共感も場合によりけり

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 「ハウ・トゥよりも共感だ」と、最新のメンヘル対応要領は口を揃えて教える。

 しかし、まったく解決策のない、「そうだねえ、苦しいねえ、大変だねえ」ばっかりの共感一辺倒というのも、特に理屈っぽくて面倒くさいオッサンやジジイには却って激昂をかってしまい、無意味であるように思う。

 極端な例でいうと、共感過多な弁護士のところへ法律相談に行ったら、「それは苦労しましたねえ、大変でしたねえ、お見舞い申し上げます」と共感のみ並べ立て、肝心の賠償金請求や相続問題や訴訟の方法などにはまったく(こた)えてくれないという状況をどう思うか、ということである。

 対応も状況と場合と人によりけり、というところであろうか。慰めが必要であればカウンセラーや宗教家のところへ行くがよろしい。解決が必要であれば医者や弁護士や社労士や税理士や裁判所や警察へ行くがよろしい。逆に言うと医者や弁護士や社労士や税理士や裁判所や警察は、悩みの受け止めや魂の救済を求める場所とは違う。

 この際において、「職場の上司に訴える」というのは、最も愚策であると言える。職場の上司はあなたに仕事をさせることを目標としており、あなたを守り慰めることはその手段に過ぎない。その愛は見せかけ、偽物の愛である。

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