洗う

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 帰宅してから晩酌の飲み料がないのに気づき、ひと風呂浴びてから近所のドラッグストア「ウェルシア」へ買いに行った。

 買いに行ったのはウイスキーと、地域猫に飼ってやる餌だったのだが、店のワゴンには時季らしく「ボージョレ・ヌーヴォー」が並んでいた。今日が解禁日なのである。

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)下、夜の街へボージョレを一杯やりに行くのも(はばか)られる世相柄である。ここはひと瓶(もと)めて帰り、今日は土曜、明日から金・土・日と週末、されば週末は家内・娘を交え、家の中で一杯きこしめすのがよかろう、と古財布の紙入れを(さら)う私なのであった。

 帰ってすぐにその瓶を仕舞(しま)った私だが、しばらくしてハッ、と気づいた。

 これは、新型コロナウイルス蔓延の本場、疫病(しょう)(けつ)の地、汚穢(おわい)共和国のフランス産ではないか。

 まさかのことに、瓶の内部はワインのアルコールが効いているからコロナウイルスが増殖しているわけはあるまいけれども、瓶の外側はどこの誰が触ったかもわからぬ。

 最近、ウイスキーを買うと、ウイルス対策のこともこれあり、仕舞い込む前に瓶の外側を水で洗うことにしているのだが、今日のボージョレ・ヌーヴォーの瓶は洗剤をつけて洗った。コロナウイルスは遺伝子が油膜で覆われており、石鹸や洗剤などの界面活性剤に遭うや、油膜が壊れ、「はらわたをはみださせて……」死滅するのであるそうな。

時事瞥睨(べつげい)

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新型コロナより怖い

 まったく、秋とは名ばかりである。

 さすがに、都内でたった6日間のうちに30人近くの死者は、新コロでは出てないもんな。暑熱のほうがよっぽど恐ろしい。

渡哲也氏死去

 織田信長役や、晩年の東郷平八郎役など、実に味わい深いものがあった。祈冥福(めいふくをいのる
)

ああ、嫌だねえ、老害は。……俺もか(苦笑)

 多分この爺、「正しいことをした」とか思い込んでるんだろうなあ。おそらく警察のお世話になっても考えを変えることはなかろう。正味な話、こういう馬鹿は死ななきゃ治らんよ。

 瞋恚(しんに)を去る。……こんな昔から言われていることが、今や「アンガーマネジメント」などという横文字の化粧を施した嘘臭い言葉で言って回らないと理解されない。嫌な世の中である。耳順(じじゅん)従心(じゅうしん)にもなろうかという歳の者でもこうなのだから、始末に負えぬ。

 後生おそるべし、そういう気持ちで若者や子供を観ないといけない。

山の日

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天皇陛下万歳

 祝日「山の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 海洋国であるところに「海の日」、また同時に山岳・森林の奥深い国柄に「山の日」と、わが国には誠に相応しい祝日が揃っていると言えよう。

 季節は既に立秋を過ぎた。残暑厳しい、とは文字通り、また時疫も心配であるが、元気を出して乗り切っていきたい。

 夕暮れ、見事な夕焼けとなった。暑くはあるが、黄昏時(たそがれどき)ともなると空気に秋の香りも多少感じられる。

時事喋々(ちょうちょう)

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今時、「脱走」てアンタ……

 「鍵を壊して脱走」て……。多分、「無理やり閉じ込められている感じ」がどうしても我慢できない脳の仕組みの人なんだろうなあ。

 私なら逆に、閉じ込められていることをこれ幸いと、自ら閉じこもるけどなあ……。

訃報

 台湾の李登輝元総統が死去したという。

 祈冥福(めいふくをいのる)

トービョルン・オーマン氏

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 スウェーデンの鍛冶職人、トービョルン・オーマン氏 Herr Torbjörn Åhman の動画をYouTubeで見る。

 この人の動画は面白い。何より、確かな鍛冶技術が素晴らしいし、時折挿入されるスウェーデンの風物も美しいので、よく見る。

 今回の動画は、息子らしき子供さんにも手伝わせて治具を制作し、それを使って猫の置物を作る一部始終だ。

 子供たちの愛らしさ、猫のかわいらしさ、高度な技術に裏打ちされた力強い鍛冶作業、持ち味の質素で端正、かつ繊細な作品と、スウェーデンの美しい風景が渾然一体となった素晴らしい動画だと思う。

 スウェーデンの地は時疫が猖獗(しょうけつ)を極め、困難に直面していることと思うが、この点、お見舞いを申し上げたい。

スポーツの日

投稿日:

天皇陛下万歳

 祝日「スポーツの日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ、拝礼する。

 それにしてもしかし、依然時疫は猖獗(しょうけつ)を極め、とどまるところを知らぬ。

 もとは「体育の日」であったこの祝日を「スポーツの日」と改め、もとの10月の祝日から、オリンピック開催予定の今日にまで移動させて臨んだオリンピックだ。だが、そのオリンピックがこんなことになってしまうとは、7年前、平成25年(2013)の開催地選定時に誰が想像したろうか。

 何より、ぎりぎりまで鍛え抜いている選手たちは、一日一日の練習にすべてをつぎ込み、「あと残り1,500日と15時間30分!」というような、それこそ分刻み、秒刻みの鍛え方をしてきていたのであろうから、この延期は打撃であろう。お見舞いを申し上げたい。

時事遅見

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訃報

 「ノストラダムスの大予言」で大ヒットした文筆家、五島勉氏が死去したそうである。

 祈冥福(めいふくをいのる)

 私などは当時小学生であったが、「立ち読み」が庶民の公然の娯楽であった頃でもあり、ゾクゾクしながらタダでこの本を読み(ふけ)ったものだ。今にして思うに、当時の個人経営の街の書店というのは、随分と寛容だったものである。そのかわりに、当時の大人の慣例として、その書店で大部の全集ものを購入するなどしていたのだと思う。

 私が最近読み耽っている平凡社の世界教養全集は、父から貰い受けたものだが、これも、父が街の書店との持ちつ持たれつの付き合いで買い込んだものではなかったろうか。

馬鹿なことを

 欧米土人に納豆のような高度な食品が食えるわけはあるまい。ハナッから笑止千万である。

 納豆は日本人のように高度な味覚を持つ選民によって賞玩されるものであって、毛唐にその価値を評論されるなど、不愉快そのものである。

はやぶさ2任務続行

 驚くべきその耐久性。驚愕。

購読者を愚弄してんじゃないよ(笑)

 な~にバカにしたようなこと書いてんのさ。数万の票を投じた有権者の多くは、毎日新聞の上得意客、購読者様だろうがってのよ。よくこんな取り澄ましたようなこと書いてトボけておれるよ。ネトウヨ煽ってんじゃないよ糞新聞が。

結果から言えば

 結果から言えば、日本政府の生ぬるくていい加減な「緊急事態風な国民の皆様へのお願い」と、諸外国が行った強制的で武力をも実際に国民に向けた「ロックダウン」との間には、それこそ霄壤(しょうじょう)(ただ)ならぬ逕庭(けいてい)があったと言えよう。無論、霄は日本で壤が諸外国だ。諸外国のロックダウンにはまるで意味がなかった。日本と英国の死者と感染者の数を比べて見たまえ。

 だが油断してはならぬ。夏休みに開放感に浸り、いい気になってあちこち出掛けたりなんかすれば、たちどころに数万人の感染者を生じて死者を出し、「日本人はやはり劣等で愚かな未開有色人であった」などと米英仏独伊の欧米土人どもから嘲笑の的になるばかりでなく、厳しく病気を制御しつつあるアジア諸国からも「ハハッ、やっぱり日本人など『半欧米土人』に過ぎなかった(笑)」と憫笑(びんしょう)されるだろう。

 オリンピックは中止されたが、そのかわりに、新コロによって思わぬ国威レースがスタートされたと言ってよい。また、私に言わせれば、欧米土人は核開発とその実戦使用、すなわち広島、長崎の惨劇が咎となり、彼らが信じる神の罰を受けて死につつあるのだ。歓喜のうちに罰を受け止めるがいい。

 更に書けば、神罰を神によるものならしめるのは人間の精神に他ならぬ。「精」に「神」と書いて「精神」という言葉は成る。日本人の神仏は文字通り人間の精髄にあるが、欧米人の神は人間の精髄にはない。その結果をこそ見ざらめや、というほどの気概を持ちたい。

海の日

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天皇陛下万歳

 祝日「海の日」である。自宅の軒先に国旗を掲揚し拝礼する。

 生憎(あいにく)と梅雨は(いま)だ明けず、雨が降り続く。新型コロナウイルスの世界的蔓延は心胆を寒からしめる。

 だが、逆に言うと、自然は、宇宙は、海は、人間などとは全く何の関係もなくその脈動をやめぬ。そしてまた、人間が海を海と認めて初めて海は海であり、宇宙は宇宙である。人間に観測されてその存在が十全となるものが、だがしかし、人間の願望などとはまったく関係なく存在し続けるのである。

 そのようなことを「海の日」にあたり考え続ける。

米国にデモや暴動がおこると

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 米国ではCOVID-19で14万に(なんな)んとする人命が失われている。暴動も起きており、その混乱の行方は全く予測できない。

 しかも、14万もの死者を出したCOVID-19対策への不満によって暴動が拡大しているのではない。不思議なことに、14万人ではなく、2人の死者を出した黒人差別への不平で暴動が起きているのである。

 サッパリわからないのはここで、米国の黒人差別は、制度や政治によって規定されているようなものとは違う。米国人の一人一人が勝手に黒人を差別しているだけだ。むしろ、政府や体制側は、最近流行の「ポリコレ」とて、差別には細心の注意を払っているのである。しかし、民衆は黒人差別を糾弾する。米国は完全民主主義を自称する国であるから、その理屈に従えば、自分自身、国民の一人一人が、その自分自身を集団で否定しているということになる。

 まったくもって開いた口がふさがらないが、まあ、それは置こう。それよりも気を付けなければならないことがある。

 米国になんとはない鬱屈が生じてデモがのたくる時、その背景では科学技術が進展する。

 インターネットの萌芽が見え隠れした頃、米国は自ら招き寄せたベトナム戦争の泥沼に悩み、国防総省前には数十万人に及ぶデモが押し寄せ、不平不満を叫び、叩きつけた。だが、その国防総省庁舎内では、ロバート・テイラー、ラリー・ロバーツら稀代の技術者によって着々とインターネットの開発が進んでいた。

 今、米国は混乱を極めている。その裏で、何かが着々と芽吹いていることだろう。それは間違いなく世界を席巻する何かである。

梅雨の半ば過ぎ

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 暑い。

 今日などさながら梅雨明けだとでもいうような晴れ空にむくむくと大きな入道雲が育って天を囲み、はて、このぶんだと午後は夕立ちになるのでは、と思わしめるものがあった。しかし、今年の梅雨明けはまだまだ、来週以降の予想だそうで、今日は夕立ちにはならなかった。

 庭の砂利敷き小径を手入れし、防草シートを敷き込む。猫の額ほどの庭にもかかわらず、ようやっと四半分ほど。家の東側の防草シートは先々週からとりかかってやっとこさ全部終わった。南の一番端に設置してあるエアコンの室外機の下に敷き込むのが一番の難渋で、あれこれと工夫して敷き込んだ。砂利の嵩が減ったので、ホームセンターで20kgばかり買い込んで足す。

 腰が痛くなった。

 時疫は収まらず、東京の感染者は未だ200人を超す。しかし新コロの死者は全国通算でも0人~2人程度で推移している。検査を受ける者が増えていると言うだけのことだから都内だけでも200人を超すのだ。東京では感染者に給付金を出すなどと言う区も現れたと仄聞するが、そういうカラクリであれば、我も我もと検査に手を挙げるのは自然の流路とも言える。有象無象のあさましさに憫笑すら漏れる始末だが、責めるわけにもいくまい。

 風呂に入る。肌脱ぎになって冷凍庫の氷の塊を割ってたっぷりカチワリを作り、それでウィスキーを一杯。涼味が咽喉(のど)を転がり落ちていく。汗が引いていき、酩酊がやってくる。シャツの胸元に扇風機の風が入る。ウィスキーに少し垂らすライム・ジュースの味が鮮やかだ。

 たとえ沈滞していても、そんな生活の楽しみだって、ある。