梅雨入り前は好日が多くて好きだな。
そろそろ雨も多くなって来るだろうが、今はまだ晴れが多い。今日など青天白日、多少暑いが爽やかな風に雲が乗り、処々の植栽に皐月花が紅い。空の紺碧、雲の白さと黒さ、花々の彩々、万象の色がくっきりと際立っていて、良い。
卯月というと4月のことだと学校でも習うが、本来卯の花は今時分に咲く。卯の花の花期は旧暦の四月だからだ。今日は旧四月二十三日、それこそ
卯の花の、匂ふ垣根に
時鳥、早も来鳴きて
忍音もらす、夏は来ぬ
……と鼻歌のひとつも漂い出ようというものである。
ただ、近所にウツギの植栽をあまり見かけないのは、この歌とこの時季にかけて、多少残念ではある。
一日というもの金も使わず、あまり食わずに過ごす。働かない休みの日にガツガツ食ってしまうと、肥満していざと言うとき存分に働けなくなるから、そうしている。
かわりにコーヒーや茶など飲んでいる。朝、氷を詰めた保温ポットに直接レギュラーコーヒーをドリップしておくと、昼を過ぎても冷たいコーヒーが飲めるので都合が良い。豆に凝るほどの余裕はないので、その代わりに丁寧にドリップする。
黄色く暮れてくると、表でまだ喋っていた小さい子供たちの声がまばらになってくる。今日の飲み代でも需めようかと屋外に出ると、家々の窓からいろいろな料理の匂い、油の匂いや、わさび、海苔、醤油、生姜、鰹節、昆布、中華料理風な山椒や香り菜、トマト、チーズ、諸々の匂いが漏れ出てくる。
自転車で路地を通り抜け、よく行く薬局に着くと、店頭の品揃えも少しづつ変わっている。簾、虫除け網、蚊取り線香、レジ前に子供の水鉄砲や風船ヨーヨーのセット、食品の棚にはゼリーやチューペット・アイス、蕨餅などが並んでいる。目当ての酒棚の傍には瓶ビールにチューハイ、割り料のソーダなど、時分向けのものが少し増えている。
飲み慣れたウィスキーの安いやつをひと瓶、無造作に買って帰る。
日永であるが、この漸くの暮れ加減に冷蔵庫から氷の塊を取り出し、アイスピックを使ってカチワリを作る。グラスに放り込み、今需めてきたウィスキーを注いで一杯やるのなど「これ以上の幸せはどこにあるか」と言いたくなるほどのものだ。
妻が夕餉に小鉢を並べると、それが酢のものだったりして、これも今の時季の楽しみの一つである。だいたいにおいて男は酸っぱいものを好まぬもので、私も長いことそうだった。ところが、妻に言わせれば誠に身勝手なことに、亭主の飲み食いの好みなんて次第に変化してしまい、胡瓜、水雲、海月、大根、わかめ、また他に、セロリとかレタスにレモンや最近流行のシークヮーサーの汁をかけまわしたのなど、「旨いなあ」としみじみ目をつむってしまうようになったのだから、変われば変わるものだ。
好日はさっさと寝てしまうにしくはない。夢でまた誰かに会うだろう。人気商売で口を糊しているわけでもないから、いわゆる日曜ゴールデン・タイムのニュースもドラマも、私にはかかわりがない。