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 「カラオケ行こ!」という漫画を長女が購入している。チラッと見たところ、いつぞやツイッターで誰かが一部を引用していて、見覚えのある絵柄だ。

 興味を覚えたので読んで見た。

 さすがは話題作である。物語にはスピード感があり、しかも笑わせる。面白かった。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第15巻、「空想から科学へ(F.エンゲルス著、宮川実訳)/共産党宣言(K.マルクス・F.エンゲルス著、宮川実訳)/職業としての政治(M.ヴェーバー著、清水幾太郎・清水礼子訳)/矛盾論(毛沢東著、竹内好訳)/第二貧乏物語(川上肇著)」のうち、二つ目の「共産党宣言 Historisch-kritische Gesamtausgabe. Im Auftrage des Marx-Engels-Lenin-Instituts Moskau herausgegeben von V. Adoratskij. Erste abteilung Band 6. Marx-Engels-Verlag, Berlin, 1932.」(K.マルクス Karl Marx ・F.エンゲルス Friedrich Engels 著、宮川実訳)を帰りの通勤電車の中で読み終わった。

 言うことのない程の世界的名文である。共産主義者には不滅の経典でもあろう。

 前回の読書エントリの末尾に少し、訳者の宮川実について触れた。ふと興味を覚えて検索してみると、「秋丸機関」という言葉が出てきた。陸軍の情報分析機関である。秋丸機関は戦前に世界各国の経済的継戦能力を調査し、すぐれた報告を出しているそうだが、秋丸機関の一員にこの宮川実も入っていたのだという。共産主義者に近いマル経学者、しかも治安維持法違反でムショに放り込まれるような人物を調査機関の一員として迎えるとは、意外に陸軍も懐が広かったのだな、と思える。むしろ、2.26事件の将校たちが、自分ではそれと知らずに「天皇制共産主義」のようなものを構想していたのだと仮定してみると、逆に貧農出身が多数を占める陸軍軍人には、共産主義者に同感を覚える者が意外に多かったのかもしれない。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第15巻「空想から科学へ」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.90より
一八八三年ドイツ語版への序文

 この版の序文には、悲しいことに、私一人が署名しなければならない。マルクス――ヨーロッパとアメリカの全労働者階級が他の誰に負うよりも多くを負うている人、マルクスはハイゲートの墓地に眠っており、彼の墓の上にはすでに新しい草が生えている。彼が死んでから後には、宣言を改訂したり、補足したりすることは、いうまでもなく、もはや問題となりえない。

p.97より

 一つの妖怪がヨーロッパを歩き回っている――共産主義という妖怪が。旧ヨーロッパのすべての権力は、この妖怪を駆りたてるという神聖な仕事のために、同盟をむすんでいる。法王とツァーリとが、メッテルニヒとギゾーとが、フランスの急進派とドイツの官憲とが。

p.120より
c ドイツ社会主義すなわち「真正」社会主義

 支配的なブルジョアジーの圧迫のもとで生まれ、この支配に対する闘争の文献的表現であった、フランスの社会主義的および共産主義的文献は、ブルジョアジーがちょうど封建的絶対主義に対する闘争を始めたときに、ドイツに輸入された。

 ドイツの哲学者や半哲学者や文芸家は、むさぼるようにこれらの文献を自分のものにしたが、これらの著作がフランスからはいってきたときに同時にフランスの生活諸関係ははいってこなかったことを、忘れていた。ドイツの諸関係に対しては、フランスの文献はすべての直接的な実践的意味を失い、純粋に文献的な相貌をおびた〔それは、人間の本質の実現に関するひま人の思弁として現われざるをえなかった〕

p.128より

 万国のプロレタリア団結せよ

 これは、本書の一番末尾の段落で、共産党宣言を読んだことのない人でもこのくだりは知っている。右翼を称して(はばか)らぬ私のような人物でさえ、このくだりは知っていた。

言葉
ルンペン・プロレタリアート

 「ルンペン」という言葉は、もはやほぼ日本語と言ってよいように私には感じられていたが、昭和の初期頃に共産主義の思想などとともに移入されたドイツ語だという。日本語としてとらえられるのと同じく、直接には「襤褸(ぼろ)」のことを言い、つまり下層民、貧民のことである。

 マルクスはプロレタリアートの一般層よりもまだなお下層底辺の貧民を「ルンペン・プロレタリアート」と定義し、軽蔑していたという。

下線太字は佐藤俊夫による。p.107より

 ルンペン・プロレタリアート、旧社会の最下層のこの無気力な腐朽分子は、プロレタリア革命によって、ときには運動に引き入れられることもある。だが、かれらの生活状態全体からみると、彼らはむしろ、反動的陰謀のために買収されることをいとわぬであろう。

 次は引き続き第15巻から「職業としての政治 Politik als beruf, 1919」(M.ヴェーバー Max Weber 著、清水幾太郎・清水礼子訳)を読む。第1次大戦敗戦後のミュンヘンで、学生に対して行われた講演の講演録だという。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第15巻、「空想から科学へ(F.エンゲルス著、宮川実訳)/共産党宣言(K.マルクス・F.エンゲルス著、宮川実訳)/職業としての政治(M.ヴェーバー著、清水幾太郎・清水礼子訳)/矛盾論(毛沢東著、竹内好訳)/第二貧乏物語(川上肇著)」のうち、最初の「空想から科学へ(F.エンゲルス Friedrich Engels 著、宮川実訳)」を読み終わった。

 邦題こそ「空想から科学へ」と付けられてはいるものの、原題は「Die Entwicklung Des Sozialismus Von Der Utopie Zur Wissenschaft 社会主義の空想から科学への発展」であり、言わずと知れた共産主義本である。

 「科学」としてあるが、私には科学と言うよりも「哲学」に沿って社会主義を論じているように感じられた。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第15巻「空想から科学へ」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.30及びp.37より

しかしなんという多額な費用のかかったことであろう! だから、イギリスのブルジョアはまえから平民を宗教的雰囲気にしっかりしばりつけておくことの必要を確信していたのであるが、今では、これらすべての経験のあとでは、どんなに痛切に、この必要を感じないではいられなかったことか! 大陸のなかまたちの嘲笑をすこしも意に介することなく、下層民に対する福音伝道のために彼らは毎年幾千幾万の金を投じつづけたのである。自国内の宗教機関だけで満足しないで、彼らはさらに、当時、営業としての宗教の最大の組織者であったブラザー・ジョナサ((9))に訴えた。

(9) アメリカ合衆国を人称化した言葉(イギリスを「ジョン・ブル」というのと同じ)。このあだ名はその後「サムおじさん」に変わった。
p.77より

社会的生産の無政府性が消滅するにつれて、国家の政治的権力もまた眠りこむ。ついに自分自身の独自の社会化の主人になった人間は、それによって、同時に自然の主人に、彼ら自身の主人になる――すなわち自由になる。

 こういう世界解放の事業を成し遂げることが、近代プロレタリアートの歴史的使命である。この事業の歴史的諸条件をそれとともにその本性そのものを、究明し、そうすることによって、行動の使命をおびた今日の被抑圧階級に、彼ら自身の行動の諸条件と本性とを意識させること、これがプロレタリア運動の理論的表現である科学的社会主義の任務である。

p.80、訳者宮川実による解説より

エンゲルスがこれを書いた時から、今年はちょうど八十年めにあたる。その間に、科学的社会主義の理論は実現されて、今日では世界の人口の三分の一、十億人以上の人々が、すでに資本主義をたおして社会主義か人民民主主義(社会主義にいたる過渡期)の社会に住んでいる。しかも、社会主義世界体制の資本主義世界体制に対する優位は、科学においても、経済においても、政治においても、誰の目にもはっきりするようになっている。

 ……。い、いや……。それは、ないワ~(笑)。まあ、この解説が書かれたのはソ連崩壊より30年も前のことで、結果としてではあるけれども、さ。

言葉
ヘーファイストゥスの(くさび)

 人間に火を与えたプロメテウスがどこから火を手に入れたかと言うと、造兵の神ヘーファイストゥスの炉からであるという。

下線太字とルビは佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.67より

相対的過剰人口または産業予備軍を絶えず資本蓄積の範囲と精力とに均衡させる法則は、ヘーファイストゥスの楔がプロメティウスを岩に釘づけにしたよりももっとかたく労働者を資本に釘づけにする。

 次は引き続き第15巻から「共産党宣言 Historisch-kritische Gesamtausgabe. Im Auftrage des Marx-Engels-Lenin-Instituts Moskau herausgegeben von V. Adoratskij. Erste abteilung Band 6. Marx-Engels-Verlag, Berlin, 1932.」(K.マルクス Karl Marx ・F.エンゲルス Friedrich Engels 著、宮川実訳)を読む。「空想から科学へ」と同じ訳者、宮川実による翻訳だ。宮川実は戦前、治安維持法違反で臭い物相飯(モッソウめし)を喰らったマル経学者である。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、五つ目、最後の「現代詩概観(三好達治著)を、朝、行きの通勤電車の中、御茶ノ水駅のあたりで読み終わった。

 著者の三好達治は自身が高名な詩人であり、学校の教科書にも作品が載っているから、知らぬ人はない。その三好達治が、和歌・俳諧といった定型詩から離れた日本の明治以降の詩について、起点のメルクマールとも言える「新体詩抄」から昭和の口語自由詩まで、闊達(かったつ)に概観するものだ。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「現代詩概観」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.396より
落葉(らくえふ)

秋の日の
ヸオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。

(ヴェルレーヌ「詩集」)

 純粋な日本詩ではなく、上田敏という人がフランスのヴェルレーヌの詩を翻訳したものだ。翻訳詩集「(かい)(ちょう)(おん)」に収められているそうである。

 私は小学生の頃からこの詩を知っていた。詩が好きだったからではない。小学生向けの、たしか、「スパイの秘密」という娯楽本にこの詩が載っていたのだ。なぜ「スパイの秘密」なんていう、しかも小学生向けの本にこんな大人びた詩が載っていたのかと言うと、「スパイ」―「暗号」という関連で、第2次世界大戦の欧州戦線、連合軍のノルマンディ上陸作戦に先立って、フランスのレジスタンスたちに向けてイギリスから放送された「上陸作戦決行近し」の暗号が、この詩の冒頭「秋の日の/(ヴィ)オロンの/ためいきの」で、「上陸作戦下令さる」(D-Day)が「身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。」であった、と紹介されていたのである。

 何分、私も子供の頃であったので、「なんでフランス人が、日本の難しい言葉で書かれた詩を暗号にするんじゃい」などと思ったもので、すぐにフランスの詩を訳したものであることは知ったものの、今度は「なんで外国の詩をこんな昔の言葉で、俺ら子供向けの本に書くんじゃい」とも思ったものだ。それが印象に残り、50歳を過ぎた今でも、この詩の冒頭をそらんじていたわけである。

 三好達治の本書中での評論によれば、この訳詩は当時のフランス訳詞中の白眉とされたもので、翻訳そのものが日本の詩壇に与えた影響は極めて大きかったらしく、日本でヴェルレーヌの詩と言うと、この上田敏の翻訳をもってまず知られるのだそうである。

 ゆえに、子供向けの娯楽本にまで、この訳詞が引用されたようだ。

p.409より

見るとなく涙ながれぬ。
かの小鳥
在ればまた来て、
茨のなかの紅き実を(ついば)み去るを。
あはれまた、
啄み去るを。

女子(をみなご)
()はかなし、
のたまはぬ汝はかなし、
ただひとつ、
一言(ひとこと)のわれをおもふと。

 天才・北原白秋の「思ひ出」という詩集からの抜粋である。

 三好達治は、本書中で北原白秋についてかなりのページ数を割き、もはや「ベタ褒め」と言ってよいほどの激賞ぶりである。

 実際、私などの素人から見てさえ、白秋の詩は他の近代詩のどれと並べても群を抜いているように感じられる。

 次は第15巻である。「空想から科学へ(F.エンゲルス著、宮川実訳)/共産党宣言(K.マルクス・F.エンゲルス著、宮川実訳)/職業としての政治(M.ヴェーバー著、清水幾太郎・清水礼子訳)/矛盾論(毛沢東著、竹内好訳)/第二貧乏物語(川上肇著)」の5作品が収載されている。

 えっらくまた、共産主義色が濃厚な一冊である。私は右翼であるが、読み進めてみようではないか。私は夜間大学を中退したのだが、学部は経済学部で、「マル経」を学んだことも、実はあるのだ。

読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、四つ目の「俳句読本(高浜虚子著)を、帰りの通勤電車の中で読み終わった。

 改めて記せば、私は俳句を詠むのが趣味だ。このブログに載せているものだけでも7百~8百句ぐらいあり、Twitterで詠んだものを併せると2千~3千句以上、過去に作って詠み捨ててしまい、どこに行ってしまったか分からぬものなどを入れるともっとあるだろう。シャレで50円の句集を電子出版したこともある。

 だが、何かの同人などではないし、結社にも参加していない。作る俳句はヘボで、何かに掲載されたこともない。最近はTwitterのハッシュタグ「#saezuriha」で毎週1句か2句詠むくらいである。ものに(とら)われない、枯淡の境地と言うものも俳句を詠もうとする者の方向の一つとしてあってもよかろうと思うから、それで満足している。もとより、紙に刷られなければ意味がないという時代ではない。デジタルによりどこにでも作品を置くことが可能である。私の作品は、言うなれば「寒村の路傍に放ち置かれたまま永くそこにある、仏師が彫ったものでもない粗雑な石仏」とでも言えばよかろうか。

 そのような境地にあって、これまでに俳句の入門書の類、俳句誌や大小の歳時記などもだいぶ読みはした。しかし、高浜虚子の俳句論を読んだことはなかった。

 読んでみて、何か、自分の俳句の詠み方がすっきりと改められたような気がする。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「俳句読本」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.232より
絶えてなくしてまれにある文学

 花鳥諷詠の文学としての俳句は、絶えてなくしてまれにあるところの文学でありまして、他の和歌等にもそういうものがないことはないが、しかし専門的に俳句がこれに携わっておるということは、すこぶる面白い存在といわねばなりませぬ。日本においてもそれを専門的にやっているものは俳句あるのみであるが、また世界を通じて独り俳句あるのみといって、差支えなかろうと思います。されば俳句は、全世界を通じて特異な存在であるのであります。

p.304より

通し給へ蚊蠅の如き僧一人  同

やれうつな蠅は手をする足をする  同

 二つとも一茶の句である。二つ目の句は教科書などにも載っているから誰でも知っていると思われる。ところが、本書中では、あまり知られていないと思われる一句目と並べて、上の二句が一緒に掲げられていた。

 一茶の句集内でこのような配列になっているのか、単に著者高浜虚子がこの順で並べて引用したものかは不明だ。ところが、こうして二句並べられてみると、胸を突かれるようにハッとなった。

 これまで私は、後者の「やれうつな」の句は、単純に小さな蠅の様子を写生したものだとばかり思っていた。それが、こうして並べられてみると、「やれうつな」の句の方に、人間の(ごう)、すなわち憎悪や差別、いじめ、暴力、そうしたものの悲しさが透けて見えてしまったのだ。打たれようとしているのは(さげす)まれている乞食坊主であり、もしやすると一茶その人に他ならない。 

言葉

 意外に難読の単語が多かった。

驥足

 ()(そく)と読む。「驥」とは足の速い馬であるから、非常に優れていることを指して言う。

下線太字とルビは佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.231より

新しいことがしたければ文学の天地は広い、その広い自由な天地にあって新しい形を求めて縦横の驥足を伸ばすがいいのでありまして、その自由の天地に立って今までの人のやらなかったことをやる、それこそ男子として愉快な仕事ではありますまいか。

杜若

 これで「杜若(かきつばた)」と()む。

p.241より

また桐の花が咲き棕櫚の花が咲き、卯の花が咲き、薔薇が咲き、牡丹、芍薬、百合、葵、紫陽花、菖蒲、杜若河骨(こうほね)、蓮、睡蓮、(うきくさ)、藻、さまざまの花が咲く、樹木は茂り、草も茂る、そういうのを自然の現象というのであります。

呶々する

 「呶々(どど)する」と読む。くだくだしく言いつのることである。

p.255より

 俳界における芭蕉の功績は改めて呶々するを要しませぬ。

 「(つえ)」と訓む。「誘拐」の「拐」の字と似るが、「手偏」と「木偏」の違いがある。

  •  (モジナビ)
p.259より

まねき〳〵枴の先の薄かな  同

 「同」とあるが、凡兆の句である。「八瀬大原に遊吟して柴うりの文書ける序手に」と題されている。

長松

 「(ちょう)(まつ)」は江戸時代頃どこにでもいた男の名前で、何の疑問も不思議もないが、次の句……

p.263より

長松が親の名で来る御慶かな  野坡

……これなど、「長松」の意味を知らなければ何が何だかさっぱりわからない。

 これは江戸時代にあった大道芸、物乞いの一種で、腹話術師のようなもののことである。

 顔見知りの芸人がいつもと違った真面目な顔で年始の挨拶に来た、というような一景であろうか。

 「(たかむしろ)」と訓む。竹で編んだ荒いむしろであり、夏の足元に心地よく感じられる昔の日用品だ。

p.289より

浴して且うれしさよ簟  同

 「ゆあみして かつうれしさよ たかむしろ」の五七五で、「同」とあるが蕪村の高弟、召波の句である。

枳殻

 「枳殻(からたち)」と訓む。「からたちの花」のことである。

p.298より
うき人を枳殻垣よりくゞらせん  芭蕉

 我につれなく当たる人を、あの刺の沢山ある枳殻の垣からくぐらしてやろう、という句であります。

厶る

 これはもう、見たこともない書きかたである。「ム」に見えるが、漢字で「仏」の旁の「厶」だけの字があるのだ。「それがし」などとも訓むが、「る」を送って「(ござ)る」と訓む。

  •  (モジナビ)
p.304より

高うは厶りますれど木から蛙かな  同

 一茶の句である。

蒼虬

 「(そう)(きゅう)」と読む。「虬」の字の読み方は糸偏で「(きゅう)(めい)」の「糺」の字の読み方からも推察されるところだ。

 江戸時代の俳人、成田蒼虬のことである。

 「虬」の字そのものの意味は、「みずち」という蛇怪のことである。

p.311より

蒼虬 成田蒼虬も梅室と同じく加賀金沢の人で、やはり闌更に学び京都に住んだのであります。

塋域

 「塋域(えいいき)」と読む。墓地のことである。この「塋」という漢字については、同じ平凡社世界教養全集の第12巻のうち、「ロダンの言葉」を読んでいる時に出てきた言葉だ。

p.324より

 明治三十五年九月十九日、子規は遂に歿しました。鳴雪、碧梧桐、虚子、鼠骨等幾多の俳句の友人、門弟子、ならびに伊藤左千夫、香取秀真、岡麓、長塚節等幾多の歌の門人に守られ、その棺は田端大竜寺の塋域に葬られました。

 「(あかざ)」と訓む。雑草である。

p.329より

隠棲に露いつぱいのかな  青畝

烏有に帰す

 「()(ゆう)()す」と読み、だいなしになってしまうことを言うが、特に「烏有に帰す」と言う場合は、火災で丸焼けになってしまうことを言う。「烏有」は漢語で、訓み下せば「(いづく)んぞ()らんや」となり、「どうして存在することができるだろうか(いいや、ない)」というほどの意味である。

p.336より

子規歿後埋髪塔がここに建立されましたが、この寺は先年焼失して烏有に帰しました。

 いやはや、こんな字も見たことがない。これで「(もっこ)」と訓む。「ふご」と訓んでもいいようである。

p.341より

炉の兄に声尖らしてを置く  枴童

 「(ひたき)」である。鳥だ。

隼に驚き細るかな  旭川

峙つ

 「(そばだ)つ」と訓む。「そびえたつ」とも訓む。「(そび)え立つ」と同じである。

p.344より

 萩の花の咲いている野原は広く目の前に横たわっておる、そしてその野原の向こうには山が峙っておる、あたかも萩の花の咲いている野が集まっていって山となったように見えるというのであります。

俊髦

 「(しゅん)(ぼう)」と読む。抜きん出て優れた人のことをこういうが、「髦」というのは髪の毛のなかでも更に太く長いものをいい、そこから一等優れたものを「俊髦」というのである。

p.348より

 寒村に人となった青年、このまま空しく朽ちはつべきであろうか、否々自分は為すあるの志を抱いておる、早晩この村を出よう、俊髦の集まっている都会に出よう、そう思いながら野に出て畦を焼いておる、というのであります。

金亀子

 「金亀子(こがねむし)」と訓む。「黄金虫」と同じである。

p.349より

金亀子擲つ闇の深さかな  虚子

 次は引き続き第14巻から「現代詩概観」(三好達治著)を読む。三好達治も学校の教科書に出て来る詩人であるから、知らぬ人はない。

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 私はあまり乱読はしないほうで、入手した本は一冊一冊、直列に読む。

 しかし、このところ、私には珍しく2冊を混交しながら読んでいる。

 ひとつは最近ずっとこのブログにも書いている平凡社の「世界教養全集」全38巻で、今第14巻を読んでいる最中だ。もう一つが左リンクの「存在の耐えられない軽さ l’Insoutenable légèreté de l’être(仏) Nesnesitelná lehkost bytí(捷)」(ミラン・クンデラ Milan Kundera 著、千野栄一訳)である。

 帰宅後の家で読んでいて、今日、夕食後に読み終わった。

 突然、普段読まないヨーロッパの小説なぞなんで読みたくなったのかと言うと、ある尊敬()(あた)わざる知人がこの本の中の興味ある個所を紹介していたことがあって、その箇所が気になっていたからだ。

 実は何年も前から気になっていて、その頃その人は私の職場にいた。私は買いたい本の書名を Google の ToDo に入力して、買ったり読んだりするとチェックしている。ところが、本書だけが何年もチェックされないまま、ずっとリストの上の方に表示されたままになっていて、――なぜそうなったのかというと、単純に他の本を先に読んでいたからだ――、その知人も定年で職場からいなくなり、この本の書名が ToDo のチェックリストの一番上に残り続けた。

 去る3月2日、職場の帰りに本屋へ立ち寄った時、ふっ、とこのことを思い出し、気になって書棚を探したらあったので、買った。

 この本は、カバー裏には「究極の恋愛小説」とカテゴライズが書かれている。読んで見ると、「いや、果たしてそうか?もっと社会的な味付け、人間論的な味付けもされていないか?」とそのカテゴライズに首をひねるところもある。ただ、私が興味を持つきっかけとなった、知人が紹介していたその箇所は、恋愛などとは程遠い、また作品全体の筋書きともあまり関係はない挿話――とはいうものの、テーマには大いに関係があり、考え込まされる挿話――である。

 作者のミラン・クンデラは旧チェコスロバキアないし現チェコの誇る大作家で、代表作と言えば何と言ってもこの「存在の耐えられない軽さ」が筆頭に挙げられるようだ。長いこと亡命生活を送り、この作品も母語チェコ語ではなく、フランス語で(あらわ)されたそうである。本日現在91歳でまだ存命であり、亡命中はチェコの国籍を剥奪されていたが、今はチェコ国籍を回復しているという。

 作品は所謂(いわゆる)「プラハの春」「チェコ事件」の頃のチェコスロバキアとヨーロッパを舞台にしている。

 読んで見て、現代の男女同権、ジェンダーフリー、SDGsの潮流や思想からすると、この小説を不愉快とする人も多くいるのだろうな、とも感じた。なにしろ、昔の小説だ。

気になった箇所
「存在の耐えられない軽さ」
(集英社文庫、平成10年(1998)11月25日初版、ISBN978-4-08-760351-4)より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.7より

 つい最近のことだが私は信じがたい感情にとらわれた。ヒットラーについての本をパラパラやっていたとき、何枚かの写真を見て、感動させられた。私に自分の少年時代を思いおこさせたのである。私が少年時代を過ごしたのは戦時中であった。親戚の何人かはヒットラーの強制収容所で死んだ。でも、ヒットラーの写真が私の失われた時代、すなわち、二度ともどることのない時代を思い出させてくれたのと比べて、あの人たちの死は何だったのであろうか?

 この箇所は、「存在の耐えられない軽さ」という表題の、ある角度からの解説になっていると思う。

p.127より

彼女は共産主義であろうと、ファシズムであろうと、すべての占領や侵略の後ろにはより根本的で、より一般的な悪がかくされており、こぶしを上につき上げ、ユニゾンで区切って同じシラブルを叫ぶ人たちの行進の列が、その悪の姿を写しているといおうと思った。しかし、それを彼らに説明することができないだろうということは分かっていた。そこで困惑のうちに会話を他のテーマへと変えたのである。

p.231より

 しかし、それはただうぬぼれからだけではなかった。それ以上に経験のなさからであった。誰かと向かって座っているとき、相手が感じのいい、敬意を持った礼儀正しい人だと、話していることには本当のことは何もない、本心から考えられたものは何もないとたえず意識することは非常に困難である。(たえず、そして、体系的に、一瞬の逡巡もなしに)信用しないということはものすごい努力と訓練、すなわち、何度も警察の尋問を受けるということが要求される、このトレーニングがトマーシュには欠けていたのである。

p.308より
1

 一九八〇年になってやっと、われわれはサンデー・タイムズ紙上で、スターリンの息子ヤコブがどのようにして死んだのか、読むことができた。彼は第二次大戦中捕虜としてドイツの収容所にイギリスの士官たちと一緒に入れられていた。捕虜は共同の便所を使っていた。スターリンの息子は汚しっぱなしにした。たとえそれが当時世界でもっとも権力を持つ男の息子の糞であるにせよ、汚された便所を眺めるのはイギリス人には気に入らなかった。彼にそのことを注意した。彼は怒った。イギリス人たちは再三文句を言い、便所をきれいにするように強いた。彼は激怒し、論争し、けんかになった。結局最後に彼はキャンプの司令官に聴聞会を要求し、司令官が紛争を裁定するよう望んだ。しかし傲慢なドイツ人は糞について語ることを拒否した。スターリンの息子は屈辱に耐えられなかった。天に向かってロシア語でひどい悪態をつき、収容所の周りに張りめぐらしてあった電流が流れている有刺鉄線に向かって駆けていった。そしてそこに飛び込んだ。もうけっしてイギリス人の便所を汚すことのない彼の身体はそこにぶら下がったままになった。

2

 スターリンの息子は楽な生涯を送ったわけではない。彼の父親はある女との間に彼をもうけたが、後にあらゆる証拠が伝えるところによれば、その女をスターリンは射殺した。すなわちスターリンの息子は神の子(なぜなら彼の父親は神としてあがめられた)であると同時にまたその神によって却下されたのである。人びとは彼のことを二重に恐れた。自分の権力で(何はともあれスターリンの息子だった)害を与ええたし、自分の好意によっても(父は却下された息子を罰するかわりにその友達を罰するかもしれなかった)害を与ええた。

 拒否と特権、幸福と不幸と言う両極が交換可能であり、人間の存在の一方の極から他方の極までがたったの一歩であることをこれほど具体的に感じさせたのはスターリンの息子以外にはいない。

 やがて、戦争が始まるとすぐ彼はドイツの捕虜となり、彼は理解不可能でよそよそしい国、本質的に気にくわない民族に属している他の捕虜たちから汚いと文句をいわれた。考えられる最高のドラマを両肩に背負っている彼は(神の子であると同時に、堕ちた天使であった)今や高貴な事柄(神や天使に関する)のためにではなく、糞のため裁かれることになったのであろうか? すなわち、最高のドラマから最低のドラマまではこんなに目がくらむほど近いのであろうか?

 目がくらむほど近いだって? 近さはめまいを引きおこせるのであろうか?

 できる。もし北極が南極に触れる程度に近づいたなら、地球は姿を消し、人間は虚空の中にいることになり、虚空は人間の頭をぐるぐる回して、落下へと誘うのである。

 もし、拒絶と特権が同じもので、高貴と低級さの間に差異がなく、神の子が糞のために裁かれることもありうるのであれば、人間の存在はその大きさを失い、耐えがたく軽いものとなる。スターリンの息子が電流の流れている有刺鉄線に向かって駆けていき、自分の身体を秤の皿に投げ出すようにすると、秤の皿は悲しげに、大きさを失った世界の際限のない軽さに持ち上げられて、天に向かって突き出すのである。

 スターリンの息子は命を糞のために捧げた。しかし、糞のための死は無意味な死ではない。自分たちの帝国の国土が広がるように命を捧げたドイツ人たちや、自分の祖国の権力がさらに西へ達するようにと死んでいったロシア人たちは、そう、ばかげたことのために死んだので、その人たちの死には意味も一般的有効性もない。スターリンの息子の死はそれに反して、戦争の一般的なばかばかしさの中でただ一つの形而上的死として際立ったものとなっている。

 冒頭記した「尊敬するある人が紹介していた箇所」というのは、上の箇所である。

p.328より

 飛行機はバンコクに着陸した。四百七十人の医師、知識人、それに、ジャーナリストが国際ホテルの大きな広間へ行くと、そこにはもう他の医師、俳優、歌手、言語研究者、それにさらに何百人かのジャーナリストが、メモノートや、テープレコーダーや、カメラや、映画のカメラを持って待っていた。広間の正面には雛壇があり、そこには細長いテーブルがあって、二十人ほどのアメリカ人が座って、もう会議を始めていた。

 フランツと一緒に入ったフランスの知識人たちは押しのけられ、恥をかかされたように感じた。カンボジア行進は彼らが考え出したものなのに、その場にいたのはアメリカ人だった。彼らは会議の進行を自明の理のようにすすめているばかりか、そのうえ英語を話して、フランス人なりデンマーク人の誰かが英語を理解しないなんてまったく思いもしなかった。デンマーク人はかつて一つの民族を作っていたことをとっくに忘れていたので、すべてのヨーロッパ人のうちただフランス人たちだけが抗議をした。彼らはひどく原則的であったので、英語で抗議することを拒否し、壇上のアメリカ人に向かって母語で話しかけた。アメリカ人たちは彼らのことばに友好的で同意を示すような微笑で答えたが、これはフランス語が一語も分からないからであった。結局フランス人たちは自分らの抗議を英語でいってみせるより道がなかった。「なぜこの集会ではフランス人もいるのに、英語でだけ話すのか?」

 アメリカ人はとても奇妙な反対理由にびっくりしたが、微笑むのを止めず、すべての演説を訳すことに同意した。会議を続行できるまで、長いことかかって通訳が探し求められた。それからは一つ一つの文が英語とフランス語でいわれ、会議は二倍、いや二倍以上長くなった。というのはフランス人は全員英語ができ、通訳をさえぎり、訂正させ、通訳と一語一語論争したからである。

引き続き

 読書を元に戻す。引き続き平凡社の世界教養全集第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、「俳句読本」(高浜虚子著)を読み進める。

読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、三つ目の「世々の歌びと(折口信夫著)を、帰宅後の自宅で読み終わった。

 自ら歌人として著名な釈迢空折口(しの)()が、万葉以前、文学以前の歌から明治の歌までを一挙に概観するという本である。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「世々の歌びと」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.151より
今はとて影をかくさむゆふべにも 我をば送れ。山の端の月 (玉葉集巻十八、二四九三)

此歌もはっきりしている。はっきりし過ぎている。ただ「影をかくさむ」と言うのが、月の事を言っているのか、自分の事を言っているのか、直接には来ない所があるが、月の縁語――かげを使っただけなのだから、身を隠すということはわかる。此が遁世することなどでなく、死ぬる事を言っていられるのだとすれば、亦もっとはっきりして来る。此以上はっきりしたら、歌の持っている空想がなくなって、この歌としての、又その頃の歌としての表現の特徴をも失うであろう。

p.152より
窓近き竹の葉 すさぶ風の音に、いとど短き うたたねの夢 (新古今集、三、二五六)

此歌には、恋愛の気分が這入っている。

 ……。いや、わからんわー、……と思った。

p.158より

何れにしても、社会において、一流人として女性が認められぬ間は、其文学も、一流の水準にはのぼって来ないのである。

p.209より

子規という人は、健康であったら、可なりうるさい人であったろうと思われる。

p.210より

鉄幹に比べれば短命であった子規、題材の範囲の狭かった子規、彼が佳作を残すことが少かったのが当然であり、其が又、彼の価値を鉄幹より低めなかった理由である。高市黒人の作物は、十数首に過ぎないが、殆、すべて名作であり、この為に傑作の多い人麻呂に比べて、どちらが高い作家だとは定められないのと同じである。

p.219、池田彌三郎による解説より

 日本短歌史とは、ある意味では、日本文学史のバックボーンともいうべき意義を持っている。本書はそのもっとも平明な、具体的な記述であって、折口学説の立論の根拠にある、解釈・鑑賞の具体的なたしかさを ((ママ))読みとるべきものであろう。

言葉
陳套を極める

 「陳ぶ」と書いて「のぶ」の他に「ならぶ」とも()むこと、「套」は「外套(がいとう)」という言葉から想像が付く通り「重なる」という意味があることから、「陳套(ちんとう)」とは平々凡々と決まり切ってつまらないものが重なって並んだ様子、古臭い様子を言う。

下線太字は佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.204より

宮内省派の人々も、実は其をしようとしたのだが、古典の教養の乏しさから、其が一々低俗になり、又新しさも卑俗な程度にとどまり、其に附随して奏でる調子も、陳套を極めたものであった。

 次は引き続き第14巻から「俳句読本」(高浜虚子著)を読む。言わずと知れた

遠山に日の(あた)りたる枯野かな

……の、あの高浜虚子による俳句論である。

 私の趣味は俳句を詠むことだが、実は、恥ずかしいことに、こうしたまとまった俳句論を読んだことがない。そのため、読むのが少し楽しみである。

読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、二つ目の「日本文芸入門(西尾実著)を、通勤途上の朝7時前、秋葉原駅のホーム上で読み終わった。

 本書は、表題こそ「文芸」と記してあるが、内容は「国文学入門」「国文学研究の手引き」とでもいったようなものだ。わかりやすく述べてあるのだろうとは思うが、真面目な研究ガイドであるだけに、直前まで川端康成の端正で解りやすい文章を読んでいた私には、いささか難解、(かい)(じゅう)であった。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「日本文芸入門」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.89より

 さらに、近年、いちじるしい業績を日本文芸研究のうえにもたらしている民俗学は、本来において、文芸研究を目ざすものではないけれども、これまでの文芸研究が、文芸を文字に表記されたものに限定して考えていた関係上、口誦文芸の分野を全然といってよいほど研究していなかったのに対して、生活伝承の一事実として、口誦文芸をその研究対象としてとりあげ、文字表記の基底に、また、その背後にあった口誦文芸の研究に着手したことは、文芸研究における新分野の開拓として、その功績は大である。わけても、音盤やラジオの発達・普及が、新しい口誦文芸の発展を予告するものである点にかんがみ、これは、今日的意義を含んで重要視されなくてはならぬ研究であるとおもう。

p.95より

文芸作品の研究のごとき、それは、すでに創作でもなければ、また観賞でもないけれども、そうかといって、創作体験も観賞体験もないところに、文芸作品を文芸作品として研究する出発点は見出し得ないであろう。

 次は引き続き第14巻から「世々の歌びと」(折口信夫著)を読む。著者折口(おりくち)(しの)()と言えば号して(しゃく)(ちょう)(くう)、国文学者、民俗学者、詩人にして自らまた歌人であった人である。学校の国語の教科書にも、

葛の花踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり

……といった作品が出て来るから、知らぬ人はあるまい。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」を読み始めた。第13巻とは打って変わって、日本文学一色である。

 まず最初の「新文章読本」(川端康成著)を帰りの通勤電車の中で読み終わった。

 著者川端康成は、この全集出版時はまだ存命だったようだ。

 本書は、川端康成自身が認める文章を広く引用しながら、優れた小説の文章とはどういうものであるか、徹底的に論ずるというものである。さすが、不世出の文章家、ノーベル文学賞・川端康成の論で、論じている文章そのものが名文である。変な言い回しや難しい単語などはほとんどなく、現在で言うと村上春樹の文章のように気持ちよく飲み込める。私の感覚としては、これまで14巻にわたって読んできた世界教養全集の中で、最も読み易い文章だったと思う。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「新文章読本」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.9より

表現を通じてより以外に作者の現わそうとした内容を知る道はない。

p.34より

 横光氏の文章の歴史などをふりかえると、私はいまさらに、作者にとって文章は命である、との感は深い。命といってもよい程大切なものだ……という表面の意味ばかりではなしに、文章はペンで書くものではなく、命の筆先に血をつけて描く……といったなまぐさい子供っぽい形容さえしたい気持なのである。

p.34より

 深くなやむ者だけが、いつも正しい。
と私はそんな言葉さえ今は不用意に書きつけそうである。

p.64より

 金脈を発掘する日まで、書きに書くこと……その不屈の魂が文章上達の第一の要素でもあろうか。

言葉
慧しい

 「(さと)しい」と()む。

下線太字は佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.38より

里見氏は次から次へとすばしっこく慧しく変転して、分解し、一物からその周囲、周囲から一物、と眺めている間に、志賀氏は一中心を凝視し、それに透徹してから、稍〻静かに次へ移って行く。

趦趄逡巡

 「趦趄(しそ)逡巡(しゅんじゅん)」と読む。通常は「咨咀逡巡」と書くようであるが、本書中では「趦趄逡巡」が用いられている。

 「逡巡」は言うまでもないが、「趦趄」とは「なかなか進まない」ことから「思い悩む様子」を言う。「趦」は進まない、「趄」はかたむいて斜めになってうまくいかない、という字である。

p.50より(芥川龍之介「枯野抄」からの川端康成による引用)

それならば――ああ、誰か徒に趦趄逡巡して、己を欺くの愚を敢てしよう。

(りん)(ぜっ)する

 「倫」という字には「みち」という意味がある。「倫理」という言葉を思い浮かべれば納得できる。すなわち、「ひとの歩むべきみちの理」、これが倫理であるからには、「倫」とは辿るべきすじみちのことである。

 その「みち」が「絶えている」のである。つまり、他にその筋道を通ることの出来る人がいない、「空前」つまりその人の前に人がなく、「絶後」その人の後に人がいない、前人未到の状態を「倫を絶する」という。

 これは、そのまま漢語として「絶倫」とつづまる。本来よい言葉なのだが、ところが、「絶倫」と言った途端、「精力絶倫」という後世の熟語とつながってしまい、今や「絶倫」という言葉には、男性ホルモン過多、カザノバ、油ハゲみたいな、そんなイメージが付着してしまって拭えない。私のような者にとってはまことに悲しむべきことと言えようか。

 引用については次の語「溘然として」と、その次の語「属纊につく」でまとめて引用する。

溘然として

 「溘然(こうぜん)として」と読むが、「溘」という字は「ち」を送って「(たちま)ち」と訓み、このことからも分かる通り、「溘然」とは「突然」「急に」という意味である。

 しかし、こんな言葉、近代日本では芥川龍之介以外誰も使っていないらしく、上のgoo辞書内での文例も、次の「属纊」の項目にまとめて引用した芥川龍之介の文章そのままである。

属纊に就く

 「(しょく)(こう)」と読む。「しょっこう」「ぞくこう」「ぞっこう」、いずれでも読むようである。

 「纊」というのは「わた」のことであるそうな。

 そして、「属纊」というのは臨終の人の呼吸を確かめるのに口鼻に綿をあてることなのだという。つまり、「属纊に就く」とは、「臨終を迎える」ということである。

p.50より、上3件の語まとめて(芥川龍之介「枯野抄」からの川端康成による引用)

 かうして、古今に倫を絶した俳諧の大宗匠、芭蕉庵松尾桃青は、「悲嘆かぎりなき」門弟たちに囲まれた儘、溘然として属纊に就いたのである。

恁くて

 「()くて」と訓む。「斯くて」と同じと思えばよかろうか。

p.52より(泉鏡花「『照葉狂言』の二」からの川端康成による引用)

 広岡の継母に、恁くて垣越に出会ひしは、ふるさとに帰りし日の、二十日過ぎたる夕暮なりけむ。

 次は引き続き第14巻から「日本文芸入門」(西尾実著)を読む。著者西尾実は戦前から戦後にかけて活躍した国文学者である。

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第13巻「世界文学三十六講(クラブント)/文学とは何か(G.ミショー)/文学――その味わい方(A.ベネット)/世界文学をどう読むか(ヘルマン・ヘッセ)/詩をよむ若き人々のために(C.D.ルーイス)」のうち、最後の「詩をよむ若き人々のために Poetry for You」(C・D・ルーイス Cecil Day Lewis 著・深瀬基寛訳)を読み終わった。

 題名こそ「詩をよむ『若き人々』のために」となっているが、著者は少年少女向け、私の読後の印象では小学校高学年から中学生くらいまでを対象にこの本を著したように思われる。というのは、恋愛に関する詩の解説で「みなさんくらいの年齢の方々にはちょっとわからないかと思いますが」というふうに書いてあるところがあるからだ。だが、その割には高度な英詩論がこれでもかと満載にしてあり、はたしてこれがイギリスの中学生に理解できたのかどうか、多少疑問も感じる。さればこそ、訳者による解説には、少年少女だけでなく広く一般に読まれた、という意味のことが書かれてあるのであろう。その点でなるほどと納得できるのである。しかも本書は、その高度な詩論が、平易に、わかりやすく噛み砕いて書かれてある名著だと思う。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第13巻「詩をよむ若き人々のために」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.438より

じつのところ、みなさんが旧約聖書をおよみになればみなさんはヘブライの予言者たちの多くはほんとの詩人であったことを知るでありましょう。太古のむかしから詩と魔術とのあいだにはある密接な関係があったのです。

 これはなるほど、本当にそうだ、と同感した。

p.444より

してみると俗語というものは、それを見て、ひとびとがじぶんの想像力をさかんに使用していることが証明されるばあいには、いいものであるが、俗語が惰性的に機械的にしゃべられることを示しているばあいにはわるいものであると考えていいでしょう。

 上の引用は「ことばのひびきはピカピカ光る」と題された一節の最後の一文である。この節は、「詩の機能は、言葉と言葉の出会いによる、言葉の絶え間ない再創造にある」という意味のことをテニスンの詩の一行を例に引いて説いている。私の趣味は俳句を詠むことだが、本節はその上でも重要な示唆を与えてくれている。この一節を読むだけでも、この書を開いた価値が多大にある。

p.490より

皆さんの中には『ハムリン((ママ))の笛吹き』Pied Piper of Hamelin というブラウニングの詩をご存じの方もたくさんあるでしょう。

 ブラウニングというと、妻のエリザベス・ブラウニングも名詩人だ。以前、この全集の第5巻中「現代人のための結婚論」の中に引用されていたエリザベス・ブラウニングの詩を翻訳して書き留めておいたことがある。

 さておき、「ハーメルンの笛吹き」の童話と言うと、私はグリム童話という認識を持っていたが、実はいろいろな記録があるようだ。ブラウニングの詩にこの話があるとは知らなかった。青空文庫にその古い日本語訳がある。

 次は第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」である。第13巻とは打って変わって、日本文学一色である。