今週のさえずり季題

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「メッセージと画像(xxKB)をダウンロード」

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 Windows10付属の「メール」を使用している。

 仕方なく使っているのであって、好きで使っているわけではない。実に使いづらく、気に入らない事の多いアプリなのだが、「Outlook Express」が添付されなくなり、「Windows Live Mail」もサポートされなくなった今、もう、どうしようもこうしようもないのでこれを使っているわけだ。

 気に入らないことだらけのこの糞アプリだが、時々憤激してしまうのが、「メッセージと画像(xxKB)をダウンロード」と表示されたまま、いつまでもウィンドウ上部の動作確認アニメーションが左から右へ流れ続け、肝心のメッセージは一向に表示されない、という現象が頻発することだ。

 しかも、この状態で1日くらい待っても、まったくメッセージを見ることができない。何かの登録確認メールでこの状態になると、お手上げである。登録確認メールには期限があり、悠長に待っていると取り消しになってしまうからだ。

 ところが、ふとしたことでこれを回避する操作が見つかった。左の画像がそれである。

 一見、まったく関係のない、ウィンドウ右上の「…(三点)メニュー」を操作すると、「名前を付けて保存」というメニューが出て来る。これをクリックするのである。

 クリックすると、「まだメッセージのダウンロードが済んでいません。保存するとおかしくなります」というような意味のスットコドッコイな警告が出るのだが、ところが、そのメッセージが出たあと、何日待とうが見ることのできなかったメッセージが、何事もなかったかのようにヒョイと表示されるのである。

 ネットでこの「Windows10メールアプリのメッセージがいつまでたっても表示されない」件を検索すると、同じようなことで悩んでいる方がたくさんいて、Q&Aサイトなどに多くの質問と回答があるのだが、回答がどれもこれも的を外しており、決定打に欠け、実に残念であった。しかし、上のような操作でメッセージを見ることができるようであるから、同様の症状でお悩みの向きは、是非試してみて頂きたい。

軍歌なども

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 今日はNHKの人気ドラマ「エール」の最終回の放映があった。

 ドラマそのものは昨日で終わりであり、今日はNHKホールから、俳優陣総出演でドラマ中の名曲を披露するというすばらしい趣向であった。

 出演者のほとんどは歌がうまく、歌手が本業でない、二階堂ふみ氏らまでもがすばらしい歌声で、聞き惚れた。

 ただ一点、惜しむらくは、古関裕而の真骨頂と言える軍歌ないし戦時歌謡が、一曲も披露されなかったことであろうか。これだけが実に惜しかった。

 歴史は歴史、芸術は芸術、作品は作品、成功は成功、失敗は失敗、戦争は戦争、戦勝は戦勝、敗戦は敗戦、それはそれ、これはこれ、ではなかろうか。だから、淡々と軍歌や戦時歌謡も取り上げればよかったと思う。

 ただ、そうは言っても、このことのみをもってNHKを責めるわけにもいくまい。世の人々の気持ちや感情に寄り添うことも必要である、ということは、私も否定しない。

 かえすがえすも、その一点のみ、番組が素晴らしい出来であっただけに、実に残念ではあった。

勤労感謝の日

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天皇陛下万歳

 祝日「勤労感謝の日」である。

 祝日法の定めによれば、「勤労をたつと()び、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。」とあり、労働や生産を祝うものであるが、もともとは新嘗祭(にいなめさい)と呼ばれ、戦前は皇室・国家を挙げて行われていた祝祭日であった。戦後、現在の形に改められた。

 その起源は歴史的で、遠く記紀万葉、飛鳥時代に(さかのぼ)る祝日である。皇極天皇の頃には既に行われていたことが日本書紀に見える。私の蔵書の、右の岩波の日本書紀ではp.198に、旧暦十一月十六日(十一月(しもつき)(ひのとの)(うのひ))に行われた、とある。

 皇室祭祀であり、収穫を天神(てんしん)地祇(ちぎ)(こと)()ぎ、ひいては記紀に言う「国民(おほみたから)」の働きを(よみ)せられたまうものであって、その趣旨とするところは現在の祝日法の定めと何ら矛盾しない。

 (ちな)みに、(かしこ)きあたりにおかせられては、昨年ご即位あそばされたため、昨年の新嘗祭は特に「(だい)(じょう)(さい)」と呼ばれ、格別(おごそ)かに(まつ)りあそばされたことも記憶に新しい。

 よく晴れた朝となった。自宅の軒先に国旗を掲げて拝礼する。

急なアクセス増加がようやく収まる

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 この11月2日頃から昨日頃まで、このブログのアクセスが急増していた。

「ややっ、人気化か!?」

……んなわけない(苦笑)。

 日本語でしか書かれていない生粋の国粋主義(ドメスティック)ブログであるにもかかわらず、アクセス元のドメインを見てみると、米国内からのアクセスがほとんどだ。しかも、なにがしか人気化した場合の特徴である「特定のページへのアクセス」ではなく、「どうでもいい(ヒラ)ページ(笑)」へのアクセスがまんべんなく増えている。

 そうしたアクセスの特徴から言って、多分、Googleのクロールが激増したのであろうと思われる。

 だがしかし、なんで急に、今まで申し込んだってクロールに来ないようなダレたGoogleが、こんな過疎ブログなんぞ突然漁りだしたのかわからない。

 なんとなくではあるが、大統領選挙が関連しているのかな、とも思う。しかしどうやら、今日でアクセスは収まったようだ。

時事等閑

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戦争でも

 硫黄45キロて……。戦争でもおっ(ぱじ)めるつもりだったんかね、このニィちゃん。硫黄45キロというと、黒色火薬なら200キロ近く作ることができる量だぞ。

ああ、いいね、これ

 「リベラル」と言うからわかりづらいが、要するに「主義者」ってことだわ、うん、うん。主義者の会員制バー。

鋤焼(すきやき)

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借財を返す独りの鋤焼(すきやき)す   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha

今週のさえずり季題

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洗う

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 帰宅してから晩酌の飲み料がないのに気づき、ひと風呂浴びてから近所のドラッグストア「ウェルシア」へ買いに行った。

 買いに行ったのはウイスキーと、地域猫に飼ってやる餌だったのだが、店のワゴンには時季らしく「ボージョレ・ヌーヴォー」が並んでいた。今日が解禁日なのである。

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)下、夜の街へボージョレを一杯やりに行くのも(はばか)られる世相柄である。ここはひと瓶(もと)めて帰り、今日は土曜、明日から金・土・日と週末、されば週末は家内・娘を交え、家の中で一杯きこしめすのがよかろう、と古財布の紙入れを(さら)う私なのであった。

 帰ってすぐにその瓶を仕舞(しま)った私だが、しばらくしてハッ、と気づいた。

 これは、新型コロナウイルス蔓延の本場、疫病(しょう)(けつ)の地、汚穢(おわい)共和国のフランス産ではないか。

 まさかのことに、瓶の内部はワインのアルコールが効いているからコロナウイルスが増殖しているわけはあるまいけれども、瓶の外側はどこの誰が触ったかもわからぬ。

 最近、ウイスキーを買うと、ウイルス対策のこともこれあり、仕舞い込む前に瓶の外側を水で洗うことにしているのだが、今日のボージョレ・ヌーヴォーの瓶は洗剤をつけて洗った。コロナウイルスは遺伝子が油膜で覆われており、石鹸や洗剤などの界面活性剤に遭うや、油膜が壊れ、「はらわたをはみださせて……」死滅するのであるそうな。

動画漫覧

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韓国人指物大工

 2×4材らしい高価ではなさそうな材料を、正確に、シンプルに指していく。その感じが、見ていて気持ち良い。そして、これは素人には真似の出来ない事である。

姑娘(クーニャン)と工作

 かわいい中国人の少女が弓と矢を作成して森へ射撃に行く動画である。

 こういう中国の娘のことを、かつては「姑娘(クーニャン)」とでも呼んだことであろうか。

 この小芊枫(小芊楓、XiaoQianFeng、シャオ・チェンフォン、しょう・せんふう)という人は、ほかの動画もこんな調子だ。いろいろなものを工作している。

星影のエール

 あまりテレビは見ない方だが、たまたま耳や目に入ってきた番組などに注目してしまうこともある。今NHKで放映中の朝の連続テレビ小説「エール」もそうだ。

 朝はテレビを見ている時間などないが、昼休みに弁当など使いながらテレビを見る人がいるので、一緒に見るようになった。昼には朝の連続テレビ小説の再放送がある。これを見るともなしに眺めていると、なかなかいいドラマだなと感じるようになった。

 稀代の名作曲家・古関裕而をモデルにした物語である。戦中戦後、明るく、時には苦しみながらも音楽家同志の夫婦でそれを乗り越えていく。なかなか温かく、多少ナニワ節も交じり、かつ軽妙さも心地よく、泣かせるところもあるドラマだ。

 主題歌の「星影のエール」はGReeeeNというバンドが手掛けている。このバンドはよく知らないし、曲も聞いたことがない。たしか、媒体(メディア)に姿を現さないことが持ち味のバンドではなかったか。

 しかし、この主題歌も毎日聴いているうち、なかなか胸を打ついい曲だと感じるようになった。

 動画などあるのかな、と思って検索してみると、これが左のような動画である。

 これはいい、と思った。

 NHKのドラマの内容とは全く関係なく作られたミュージックビデオである。数分のうちに、いろいろと想像してしまうようなドラマが詰め込まれている。

 もし、この動画に本編映画のようなものがあるのなら、見てみたいものだと思った。