読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、四つ目の「俳句読本(高浜虚子著)を、帰りの通勤電車の中で読み終わった。

 改めて記せば、私は俳句を詠むのが趣味だ。このブログに載せているものだけでも7百~8百句ぐらいあり、Twitterで詠んだものを併せると2千~3千句以上、過去に詠み捨ててしまい、どこに行ってしまったか分からぬものなどを入れるともっとあるだろう。シャレで50円の句集を電子出版したこともある。

 だが、何かの同人などではないし、結社にも参加していない。作る俳句はヘボで、何かに掲載されたこともない。最近はTwitterのハッシュタグ「#saezuriha」で毎週1句か2句詠むくらいである。ものに(とら)われない、枯淡の境地と言うものも俳句を詠もうとする者の方向の一つとしてあってもよかろうと思うから、それで満足している。もとより、紙に刷られなければ意味がないという時代ではない。デジタルによりどこにでも作品を置くことが可能である。私の作品は、言うなれば「寒村の路傍に放ち置かれたまま永くそこにある、仏師が彫ったものでもない粗雑な石仏」とでも言えばよかろうか。

 そのような境地にあって、これまでに俳句の入門書の類、俳句誌や大小の歳時記などもだいぶ読みはした。しかし、高浜虚子の俳句論を読んだことはなかった。

 読んでみて、何か、自分の俳句の詠み方がすっきりと改められたような気がする。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「俳句読本」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.232より
絶えてなくしてまれにある文学

 花鳥諷詠の文学としての俳句は、絶えてなくしてまれにあるところの文学でありまして、他の和歌等にもそういうものがないことはないが、しかし専門的に俳句がこれに携わっておるということは、すこぶる面白い存在といわねばなりませぬ。日本においてもそれを専門的にやっているものは俳句あるのみであるが、また世界を通じて独り俳句あるのみといって、差支えなかろうと思います。されば俳句は、全世界を通じて特異な存在であるのであります。

p.304より

通し給へ蚊蠅の如き僧一人  同

やれうつな蠅は手をする足をする  同

 二つとも一茶の句である。二つ目の句は教科書などにも載っているから誰でも知っていると思われる。ところが、本書中では、あまり知られていないと思われる一句目と並べて、上の二句が一緒に掲げられていた。

 一茶の句集内でこのような配列になっているのか、単に著者高浜虚子がこの順で並べて引用したものかは不明だ。ところが、こうして二句並べられてみると、胸を突かれるようにハッとなった。

 これまで私は、後者の「やれうつな」の句は、単純に小さな蠅の様子を写生したものだとばかり思っていた。それが、こうして並べられてみると、「やれうつな」の句の方に、人間の(ごう)、すなわち憎悪や差別、いじめ、暴力、そうしたものの悲しさが透けて見えてしまったのだ。打たれようとしているのは(さげす)まれている乞食坊主であり、もしやすると一茶その人に他ならない。 

p.331より
四 俳句作法
題詠

 題詠と言うのは、「歳時記」の中から任意の季題を選んで、それを十七字に諷詠することであります。たとえば秋雨という題をとり出します。秋雨は薄暗い淋しいものだ、また小寒い悲しいものだ、ひとつその感じを句にしてみようと考えるのは誰でも一番初めに考えつくことであろうと思います。しかし感じを句にしようとすると、とかく千篇一律なものになり、すでにいいふるされたものを繰り返すことになります。それも上手になって後ならば格別、初心の間は禁物です。

 それよりも、かつて自分の遭遇した秋雨の景色、ならびにその秋雨の下にあった出来事を回想して見て、すなわち頭のうちで秋雨の景色の中をさまよって見て作るのであります。

 頭のうちで秋雨の景色の中をさまよって見て、ある景色を十七字に纏めて見ようと試みます。どうしても十七字になりません。その場合は止めます。

 他の景色に移ります。その景色を十七字に纏めて見ようと試みます。どうしても十七字になりません。その場合は止めます。

 他の景色に移ります。その景色を十七字に纏めて見ようと試みます。それも十七字になりません。その場合も止めます。

 そんなふうに頭のうちで秋雨の中をたどり歩いて、種種の景色に遭遇してみて、それを十七字にしてみて、ようやく十七字になりそうな場合は、一途に其処に心をとめて、その景色をなおよく考えて、そこに何物かのあったことをさらに思いついたり、また文字を多少置きかえて見たりしてやっとのことで十七字になります。それを手帳に書きとめます。

 まことに単純明快に俳句の詠み方を説明しており、これ以上に何があろうか、という気がする。勿論「これ以上に……」の反対、これ以下には一句一切れだの一句一季だの仮名遣いと文語口語の揃え方だの、いろいろなルールはあるのだが……。

言葉

 意外に難読の単語が多かった。

驥足

 ()(そく)と読む。「驥」とは足の速い馬であるから、非常に優れていることを指して言う。

下線太字とルビは佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.231より

新しいことがしたければ文学の天地は広い、その広い自由な天地にあって新しい形を求めて縦横の驥足を伸ばすがいいのでありまして、その自由の天地に立って今までの人のやらなかったことをやる、それこそ男子として愉快な仕事ではありますまいか。

杜若

 これで「杜若(かきつばた)」と()む。

p.241より

また桐の花が咲き棕櫚の花が咲き、卯の花が咲き、薔薇が咲き、牡丹、芍薬、百合、葵、紫陽花、菖蒲、杜若河骨(こうほね)、蓮、睡蓮、(うきくさ)、藻、さまざまの花が咲く、樹木は茂り、草も茂る、そういうのを自然の現象というのであります。

呶々する

 「呶々(どど)する」と読む。くだくだしく言いつのることである。

p.255より

 俳界における芭蕉の功績は改めて呶々するを要しませぬ。

 「(つえ)」と訓む。「誘拐」の「拐」の字と似るが、「手偏」と「木偏」の違いがある。

  •  (モジナビ)
p.259より

まねき〳〵枴の先の薄かな  同

 「同」とあるが、凡兆の句である。「八瀬大原に遊吟して柴うりの文書ける序手に」と題されている。

長松

 「(ちょう)(まつ)」は江戸時代頃どこにでもいた男の名前で、何の疑問も不思議もないが、次の句……

p.263より

長松が親の名で来る御慶かな  野坡

……これなど、「長松」の意味を知らなければ何が何だかさっぱりわからない。

 これは江戸時代にあった大道芸、物乞いの一種で、腹話術師のようなもののことである。

 顔見知りの芸人がいつもと違った真面目な顔で年始の挨拶に来た、というような一景であろうか。

 「(たかむしろ)」と訓む。竹で編んだ荒いむしろであり、夏の足元に心地よく感じられる昔の日用品だ。

p.289より

浴して且うれしさよ簟  同

 「ゆあみして かつうれしさよ たかむしろ」の五七五で、「同」とあるが蕪村の高弟、召波の句である。

枳殻

 「枳殻(からたち)」と訓む。「からたちの花」のことである。

p.298より
うき人を枳殻垣よりくゞらせん  芭蕉

 我につれなく当たる人を、あの刺の沢山ある枳殻の垣からくぐらしてやろう、という句であります。

厶る

 これはもう、見たこともない書きかたである。「ム」に見えるが、漢字で「仏」の旁の「厶」だけの字があるのだ。「それがし」などとも訓むが、「る」を送って「(ござ)る」と訓む。

  •  (モジナビ)
p.304より

高うは厶りますれど木から蛙かな  同

 一茶の句である。

蒼虬

 「(そう)(きゅう)」と読む。「虬」の字の読み方は糸偏で「(きゅう)(めい)」の「糺」の字の読み方からも推察されるところだ。

 江戸時代の俳人、成田蒼虬のことである。

 「虬」の字そのものの意味は、「みずち」という蛇怪のことである。

p.311より

蒼虬 成田蒼虬も梅室と同じく加賀金沢の人で、やはり闌更に学び京都に住んだのであります。

塋域

 「塋域(えいいき)」と読む。墓地のことである。この「塋」という漢字については、同じ平凡社世界教養全集の第12巻のうち、「ロダンの言葉」を読んでいる時に出てきた言葉だ。

p.324より

 明治三十五年九月十九日、子規は遂に歿しました。鳴雪、碧梧桐、虚子、鼠骨等幾多の俳句の友人、門弟子、ならびに伊藤左千夫、香取秀真、岡麓、長塚節等幾多の歌の門人に守られ、その棺は田端大竜寺の塋域に葬られました。

 「(あかざ)」と訓む。雑草である。

p.329より

隠棲に露いつぱいのかな  青畝

烏有に帰す

 「()(ゆう)()す」と読み、だいなしになってしまうことを言うが、特に「烏有に帰す」と言う場合は、火災で丸焼けになってしまうことを言う。「烏有」は漢語で、訓み下せば「(いづく)んぞ()らんや」となり、「どうして存在することができるだろうか(いいや、ない)」というほどの意味である。

p.336より

子規歿後埋髪塔がここに建立されましたが、この寺は先年焼失して烏有に帰しました。

 いやはや、こんな字も見たことがない。これで「(もっこ)」と訓む。「ふご」と訓んでもいいようである。

p.341より

炉の兄に声尖らしてを置く  枴童

 「(ひたき)」である。鳥だ。

隼に驚き細るかな  旭川

峙つ

 「(そばだ)つ」と訓む。「そびえたつ」とも訓む。「(そび)え立つ」と同じである。

p.344より

 萩の花の咲いている野原は広く目の前に横たわっておる、そしてその野原の向こうには山が峙っておる、あたかも萩の花の咲いている野が集まっていって山となったように見えるというのであります。

俊髦

 「(しゅん)(ぼう)」と読む。抜きん出て優れた人のことをこういうが、「髦」というのは髪の毛のなかでも更に太く長いものをいい、そこから一等優れたものを「俊髦」というのである。

p.348より

 寒村に人となった青年、このまま空しく朽ちはつべきであろうか、否々自分は為すあるの志を抱いておる、早晩この村を出よう、俊髦の集まっている都会に出よう、そう思いながら野に出て畦を焼いておる、というのであります。

金亀子

 「金亀子(こがねむし)」と訓む。「黄金虫」と同じである。

p.349より

金亀子擲つ闇の深さかな  虚子

 次は引き続き第14巻から「現代詩概観」(三好達治著)を読む。三好達治も学校の教科書に出て来る詩人であるから、知らぬ人はない。

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