の慾、言葉の災い、心の悩み」を言う。まさしく、いまや神仏に罰されようとしている人類に反省を迫る言葉ではあるまいか。密閉・密集・密接、これらすべて人間の身体の慾、言葉の災い、心の悩みの三業によって行われるものだ。

カルロス・ゴーンと新コロ

 カルロス・ゴーンが満を持して放とうとしていた自身がモデルのハリウッド映画は、思いがけぬ新コロ禍で完全にダメになった。もはやゴーン本人が新コロで死んで話題を提供しないと、興業的成功はないだろう。

新コロ禍後の欧米の野望

 新コロ禍で間違いなく欧米の力は縮減する。

 縮減を取り戻すべく、奴らは戦争を起こし、有色人種を抑圧減退させようとするであろうことは想像に難くない。

 これを未然に(くじ)き、彼らの復活を阻止することだ。縮減による反動で更に繁栄するが如き、どうあっても阻止すべきだろう。

 そうすれば、自由な世界が再びやってくる。

何を今更ソーシャル・ディスタンスなどと

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 依然、新型コロナウイルス「COVID-19」は猖獗(しょうけつ)を極めている。米国人は既に2万人が亡くなったという。伊国人もまた2万人近く、仏国人は1万4千人、英国人は1万人が亡くなった。

 深くこれを哀悼(あいとう)したい。亡くなった人々は自らの罪によらずして、(たま)さかこの恐るべき微生物禍に()って不慮(ふりょ)の死を()げたのである。それぞれの国民、地域、家族の慟哭(どうこく)、その不運を思い、心からいたみ、悲しみをともにしたい。

 そんな中で、英国首相がこのウイルスに(おか)され一時は生死の境をさまよったものの、すんでのところで命を拾ったことは実に稀有(けう)なことであり、盟邦(めいほう)の一国民としてこれを喜びたい。

 さて、米・英・仏・伊の人口は、それぞれ、3.3億・6.7千万・6.7千万・6千万である。これに対して、新型コロナウイルス感染者数という「検査の実施率」に依存する不確かなものでなく、同ウイルスによる死亡者数で割合を計算してみよう。単純な計算で、米・英・仏・伊それぞれ、0.007%・0.017%・0.02%・0.03%となる。別の書き方をすると、米・英・仏・伊それぞれ、約1万4千人に1人、約5千7百人に1人、約4千5百人に1人、約2千9百人に1人が亡くなった、ということである。

 日本について同様の計算を試みると、1.3億の人口に対して113人の死亡、つまり0.00009%の割合である。これは約112万人に1人が亡くなったということだ。細部は下リンクの表計算を見て貰えばよい。死者数の一人単位カウントに対して、人口の1万人単位カウントがなんだかスッキリしないが、それはここで言いたいこととはあまり関係がない。

 日本と欧米で、「桁」が随分違う。日本は死者の割合が米国に対して2桁、英・仏・伊に対しては、なんと3桁少ない。くどくも記すが、不確かな「感染者」の数を言っているのではない。相当確実と言いうる「死者」の数で言っている。

 これをよく味わうと、欧米諸国政府の力量不足、努力不足、健康ひいては人類文明というものに対する意識とアンテナの低さ、責任感や当事者意識の欠如、低劣さ、怠慢など、諸々(もろもろ)の欠点が浮き彫りになってこないだろうか。

 何をボヤボヤと手を(こまね)いているのか。軍隊など出しているようだが、そんなことに意味があるか。欧米諸国政府には猛省を促し、我が日本国政府のやり方、日本国民の日々の生活をよく研究してもらいたいものである。

 欧米諸国人に促したい反省としては、「ハグ」などと称して人目も(はばか)らずすぐに抱き付いたり、人前でいやらしくキスをしたりする習慣を即刻改めるべきだということが挙げられる。今更、何が「文化」などと言っておれよう。日本人も明治維新以来欧米の悪しき習慣に染まり、一部の若者はこのような行動をとることがあるが、しかし、人前でキスしたり抱き合ったり頬ずりしたりというような恥ずかしくて不潔な行動は、日本ではいまだ必ずしも一般的でない。

 欧米人の一般的挨拶習慣である「握手」もよろしくない。この悪弊が疫病を蔓延させていると知るべきである。日本人のように相手と距離をとって静かに「お辞儀」をするのが有効だ。

 日本人はこのように、昔から「お辞儀」などによって、社会的な距離、すなわちソーシャルディスタンスを重んじてきた。欧米風の()れ馴れしい風習や、土足で家に入るなどと言う不潔な習慣、便所と風呂が一緒くたになっているというような建築様式など、不潔な風俗をやめ、日本流に立ち返ることがこの非常時には正しいと言えよう。

 この際、中国とその政府については言うまい。人口が多すぎ、病者の状況もまったく不明と言え、論ずることに意味が認められない。

時事放言

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必ずしも(ジジ)(ババ)キラーというわけでもないようだ

 高齢で治癒したということはめでたいことである。この方の今後の幸福を祈りたい。

思ったよりもマシ

 今日は東京都200人超えの報を聞くかな、と思っていたから、まだしもだった。

なぜ米国人はこのような目にあわなければならないのか

 亡くなった無辜(むこ)の米国人の冥福を祈り、盟邦(めいほう)の国民の一人として、悲しみをともにするより他はない。

 しかし、()えて言えば、世界最強最先端を誇示する米国人が、なぜ電子顕微鏡をもって拡大しなければ見ることも(あた)わぬようなちっぽけなウイルスに襲い掛かられ、かくもバタバタと死ななければならないのだろうか。

 これを当の米国人たちは、その因果に思いを巡らして反省すべきなのではないか。

 つけつけと言い(つの)ろう。所謂(いわゆる)「9.11」に報復するに、一部の過激思想家とは何の関係もなかったアフガンの多くの一般人、保有していない核兵器への言いがかりでどれほどのイラクの一般人、そしてシリアで、いや、もっと言うならベトナムで、長崎で、広島で、大阪で、東京で、どれほど多くの「なんの罪もない人」を「自分たちの手で」殺したか、米国人はよくよく反省するがいい。それらは天然現象などではなく、米国人の意思と手によってなされたことだ。

 新型コロナウイルスは違う。厳しく言って、米国人の白人エリート、すなわち筋金入りの清教徒由来の人々らが信じている「神」が、いまやウイルスの姿となって顕現(けんげん)垂迹(すいじゃく)したのだと知るがいい。

 こんなことを言い捨てたところで、それこそゴミのような一言に過ぎず、世界が変わることはない。米国も何も変わるまい。このウイルス禍が過ぎ去った後、経済を復興させるため、米国は()りもせずまた戦争をするだろう。あるいは中東では(あきた)らず、再びアジアに魔手を伸ばすかもしれない。恐ろしいことだ。野望、(いな)、非望である。

 米国の野望は断固としてこれを(くじ)くべきではあるが、日本にはそうするだけの力は、残念ながら、ない。したがって、巧妙・機微に立ち回り、詐術などの手段を用いて、「日本だけが無関係かつ安全に閉じこもっておれる」ようにするのが次善だろう。更にそれが駄目なら、今度は逆に米国が行う殺戮(さつりく)に加担し、戦勝国の側に並ぶことが次々善だ。それだけの覚悟が、日本人にはあるだろうか。

ESRI、なかなかいい仕事してる

 しかし、なんというか、チトゴチャゴチャしてるよな。

いや、私はいいと思う。

 安倍総理のツイートが批判されているという。それが右のツイートである。

 シンガー・ソング・ライター星野源氏の音楽に合わせて、自宅で静かに過ごしてもらいたい、という趣旨のことを訴えているわけである。

 私はこの映像に対する批判は当たらないと思う。内閣総理大臣自らなんとかしようと訴える至情にあふれているのではなかろうか。それに、当意即妙、なかなか品があり、よく出来ているではないか。

 一国の内閣総理大臣ともあろう人が、タレントや俳優の真似事までして、そこまでして何とか無用の外出を控えてもらおうとあの手この手を尽くしている、そういう誠意が伝わってもくる。少なくとも、私には伝わった。

 そのようなわけであるから、私はこの首相のメッセージを批判する立場の人と、残念ながら、永久に分かり合えそうもない。多分、向こうから見れば私は宇宙人とか汚物同然なのであろうし、私から見ると彼らは異物、鉱物とか液体、昆虫などに見える。

 だから、お互い無関係に、分かり合うことなく幸せに別々の道を行きたいものである。


時事雑片

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この驚くべき後進性。欧米白人如き。

 土人、ですかな。家の中でも土足だしねえ。

 欧米白人は、今後も永久に「マスクは嫌だ」という生理的嫌悪感に固執して、バタバタと死に続けることだろう。気の毒だが、それは世界の平和のためになるとも言える。

米国人と言うのは、馬鹿なのかね

 米国では新型コロナウイルスが猖獗(しょうけつ)(きわ)め、既に1万6千人を超える人々が亡くなったという。感染者数ではなく、亡くなった人の数であるから、その恐ろしさは日本人が彼らをせせら笑っておれる(てい)のものではないと言わざるを得ない。深甚に失われた人命を哀悼したい。

 しかし、そのような国難の中、米国人たちは日本人に想像もできないことを突き進めようとしている。大統領選挙だ。

 これが日本だったら、選挙を先送りにするとか、さまざまな措置が講じられたことと思う。しかし、大国にしては動きの敏捷な米国政府も、大統領選の予定だけは止められないとは、なんとも憫笑すべき後進性ではないか。日本で喩えると、この「緊急事態宣言」の最中(さなか)に「内閣総辞職・衆参同時選」を敢行するようなものだ。ありえないだろう。

 人を死なせて「間接選挙制の皇帝を選ぶ」。まるで理解しがたい、アホな国情である。選挙がなけりゃ自動的に変なデブが選ばれる北朝鮮の方がまだマシなのではないか?。

しかし、アホというと日本人もアホの見本市である。

 さいたま市岩槻区表慈恩寺、無職、橋本佳朋容疑者(54)。

 本当に知能の低い奴はやり切れぬ。マスクがないなら自分で工夫して作るなりなんなり出来ぬものなのか。(よわい)五十、天命(てんめい)も過ぎた男が人騒がせな。

 真面目に働いて金を貯め、それを学費にして幼稚園から通いなおすがよかろう。

大林宣彦氏死去

 「時をかける少女」「ねらわれた学園」など、懐かしい。祈冥福(めいふくをいのる)