葦と日本人

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 数学者にして哲人、ブレズ・パスカルの「葦」の一節は学校で習うから誰でも知っている。あの一節は彼の遺稿集成「パンセ」の中にあるという。

 同じ「パンセ」の中の、あまり知られぬ一節に、こういうのがある。

「人間にその偉大さを示さないで、彼がいかに禽獣(きんじゅう)にひとしいかということばかり知らせるのは、危険である。人間にその下劣さを示さないで、その偉大さばかり知らせるのも、危険である。人間にそのいずれをも知らせずにおくのは、なおさら危険である。しかし、人間にその両方を示してやるのは、きわめて有益である。

 人間は自己を禽獣にひとしいと思ってはならないし、天使にひとしいと思ってもならない。そのいずれを知らずにいてもいけない。両方をともに知るべきである。」

 この「パンセ」の一節の「人間」という単語をそのまま読まず、「日本人」と置き換えて、中国や韓国、またアメリカとの関係を念頭に置きつつ読むと味わい深い。

 パスカルは30代で死んだ。若かった彼をして、人間にある偉大さ・悲惨さの二重性と、理性の知らない心情の論理を発見せしめたものは、宇宙の神性と言うほかにない。

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