時事漫覧

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お前らが謝れ

 ほんっと、韓国、腹立つなあ。なんでこうもバカなんだろ。

 ……というか、どういうんだろ、近所に「メチャクチャ性格のおかしい変な従兄弟(いとこ)」が住んでいて、ずーっと因縁つけてくるような、そういう感じである。従兄弟なので、縁を切るというわけにもいかない、という。

 まあ、韓国政府も、多分、実は「冷静に苦悩」してんだろうなあ、というような想像はつくけどね。妙ちくりんなノイジー・マイノリティーが大騒ぎして、国内世論をコントロールしかねる、という。……というか、その「韓国内世論」なるものが、ちゃんと調査されているのかが謎なんだけれども。

ああ、いいね、もっとヤレヤレ(笑)

 ああ、いいねえ。もっとヤレ。もうね、保険証どころか、免許証もクレジットカードも定期もSUICAも、TポイントカードもワオンもナナコもiDも、全部一枚でいいよ。メンドクセエもん。

 技術上はできるでしょ?

 記事の末尾の目立たないところに

 ことし10月の消費税率の引き上げに伴い、自治体での買い物に使えるマイナンバーカードのポイントを加算する措置などで普及を促進する方針。

……などとあって、エッ、何、ナニ、ソレ!と妙な好奇心をそそるが、ポイントカードも全部1枚でいいよ、もう(笑)。

やめなさい

 だから、下品だからやめなさいって、こういうの。いや、ラミ・マレックじゃなくて、記事がさ。

どうだっていいじゃねえか、こんなこと

 よくまあ、「税金が」なんぞと言えたもんだぜ。こんな記事書いてるお前らの方がよっぽど税金無駄遣いしてるだろうが。ブン屋なんざ、補助金もっとよこせとか言っておきながら、書くことはどいつもコイツもこの調子だ。

 宮家の中のことなんであるから、また、若い二人のことなんであるから、そしてまた、「まだ使われていもいない税金」のことなんであるから、ほっといてやれよ。

 何、ほっとけないのかね?あきれるよなあ……。

被差別部落と壬申(じんしん)戸籍

 記事ではぼかされていて、全く知らない人が見るとピンと来ず、何がいけないのかサッパリわからないと思う。犯罪歴などが記されている、と記事にはあるが、明治時代の犯罪歴など、(ほとん)どの人にとってどうでもよいことである。

 「壬申戸籍」の何が問題なのかと言うと、この「壬申戸籍」というものには、「穢多(えた)」「非人(ひにん)」など、所謂(いわゆる)、「被差別部落」出身の身分であるか否かが記されているのである。かつて就職応募者の身元調査など差別的な活動に重宝されたため極めて問題が多く、さりとて歴史的なものを完全に抹殺することにはためらいもあり、法務局や国会図書館、国立公文書館などで余人閲覧不可能な状態で保存されているそうな。

 この「壬申戸籍」により、最近だんだん不分明になってしまった被差別部落の所在地などを概定し、例えばある家族が同和地区出身の人であるかそうでないかを推定するようなことができてしまうのである。

 新聞・メディアもこれをありのままに報道してしまうと、それをまた興味本位に検索しまくり、あらゆる所蔵先などを調べて入手しようとしたりする(やから)が出てきてしまっても困るので、報道できないわけである。

正月は米尽くし

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 「米尽くし」と言ったって、米国(アメリカ)尽くしではない。同じベイコクでも「米穀尽くし」のほうである。

 なにしろ、米の精である日本酒を飲み、酔い醒ましに玄米茶を飲み、小腹が減ったと言っては糯米(もちごめ)を練り上げた餅を食い、またこれを入れた雑煮を啜るわけである。

 まこと、よく豊葦原の瑞穂のうまし国にこそ生まれて生きざらめやも、なぞと思うわけである。

 これで、(ぬか)漬けを御菜(おかず)に白米の飯でも食えば、更に更に、まっこと、まこと、と思わずにはおれまい。何しろ糠は米の胚芽その他を()いて熟成させたものなのである。

で、だからどうだと?

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……というか、誰だお前(笑)>アントニオ・グテーレス

金チャン、またかい

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 コイツら、本当に懲りないなあ。1発2発なら対話を引き出す「戦略的メッセージ」にもなるけど、こう何発もやらかすと高くついて無駄になるぜ。

 本当の本気で日本にブチ込む気ならそれはそれだが、そこまで連中もバカではない。金チャン、こっちが考えているより日本の政情を把握分析している。日本にブチ込んで被害なんか出たら、熱しやすく冷めやすい日本人は、人命被害が10人20人程度でも、あっという間に憲法改正に走る。それは金チャン、嫌だろう。

 米国との対話を有利に進めるためにやっている、というのも大きな動機の一つだろうし。

 だが、そこが金チャンのあさはかさだ。ミサイルなんか撃てば撃つほど国力は疲弊するんだぜ。なんせ、日本で言ったら鳥取県の県予算くらいしか金がないんだもの。鳥取県が核開発や弾道ミサイル開発をしたとして、どれくらいもつか考えてみればよい。

 あの大米帝国と根競べなんかしたって、負けるのは知れ切った理屈だ。その間、日本は着々とするべきことをするんでしょうな、多分。

読書

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 昨日図書館で借りた「新訂 旧唐書倭国日本伝・ 宋史日本伝・元史日本伝」を読み終わる。

 「旧唐書」はこれに先立つ魏志・後漢書・宋書・隋書などをまとめて引用し、多少新たな事項を付け加えているだけのような印象だ。

 「宋史」では日本僧・奝然(ちょうねん)によりもたらされたらしい神代から円融天皇までに至る歴代と、地名などが相当正確に記載されている。「倭人条/魏志/三国志」(つまり魏志倭人伝)の日本についての記述は不正確で疑わしく、地名や人名、日本書紀の記述との一致を探すのに相当苦労しなければならないが、そこのところががらりと違う。

 「元史」では二度の元寇について触れられているが、日本側での記録と違い、意外とあっさりとしか記されていない。

流石は大会社の創業・経営一族の御曹司だよな

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 この人は総理大臣の時に言い間違いや読み間違いが多かったり、漫画などへの態度が鷹揚だったりして、アホだバカだと叩かれたが、こういう分かり易い喋りを見ていると、また、財務大臣を長くつとめていることなどを思い返すと、なんだか相応しい、政治家らしい政治家なのだな、と思えてくるのだ。

 そもそも大会社の創業・経営一族の御曹司であるからには、生来身についた経営のセンス、しかもケチ臭い中小企業のそれではない、巨視的な何かがあるものと思う。

情けなくてもパシリとして膝を屈し、金を払い続ける

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 次期米大統領ドナルド・トランプの対日政策、特に在日米軍の行方が注目される。アメリカがアジアの軍事バランスのためにこれまでとってきた政策、かつ、日本の軍事力を粉砕するためにとったかつての政策を変える、というのなら、日本としては今後、するべきことをしないといけなくなる。

 こういうことを言うと「即時米軍全面撤退ですかッ!?」などというふうに盛り上がってしまうのは、これはできもしない極論というものだが、では、米軍を駐留させるよりかは、自衛隊のほうが安上りかというと、実はそんなことはない。

 相当ざっくりだが、在日米軍兵力4万4千850人をアジアの鎮石(しずめいし)として置いておくのに、何もかも計算に入れた多い方の値段で見積ると、所謂(いわゆる)「思いやり予算」を含め、その他の経費をも併せて、年に約7千6百億ほどかかっているという。兵力一人あたま、1695万円である。

 一方、自衛官22万7千339人の養い料、武器弾薬、管理したり面倒を見たりする事務官の給料、もろもろ全部ひっくるめて、平成28年は補正を除いた少ない額で言うと、4兆8千221億かかっている。兵力一人あたま、2122万円だ。

 上記にご覧の通り、実は、自衛官のほうがカネは高くつくのだ。しかも、上の計算では、ご覧の通り、米軍を多く見積もり、自衛官を少なく見積もっている。それでもなお自衛官のほうが高い。

 しかも、なんにもできない自衛隊とは違って、米軍は自由自在にあっちこっちを荒らしまわることができる。しかも、在日米軍だけではない、いざ有事ともなれば、援軍が来る。その分まで計算に入れると、自主防衛にはもっともっとカネがかかる。

 それでもなお、「ゼニカネの問題じゃねえ!」ということで、沖縄県民の気持ちを汲み取って、全力自主防衛にするというのなら、憲法を改正し、沖縄県民も反戦主義者も挙げて反対を唱えている「戦争できる国法案」みたいな苛烈な法律を布くしかない。

 そして、日米がたった70年ほど前まで、互いに不倶戴天の敵国だったことを思い出すと良い。たかだかその程度の時間しか経ていない自称友好国同志が、今後100年、200年、300年と友好国でありつづける筈だなどと幻想を持つのはやめたがよかろう。そんなことは誰にも予想できない。相手は気まぐれな国だ。

 日本が独立自存の軍隊など持てば、それは、あの軍事強国・米国にとっても再び脅威となるのだ。その脅威への対応を、米国はやらなければならなくなってしまう。そうなると、日本は米国とも向き合うことになる。もし、日本が国際社会に責任を持っていると言えるだけの、自国の経済規模にふさわしい軍事力を整備したりすれば、それはかつてのように、米国の安全保障をも脅かしかねない化け物に成長してしまう。かつての大日本帝国のような、米国が上手にコントロールできない化け物が、再びアジアに生まれてしまうのだ。

 また、それは、米国も嫌でしょう、と。しかも、日本が再軍備などした日にゃ、中国と朝鮮半島以外のアジアの弱小国は「遠くのアメリカより近くの日本」とばかり、揃って日本についてしまうだろう。

 それは無理というものだ。それほどの覚悟は日本人にはない。多分、永久にそういう覚悟は持てないと思う。かつてそういう覚悟と、その覚悟よりする栄光ある地位を幻想して、そのために一杯人が死に、核戦争まで起こってしまったんだから。

 それならば、今このときをしのぐというそのためだけに、お金を払い続けて、米軍には居続けてもらうしかない。そして、沖縄県民には、ずぅ~っと、反対運動を繰り広げてもらい、米軍人・軍属、および家族には、ず~っと耐え続けてもらうしかない。憲法もそのままだ。自衛隊もそのままだ。摩擦を嫌うには、それしかない。

 そのためには、とりあえずトランプ氏には、膝を屈するより他はないのだろう。

【妄想】米国人だけでなく韓国人にも日本の防衛を(にな)わせよう

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 自分が筆の赴くまま書きなぐった文字列を見てしばし沈思黙考、合理的な方向をやっと思いついた。

 韓国に兵力を増強させる。常備70万?……少ない。もっと気合を入れろ。朝鮮民族の誇りを見せてみろや、などと言って煽れば、あいつらはバカで怒りっぽく、すぐキレるから「なんだとう!チョッパリ糞ニダーッ!」ってなわけで兵力を増強するだろう。

 常備150万、動員300万を韓国人に準備させるのだ。韓国人の実に6%が兵員というオッソロシイ大兵力である。

 そのために竹島の件などで多少愚弄されるのは、しかたない。そこは(いさぎよ)(あきら)める。

 その代わり、韓国人には、米国だけでなく、日本のためにも、中国・ロシア・北朝鮮の防波堤となって貰い、悪いが死んでもらおう。

 経済的である。米国人の命は高くつくが、韓国人はいくらか安い。強制徴用云々、従軍慰安婦云々に一人1000万ばかり払ったところで、人件費のべらぼうに高い日本人だけで常備50万人なんていう軍備を整えるより、よっぽど安い。

歳時漫筆

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 三夏(さんか)九十日、という。今年の立夏は5月6日だったが、8月8日の「立秋」までの約90日を三夏というのである。三夏とは初夏・仲夏・晩夏の三つをいい、その一つ一つを約30日1ヶ月とするのだ。今日はそろそろ初夏も終わり、6月に入ればもう仲夏にかかろうかな、という頃おいだ。これを「四季」という。普段我々は「四季」という言葉を春夏秋冬の意味で慣用するが、詳しく述べれば上のように12の「四季」がある。

 この「四季」、例えば夏なら初夏・仲夏・晩夏の三つだが、これらそれぞれを上下ふたつに分け、名前をつけたものを「二十四節気」という。これは少し語彙豊富な人なら「立春」「啓蟄」「春分」といった言葉で馴染みがある。今日は5月31日、一番近い二十四節気は5月21日の「小満(しょうまん)」である。

 更に、二十四節気を初候・二候・三候の三つに分けて名前をつけたものを「七十二候」という。ここまで来るともう、一般の人にはあまり馴染みがない。中国と日本で少し付け方が異なる。

 今日は、七十二候ではだいたい「麦秋至(ばくしゅういたる)」にあたる。

 麦は暑くなるにしたがって色づき収穫期を迎えるので、夏は麦にとっては秋である、ということで、俳句では今頃の季語として「麦の秋」「麦秋(ばくしゅう)」という言葉がよく使われる。

麦の秋さもなき雨にぬれにけり  久保田万太郎
 
 俳句の季語には、秋を春と言い、春を秋と言いかえるような、洒落た言葉は他にもある。例えば「竹の春」「竹の秋」という言葉がある。竹は春に黄色く枯れ、秋に青く葉が茂るので、他の植物とは逆に言うのである。春と言っても秋の季語、秋と言っても春の季語、というわけだ。

祗王寺は訪はで暮れけり竹の秋  鈴木真砂女

 竹の秋・麦の秋、どちらも、万物いきいきと緑に萌える初夏にあって、一抹の寂寥感が感じられる言葉で、なかなか渋い。

 これらとは真逆のものを同じ夏の季語から挙げるとすると、やはり「万緑(ばんりょく)」であろうか。

万緑の中や吾子の歯生え初むる  中村草田男

なんと言ってもこの句に尽きる。初夏の生命感、人生の歓喜に満ち溢れている。

 ただ、この「万緑」という言葉、中村草田男がこの句によって取り上げるまでは、春の季語であった。出典は漢籍で、1000年ほど前の中国の詩人、王安石の「石榴の詩」の中にこの言葉がある。

万緑叢中紅一点 動人春色不須多
(ばんりょくそうちゅう こういってん、人を動かすに春色は多きを(もち)いず)

 この詩の一節自体、緑と赤のコントラストがいきいきと立ち上がって見えるような素晴らしいものだが、書いてある通りこれは春の一景なのだ。それを初夏の語として取り上げ、かつ認められたことは、まさしく「季語は名句によって生まれる」の例である。

 王安石の石榴詠は、むしろ「万緑」という言葉の出典というよりも、現代ではダイバーシティやジェンダーフリーの立場からあまり使われなくなってしまった、「紅一点」というゆかしい言葉の出典としてのほうが知られていることも忘れずに付け加えておきたい。この詩のままに捉えれば、「紅一点」は、むしろ労せず周囲をコントロールできる、たのもしい能力ということになり、良いことのように思えるが、さも差別語であるかのようになってしまったのは残念なことだ。

 さておき、中村草田男は生命の喜びをこのいきいきとした一句で謳歌したが、同じ万緑という言葉を使っても、まったく違うものもある。

万緑や死は一弾を以て足る  上田五千石

もう、こうなってしまうと、あまりの不安、自己凝視、メランコリックのために、こっちまでどうにかなってしまいそうである。私も上田五千石を勝手にリスペクトして、

万緑や我が死は何を以て足る   佐藤俊夫

……と詠んでみたことがある。

 いずれにしても、明日は月曜、新たに6月に入れば四季は「仲夏」となり、二十四節気は6月6日の「芒種(ぼうしゅ)」、七十二候は「蟷螂生(とうろうしょうず)」(かまきりが生まれること)となる。

 月曜は憂鬱で、私などとても生命力どころではないが、万緑の初夏、歓喜の盛り上がる季節はもう、こっちのメランコリーなどお構いなしに、好き勝手に流れていくのである。

団欒と馬鹿親父

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 今日の晩飯は鉄板焼きだった。団欒の楽しさ、ホットプレートを囲み、肉や野菜を焼いて、家族で喋りながら食べるうち、テレビの話だったかスポーツの話だったか、長女と妻が連想で、

「そういえばさ、ジャパン、ジャパンって言うけど、なんで日本のことを『ジャパン』って言うんだろ?」

と言った。

 ぬぅ、ここだッ!妻子をして愛国者ならしめんとするところ、ここに他ならずッ!、と、4~5センチは体が前に出る私である。

 漢字の呉音読みと漢音読み、日本の「日」は「ニチ」とも「ジツ」とも読むことは「本日(ほんじつ)」などの語からも(うべな)えること、日本の「本」は「ホン」とも「ポン」とも読むのであって、当時の中国、明~清の読み方では「ジツポン」に近い「ジッペン」「ジッポン」と読んだのであり、これは西洋人が発音すれば「ジペ~ン」「ジパーン」となったのは当然、これを伝聞したマルコポーロと東方見聞録、黄金伝説、黄金を狙う欧米白人の邪悪な侵略意図、当時の関白、豊臣秀吉の思想とフェリペ2世の駆け引き、朝鮮半島を泣かせてでも発しようとした秀吉の戦略メッセージと国体護持、神州不滅、話を遡れば二度の元寇、……というところまで話が及ぶと、

「さあーってとっ、宿題やんなくちゃ、ごちそうさまぁ~」「後片付けしようかしらねえ」

 ……すぅ~っ、と妻子は退散していくのであった。

 ぬぅ。