千一夜物語(13)

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 今年の正月前からずっと読み続けていた「千一夜物語」、今日ようやく13巻全部を読み終わった。通勤電車内で少しずつ読んでいたので、約7か月、月に2冊くらいのペースでゆっくりゆっくり読み進めてきたことになる。

 日本でも絵本や童話などの児童文学に翻案されて有名な「船乗りシンドバードの物語」「アラジンと魔法のランプの物語」「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」などはフルサイズで全部含まれる他、それこそ「数え切れないほどの……」知られていない物語がテンコ盛りだ。
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 上述の有名な話の他に、「教王(カリーファ)大臣(ワジール)御佩刀(みはかせ)持ち」の話が何度も出てくる。

 「教王」というのは、千年以上前のイスラム帝国──私などは若い頃、学校の歴史の授業でこれを「サラセン帝国」と習ったものだが、今はこの呼び名は「学問の欧州中心主義から来た蔑称である」とされるようになり、サラセン人とかサラセン帝国とは言わなくなったのだそうな──最盛期、アッバース朝第5代教王(カリーファ)ハールーン・アル・ラシード(最近の表記では『ハールーン・アッ=ラシード هارون الرشيد‎ ​ Hārūn al-Rashīd』だそうな)のことである。

 実は、この千一夜にわたる数え切れないほどの物語の全巻を通じて、それこそ最多登場回数ではないかと思えるのが、このハールーン・アル・ラシードなのだ。

 水戸黄門か、暴れん坊将軍かという具合に、大宰相のジャアファル・アル・バルマキーと御佩刀(みはかせ)持ちの宦官マスルールを助さん格さんよろしく左右に従え、変装して街を歩き回り、直接庶民とふれあい、ある時は不正を糺し、あるいは弱者を助け、あるいは珍しいことに驚嘆したりする。

 この最終巻では、そのハールーンがどのようにして教王位を継いだかが、シャハラザードから直接でなしに、シャハラザードが語る物語の中の登場人物の口を借り、話中話として語られる。

 そして、全13巻、千一夜にわたるこの浩瀚(こうかん)なアラビアの古譚集の最終巻の、それも最後に近く、唯一の実話ではないかと思われる一話が出てくる。それは、この3人の主従のうちの最も重要な人物、大臣(ワジール)ジャアファルが、一族もろとも滅ぼされる話である。

 実在の人物であるこのジャアファル・アル・バルマキーは、ディズニーアニメの「アラジン」にも、「大臣ジャファー」として名前が登場する。ディズニー映画では悪役として描かれているが、実際のジャアファルは洒脱で軽妙な性格であり、かつ、教王(カリーファ)ハールーン・アル・ラシードの忠実な家臣で、教王のなくてはならぬ右腕であった。
 
 ジャアファルは教王が最も信頼する臣下であったにもかかわらず、突如逆鱗に触れ、王命によりマスルールに首を()ねられる。のみならず、一族もろとも、親兄弟に至るまで滅ぼされてしまうのだ。バルマク家は大きな一族であったため、その処刑は1200人にも及んだという。このことは史実だが、千年以上も前の事なので、研究が進んだ今もその原因ははっきりとはわからないそうだ。この千一夜物語の中でも「原因には諸説がある」とされ、シャハラザードはいろいろな歴史家の説を引用し、この物語の決まり文句風に言えば「さあれ、アッラーのみが真実を知りたもう」として物語を置く。

 さて、最後にもう一度、この物語全体を振り返ってみよう。

 物語のスタートはよく知られるとおりだ。すなわち、妃の不貞と淫乱に怒り狂ったシャハリヤール王が、ついに暴王となりはて、治下の処女を差し出させては一夜(なぐさ)んだだけで殺してしまうようになる。ついに国の処女は大臣の二人の娘を残すのみとなってしまうが、この二人娘のうち、姉のシャハラザードは自ら父に申し出て、暴王のもとへと嫁ぐのである。

 シャハラザードは他の処女たちと同様、一夜で殺されると誰もが思った。

 しかし夜更け、シャハラザードは「せめて妹ドニアザードに今生の別れを告げたい」と王に乞う。王はこれを()れる。やってきた妹はせめて別れに、いつもの昔話を聞かせてください、と姉に頼む。姉は明日の処刑までの時間が許す限り妹に物語をしてやることにし、語りはじめたのが「商人と鬼神(イフリート)との物語」であった。ところが、物語の一番いいところ、途中で夜が明けてしまうのだ。隣で物語を聴いていた暴王シャハリヤールは、どうしても続きが知りたくなり、その日一日だけはシャハラザードの刎頸(ふんけい)を延ばす。

 だが、これは賢い姉妹の作戦なのであった。

 こうして、物語は千一夜にわたる「切れ場」の連続となり、シャハラザードは一夜一夜を生き延びる。また、こうして国中の処女が一日一日、命を救われる。

 この物語のスタート、ここまでのところはよく知られる。あまり知られていないのは、この枠物語の最後、「大団円(めでたしめでたし)」と題されているエンディングだ。それは次の通りである。

 千一夜にわたって物語を聞いた暴王は、物語の中に含まれる教訓や叡智、愛や善悪について聴き、学ぶうちに精神が熟し、寛仁で立派な王に変貌するのだ。そして、決してシャハラザードの命を奪うまいと誓うのだが、この約3年の間には、二人の間には長男と双子、合わせて3人の子供が生まれていたことが、この最終夜に明かされる。お産の間もシャハラザードは王に物語をし続けたのである。王はこの子供たちに、千一夜目にはじめて引き合わされて、感動のあまり涙にむせぶ。IMG_3918

 少女だった妹ドニアザードは大人の女になっており、これは同じく改心したシャハリヤール王の弟王に嫁ぐことになる。そして、弟王は感動して退位し、姉妹の父大臣はその代わりの隣国の国王となるのである。

 最終ページはデザインになっており(写真)、フェードアウトしていくかのように物語が結ばれる。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

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