勤労感謝の日

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天皇陛下万歳

 祝日「勤労感謝の日」である。

 祝日法の定めによれば、「勤労をたつと()び、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。」とあり、労働や生産を祝うものであるが、もともとは新嘗祭(にいなめさい)と呼ばれ、戦前は皇室・国家を挙げて行われていた祝祭日であった。戦後、現在の形に改められた。

 その起源は歴史的で、遠く記紀万葉、飛鳥時代に(さかのぼ)る祝日である。皇極天皇の頃には既に行われていたことが日本書紀に見える。私の蔵書の、右の岩波の日本書紀ではp.198に、旧暦十一月十六日(十一月(しもつき)(ひのとの)(うのひ))に行われた、とある。

 皇室祭祀であり、収穫を天神(てんしん)地祇(ちぎ)(こと)()ぎ、ひいては記紀に言う「国民(おほみたから)」の働きを(よみ)せられたまうものであって、その趣旨とするところは現在の祝日法の定めと何ら矛盾しない。

 (ちな)みに、(かしこ)きあたりにおかせられては、昨年ご即位あそばされたため、昨年の新嘗祭は特に「(だい)(じょう)(さい)」と呼ばれ、格別(おごそ)かに(まつ)りあそばされたことも記憶に新しい。

 よく晴れた朝となった。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

文化の日

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天皇陛下万歳

 祝日「文化の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 「文化の日」は明治節、即ち明治大帝の生誕節であることは論を待たぬ。文明開化を唱導した明治大帝の祝日が、戦後「文化」を冠する祝日となったことは、まことに相応しいことであったと言えよう。

秋分の日

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天皇陛下万歳

秋分の日 祝日「秋分の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 畏し、宮中では今日「秋季皇霊祭」が執り行われるが、祝日としてはこのほうがもともとのものであり、戦前は名称も「秋季皇霊祭」であった。戦後名称が改められたものである。

 今日はよく晴れ、秋分らしい朝となった。爽やかである。

敬老の日

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天皇陛下万歳

敬老の日 祝日「敬老の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 敬老の日そのものは他の多くの祝日とは違い、古来からの風習や伝統(例えば春・秋の皇霊祭が春分の日・秋分の日、端午の節句が子供の日、新嘗祭が勤労感謝の日……等々)を元にしてはいないが、日本民族の精神として長幼の序を正しくして孝を()くすということは伝統的なものであり、その点で祝日として相応(ふさわ)しい。

 秋らしく、涼しくなった。

終戦記念日

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 例年と同じく、今年も靖国神社を参拝した。

 時疫のこと、靖国神社でももちろん随分と気を使っており、足元に1~2m間隔の印をつけて、所謂(いわゆる)「ソーシャル・ディスタンス」を推奨し、参拝客はこれを整斉粛々と守って参拝しており、むしろ例年より参拝しやすかったのは皮肉であったかもしれない。大手水(ちょうず)()柄杓(ひしゃく)などが全部取り払われ、少量の水を滴らせる方式に改められていたのも、世相を反映していて、かえって珍しく、好もしいことではあった。

 何、苛烈なる戦場に護国の鬼となった英霊にあって、これしきのこと、問題になどなるまい。

 一心に、「英霊安らかにあれ」とのみ念じて参拝した。

 以前、「鎮霊社」の由来書きを撮影して書き取ったことがある。今日は「元宮」の由来書きが見えたので、撮影してテキストを書き取った。下の通りである。


元宮

文久三年福羽美静ら津和野藩士が中心となり、京都祇園社に
小祠を建て徳川斉昭卿等維新の志士四十六人の霊を祀る
後に幕府の嫌疑を恐れてこれを取り壊し、福羽邸内に
ひそかに建てた小祠に霊璽を移して祀った。
奠都に伴ひ更に東京に移されて祭祀が続けられたが、
招魂社のさきがけとも言ふべき由緒に鑑み、昭和六年
福羽亭より神社に遷座、元宮と称して今日に至る。

例祭日 四月一日

 炎天、燃えるような暑さの一日であった。畏友F君と合流し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に立ち寄り、一華を(ささ)げた。

 今年もこうして、終戦記念日が暮れてゆく。

山の日

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天皇陛下万歳

 祝日「山の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 海洋国であるところに「海の日」、また同時に山岳・森林の奥深い国柄に「山の日」と、わが国には誠に相応しい祝日が揃っていると言えよう。

 季節は既に立秋を過ぎた。残暑厳しい、とは文字通り、また時疫も心配であるが、元気を出して乗り切っていきたい。

 夕暮れ、見事な夕焼けとなった。暑くはあるが、黄昏時(たそがれどき)ともなると空気に秋の香りも多少感じられる。

スポーツの日

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天皇陛下万歳

 祝日「スポーツの日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ、拝礼する。

 それにしてもしかし、依然時疫は猖獗(しょうけつ)を極め、とどまるところを知らぬ。

 もとは「体育の日」であったこの祝日を「スポーツの日」と改め、もとの10月の祝日から、オリンピック開催予定の今日にまで移動させて臨んだオリンピックだ。だが、そのオリンピックがこんなことになってしまうとは、7年前、平成25年(2013)の開催地選定時に誰が想像したろうか。

 何より、ぎりぎりまで鍛え抜いている選手たちは、一日一日の練習にすべてをつぎ込み、「あと残り1,500日と15時間30分!」というような、それこそ分刻み、秒刻みの鍛え方をしてきていたのであろうから、この延期は打撃であろう。お見舞いを申し上げたい。

海の日

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天皇陛下万歳

 祝日「海の日」である。自宅の軒先に国旗を掲揚し拝礼する。

 生憎(あいにく)と梅雨は(いま)だ明けず、雨が降り続く。新型コロナウイルスの世界的蔓延は心胆を寒からしめる。

 だが、逆に言うと、自然は、宇宙は、海は、人間などとは全く何の関係もなくその脈動をやめぬ。そしてまた、人間が海を海と認めて初めて海は海であり、宇宙は宇宙である。人間に観測されてその存在が十全となるものが、だがしかし、人間の願望などとはまったく関係なく存在し続けるのである。

 そのようなことを「海の日」にあたり考え続ける。

こどもの日

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天皇陛下万歳

 祝日「こどもの日」である。自宅の軒先に国旗を掲揚し拝礼する。

 折しも時艱(じかん)時疫(じえき)である。子供達には学校が先の見えぬ休みになってしまっているのが気の毒であるが、なに、当の子供たちは悲観してなどおらず、意外に恬淡と日々を楽しんでいるところがある。とまれ、健やかに育ってほしいものと思う。

 また、例年記すことであるが、こどもの日は法定の「母の日」でもある。すなわち、祝日法には「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と記されているところであって、今日こそ全国のお母さんに感謝したいものと思う。

みどりの日

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天皇陛下万歳

 祝日「みどりの日」である。軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 昭和帝は、動植物をいつくしみ、研究に没頭しておられた。「『雑草』などという名前の植物はない」と仰せられた言葉も、植物を評したものではなく、どんな人にも生きていく値打ちがあるんだよと(さと)しておられたように感じられ、胸に迫る。

 そんな「みどりの日」である。