読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代史概観(三好達治)」を読み始めた。第13巻とは打って変わって、日本文学一色である。

 まず最初の「新文章読本」(川端康成著)を帰りの通勤電車の中で読み終わった。

 著者川端康成は、この全集出版時はまだ存命だったようだ。

 本書は、川端康成自身が認める文章を広く引用しながら、優れた小説の文章とはどういうものであるか、徹底的に論ずるというものである。さすが、不世出の文章家、ノーベル文学賞・川端康成の論で、論じている文章そのものが名文である。変な言い回しや難しい単語などはほとんどなく、現在で言うと村上春樹の文章のように気持ちよく飲み込める。私の感覚としては、これまで14巻にわたって読んできた世界教養全集の中で、最も読み易い文章だったと思う。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「新文章読本」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.9より

表現を通じてより以外に作者の現わそうとした内容を知る道はない。

p.34より

 横光氏の文章の歴史などをふりかえると、私はいまさらに、作者にとって文章は命である、との感は深い。命といってもよい程大切なものだ……という表面の意味ばかりではなしに、文章はペンで書くものではなく、命の筆先に血をつけて描く……といったなまぐさい子供っぽい形容さえしたい気持なのである。

p.34より

 深くなやむ者だけが、いつも正しい。
と私はそんな言葉さえ今は不用意に書きつけそうである。

p.64より

 金脈を発掘する日まで、書きに書くこと……その不屈の魂が文章上達の第一の要素でもあろうか。

言葉
慧しい

 「(さと)しい」と()む。

下線太字は佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.38より

里見氏は次から次へとすばしっこく慧しく変転して、分解し、一物からその周囲、周囲から一物、と眺めている間に、志賀氏は一中心を凝視し、それに透徹してから、稍〻静かに次へ移って行く。

趦趄逡巡

 「趦趄(しそ)逡巡(しゅんじゅん)」と読む。通常は「咨咀逡巡」と書くようであるが、本書中では「趦趄逡巡」が用いられている。

 「逡巡」は言うまでもないが、「趦趄」とは「なかなか進まない」ことから「思い悩む様子」を言う。「趦」は進まない、「趄」はかたむいて斜めになってうまくいかない、という字である。

p.50より(芥川龍之介「枯野抄」からの川端康成による引用)

それならば――ああ、誰か徒に趦趄逡巡して、己を欺くの愚を敢てしよう。

(りん)(ぜっ)する

 「倫」という字には「みち」という意味がある。「倫理」という言葉を思い浮かべれば納得できる。すなわち、「ひとの歩むべきみちの理」、これが倫理であるからには、「倫」とは辿るべきすじみちのことである。

 その「みち」が「絶えている」のである。つまり、他にその筋道を通ることの出来る人がいない、「空前」つまりその人の前に人がなく、「絶後」その人の後に人がいない、前人未到の状態を「倫を絶する」という。

 これは、そのまま漢語として「絶倫」とつづまる。本来よい言葉なのだが、ところが、「絶倫」と言った途端、「精力絶倫」という後世の熟語とつながってしまい、今や「絶倫」という言葉には、男性ホルモン過多、カザノバ、油ハゲみたいな、そんなイメージが付着してしまって拭えない。私のような者にとってはまことに悲しむべきことと言えようか。

 引用については次の語「溘然として」と、その次の語「属纊につく」でまとめて引用する。

溘然として

 「溘然(こうぜん)として」と読むが、「溘」という字は「ち」を送って「(たちま)ち」と訓み、このことからも分かる通り、「溘然」とは「突然」「急に」という意味である。

 しかし、こんな言葉、近代日本では芥川龍之介以外誰も使っていないらしく、上のgoo辞書内での文例も、次の「属纊」の項目にまとめて引用した芥川龍之介の文章そのままである。

属纊に就く

 「(しょく)(こう)」と読む。「しょっこう」「ぞくこう」「ぞっこう」、いずれでも読むようである。

 「纊」というのは「わた」のことであるそうな。

 そして、「属纊」というのは臨終の人の呼吸を確かめるのに口鼻に綿をあてることなのだという。つまり、「属纊に就く」とは、「臨終を迎える」ということである。

p.50より、上3件の語まとめて(芥川龍之介「枯野抄」からの川端康成による引用)

 かうして、古今に倫を絶した俳諧の大宗匠、芭蕉庵松尾桃青は、「悲嘆かぎりなき」門弟たちに囲まれた儘、溘然として属纊に就いたのである。

恁くて

 「()くて」と訓む。「斯くて」と同じと思えばよかろうか。

p.52より(泉鏡花「『照葉狂言』の二」からの川端康成による引用)

 広岡の継母に、恁くて垣越に出会ひしは、ふるさとに帰りし日の、二十日過ぎたる夕暮なりけむ。

 次は引き続き第14巻から「日本文芸入門」(西尾実著)を読む。著者西尾実は戦前から戦後にかけて活躍した国文学者である。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第13巻「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」のうち、最後の「詩をよむ若き人々のために Poetry for You」(C・D・ルーイス Cecil Day Lewis 著・深瀬基寛訳)を読み終わった。

 題名こそ「詩をよむ『若き人々』のために」となっているが、著者は少年少女向け、私の読後の印象では小学校高学年から中学生くらいまでを対象にこの本を著したように思われる。というのは、恋愛に関する詩の解説で「みなさんくらいの年齢の方々にはちょっとわからないかと思いますが」というふうに書いてあるところがあるからだ。だが、その割には高度な英詩論がこれでもかと満載にしてあり、はたしてこれがイギリスの中学生に理解できたのかどうか、多少疑問も感じる。さればこそ、訳者による解説には、少年少女だけでなく広く一般に読まれた、という意味のことが書かれてあるのであろう。その点でなるほどと納得できるのである。しかも本書は、その高度な詩論が、平易に、わかりやすく噛み砕いて書かれてある名著だと思う。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第13巻「詩をよむ若き人々のために」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.438より

じつのところ、みなさんが旧約聖書をおよみになればみなさんはヘブライの予言者たちの多くはほんとの詩人であったことを知るでありましょう。太古のむかしから詩と魔術とのあいだにはある密接な関係があったのです。

 これはなるほど、本当にそうだ、と同感した。

p.444より

してみると俗語というものは、それを見て、ひとびとがじぶんの想像力をさかんに使用していることが証明されるばあいには、いいものであるが、俗語が惰性的に機械的にしゃべられることを示しているばあいにはわるいものであると考えていいでしょう。

 上の引用は「ことばのひびきはピカピカ光る」と題された一節の最後の一文である。この節は、「詩の機能は、言葉と言葉の出会いによる、言葉の絶え間ない再創造にある」という意味のことをテニスンの詩の一行を例に引いて説いている。私の趣味は俳句を詠むことだが、本節はその上でも重要な示唆を与えてくれている。この一節を読むだけでも、この書を開いた価値が多大にある。

p.490より

皆さんの中には『ハムリン((ママ))の笛吹き』Pied Piper of Hamelin というブラウニングの詩をご存じの方もたくさんあるでしょう。

 ブラウニングというと、妻のエリザベス・ブラウニングも名詩人だ。以前、この全集の第5巻中「現代人のための結婚論」の中に引用されていたエリザベス・ブラウニングの詩を翻訳して書き留めておいたことがある。

 さておき、「ハーメルンの笛吹き」の童話と言うと、私はグリム童話という認識を持っていたが、実はいろいろな記録があるようだ。ブラウニングの詩にこの話があるとは知らなかった。青空文庫にその古い日本語訳がある。

 次は第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代史概観(三好達治)」である。第13巻とは打って変わって、日本文学一色である。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第13巻「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」のうち、四つ目、「世界文学をどう読むか Eine Bibliothek der Weltliteratur」(ヘルマン・ヘッセ Hermann Hesse 著・石丸静雄訳)を朝の通勤電車の中で読み終わった。

 前書「文学――その味わい方」同様、浩瀚(こうかん)な書名リストが付されており、それはヘルマン・ヘッセが推奨する文学リストであると同時に、彼自身の読書目録でもある。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第13巻「世界文学をどう読むか」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.392より

 ここらで前置きはたくさんだとしよう! 努力するめいめいの人にとって、世界文学の尊ぶべき画廊は開かれている。量が問題ではないのだから、その豊富さにびっくりする必要はない。一生の間に十二冊ほどの本ですましながら、しかも真の読書家であるという人がいる。また、あらゆるものをあさり散らして、何についても心得顔で意見を述べるが、しかも彼らの骨折りはすべてむだだったという人もいる。なぜなら、教養とは、なにか教養されるべきものを前提とするからである。それらが存在しない場合、教養が実体なしにいわば空虚のなかでおこなわれる場合、知は生じ得るかもしれないが、愛と生命とは生じえないのだ。愛のない読書、畏敬のない知、心情のない教養は、精神にたいする最悪の罪の一つである。

p.417より

高い意味での読書を学ぶことは、新聞とか、たまたま目にふれた現代文学とかによってはできない。傑作によってのみできることである。傑作は流行の読み物ほど甘い味も刺激的な味もしないことが多い。傑作は真剣に受けとられ、獲得されることを欲する。あざやかに演ぜられる舞踏を受け入れるほうが、ラシーヌの戯曲の厳格な、鋼鉄のように弾力のある措辞、あるいはスターンやジャン・パウルのような人の微妙なニュアンスのある、ゆたかに戯れるユーモアを受け入れるより、容易である。

 傑作がわれわれによって真価を証明される前に、まずわれわれが傑作によって自分の真価を証明しなくてはならない。

 次は引き続き同じく第13巻より、「詩をよむ若き人々のために Poetry for You」(C・D・ルーイス Cecil Day Lewis 著・深瀬基寛訳)である。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第13巻「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」のうち、三つ目、「文学――その味わい方 Literary taste」(A.ベネット Arnold Bennett 著・藤本良造訳)を帰りの通勤電車の中で読み終わった。

 本書は英文学入門、英古典入門と言ってよい内容で、この本に沿って多くの古典を読んでいけばよいように書かれている。本書の終わり近くに浩瀚(こうかん)な書籍リストがあり、ぜひそれらを読むように勧めている。それに従えば非常に広く深い英文学の世界を楽しめるのだろうとは思うが、今はこの世界教養全集を先に読み進めたい。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第13巻「文学――その味わい方」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.309より

数学や競技は大したもので、チェスは手ごわく、ヴァイオリンではハイドンがこなせる、というある若い数学の教授が、かつてなにかの本についてのおしゃべりを聞いたあとで、わたくしにいったことがあります。「そうだ、文学をものにしなけりゃ」と。これはいいかえれば「ぼくはうっかり文学のことを忘れかけていたが、他のことはみんなやってしまった。こんどは文学をやってやろう」ということであります。

 こうした態度、あるいはこれに似たものは間違っております。

p.321より

古典は喜びの源泉でありちょうどミツバチが花を見過ごすことができないと同じように、少数の熱情的な人々にはそれをうち捨てることができないので、存続しているのであります。かれらは正しいからというので「正しいもの」を読むのではありません。それは本末を転倒しています。かれらがそれを読むのを好むからこそ、「正しいもの」はそれのみで正しいものなのです。ですから――そしていまこそわたくしがいおうとするところにきたのですが――文学の趣味にたいする一つの重要で欠くことのできないことは、文学に激しい興味を抱くことであります。もしあなたがそれをもっていらっしゃるならば、他のことは自然についてきます。

p.330より

 ある特定の本の価値について議論をしているときに、人々がこういっていることがあります――それは文学者の前では自身の文学的見解を述べるのに臆病な人々ですが――「文学的に見ては拙いかも知れないが、ひじょうにいいところがある」とか、「おそらく、文体はかなりひどいものだろうが、じつにこの本は面白くて、示唆に富んでいる」とか、「わたしは専門家でないから、文体のよさなどはどうでもいい。問題なのは内容のよさだ。それさえよければ批評家がなんといおうとかまわない」などその他同じような意見でありますが、どれもこれも話し手の気持ちのなかには、文体とはなにか補助的なもので、内容と区別できるものといった考え方、つまり古典として残るようなものになろうとしている作家は、まず内容を見つけだして、それを纏めあげ、それからいわゆる批評家という連中のお気に召すように、文体という()(しょう)でお上品に身づくろいさせる、という観念のあることを示しています。

 これは誤解であります。文体は内容と区別することはできません。作家がある考えを思いつくとき、かれはそれを言語の形で考えます。

p.332より

 悪い文体だが内容がいい、ということはありえません。その点もっと綿密に調べてみましょう。ある人があなたにあるすばらしい考えを伝えたいとします。そしてその人は言葉の形を用います。この言葉の形がかれの文体なのです。

 ……いやもう、一刀両断、バッサリ、である。

p.373より

文学を失った世界では、ごくわずかの例外的な天分に恵まれた者は別として、すべての人々の知的、感情的活動は急速に狭い範囲のものに衰え、かつ委縮してしまうことでしょう。広範で、気高いとか、寛容といったものは、じきに姿を消し、それにつれて人生は堕落してしまうでしょう。なぜなら人を欺く思想やくだらない感情が、天才の思想や感情によって向上されるようなことはないでしょうからです。文学のない社会を考えあわせることによってのみ、文学の機能が平野を山頂の高みにたかめうることを、はっきりと理解できるのであります。

チャールズ・ラム

 著者は文学の入り口としてチャールズ・ラム Charles Lamb の「エリア随筆」に収められた一編、「幻の子ども――夢想」を熟読玩味することを勧めている。この作品から読み始めれば、それを糸口に、広大無辺、莫大な英文学の世界へ入っていける、というのだ。

 日本でも早くからあらゆる文学者に激賞されてきた作家なのだそうだ。だが、恥ずかしいことに、私は名前も作品も聞いたことがなかった。

言葉
桂冠詩人・湖畔詩人

 桂冠詩人の本来の意味はギリシア・ローマの詩人の代表格のことなのであるが、英文学に関して言うかぎり「英王室お抱え詩人」のことだそうな。なんと今でも桂冠詩人はおり、今はサイモン・アーミテージという詩人が桂冠詩人をつとめているという。

 一方、湖畔詩人は「湖水詩人」とも言い、19世紀にイギリスの北の方の「湖水地方」が「詩人ファーム」の様相を呈しており、詩人がうじゃうじゃいたのだそうで、かれらを十把ひとからげに湖畔詩人と言うもののようだ。どうも「湖畔詩人」という言葉自体には、文学への尊敬や古き良き時代への憧憬と同時に、そこはかとない揶揄のようなものも含まれているような感じがする。

下線太字は佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.17より

その人たちのうちにはワーズワース(イギリスにおけるロマン派に一時期を画し、のちに桂冠詩人となった。一七七〇―一八五〇――訳者)、サウジイ(ワーズワースとともに湖畔詩人と呼ばれ、のちに桂冠詩人となる。一七七四―一八四三――訳者)、ハズリット、リイ・ハント(イギリスのジャーナリスト、キーツ、シェリーと交わり、詩人としても名がある。一七八四―一八五九――訳者)があります。

 次は引き続き同じく第13巻より、「世界文学をどう読むか Eine Bibliothek der Weltliteratur」(ヘルマン・ヘッセ Hermann Hesse 著・石丸静雄訳)である。

 ヘルマン・ヘッセと言えば、名作「車輪の下」の作者として知らぬ者のないドイツの大作家であるが、彼が著した文学ガイドとは、果たしてどのようなものだろうか。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集第13巻、「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」を読んでいる。

 帰りの通勤電車の中で、二つ目の「文学とは何か Introduction à une science de la littérature」(G.ミショー Guy Michaud 著・斎藤正二訳)を読み終わった。

 文学についてそれが一般的な論なのかどうかは私はよく知らないのだが、本書で著者ミショーは、「文学の完成は8割は読者や批評家・評論家によってなされる」と主張しているように思う。実際、本書の物理的分量の、ざっと8割は読者が何をなすべきかという論に()かれており、作者がどのように作品を()むかについて書かれているのは残りの2割に過ぎない。そして、作者がどのように作品を生む「べき」かは、書かれていない。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第13巻「文学とは何か」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.204より
厳密な意味では――文学とは「美しい文章」ということである

 上記は、下記の部分に(つな)がる一節のタイトルである。

p.205より

 そこで、われわれは、ごく狭い意味での文学を、定義づけて、こんなふうに、いおうと思う。

 「文学とはすべて、『美しい文章をさしていうのである。」と。

 しかし、それにしても、「美しい文章」の名に値するものとは何かということになると、その判定の仕方は、はなはだ困難である。それに、いったい、だれが、「美しい文章」としての価値のある無しを、聞かせてくれるのだろうか。……

p.221より

サルトル流にいうならば、“作品はまず存在し、出会い、世界のなかに出現するものなのだ”。

p.241より

太古のひとびとの心のなかでは、詩と文学とは、ひとつに溶け合っていた。そこにあるものといえば、ただ歌であり、ただリズムであり、ただ諧調であった。それというのも、太古のひとびとには、「自然」と「超自然」のけじめがつかなかったからである。たとえば、眼前(がんぜん)にめらめらと音を立てて燃える火がある場合にも、かれらには、それが物理現象としての燃焼であるのかそれとも、何かの(おん)(りょう)が焔をあげているのであるのか、このふたつのもののけじめは、はっきりとはつけられていなかったのである。

p.297より

われわれは、文学については、ハーモナイゼーション、そしてオーケストレーションを語ることが、正当の権利として、なしうるのである。じじつ、マラルメがいみじくも(かっ)()したように、文学は、ペンと紙とによって書かれたものであるという点からは、ページにおける一種の同時性が存在するとも、いいうるのである。

 上記の部分は、私には「果たしてそうか?」と感じられ、疑問である。著者はこの部分を含む章で文学を音楽と対比しているのだが、多数の楽器や声部が同時に演奏される音楽に比べ、文学はどうしても、鑑賞の瞬間瞬間には、シリアルに流れる一文字一文字の羅列を消化していかざるを得ず、同時に別のページや段落を著者ミショーが言うように味わうには、一度作品を読み終わった読者の記憶によるしかないから、どうしても音楽と同レベルのハーモニーを楽しむことはできないのではないか。

 この部分は、むしろミショーが、文学が音楽に対して劣る部分を羨望を含めて「ああ、もし文学がこうであったなら!」と言い立てているようにも感じられる。

p.299より

 結論的にいえば、ほんものの作品においては、すべてが切り離しがたく結びついているのである。そして、ひとつの書きかたしかないようにひとつの読みかたしかないのである。だから、われわれが、ひとつの作品を理解し、またその作品とともに生きようと思うならば、われわれは、つねに、作品のもつ多様性を、統一性に従属せしめうるように努めなければならないのである。

 正しい意味での“調和の追求”。これこそが、文学作品を読む唯一の仕方であり、究極の目的なのである。

 次は引き続き同じく第13巻より、「文学――その味わい方 Literary taste」(A.ベネット Arnold Bennett 著・藤本良造訳)である。

読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第13巻「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」を読み始めた。

 まずは一つ目、「世界文学三十六講 Literaturgeschichte」(クラブント Klabund 著・秋山英雄訳)を読み終わった。

 人類創生、すなわち文学の萌芽から書き起こし、ヨーロッパ、中でもドイツ文学に軸足を置いてはいるものの、エジプト、ギリシアはもとより、中国、日本、アラビアなどまでを壮大な視野に納め、現代のヨーロッパ文学に至るまで一気に語り尽くすという稀有の書である。

 とりわけ、これまで読み進めてきた十数巻の中で、これほどアラビアの文学について広範に噛み砕いて記したものは他になかったように思う。

 著者クラブントこと詩人アルフレート・ヘンシュケ Alfred Georg Hermann “Fredi” Henschke は、享年38で夭逝(ようせい)している。若くして世を去ったにもかかわらず、本著だけでも数百以上の世界文学を紹介している。その眼光たるや億兆の紙背を貫徹しているといっても過言ではなく、38歳で亡くなった人が()し得たこととは、(にわ)かには信じ(がた)い。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第13巻「世界文学三十六講」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.16より

 エホバ、それはなんと驚くべき不倫の神であることか。かれは人間を創り、それに罪を犯させ、そして苦しめ、われとわが手で人間のなかにまいた種子の実ゆえに罰するのだ。かれは復讐の神である。そしてまた、目には目を、歯には歯と説く残酷なおきての神なのだ。エホバ、ユダヤ人の神、マカベールの神であり、愛と恵みの神たるインドの神の概念からははるかに後退した神であった。キリストが、インドの神の概念に戻ることによってはじめて、このエホバにとどめを刺した。この神は慈悲を知らない。アブラハムに対しては息子を殺せと命じたではないか。かれは、祖先の罪には孫代々にまで復讐を呼びかけるのだ。かれは寛容ということを知らない。キリスト以後最大のユダヤ人であるスピノザを、オランダの正統派ユダヤ人たちはどのようにあしらったか(スピノザがユダヤ教団から破門されたことをさす)。

p.69より

“臣民”なる観念が今日なおドイツ人の血に深くしみわたっていることは、国法と権力妄想の哲学者たち、ビスマルクやヘーゲルやルターに大いにその責めを帰さなければならぬ。ところでルターは、そのなかでもだれより重要な、したがって、だれより有害な代表者であった。

 ルターは一般に偉人とされているような気がするが、文学上の立場からこういう非難があるのは知らなかった。意外だな、と思った。

p.102より

最期の戯曲「ヴィルヘルム・テル」で、シラーは“自由”の理念に形を与え、いまいちど“あらゆる国々の被圧迫者”の味方になっている。これは数々の点で処女作「群盗」の血を引いた作品である。どんなに文献をこねくりまわし道徳をてらって詭弁を弄してみても、この戯曲がテルの行為をかりて政治的暗殺を弁護し、賛美してさえいることを、ごまかすことはできまい。どんな戯曲も、テロリストにささげられた祝典劇としてこれ以上適当なものはありえまい。個人的なテロがこの作品ではさん然とした栄光につつまれている。テルはシラーの意識下の深層から出てきた青年時代の人物であるようにわたしには思える。この人物は、ドイツの小邦における専制君主の一象徴として描かれたゲスラー(カール・オイゲン公)に死の矢を向け、ついに自由の身となるのだ。

 ……つまりウィリアム・テルを「テロリスト」呼ばわりしてディスっている(笑)。まあ、ディスるというとアイロニー(皮肉)めいているから、これは「別の角度から評論している」というように書けばよかろうか。

p.121より

 人間的にも詩的にも人を感動させる革命歌「シレジアの織工たち」はハインリヒ・ハイネ(1797~1856)の作である。

暗い(まなこ)に涙は消えて、
かれらは織機(はた)に向かって歯をくいしばる、
“ドイツよ、おれたちは織る、
お前の(きょう)帷子(かたびら)を三重の呪いをこめて織る。
 おれたちは織る、織ってやる!”

 ハイネほど激しい論争の的となったドイツの詩人はいない。かれは信仰者であって悪徳者であり、ユダヤ教徒であってキリスト教徒であり、善人であって悪人であった。生前にも死後にも、純粋な、そして不純な愚か者たちから、かれが激しく非難される原因となったのは、かれの本質のこの二重性である。

p.123より

 ハイネは新聞記者の典型であり、ヨーロッパで最初のジャーナリストであり雑文家であった。ルードウィヒ・ベルネ(1786~1837)やカール・グツコウ(1811~78)と同じように、かれは客扱いの悪いドイツから逃げ出して、亡命先のパリから“専制君主と俗物”を攻撃した。人々はこの外国からのかれの闘争に気を悪くして、ことにかれのホーエンツォルレン家に対する態度をこころよしとしなかった。しかしかれは政治評論や論文(「フランスさまざま」等)のなかで、まぎれもない勘と炯眼(けいがん)をそなえた政治家であることを示した。かれが「ルテツィア」のなかでヨーロッパの未来をどのように予見しているか一読されるといい。かれはドイツ対イギリス、フランス、ロシアの一大“活劇”、“凄惨きわまる破壊戦争”を予言している。“だがそれは大活劇の第一幕、いわば序幕にすぎないだろう。第二幕はヨーロッパ革命、世界革命であり、有産階級と無産階級との大闘争である。その場合、国民性も宗教も問題にはならないだろう。一つの祖国、すなわち地球と、ただ一つの信仰、すなわち地上の幸福だけが、存在するであろう……”

 ハイネはこういった革命の予防法として、すでに国際連盟の構想をも抱いていた。共産主義についても今日読んでみて驚くほど造詣が深い。

p.156より

 「ロシアはどんな国とも境を接してはいない。ロシアは神と境を接しているのだ」といったある若いドイツの詩人のことばは、ドストエフスキーの口から出たとしてもおかしくないであろう。というのは、すべて偉大なロシア人たちは、西ヨーロッパ的なものを追放し軽侮して(ぱん)スラヴ主義を説いてきたのだが、ドストエフスキーもまた、精神的汎スラヴ主義の理念をきわめて(ちょく)(さい)につぎのことばで述べているからである。“ロシアはキリストであり、新しい救世主であり、神の民である” 汎スラヴ主義に従えば、ひとたびロシア自らが救われたならば、全世界はロシアによって救済されることになる。ロシアなる至高の理念は、汎スラヴ主義者たちにとっては、熱狂してわれとわが肉を切り刻むことを意味するからだ。

p.156より

ドストエフスキーは「カラマーゾフの兄弟」を書いたが、最初の三巻を書き終えたとき、自分がまだ序の口にもついていないことを知った。ロシアでは何事にせよ終りというものがない。だから、たいてい初めから手をつけないということになる。人々はどんな種類の理念だって飲みほすばかりか、すぐにへべれけになる。ふつか酔いがあとを断たないのだ。

p.187(解説・秋山英夫筆)より

 本書の著者クラブントはドイツの詩人アルフレート・ヘンシュケのペン・ネームです。

 かれは肺病の詩人でした。巻頭のかれの写真を見ても、なんとなく“影がうすい”という印象を受けます。本書のなかでも、肺結核に悩まされた詩人にふれて、”だれか一度は、肺病だった詩人の文学史を書く必要があるだろう”と書いています。二十世紀も後半の現代においては、幸いに結核はそれほど文学的な病気とも思われなくなりましたが、ドイツ文学の場合をちょっと思い出してみても、シラーからカフカまで、肺病の詩人たちがつぎからつぎと出てきます。クラブントもまたその一人だったわけです。

 「文学的な病気」というところに、なんだかちょっと、肺結核と言うものがかつて持っていた「記号性」というか、そういうものを感じて面白く思った。

言葉
冠冕

 冠冕(かんべん)と読む。以前、「ロダンの言葉」を読んだときに、字が逆になっている「冕冠」という言葉が出てきたが、これは「冕」のついた冠、皇帝がかぶる冠のことであった。してみると「冠冕」とは、冠に付ける「冕」、いちばん先端のところ、転じて「すぐれたもの」というような意味にもなろうか。

下線太字は佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.17より

そしてかれに仕えた者は、その報いを受けるのだ。“汝死にいたるまで忠実なれ、さらば我れ汝に生命の冠冕を与えん”

 次は引き続き同じく第13巻より、「文学とは何か Introduction à une science de la littérature」(G.ミショー Guy Michaud 著・斎藤正二訳)である。中表紙裏の著者略歴によれば、著者のギー・ミショーは経歴の(つまび)らかでない謎の大文学者らしい。しかし、数々の研究著作により有名なのだそうな。

図録買っておかなかったのが悔やまれる

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 3年前、六本木の新国立美術館へ「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」というのを見に行ったのだが、その時、うっかりしていて、図録を買わなかった。

 図録というのは、後になって欲しいなと思っても、なかなか手には入らない。図録はISBNのついた出版物になっていたりいなかったり、まちまちであるから、あとで見つけたとしても手垢のついた古本だったりして面白くない。

 まさか去年今年になって、ゴッホベルナールの文章を読むことになるとは思っていなかったのだ。

 読書しつつ、ちょっと図録の印象派の作品をめくってみようか、などと自分の書架を探しかけてから、あ、そうだった、アレ、買ってなかったんだっけ……などと気づく始末である。

 展覧会へ行ったなら、有無を言わせず、間髪を入れず、是非もなく、絶対に、速やかに、図録を買わねばならぬ。今度からは必ずそうしよう、と、改めて心に決める私なのであった。

 できれば展覧会へ行く前に図録を買い、一通り見てから(おもむろ)に実物を見るべきだ。そうしたほうがより鑑賞が深くなる。

 だがしかし、そうは言うものの、新型コロナウイルス感染拡大の状況下、人の寄り集まる人気展覧会がじゃんじゃん開かれるとも思えないが……。

読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集第12巻、「美の本体(岸田劉生)/芸術に関する101章(アラン)/ロダンの言葉(A.ロダン)/ゴッホの手紙(V.ゴッホ)/回想のセザンヌ(E.ベルナール)/ベートーヴェンの生涯(ロマン・ロラン)」を読んでいる。

 本巻収載書の最後、「ベートーヴェンの生涯 Vie de Beethoven : 1903」(ロマン・ロラン Romain Rolland、平岡昇訳)を読み終わった。

 短く、強く、簡潔に、感動と讃仰を以って楽聖ベートーヴェンの生涯を(しる)してある。もはや、半ば散文詩と言ってもよい。図らずもベートーヴェンその人だけでなく、第1次大戦の始まりから第2次大戦の終わりまでの長い間反骨を貫いた筆者ロマン・ロランの魂のありさまが(にじ)み出ているように感じられる。

 短い作品なので、手持ちのCDやYouTubeでベートーヴェンの作品集などを聴きながら読めば、全部聴き終わる前に読み終えられるだろう。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第12巻「ベートーヴェンの生涯」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.510より

「彼は優しい微笑を浮かべたものだし、人と話すときには、よく親切な励ますようなようすをしていたものだ。それにひきかえて、笑いかたは不愉快で、荒荒しく、しかめっ面になり、それに短くとぎれてしまうのだった」と、モーシェレスはいっている。――つまり、喜びに慣れていない人間の笑いだった。

p.541より

彼の死ぬ四ヵ月前、一八二六年十一月に彼の書き終えた最後の作、作品第一三〇番の弦楽四重奏の新しい終曲(フィナーレ)は、非常に陽気なものである。事実、この陽気さは世の常のものではない。それはあるときはモーシェレスが語っている荒々しい急激な笑いであるかと思えば、またあるときは克服されたおびただしい苦悩を底にたたえた感動的な微笑であったりする。ともあれ、彼は勝利者なのだ。彼は死を信じない。

 (ちな)みに、その「作品第一三〇番の弦楽四重奏」(弦楽四重奏曲Op.130)の終曲(第6楽章)というのは右の曲である。

p.544より

貧しい、病弱な、孤独な一人の不幸な人間が、この世界から喜びを拒まれた、苦悩そのもののような人間が、みずから「歓喜」を創造して、それを世界に贈るとは! 彼は自分の不幸によって歓喜((ママ))を鍛えあげたのだ。それは彼が次の誇らしい言葉で((ママ))いい表わしたとおりだが、その言葉には彼の一生が要約されており、それはあらゆる雄々しい魂にとっての金言でもある。

「苦悩を経て歓喜へ」
Durch Leiden Freude
一八一五年十月十日、エルデディー伯爵夫人に

 次は第13巻、「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」である。

 これまでの絵画や彫刻、音楽といった芸術分野とはまた趣を異にし、今度は文学である。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集第12巻、「美の本体(岸田劉生)/芸術に関する101章(アラン)/ロダンの言葉(A.ロダン)/ゴッホの手紙(V.ゴッホ)/回想のセザンヌ(E.ベルナール)/ベートーヴェンの生涯(ロマン・ロラン)」を読んでいる。

 収載書の五つ目、「回想のセザンヌ」Souvenirs sur Paul Cézanne (E.ベルナール Émile Bernard 著・有島生馬訳)を読み終わった。

 著者のE.ベルナールは自身もポスト印象派の画家として画壇に一隅を占めつつ、限りなくセザンヌを愛した人物である。

 本書には、著者ベルナールが長年私淑していたセザンヌにようやく会い、親交を深めていくことができた喜びが溢れている。時にはセザンヌのことを正直に「偏屈爺さん」とまで書いているが、それはいわば限りない尊敬と愛とによる。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第12巻「回想のセザンヌ」より引用。
一部のルビは佐藤俊夫が増補した。
他の<blockquote>タグ同じ。p.479より

いつも翁を軽蔑していた連中が、パリの新聞で翁の評判がいいのを知るや急に寄ってきて、日常の生活や仕事に交渉をつけたがった。「奴らはなにか私が手品の種でも隠しているように、あわよくばそれを(ぬす)むつもりでやってきたがるのだ、(と目をむきだして)だから片端から断わってやった。一人だって、誰一人だって……(とますます怒気を含んで)寄せつけて莫迦にされるものか」

p.495より
エクス・アン・プロヴァンス 一九〇四年四月十五日
親愛なるベルナール君

 本書を受け取らるる前に君はたぶんベルギーからの通信を落手されたであろう。お手紙により芸術に対する君の深甚な同情の確証をえて欣幸とする。

 たびたび説明したと同じことをここに再びくり返すのを許してください。自然は球体、円錐体、円筒体として取り扱われねばならぬ。そのすべてが透視法に従い、物体と(プラン)の前後左右が中心の一点に集注さるべきである。

 この部分は、静物画を得意としたセザンヌの有名な主張である。

p.502より

 ルゥヴルは読み方を教える本に等しい。しかしながら先輩の美しい処方の踏襲で満足していてはならぬ。。自然を研究するためにその園内から踏みだそう。それから精神を解放しよう。各自の()(ひん)に従って自己表現に努めよう。時間と省察とがすこしずつ幻覚を調節し、ついにわれわれが理解に到着するだろう。

言葉
寂か

 これで「(しず)か」と読む。

  •  寂か(漢字ペディア)
下線太字は佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.484より

 十時が鳴った。王をブゥルゴン町へ送っていった。月光の訪れた寂かな町の間をいつまでも話が尽きずに歩きまわった。

掌る

 「(つかさど)る」である。

p.494より

 一度も挨拶する機会をえなかったマリィ・セザンヌ嬢……翁の妹が家計万端を処理しておられた。家政、毎週の小遣銭、出入商の通帳などの世話まで掌り、誠実な愛情でそれを果たしたのみならず、善良な基督信徒として翁に無形の保護を怠らなかった。

呑噬(どんぜい)

 この「世界教養全集」は「ルビ」はあまり懇切には振られていない。しかし、この言葉は珍しくルビ付きで記載されていた。

 「飲み込んでしまうこと、のまれてしまうこと」を「呑噬(どんぜい)する」「呑噬される」という。

p.499より

マルセィユ港外に着いたときははっきり太陽が見えだしたのに、風は依然強く、ところどころに山頂を見出すのみだった。われわれはまったくシムン(サハラ砂漠で隊商を苦しめる熱風で、地中海および南仏の名物であるミストラルと匹敵すべき害風)のために呑噬(どんぜい)されてしまっていた。

頤使

 「頤使(いし)」と読む。「()」は訓読で「(おとがい)」と()み、おとがいとは(あご)のことである。つまり、「アゴで()き使う」ことを「頤使」と言う。

p.503より

どうか絵をかきつつ死ぬようにと祈っている(Je me suis jure de mouriren peignant.)。すべての老人が襲われるところの憐むべき赤ん坊(ガティスム)の状態になって、その暗愚な感覚に従い、心猿の頤使に一身を任すより、その方が万々勝っている。

雲烟過眼

 本文ではなく、有島生馬による解説の方に出てくる。「雲烟(うんえん)()(がん)」と読み、ものごとを軽く見過ごしにしてしまうことである。

p.506より

 私はパリについてから、この一枚のセザンヌを見たには見たが、この無名画家の、はなはだ目立たない作品を、マネの「オランピア」や、ルノワールの「ぶらんこ」や、モネの「カテドラル」と比較しようとしなかった。というより雲烟過眼していた。

窃か

 同じく解説に出て来る。「(ひそ)か」と()む。

 「窃盗」という言葉の「窃」であるが、これは「ぬすみ、ぬすむ」という重意の言葉ではなく、「コッソリぬすむ」という意味であることがこの「窃か」の訓みから逆に解るわけである。

p.506より

一般大衆の注目を惹かないのも、これではあたりまえであるが、大衆の目をひかないほどの陰にかくれながら窃かな光、重さ、大きさを備えている奥ゆかしい芸術というものは類が少ない。

 次は六つ目、「ベートーヴェンの生涯 Vie de Beethoven : 1903」(ロマン・ロラン Romain Rolland、平岡昇訳)である。

マタイ傳福音書

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 クリスマス(聖誕節)であるから、愛蔵の文語体聖書の、「マタイ傳福音書」を読む。テンポの良い格調高い文語体が、()()るように詩的である。

 もとよりキリスト教徒などではなく、むしろキリスト教など大嫌いな私であるが、上記書第18節、「イエス・キリストの誕生(たんじゃう)()のごとし。その(はは)マリヤ、……」から始まるイエス聖誕譚は読み物、昔話としても面白く、ダイナミックであり、好きである。