朝からバイエルのいつものおさらい練習、「エリーゼのために」を何度か通して弾く。微進歩。
珍しくこっきー氏からコメントをいただいた。私が「以前にあったデータがなくなって残念」みたいなことを書いたために、わざわざ配置しなおしてくださったようだ。聴いてみるとこれがまたスバラシイ演奏である。
こっきー氏にはお手数を頂いてしまったようなことで、恐縮の至りである。
オッサンは生きている。
朝からバイエルのいつものおさらい練習、「エリーゼのために」を何度か通して弾く。微進歩。
珍しくこっきー氏からコメントをいただいた。私が「以前にあったデータがなくなって残念」みたいなことを書いたために、わざわざ配置しなおしてくださったようだ。聴いてみるとこれがまたスバラシイ演奏である。
こっきー氏にはお手数を頂いてしまったようなことで、恐縮の至りである。
先日来話題の世界的ピアニスト、辻井伸行氏演奏の曲をダウンロード販売で買った。ショパン作曲のポロネーズ第6番変イ長調オーパス53、通称「英雄ポロネーズ」である。
かの辻井氏の演奏にして200円は安い買い物だ。辻井氏に一票代わりの一曲購入である。
恥ずかしながら、ニュースになるまで辻井氏の名前も知らなかった私である。
インターネット時代は便利なものだ。辻井氏の名前を知るや、レコードショップが開いていない時間でもすぐに購入して聞くことができる。私はUSENのダウンロードサイト「OnGen」を愛用しているが、クラシックの名演もけっこう揃っている。
私のように正当なクラシックファンでない者は、どうしても知っている曲や有名な曲、通俗の曲を聴きたくなるものだ。反面、クラシックのCDは、クラシックにはままありがちなことだが、ショパンならショパン、ベートーベンならベートーベン、バッハならバッハ、全部が網羅されておって、粛然、襟を正して全曲に聴き入らざるを得ない。だがしかし、ある演奏家のある曲、たとえば今度のように、辻井伸行氏のショパンの英雄ポロネーズを聞きたい、という時に、辻井氏の全曲CDを買うのまではちょっとなあ・・・というような私のような不埒な輩には、クラシックの名曲でも一曲単位で買うことのできる、こうしたダウンロード販売はまことにありがたいものだ。
私は携帯電話とブルートゥースレシーバーをヘッドホンステレオがわりにして毎日通勤しているが、そんなわけで、ショパンの英雄ポロネーズについてはアルゲリッチ、アシュケナージ、仲道郁代、それから今度買った辻井伸行氏のもの、あわせて4曲のデータを買って持っており、立て続けに聴いたりしている。どれもすばらしい演奏だ。
辻井伸行氏の「英雄」は、かなり男前の英雄だ。古い例えだが、油の壷から抜け出してきた俳優のような印象だ。反面、たとえばアルゲリッチのは、「これが荒武者英雄ぢゃあああ!わかったかあ!!」みたいな勇ましい力強さがあふれんばかりである。
「エリーゼのために」、毎日弾いている。
もうひとつ進歩しないが、とにかく根気よく練習すれば、徐々にうまくなるだろう。まさしく「エリーゼのために」の生活化みたいなものか。
そういえば、独学ピアノ界の先達、こっきー氏のブログに、一連の「エリーゼ」練習エントリがあった。たしか、「今日のエリーゼ」というタイトルの録音データをアップロードしておられたエントリもあったっけなあ・・・。
この方は、長い付き合いでエリーゼを弾くのだ、というようなことも書いておられる。今見てみたら、録音データのほうは見えなくなってしまっているようで、残念だ。たしか、この「久しぶりのエリーゼ」というエントリにあった録音データを「今日のエリーゼ」と題されていたように記憶するのだが・・・。
昨日まで、朝6時45分の秋葉原駅で、修学旅行の臨時列車「ニューなのはな号」に毎日遭遇していた。
ほぼ一月ほどだったろうか、今日ついにぷっつりとその姿を見なかった。
修学旅行シーズンが終わったのだろう。高校生たちはこれから受験か。贅沢なことであるが、立派な人間になるとよいと思う。
「エリーゼのために」、引き続き練習中である。
今日の出来はこんな具合、一進一退、なかなか思うようには進歩しない。弾き出し、いいかな?と思ったのだが、最後の主題部の入り口の、いいところで詰まってしまった。
朝、晩と弾いている。録音してみているが、今日は第1中間部でつっかえて、うまく録音できず。
禁煙がらみのブログをまた見失ってしまった。3件目である。
「禁煙するぞぉお!」みたいな決意を書き綴った人は、禁煙失敗後、恥じ入る気持ちが大変強いようで、かならずブログを消してしまう。
別に、消さなくったって、そのまんま「失敗しましたアアアっ、テヘヘヘッ!」とか書けばいいようなものだが、禁煙しようなどという人は多分自己愛が強く、自分の実際の心以上に強い表現で書いてしまった決意の言葉など、残しておきたくないのだろう。
ブログを消したところで自分が消えるわけではないのだが、デジタル時代にあってはブログを消せば失敗もなかったことに・・・などという錯覚が得やすいのかもしれない。
ま、私が禁煙した頃にはブログは一般的ではなかったからねえ・・・。出来ないことを広く社会に自分で言いふらしてしまって後悔するような場はなかったから、恥もそこまでで済んだ。
私は、禁煙して9年。煙草は懐かしくもあるが、もうたしなむことはない。
たびたび記すところであるが、全音の「全訳バイエル」と「最新バイエル」の巻末には応用曲としてベートーベンの「エリーゼのために」が付録されている。「エリーゼのために」は、バイエル修了の総仕上げ的な位置づけにあるのだ。
私が使っている「最新バイエル」の巻末の応用曲は、ケーラーの「半音階のポルカ」、「エリーゼのために」、それからバイエルの「アザリア・ポルカ」の3曲であり、今私は「エリーゼのために」を弾いている。
日々練習に励んでいる。だんだんと弾けるようにはなりつつあるものの、その進度は速くはない。だが、それを引け目ともなんとも思っておらず、毎日楽しく弾いている。なにせ、自分で勝手にやっていること。ピアノを練習する義務もなにもない。いつやめようが誰に文句を言われるわけでもなく、まったく気楽な身分とはこのことであろう。
練習は毎日一進一退の様相であり、今日はうまく弾けたかなあ、今日はぜんぜんダメだなあ、いや今日ときたら昨日より下手になっている、などということの繰り返しである。
最近、また朝練習をするようになった。5時に起き、5時20分までに朝食をすませ、トイレから出ると5時半である。5時40分に家を出るのだが、それまでの10分間、ピアノを稽古する。無論ヘッドフォンをつけるのだが。この朝練習が非常にいい。びっくりするくらいうまく弾けることが多い。
仕事から帰ったあともピアノの練習はするが、殺伐と仕事をして帰ってくると、自分ではそうは思っていなくても疲労は澱のように体と精神を汚しており、朝の10分間以上にうまく弾けることは少ない。
今日のニュースを見て驚かなかった人、喜ばなかった人はあるまい。辻井伸行氏の快挙である。
職場で仕事前のひと時、付けっぱなしになっていたテレビから「ラ・カンパネラ」の調べが流れ出し、なんとはなしにテレビに近づいてみると、このニュースをやっている。
恥ずかしいことだが、私は辻井氏の名前は知らなかったし、そういう人がいるということも知らなかった。全盲のピアニストといえば梯剛之氏が有名で、この人はテレビなどで知っていたのだが、辻井氏の名前は今日はじめて聞いた。
映像を見てびっくりである。全盲とかなんとかいうようなことは、この際どうでもいい。その調べ、音、演奏の雰囲気、これである。テレビを通してのほんのさわりですらそうなのだから、もしナマで聞いたらどんなことになるのか想像もつかぬ。
土曜日に新車が届いたので、日曜の今日はさっそく家族でドライブに出かけた。
湾岸線からアクアラインをどんどん走って「海ほたる」の「和食処・木更津庵」でアサリづくしのお昼を食べ、千葉・富津市の「マザー牧場」で羊やアルパカ、牛、犬に親しみ、帰りは同じく千葉の、鋸南町「ばんや」という漁協直営食堂に足を伸ばしてうまい魚をたらふく食べた。
初めて使うETCなるものも、非常に便利だ。10年ほど前、あんなに高かった「海ほたる」も、たった1000円である。
子供たちと遊んで楽しい日曜日だった。上の娘は小学校6年生、私や家内と出かけて楽しがる時期も、もういくらもあるまい。せめて新しい車で、たびたびどこかへ連れ出してやろうと思う。
帰り道、葛西のあたりで渋滞して、やっと先ほど帰宅できたばかりというのは玉に瑕であった。
新車の「トヨタ・ラクティス」は、CVTの調子がすこぶるよく、高速道路で速度計の示度がピタリと100kmで定針し、実に走りやすかった。前の車はどうもトルクの谷間というか、そういうところが100kmぐらいのところにあり、ちょっと気を緩めると80km/hくらいになってしまうし、ではと気を取り直すと大して踏んでもいないのにずいぶんスピードが出てしまうしで、うまく私の乗り方に合わず、アクセルを踏む右足が緊張し、右の臀部が痛くなったものだ。ラクティスはそういうことがなく、本当に楽しくドライブできた。