時事漫瞥(まんべつ)

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死者があまり増えないことが不思議だ

 依然、新型コロナウイルスは(しょう)(けつ)を極めている。

 一日のコロナ感染者が2万人を超えることが常態化しつつあるのは憂うべきことだ。しかし、注意しなければならないのは死者数の推移だ。死者はそれほど増えていない。感染者数の爆発的増加に対して死者数が増えていないことについて詳しい分析や評論はあまりない。声の大きいものは政府の無策をあげつらい罵倒するものばかりで、大抵は感情的なものだから、読んだり聞いたりする価値がない。

 冷静な評論を見聞きしてみたい。

恥知らずと言うか残念というか

 どういう気持ちでこんな行動をとってるんだろう。ほとぼりを冷ましているつもりなのかもしれないが、昔ならいざ知らず、今日(きょう)()、人々に忘れてなんか貰えないよ? ネットの記事はいつまで経ってもしつこく残るものなんだしさ。

なんで買えるんだ

 送検て、それ以前に、免許証の提示や確認もなしにこんなモノを売っちゃイカンだろう。貧しいウーバーイーツの出前配達員がやや憐れな気もする。

 十何年も前だったかと思うが、アメリカの銃砲店のサイトで拳銃をポチッたら普通に小包で家に届き、それを所持していて捕まった男がいたが、これはまあ、売る方は送り先の法律などよく知らんだろうから仕方がないとしても、通関とかよくできたなと。X線で見るとかせんのかな、などと思ったものである。

 それはそれとして、日本でも、私が生まれる前(昭和41年(1966))頃までは、原付は無免許でよく、実際バイクというようなものではなく、自転車にエンジンを取り付けたような文字通りの代物で、しかもなお、普通の自転車にマウントするタイプの「エンジン取り付けキット」みたいなものが大変な売れ行きだったらしい。

 上のWikipedia小項目「日本における歴史」には、昭和24年(1949)には自転車取り付けエンジンキットが1万台も売れたとある。まだ焼け野原が全国のあちこちに残り、闇市すらあった時代だと思うが、そんな頃に売れた1万台と言うのは驚くべき数字である。

 ホンダの「カブ」というと、バイクの名シリーズとして今も「スーパーカブ」の銘柄が生産され続けているが、その源流と言うのがこの取り付けエンジンキットの「カブ取付エンジンF型」であるというのは知る人ぞ知るところだ。

 取り付けエンジンはメーカーから自転車店に卸売りされ、自転車店に頼むとエンジンを取り付けて貰えたのだという。

 但し、Wikipediaの方の記載にもあるように、運搬などに使う実用車に無理矢理取り付けて過負荷で酷使する例が多く、破損や事故がよく起ったのだという。

訃報

 また昭和の残照が消えていく。祈冥福。

誰がやっても汚い所作

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 他人(ひと)の宝物をかじるようなマネを、よくできたものだと思う。調子に乗ってやってしまったのだろうが、とても是認はできない。

 しかし、こんな馬鹿げた事件が起こることについては、その前置き、前提というようなことがあるのだ。

 いつの頃からか、金メダルに輝いた選手が感極まってメダルを口にくわえるというようなことをするようになった。昔は、オリンピックの選手はこんなことはしなかった。最近、誰だったかがやるようになって流行り出したのだ。

 いや、勿論(もちろん)、選手本人は、自分が掴んだ栄冠でありメダルなのであるから、噛もうがしゃぶろうが飲み込もうが捨てようが辞退しようが、それは随意勝手というものであり、他人がどう思おうが好きにすればよいとは思う。

 だがしかし、私には、メダルを口に(くわ)えるというのは、川村何某市長がやるのであろうと、選手本人がやるのであろうと、どちらも綺麗な所作であるとは思えないのだ。

 日本では、(あそびめ)が小判や一朱二朱と言った小銭を貰うと、こうしたことをしたのだ。つまり、鐚錢(びたせん)贋金(にせがね)でないことを確かめるのに、糸切り歯でカリッと齧り、金箔押しの贋金だったり歯型の着かぬ鐚錢だったりしないかということを確かめたのである。つまり、これは上品なこととは言えず、どちらかと言えば卑しい行為である。

 そうしたことを思い浮かべてみても、選手がメダルを齧るのは美しいことではない。誇り高い日本人選手は、下品な白人選手がこんなことをいけしゃあしゃあとやっているのをわざわざ真似する必要はないと思う。日本人は自らの価値観に従い、堂々と金メダルを首にかけ、胸を張るといいと思う。

 そういう下敷き、前提があって、他人が勝ち取ったメダルなのに、阿呆なオッサンがまるで自分が勝ち取ったものでもあるかのように思い込み、それを齧るような真似に及んだのだ。だから、これからは、選手もメダルを齧るような下品な真似はやめた方が良いと思う。

訃報

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 人気漫画、ダークファンタジー「ベルセルク」の作者、三浦健太郎氏が亡くなったという。

 「ベルセルク」は私が20代の頃、昭和末から連載され続けている漫画だ。50歳を過ぎた今も愛読している。月刊誌連載にもかかわらず40巻を刊行して今もなお未完であり、続刊が待たれていた。

 最近は連載も間欠的となり、三浦氏が執筆に苦労されている様子が察せられていた。大動脈解離による急逝との事であるが、恐らくは強いストレスなども関係していたのだろうと想像される。

 亡くなるにはあまりにも若すぎ、その才能は惜しんでもなお惜しみ足りない。祈冥福(めいふくをいのる)

時事衝迫

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訃報

 名優田村正和氏が亡くなったという。

 私としては「眠狂四郎」の父子相伝の名演が印象に残る。祈冥福(めいふくをいのる)

時事一興

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へえ、この夫婦が、ナァ……。

 なんと、あの億万長者、ビル・ゲイツ、メリンダ夫妻が離婚するのだという。

 二人で有名な「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を運営し、慈善活動に取り組んできたことは、夫婦円満、仲良しの看板であるように私には感じられていたのだが、どうもうまくいっていなかったのだろうか。それとも、これほどの人たちになると考え方も特殊で、離婚なぞ「屁とも……」思っていないのかもしれないが、ニュースだけではそんなことは分からない。

 私など下世話には財産の分与と慰謝料などにどうしても興味が向くが、しかし、14兆ものお金があるなら、もう、2兆でも3兆でもあまり変わらない気がする。私など、「1千万、2千万、えーっと、……その向こうは『すごくイッパイ』」で、数えたり感じたりすることが無理なのである。

時事愁挙

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訃報

 橋田壽賀子氏、亡くなったという。

 昭和を代表する脚本家と言えた。95歳。

 また昭和の残照が消えた。哀惜。祈冥福(めいふくをいのる)

ホームドアの運用が始まった

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 私の住まいの最寄り駅、東武スカイツリーライン「新越谷」駅でも、ホームドアの運用が始まった。

 安全で、良いことである。

一切変わることはないが、相手は

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 コロナ禍において、米国や欧州の民衆は民族の壮大な再生劇を経験しつつある。しかし、わが日本はそうではない。「そうではない」と仮に書いてみたが、もはや「そうではなかった」と過去形で記してもよいところにまで来ている。

 米国は既に50万人という途方もない死者を出した。これは、いわば核戦争の勃発にも匹敵する数である。米国は人権国であるから、第1次大戦や第2次大戦で死んだのは軍人ばかりであり、南北戦争にまでさかのぼらなければ、無辜の老若男女がこれほど死ぬということを経験していない。これでは、ワクチン開発成功後も国家の頽勢(たいせい)(おお)うべくもない。

 思うに、これは米国にとって建国以来245年、欧州も含めれば、欧米史的に言ってざっと500年来の歴史的致命傷となるのではなかろうか。

 核戦争に匹敵するような死者を出しつつある悪疫(あくえき)(しょう)(けつ)()(なか)に、如何(いか)に憲法上、また合衆国の慣習上守らねばならぬ期限とはいえ、人の定めたルールにすぎぬ規定に(のっと)り、人殺しまでしながら大統領選挙を敢行するという正気とも思えない馬鹿騒ぎをやってのけ、しかもその主題は悪疫ではなく人種差別とか分断、弾劾であるとは、()(はや)()いた口も(ふさ)がらぬ。とても我々と同じ赤い血の流れる人間がしでかしている騒ぎとは思えないが、だがしかし、当の米国人たちはそれをリアルタイムで喜々として実行中だ。

 それに比べれば、災害()れ、自殺熟れ、ひいては大東亜戦争敗戦以来鬱然、屈折して陰々滅々と米国に隷従してきたわが日本にとっては、亡くなった方々にはまことに無礼千万な表現をあらかじめお詫びしなければならないが、コロナウイルス顕在以来(このかた)今日まで、累計(わず)か7500人と言う死者の数であってみれば、これしき、どうということのない日常に過ぎない。

 かくまでに私たちは平穏にして整斉粛々、抑制の効いた生活を送ることにより、逆にむしろ、生まれ変わるチャンスを逸した。世の中はリモートワークだ改革だと言っているが、実際のところ、米国や欧州の、毒を以って毒を制するが如き民族的・歴史的な逆療法と言ってもよいショック、またそれによって惹き起こされる過激でもあろう復興から見てみると、日本は岩石とか鋼鉄のように、まるで何も変わっていない。

 欧米白人たちは、日本人からは想像も及ばぬ、宇宙人のような、いや、無機物のような、正体不明の、人外の異生物に変貌するだろう。そんな彼ら化け物どもとどのように対峙していくかが、新型コロナ後の課題なのではないか。

時事漠視

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結局は地獄の沙汰も金次第

 ああ、醜い、醜いねえ。昔から、「薬九層倍、百姓百層倍、坊主丸儲け」などと言ったもので、薬もこうなってみると九層倍どころの話ではない。……ま、「丸儲け」まではいってないからマシと言えばマシだけれどもさ。無論、今回だけの話をしてるんじゃない、今回を取ってみれば九層倍(9倍)なんてのは言い過ぎで、まずまず良心的ではあろうけれども、抗癌剤での暴利ぶりを見て見ろよコイツら。九層倍どころの騒ぎじゃないだろ。

根性試し相場(笑)

 いよいよヒリヒリヒリヒリ、導火線がチリチリと火花を上げてはじけ縮んでいく爆弾を最後まで持っているのは果たして誰か、テストされるような根性相場になった。おっそろしい。

 私は、今回は「全力売り」の方なんで、まあ、ガタンと力尽きてほしいと思ってますが、それはそれとして、皆様の幸福を祈っていることは確かです、ええ、ええ(謎)。どうかお幸せに(増々謎)。

イギリス人の(かい)(ぎゃく)はさすが年季が入っている

 イギリスの猫官僚。笑ってしまった。

 お堅い我が国政府にも、この程度の諧謔を楽しむ余裕があれば気分もほぐれて楽しいだろうなと思うが、まあ、我々日本人は糞真面目な上に()真面目と来ているから、もしこんなことがあったとしても「税金で猫なんか飼いやがって!」くらいしか言わないんだろうなあ。

時事漫策

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世間、というか新聞やテレビの方がおかしい

 東京五輪・パラリンピック組織委員会長、森喜朗元首相が失言したとされ、発言から今日でもう1週間以上も経つにもかかわらず、いまだに紛糾している。

 私には世間が「オリンピックをこういうふうにしましょう」という話をせず、「森ッ!ハラ立つから辞めろこの糞爺ぃ!」みたいなことばかり言っているように見える。つまり、オリンピックなどどうでもよく、そしてまた、森氏がオリパラ組織委員会長であろうと、他の何かの役職であろうと、それもどうでもよく、とにかく森をやっつけろ、というふうに何者かが誘導しているように感じられる。

 確かに森氏の発言は、慎重に言葉を選んで丁寧にスピーチしたとは言いがたく、失言と言えば言える。だが、私に言わせればそんなことどうだっていいし、さらに言えば、女性蔑視とされる意図が森氏発言にあろうがなかろうが、それすらどうだっていいと思う。

 というのは、本来なら、この世界的悪疫(あくえき)(しょう)(けつ)のさなか、オリンピックをやるのかやらぬのか、やるとすれば如何にするのか、やらぬとすればどう幕を引くのか、そこを真剣に詰めなければならないはずだからだ。今は、オリンピックそのものや選手たちの血の(にじ)む努力をどうするのかが話の焦点になければならないのである。オリンピックの周辺部を徘徊しているだけの老人の失言なんか針小棒大に取り上げて騒ぐことしかしていない世間、……いや、世間ではない、世間を(あお)って問題を()じ曲げようとしている新聞やテレビは、誰がどう見たっておかしい。

 思うに、東京誘致後の話題も、スタジアムの設計がどうとか、ロゴマークが盗作だとか、そんな周辺のどうでもいいようなことしか新聞やテレビは取り上げてこなかった。選手や、オリンピックそのもののことなど、うっちゃらかしたままだ。

この人、学者先生のクセに、ものを知らん人だなあ
記事から引用

Wordで文書を作って「印刷」を選ぶと「Microsoft Print to PDF」という選択肢がある。しかし作成されるのは画像PDFだから、文書の中のテキストが読み取れない。これでは、視覚に障害のある人は情報を取得できない。

 何言ってンだこれ。謎だ。この人、本当にこのメニューからPDF作ったことがあるとは思えない。学者センセイのクセして、本当に無知だなあ。

 参考に、このセンセイが言う手順を忠実・正確に()んで作成したPDFをここに置いておきますね。

 このPDFが、センセイの言う手順を忠実・正確に守って作成されたかどうかは次の手順で確認できる。(すなわ)ち、AcrobatでこのPDFを開き、コマンドメニューから「ファイル ▶ プロパティ」と操作し、作成ソフト名がタイトルに埋め込まれ「Microsoft Word」と表示されていること、更に「その他のメタデータ」ボタンをクリックし、「詳細」を選択して「PDFのプロパティ」というツリーを開くと「pdf:Producer: Microsoft Print To PDF」と表示されていることから、それが(わか)るだろう。

 その上で、文書中の「あいうえお」という文字が選択できないかどうか、また「コピー」ができないかどうか、「メモ帳」(Notepad.exe)を起動してそこに「あいうえお」という文字がペーストできないかどうか、試してみるがいい。

 ……しかし、何にせよこのセンセイ、こういうところで無知をさらけ出すと、この記事で訴えたいのであろう内容、つまり、「PDFはアクセシビリティがいいとは必ずしも言えない。他に多少の問題点もなきにしもあらずであるから、なんでもかんでもPDFにしてそれでよしとしたり、いわんやPDFに完全依存したりするのはやめたほうがよい」というような内容が(いっ)()だにされなくなってしまう、ということを知るべきだ。

野良PCR

 「野良PCR」というのが話題になっているようだ。

 あちこちにポコポコ出来ている検査店や、ネット販売検査キットになんとはない()(さん)臭さを覚えてはいたのだが、なるほど、こういう始末か。

 いまや、タピオカ屋がPCR屋に鞍替えしているというのなど、むしろ逆に商魂の(たくま)しさに尊敬すら覚える。

 金持ち連中が先を争って打っているという「中国ワクチン」も、どうも、こういう貧乏(くじ)であるような気がする。

 それにしても、感じるところ、新聞やテレビは「政治家の会食三昧を絶対許すな!」みたいなことを言い立て書き立てているが、表に出ない三流経営者連中だってこんなようなだらしないことであって、実に唾棄すべき状況である。