秋分の日

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天皇陛下万歳

秋分の日 祝日「秋分の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 (かしこ)し、皇室におかれては「秋季皇霊祭」、また我々庶民にとっては秋彼岸の(ちゅう)(にち)で、いずれも先祖の霊を敬う日である。

 考えてみれば、あらゆる人には何万年前、何十万年も前の、文字もない時代の先祖がいる。欧州、アジア、アメリカ、アフリカ、その他あらゆる地方の人に親があり、先祖がある。

 まことにもったいなく、ありがたいことだ。自分が今いることが、どれほどの天文学的確率をかいくぐった偶然であるか、思い見ると茫然となってしまう。

 それを、先祖への感謝としたい。

敬老の日

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天皇陛下万歳

敬老の日 祝日「敬老の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 日本の祝日は、元日・春分・秋分や勤労感謝の日など、その縁起を遠く日本書紀の記述にまで遡るものが多いが、意外にこの「敬老の日」の由来は新しく、戦後のことであるという。

 いずれにせよ、日本は高齢化し、皮肉なことに敬老と言うとこれ敬われるべき者のみ四周を()(にょう)する状況ではある。私自身も50代後半の初老の域に差し掛かってきた。恥ずかしいことをしないよう、わが身を律して老いていきたいと思う。

山の日

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天皇陛下万歳

 祝日「山の日」である。軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 もともと8月11日が山の日であったが、五輪閉会式の挙行にあわせて今年に限り本日、8月8日日曜日に移動したものである。

 「山紫水明」のわが日本、国土の実に67%は山林が占めるという。山林は水利や清潔な環境を(もたら)しており、これに親しむと同時に保全を図り、恩恵に感謝することは国民当然の義務と言えよう。

スポーツの日

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天皇陛下万歳

 祝日「スポーツの日」である。軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 いよいよ2020年東京オリンピック競技大会が始まる。一部の競技は既に一昨日から実施されているが、開会式は本夕20時に挙行される。通常、スポーツの日は10月であるところ、昨年オリンピック開催のため7月に移動したのであったが、悪疫(あくえき)(しょう)(けつ)のため延期となり、今年開催となったのだ。

 昨年に比して新コロの状況に大した変化がないようにも思われるが、欧米の努力によってワクチンが完成し、その接種が着々と進みつつあることが違いと言えば言えようか。

 選手のこれまでの苦心と努力を労い、奮闘を期待したい。

海の日

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天皇陛下万歳

 祝日「海の日」である。軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 困難や異論、反対意見も数多ある中、オリンピックが開幕する。四面環海の海洋国家日本へ文字通り海を越えて多くの選手が来日するが、彼らの奮闘努力に敬意を表し、日本人として醜い分断の有様など見せてはなるまい。

こどもの日

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天皇陛下万歳

 祝日「こどもの日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 日本の子供は減った。実感としても、昭和41年(1966)生まれの私などが育った頃は小学校のクラスは1学年につき5~6個、中学校のクラスは9個ほどもあったように記憶するが――それでも所謂(いわゆる)(ひのえ)(うま)」のこととて、上下の学年より1~2個ほどクラスが少なかった――これと違い、私の二人の娘などが小学校へ通っていた頃は1学年につき2個クラスしかなく、しかも1個クラス十数人、そこへ、仮令(たとえ)子供が減ったにもせよ、公務員である教員を無造作に馘首(かくしゅ)するわけにもいかなかったのだろう、一つのクラスに担任が正副あわせて2人ついていた。

 二人の娘が通ったこの小学校も、その後漏れ伝え聞くところによると、小中一貫化や2校統合などが検討されているようだ。

 それだけに、子供は大切である。祝日の目的通り、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかる」ことが重要だと思う。

 毎年書くことだが、この祝日の目的は上掲のことに加え、上リンクを見れば明らかなように、「母に感謝する」ことが明記されている。「父をどうこうする……」ような目的の祝日はないが、母に感謝することはこのように法律で定められているのである。

 私の娘二人は既に大きくなり、もはや子供ではないが、私の妻は永久に娘二人の母である。したがって私は妻に感謝しようと思う。

立夏

 尚、今年は今日が「立夏」である。今日から夏。

みどりの日

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天皇陛下万歳

 祝日「みどりの日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 近年「みどりの日」は勿論、「海の日」「山の日」といった日本の山紫水明の自然を慈しむ祝日が増えたことは嬉しい。

 畏し、昭和聖帝は植樹祭などに御精励あそばされ、植物学御研究所名で多くの研究書を著された他、ウミヒドラなどの海洋生物にも優れた研究成果を残された。また、今上陛下におかせられては幼少若年のみぎりより登山に親しまれ、全国の山岳を踏破されたことは誰しも知るところである。みどりも海も山も日本そのものであり、これらを慈しんだ皇室の心がおそれ多く感じられる。 

憲法記念日

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天皇陛下万歳

 祝日「憲法記念日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 いよいよ憲法墨守の思いを新たにする私である。

 何?「佐藤が護憲だと!?」ですか?

 驚くにはあたらない。

 私は右翼であるが、今や、無為に国費を浪費して無理矢理憲法を改正しようなどと言うのは愚かなことだと考えるようになった。今の私は、憲法を改正するのは、まず千~千五百年ほど現行憲法に従って精神力を錬磨してからでよいのではないか、とすら思っている。

 内容と現実の一致について言うべき余地など最早なく、議論は虚しい。聖書に沿って生きるキリスト教徒がほとんどいないのと同じく、仏典や大蔵経によって生きる仏教徒などほとんどいないのと同じく、またイスラム聖典(コーラン)に完全一致して生きるイスラム教徒など現実にはごく少数派に過ぎないのと同じく、実は憲法も不可侵の(まじない)真言(マントラ)大全、不磨不滅の経典なのである。両院議員は全員これに(はい)()する僧侶、日夜(ごん)(ぎょう)と教学論に余念がないのだ。これに気付けば、改憲派転じて純粋保守たる護憲派となるのは理の当然、ここに護憲精神沸々(ふつふつ)と煮え(たぎ)るとしても自然の流路と言って二致はあるまい。一言で言えば、「憲法のためならば、死ねる。」そうではないか。

 さておき、記紀にその由来をさかのぼる祝日が多い中――元旦、建国記念の日、天皇誕生日、また昭和帝の誕生日としての昭和の日やみどりの日、春分の日、こどもの日、秋分の日、明治帝の天長節としての文化の日、もとは「新嘗祭(にいなめさい)」であった勤労感謝の日など、これすべて記紀にまつわる故実に由来する。検索してみればお分かりになろう――この憲法記念日は古の由来などに関係なく、スポーツの日などと同様、人工的に設けられた数少ない祝日の一つである。

 ところが、その制定の経緯を紐解いてみると、これも古来の祭日に由来する端午の節句すなわちこどもの日、明治節すなわち文化の日などに影響されて曲折の末、現在の日にちが落ち着きどころとなったことが判る。いわく、入江文書によれば、5月1日に施行しようと考えたが「メーデー」とぶつかり、しからば5月5日にしようとしたがこれは「端午の節句」つまり「武の(まつり)」であってGHQの目が(はばか)られる、では5月3日が施行記念日、正確に半年差で11月3日を公布記念日にしてはどうかということになったという。ところが、11月3日は明治節であるため、これもGHQから難が付きかけたのだそうな。また、当時の中国政府(国民党政権)からもケチを付けられかけたという。

 なんにせよ、この祝日は連休、所謂(いわゆる)ゴールデン・ウィークの中核となるべき祝日で、日本人を休ませる機能の一つとしてなくてはならないものとなっていることは事実である。

昭和の日

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天皇陛下万歳

 祝日「昭和の日」である。生憎(あいにく)の雨模様であるが、自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 今日が昭和聖帝の天長節、即ち天皇誕生日であったことは誰しも知る。

 その昔、俳人中村草田男は

降る雪や明治は遠くなりにけり

()んだものだ。この句から連想するのは、既に平成は三十余歳を(けみ)し、令和は今3年というありのままの事実である。

 春の雨がさめざめと静かに降る今日、つまりは「昭和は遠くなりにけり」と感じられるという、このことだ。

 余談、前掲中村草田男の句は、「や」「けり」の「切れ字」が二重に使われている。これを「二段切れ」、詳しい向きは「二字切れ」といい、俳句では一般的に失敗作とされてしまうが、この句に限っては一段目の余情余韻、無駄を排した巧みな終句切れによって名作の誉れ高く、また、名人中村草田男の吟にしてはじめて成り立つ作品であるとも言え、大変愛されている句である。

春分の日

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天皇陛下万歳

 祝日「春分の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 秋分の日と同じく、祝日のなかでは「人間が決めることのできない日にち」によって決まる、面白い特徴を持った祝日だ。

 すなわち、昼と夜との長さが同じになる日、つまり春分・秋分は、地球の自転軸が傾いているために年に2回必ず訪れるのであるが、他方、地球が太陽を一周するのには約365日を要する。この365という数字は余りなしには2等分・4等分はできず、かつ0.26日ほどの端数があるため、4年に1回「閏年」を設けて蓄積したズレを仕切り直す。これに応じて春分の日も1~2日ほど浮動するのである。

 「春分の日」は、戦前は「春季皇霊祭」という皇室祭祀のための祝日であった。現在も祭祀としての春季皇霊祭は皇室で執り行われてはいるものの、戦前のような国家全体の行事ではなく、あくまで皇室内の行事ということになっており、「春分の日」とは切り離されている建前である。