天皇誕生日

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天皇陛下万歳

 祝日「天皇誕生日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 (かしこ)し、天皇陛下におかせられては(おん)(よわい)61におなり遊ばされる。

 「ナショナル・デイ National day」である。諸外国からも最も尊重される日が今日であることを、あらためて噛んで含むのがよい。

 普通、多くの国々は独立記念日や建国記念日をナショナル・デイとしている。しかし、わが日本国は世界にも類例(まれ)な古い国柄で、建国の日も神話にまでさかのぼってしまい、実際のところはっきりとはしないことも否めないため、建国記念日と天皇誕生日の両方をナショナル・デイとしているものと私は理解している。

 この日を寿(ことほ)ぐことは、(かしこ)くも日本のシンボル(象徴)たる天皇陛下を寿ぐこととイコールであり、シンボルを寿ぐことはそのまま日本の善良な老若男女、国土や歴史全体、先祖、かけがえのない子孫たち、諸外国との関係をも寿ぎ、尊重することに通じているのである。

 ()(たつと)()からざらん()

建国記念の日

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天皇陛下万歳

 祝日「建国記念の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 建国記念の日はその由来を遠く記紀神話に(さかのぼ)る。神武天皇即位の元日、皇紀元年(前660)旧暦一月(ついたち)が建国日なのであるが、この日は新暦上では2月11日であったため、(すなわ)ち本日、2月11日が「建国記念の日」として祝日に定められているものである。

 今年の旧正月は明日、2月12日なのであるが、このように旧暦は新暦上では数日移動するため、建国記念の日と旧元日は(ほとん)どの年で一致はしない。

平成(さんじゅう)三年

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 Twitter で「平成33年」がトレンド入りしているという。

 令和3年と平成33年がイコールとなっていることで、両者は誠に換算しやすく、生活や仕事の上でも実に便利である。

 (かしこ)し、国民の生活に深く思慮を垂れ(たま)い、元号の換算にまで心をお配りあそばされた上皇陛下の仁慈に、ただただ(ひれ)()すのみである。

 しかし、この際同時に、令和3年は昭和96年であり、大正110年であり、明治154年であって、そして、(はる)けくも神武天皇以来(このかた)悠久、皇紀2681年であることも知っておかなければなるまい。

 その昔、大人たちが「明治100年祭」ということを懐かしそうに話していたのを、ふと思い出した。

成人の日

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天皇陛下万歳

 祝日「成人の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 生憎と新型コロナウイルス感染拡大中であり、緊急事態が宣言されている。各地では例年の要領での成人式は行われていないが、しかし、成人式を迎えた若い人には将来に希望を持ち、学業に仕事に、しっかり励んでほしいと思う。

 不安かもしれない。だがしかし、なぁに、何とかなるし、どうにかなるサ。

元日

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天皇陛下万歳

 祝日「元日」である。軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 「数え年」には0歳がなく、母の胎内での1年を0歳とし、生まれた日を1歳と数え、そして元日に一つ年を取る。極端な例で言うと、大晦日に生まれた子は、翌日に2歳となる。よって、例えば私なら、9月生まれで、今満年齢54歳だが、数えだと今日で56歳ということになる。

 ともあれ、そうしたことから、昔、元日は国民全部の誕生日であり、日本建国の記念日でもあった。今の建国記念日は概ね旧暦の一月(ついたち)であるが、これは明治維新以前は「正月すなわち建国記念日すなわち民衆皆の誕生日」だった、ということである。

勤労感謝の日

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天皇陛下万歳

 祝日「勤労感謝の日」である。

 祝日法の定めによれば、「勤労をたつと()び、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。」とあり、労働や生産を祝うものであるが、もともとは新嘗祭(にいなめさい)と呼ばれ、戦前は皇室・国家を挙げて行われていた祝祭日であった。戦後、現在の形に改められた。

 その起源は歴史的で、遠く記紀万葉、飛鳥時代に(さかのぼ)る祝日である。皇極天皇の頃には既に行われていたことが日本書紀に見える。私の蔵書の、右の岩波の日本書紀ではp.198に、旧暦十一月十六日(十一月(しもつき)(ひのとの)(うのひ))に行われた、とある。

 皇室祭祀であり、収穫を天神(てんしん)地祇(ちぎ)(こと)()ぎ、ひいては記紀に言う「国民(おほみたから)」の働きを(よみ)せられたまうものであって、その趣旨とするところは現在の祝日法の定めと何ら矛盾しない。

 (ちな)みに、(かしこ)きあたりにおかせられては、昨年ご即位あそばされたため、昨年の新嘗祭は特に「(だい)(じょう)(さい)」と呼ばれ、格別(おごそ)かに(まつ)りあそばされたことも記憶に新しい。

 よく晴れた朝となった。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

文化の日

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天皇陛下万歳

 祝日「文化の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 「文化の日」は明治節、即ち明治大帝の生誕節であることは論を待たぬ。文明開化を唱導した明治大帝の祝日が、戦後「文化」を冠する祝日となったことは、まことに相応(ふさわ)しいことであったと言えよう。

秋分の日

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天皇陛下万歳

秋分の日 祝日「秋分の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 畏し、宮中では今日「秋季皇霊祭」が執り行われるが、祝日としてはこのほうがもともとのものであり、戦前は名称も「秋季皇霊祭」であった。戦後名称が改められたものである。

 今日はよく晴れ、秋分らしい朝となった。爽やかである。

敬老の日

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天皇陛下万歳

敬老の日 祝日「敬老の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

 敬老の日そのものは他の多くの祝日とは違い、古来からの風習や伝統(例えば春・秋の皇霊祭が春分の日・秋分の日、端午の節句が子供の日、新嘗祭が勤労感謝の日……等々)を元にしてはいないが、日本民族の精神として長幼の序を正しくして孝を()くすということは伝統的なものであり、その点で祝日として相応(ふさわ)しい。

 秋らしく、涼しくなった。

終戦記念日

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 例年と同じく、今年も靖国神社を参拝した。

 時疫のこと、靖国神社でももちろん随分と気を使っており、足元に1~2m間隔の印をつけて、所謂(いわゆる)「ソーシャル・ディスタンス」を推奨し、参拝客はこれを整斉粛々と守って参拝しており、むしろ例年より参拝しやすかったのは皮肉であったかもしれない。大手水(ちょうず)()柄杓(ひしゃく)などが全部取り払われ、少量の水を滴らせる方式に改められていたのも、世相を反映していて、かえって珍しく、好もしいことではあった。

 何、苛烈なる戦場に護国の鬼となった英霊にあって、これしきのこと、問題になどなるまい。

 一心に、「英霊安らかにあれ」とのみ念じて参拝した。

 以前、「鎮霊社」の由来書きを撮影して書き取ったことがある。今日は「元宮」の由来書きが見えたので、撮影してテキストを書き取った。下の通りである。


元宮

文久三年福羽美静ら津和野藩士が中心となり、京都祇園社に
小祠を建て徳川斉昭卿等維新の志士四十六人の霊を祀る
後に幕府の嫌疑を恐れてこれを取り壊し、福羽邸内に
ひそかに建てた小祠に霊璽を移して祀った。
奠都に伴ひ更に東京に移されて祭祀が続けられたが、
招魂社のさきがけとも言ふべき由緒に鑑み、昭和六年
福羽亭より神社に遷座、元宮と称して今日に至る。

例祭日 四月一日

 炎天、燃えるような暑さの一日であった。畏友F君と合流し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に立ち寄り、一華を(ささ)げた。

 今年もこうして、終戦記念日が暮れてゆく。